FEATURE

アイデアからデザイン、記憶へ、
人を介して波紋のように広がる。
「つぐ」がわたしたちに問いかけるもの

「つぐ minä perhonen」が、世田谷美術館にて2026年2月1日(日)まで開催中

内覧会・記者発表会レポート

世田谷美術館で開催中の「つぐ minä perhonen」の展覧会会場にて 左から、皆川 明、田中景子
世田谷美術館で開催中の「つぐ minä perhonen」の展覧会会場にて 左から、皆川 明、田中景子

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文:中島文子

今年で創設30周年を迎えるファッション・テキスタイルブランド 、ミナ ペルホネンの展覧会、「つぐ minä perhonen」展が、世田谷美術館で開幕した。2019年から国内外を巡回した「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」展の壮大なスケールを覚えている方も多いかもしれないが、本展はまた違う角度から、ブランドが大切に育んできた世界観を提示する。アイデアからデザインが生まれ、かたちになり、使い手に渡り、新たな物語が紡がれていく。ものづくりの背景やコミュニケーション、そして「つぐ」という言葉が醸す余韻も含めて考えさせられる、奥行き深い展覧会となった。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「つぐ minä perhonen」
開催美術館:世田谷美術館
開催期間:2025年11月22日(土)〜2026年2月1日(日)
世田谷美術館
世田谷美術館

音楽のように、デザインが響き合う

ミナ ペルホネンは、デザイナーの皆川 明が1995年に設立した「minä(ミナ)」を起点に始まったブランド。流行に左右されない「特別な日常服」をコンセプトとし、全国各地の工場と連携しながら、オリジナルの生地からプロダクトを生み出す、丁寧なものづくりを続けてきた。ホスピタリティを軸にした活動は、ファッションをはじめ、食器、インテリア、食、宿など、多岐に広がっている。

皆川は「つづく」展のときに本展を構想していたわけではないというが、「“つづく”という言葉の連続性は、“つぐ”という言葉で成立するのではないか。もう一度深く掘り下げてみたかった」と話す。また、意味を限定しない「つぐ」という言葉の響きも興味深い。2021年に会社の代表を継いだ田中景子は、継ぐ、告ぐ、注ぐ、接ぐ……、いろいろなイメージを想起することができるタイトルについて、「展示を見た後に、鑑賞者にとっての“つぐ”とは何か、自分に問うような感情を持ち帰っていただけたら」と期待を滲ませる。

「score」展示風景より
「score」展示風景より

ミナ ペルホネンらしいウィットに富んだ展示構成も見事だ。「chorus」「score」「humming」「ensemble」「voice」「remix」、音楽にまつわるキーワードの章立てによって、ブランドの世界に心地よく導かれる。

まず砧公園に面する最初の展示空間「chorus」から、自然のリズムと一体となった音楽が聞こえてくるようである。展示されているのは、これまで生み出されたテキスタイルの図案1000柄以上の中からセレクトされた約180種ものデザイン。あえて年代では括らず、時を超えてデザインが次のデザインのアイデアになり、関連し合って生まれていく様を表現した。花、鳥、幾何学などのテーマでグループ分けされているが、同じテーマの中にあってもひとつひとつに個性があり、無限の可能性を秘めていることに驚かされる。

「chorus」展示風景より、「creature (生き物)」というテーマでテキスタイルが集まった一角
「chorus」展示風景より、「creature (生き物)」というテーマでテキスタイルが集まった一角

アイデアがかたちに。広がるクリエイティビティ

ミナ ペルホネンの骨格とも言えるオリジナルのテキスタイル。広々とした展示室「score」では、セレクトされた21の柄のデザインの成り立ちと多様なアイテムへの展開を紹介する。譜面に並ぶ音符のように、テキスタイルの上に洋服やバッグ、陶磁器、さまざまなプロダクトが置かれ、原画や制作のヒントとなった品々が展示されている。図案が生まれた背景や試行錯誤の跡をたどると、デザイナーの思考の片鱗に触れたような感覚になる。

「score」展示風景より
「score」展示風景より
「score」展示風景より
「score」展示風景より

デザイナーが手を動かすことで、アイデアがデザインとして肉付けされていく。テキスタイルのもとになる原画に、人の手だからこそ生まれる揺らぎや不均一性を見て取れる。おそらく、それが絶妙な間となって、プロダクトに独特の味わいを生み出すのだろう。たとえば、2007年に発表した、フランス語で蝶々を意味する「papillon」というデザインでは、皆川はプリント用の原画を大きな木版画で制作した。彫刻刀で刻まれる渦のような跡が色の掠れを生み出し、花畑を表現するテキスタイルにやわらかな光を呼び込む。

「score」展示風景より、“papillon”原画のための版木 2006
「score」展示風景より、“papillon”原画のための版木 2006

一方、田中が入社間もない頃に細かな切り絵で表現した「triathlon」からは、トライアスロンの楽しさや逆境を乗り越えようとするひたむきさが伝わってくる。絵の具を塗った紙でつくったオリジナルの色紙を使うなど、素材にもこだわって制作された。

「score」展示風景より、“triathlon” 原画 2002
「score」展示風景より、“triathlon” 原画 2002

余剰を意味する「surplus」というデザインでは、別の図案の制作時に残った紙片を活用した。色や形がランダムに重なる図案に、意図しないところに生まれるひらめきを見出すことができるだろう。その偶然性を尊重し、テキスタイルを制作する際は7版のシルクスクリーンを使ってプリントする、職人の細やかな技術が採用された。

“surplus” 2003-04→a/w テキスタイルデザイン:田中景子
“surplus” 2003-04a/w テキスタイルデザイン:田中景子

1995年に発表されたミナ ペルホネンで初めての刺繍柄、「星のような、花のような」は、「手で刺すように機械が動く」という表現方法の重要性に気づくきっかけとなった。皆川とブランドの出発点となったデザインだ。

“hoshi*hana” ドレス 1995→s/s ブランド設立当時の写真も合わせて展示されている。魚市場で働きながら服を作っていた皆川は、魚市場でもらったイクラの箱を文具入れに使っていた
“hoshi*hana” ドレス 1995→s/s ブランド設立当時の写真も合わせて展示されている。魚市場で働きながら服を作っていた皆川は、魚市場でもらったイクラの箱を文具入れに使っていた

ものづくりに注がれる情熱と時間の累積

本展で際立っていたのは、ものづくりの舞台裏を伝える展示だ。ミナ ペルホネンの東京のアトリエを再現した「humming」では、皆川と田中のデスクが隣り合い、日々の仕事で使う絵筆や道具が並ぶ。

「humming」展示風景より、ミナ ペルホネンのアトリエを再現
「humming」展示風景より、ミナ ペルホネンのアトリエを再現

壁に貼られた写真や手紙、スケッチなど、アイデアの種がどんなところに潜んでいるのか、想像してみるのも楽しいだろう。会期中に実際に2人が作業する日も設けられるとのこと。デザイナーの日常が美術館という非日常の空間に溶け込む、新しい試みになりそうだ(日程は特設ページにて12月以降に告知予定)。

「humming」展示風景より
「humming」展示風景より

さらに続く展示室「ensemble」では、確かな信頼関係を結ぶ、織、プリント、刺繍の工場との協働に焦点をあてる。デザインがテキスタイルへとかたちになっていくプロセスを間近に感じることができるように、作業風景の映像や道具が展示されている。皆川は「物質的なものを見てもらいながらも、コミュニケーションを感じてもらいたい」と話す。

「普段お客様と会う機会がない工場の人たちが、情熱を傾けて、ひとつのデザインを形にしてくださっているので、そういう方々の労働や時間が素材と繋がり、形になるということを理解してもらえたら。相互理解によって、ものが生命力を持つということもある。デザインだけではなく、その成り立ちを見ていただく展覧会にしたいと思っています」

「ensemble」展示風景より、織物工場の道具や生地サンプルが並ぶ
「ensemble」展示風景より、織物工場の道具や生地サンプルが並ぶ

工場で生地を量産するのは機械だが、そこには関わる人すべてのこだわりと情熱が注がれる。デザイナーの思考や微妙なニュアンスを職人が正確に把握し、たくさんの工程を経て実現する。映像や資料を通して、プラン作成からやりとり、細かな調整まで、膨大な時間の累積が質量感を伴って伝わってくる。

「ensemble」展示風景より、刺繍工場に伝える刺繍のチェックポイントのメモでは、デザイン通りに刺繍するために50箇所以上のポイントで確認や調整のコメントが書き込まれている
「ensemble」展示風景より、刺繍工場に伝える刺繍のチェックポイントのメモでは、デザイン通りに刺繍するために50箇所以上のポイントで確認や調整のコメントが書き込まれている

工場の風景を大きなスクリーンで見せる空間では、現場に佇んでいるような不思議な感覚にさせられる。有機的な柄を生み出す機械は、職人の緻密な計画に沿って動く。妥協のない調整の繰り返しの末にひとつのテキスタイルが生まれることを実感させる。

「ensemble」展示風景より
「ensemble」展示風景より

服の生地から離れて揺れるようなデザインを求めて生まれた「forest parade」は、37種類もの植物や鳥、言葉のモチーフが房のような形状でひとつに連なる刺繍柄。完成した時、皆川は「デザイン人生が終わっても悔いがない」くらい嬉しかったそうだ。モチーフが森の中を行進しているかのような生き生きとした表情は、ブランドのアイコニックなデザインとして20年以上もの間、多くの人々に愛され続けている。刺繍工場の映像では、水溶性の生地に刺繍を施す様子を見せる。この繊細なテキスタイルは、60時間以上もの時間をかけて完成し、さらに白い部分の生地を溶かす工程を経て、モチーフだけが立体的に浮かぶレースとなる。

“forest parade” 2005→s/s 原画と刺繍パーツ Photo: sono(mame)
“forest parade” 2005s/s 原画と刺繍パーツ Photo: sono(mame)
「ensemble」展示風景より、刺繍工場 製作風景 [
「ensemble」展示風景より、刺繍工場 製作風景 ["forest parade" "anemone"] 2025

そこにどんな記憶が含まれていくのか

「ensemble」の余韻を体に残したまま、2階展示室の「voice」に足を踏み入れる。ここでは、ブランド創設者の皆川、代表を受け継いだ田中をはじめ、協業先や親交がある人々へのインタビューを通して、それぞれにとっての「つぐ」の意味を問いかけている。

「せめて100年つづくブランドに」という願いは、もはや個人の範疇に留まらない。皆川は、変わらずブランドのデザイナーとして活動を続けていくが、代表のバトンを渡すことでより視野が広がったのではないだろうか。ミナ ペルホネンが社会でどんな存在であり続けるのか、今後も多様なコミュニケーションによって醸成されていくのだろう。

「remix」展示風景より
「remix」展示風景より

最後の展示室「remix」では、ブランド創設当初から続けてきた、修繕やお直しの活動に焦点を当てる。本展では特別企画として、時間を経て修繕が必要となった服に新しいデザインを加えてリメイクを行う、公募制のプロジェクトを紹介する。

「remix」展示風景より
「remix」展示風景より

写真に添えられたテキストが、服に対する個人的な愛着やエピソードを語る。ずっと憧れていて購入した服、子どもの成長の思い出と共にある服、元気をもらえる服……個々の想いはあっても、時を重ねてサイズが合わなくなったり、大事にし過ぎて着る機会を逃していたりする。そんな服に本人のいまの要望を織り交ぜ、新しい命を吹き込む。こうして唯一無二の一着となり、着る人のこれからの人生に伴走するのだ。

「remix」展示風景より
「remix」展示風景より

それぞれの特別な服には、ものとしての強さがあることはもちろんだが、「そこにどんな記憶が含まれていくのか」をずっと考え続けてきたブランドの姿勢を確認することができるだろう。

デザインに記憶が宿り、記憶からまた新しいデザインが生まれる。循環の絶え間ない連続性によってミナ ペルホネンのクリエイションは広がり、ものづくりの土壌が豊かになっていく。展覧会を見終えて、「つぐ」が連鎖していく先に、人々の記憶がカラフルに重なっていく未来を見たくなった。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
世田谷美術館|Setagaya Art Museum
157-0075 東京都世田谷区砧公園1-2
開館時間:10:00〜18:00
会期中休館日:月曜日、年末年始 2025年12月29日(月)~2026年1月3日(土)
※ただし、2026年1月12日(月・祝)は開館、2026年1月13日(火)は休館

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