FEATURE

イギリスの黒人女性ミュージシャンを称える
《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》
ソニア・ボイス氏インタビュー

「MAMプロジェクト034:ソニア·ボイス」が、森美術館にて2026年3月29日(日)まで開催

インタビュー

ソニア・ボイス氏
© Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025
(Photo: Seika Mori ※以下、特記以外は同じ)
ソニア・ボイス氏
© Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025
(Photo: Seika Mori ※以下、特記以外は同じ)

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取材・文:森聖加

東京・六本木の森美術館で「MAMプロジェクト034:ソニア·ボイス」が開催されている。イギリス人アーティストのソニア・ボイスは、40年以上にわたりメディアを自在に横断し、先駆的な表現を続けてきた。2022年の第59回べネチア・ビエンナーレ国際美術展では、イギリス館代表として同国初の黒人女性アーティストに選出され、最高賞の金獅子賞を受賞。日本初個展となる本展では、代表作《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》(2008-2020年)を展示。初来日したボイスに話を聞いた。

ソニア・ボイス プロフィール

1962年、ガイアナとバルバドスにルーツにもつ両親のもとロンドンに生まれる。映像、写真、サウンド、インスタレーションなど多様なメディアを用いて、ディアスポラ(離散移民)の経験や、他者との協働を軸に制作。1980年代、イギリスのブラック・アーツ・ムーブメントの中心的存在として頭角を現す。ロンドン芸術大学ブラック・アート&デザイン科教授

展覧会情報
「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」
開催美術館:森美術館
開催期間:2025年12月3日(水)〜2026年3月29日(日)

「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」と同時開催

主流社会が語らない「黒人女性シンガー」を可視化する

――インスタレーション作品《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》の土台となる「ディボーショナル」シリーズは、どのようにスタートしたのか教えてください。

1999年にリバプールのアート・センターFACD(Foundation for Art and Creative Technology)からワークショップを依頼され、地域社会の女性支援に取り組むリバプール・ブラック・シスターズと協働することになりました。最初のセッションで、参加者に子どもの頃から成長していく中で聴いたり、初めてレコードを買った、イギリスで活躍する黒人女性シンガーを挙げてもらうよう提案したんです。ところが誰ひとりすぐに名前を思い出せなくて。

彼女たちは家族や友人などに聞きはじめ、ある時から私のトークイベントの会場に、「両親の家の屋根裏で見つけたレコードを譲りたい」と小さな袋を手に現れる人も出てきました。ワークショップから25年以上経っても女性歌手の名前やレコード、雑誌、その他の品々が寄せられ続け、その広がりを私は制御できなくなってしまったのです。予想外の展開から企画ははじまり、いまでは集合的な知となっています。

ソニア・ボイス《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》2008-2020年 Courtesy:  Middlesbrough Institute of Modern Art 展示風景:「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:加藤 健 © Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025 画像提供:森美術館
ソニア・ボイス《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》2008-2020年
Courtesy: Middlesbrough Institute of Modern Art
展示風景:「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」森美術館(東京)2025-2026年
撮影:加藤 健 © Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025 画像提供:森美術館

――展示作品のウォールペーパー(壁紙)にある、たくさんの黒人女性アーティストの名前が集まったんですね。

そのひとり、アマンダ・アルドリッチは1860年代に生まれた女性です。彼女から現代のアーティストまで今では300人以上の名前が集まり、アーカイブは増え続けています。ときには黒人女性がポピュラーな曲に参加していてもクレジットされないこともあり、時間をかけて名前を探し当てた人もいます。

――最初に名前が挙がったのは?

約10分の沈黙ののち、シャーリー・バッシーの名前が挙がりました。私が子どものころ、シャーリーはいつもテレビやラジオに登場していたスターです。映画『007』シリーズの主題歌「ゴールドフィンガー」などで有名でしょう? 彼女の名前が出たことで、呪いが解けたように場の空気が変わりました。

――私はあなたの作品にとても共感します。2020年にポップソングや映画を通してブラック・ライブズ・マター運動を描き出す本を編集したからです。クラシック音楽より軽んじられがちですが、ポップ・ミュージックこそ人々の日常や歴史を映し出すものだと私は思っています。

同感です。ここ数年のことですが、認知症を患う母に介護施設で行われた治療のひとつが音楽でした。 音楽は特定の瞬間に私たちを一瞬で連れ戻します。非常に強く、根源的で、支えとなる力があると感じています。

シャーデーほか、見知った名前があちらこちらに。ソニア・ボイス《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》2008-2020年 Courtesy: Middlesbrough Institute of Modern Art 展示風景:「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」森美術館(東京)2025-2026年
© Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025
シャーデーほか、見知った名前があちらこちらに。
ソニア・ボイス《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》2008-2020年
Courtesy: Middlesbrough Institute of Modern Art
展示風景:「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」森美術館(東京)2025-2026年
© Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025

――会場のパネルでは、バッシーほかジャネット・ケイ、ネナ・チェリーなど多くの黒人女性シンガーの日本での活動も紹介されています。

この作品で重要な点のひとつは、イギリスで活動する黒人女性アーティストが世界の幅広い地域を代表し、多様なつながりを持っていることです。その関係性こそが興味深く、素晴らしいところです。例えば、タニータ・ティカラムはドイツ生まれ(後述する作品《フィーリング・ハー・ウェイ》に登場/父はインド系フィジー人、母はマレーシア人)。軍人の父親の影響で家族は世界を転々としました。ひと言で「イギリスの黒人女性」といっても単純ではなく、関係性は複雑です。

1980年代のブラック・アーツ・ムーブメントから声を上げ続けて

ソニア・ボイス 撮影:田山達之 ©Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025 写真提供:森美術館
ソニア・ボイス 撮影:田山達之
©Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025 写真提供:森美術館

――「ブラック(Black)」が示す人々は十人十色の背景を持つ、ということですね。

イギリス特有の状況もあるかもしれません。第二次世界大戦直後、アフリカやカリブ海、アジア地域から多くのコミュニティが移住し、似たような差別や人種主義のシステムを経験しました。その一方でディアスポラ(離散)コミュニティの連帯も生まれた。70〜80年代には、「ブラック」という包括的な言葉のもとで、人種的カテゴリーに押し込められる経験そのものを語るようになりました。

――イギリスで「ブラック」という言葉を使うようになったのは、アメリカの抵抗運動の影響が大きいのでしょうか。

その通りです。とくに英国のブラック・アーツ・ムーブメントの出現は、60〜70年代のアメリカの公民権運動とブラック・アーツ・ムーブメントの影響を強く受けました。イギリスでは1982年に「第1回ナショナル・ブラック・アート・コンベンション」が美術学生によって企画され、中部ウルヴァーハンプトンで開かれました。その主催者はわずか19歳でした。約300人の代表者が参加し、私もそのひとりでした。

会議には2人の重要人物がいて、ひとりはガイアナ出身の画家フランク・ボウリング。英米を行き来し、アメリカのブラック・アーツ運動にも関わった人物です。もうひとりはラシード・アライーン。60年代にパキスタンから、文化的差別について声を上げようとするアーティストにとって敵対的な環境だったイギリスに渡りました。私たちは皆、アメリカが視覚的にも文化批評的にも「ブラックであること」をどのように語っているのかを学ぼうとしていたんです。

雑誌やポスター、コンサートの案内などさまざまな「思い出の品」をプラカードに仕立てて。ソニア・ボイス《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》2008-2020年 Courtesy: Middlesbrough Institute of Modern Art 展示風景:「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」森美術館(東京)2025-2026年 © Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025
雑誌やポスター、コンサートの案内などさまざまな「思い出の品」をプラカードに仕立てて。
ソニア・ボイス《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》2008-2020年
Courtesy: Middlesbrough Institute of Modern Art
展示風景:「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」森美術館(東京)2025-2026年
© Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025

――《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》で、壁紙と抗議運動でもよく使われるプラカードを使った理由を教えてください。

学生の頃、ウィリアム・モリスの複雑な幾何学模様の壁紙に惹かれ、研究していました。最終年度に「自分が育った家」をテーマに制作をするにあたり、両親の家の美意識を思い返しました。大学には黒人学生が全校で3人しかおらず、ホームシックを感じていたからです。以来、壁紙を制作に取り入れています。壁紙はリピートされる柄が部屋全体を包み込み、空間の雰囲気をまとめる力があると思います。

「ディボーショナル」シリーズは2007年にドローイングによるインスタレーションを行いました。つまり、名前と模様を手描きしたので、仕上げるのに2週間かかりました。とても手間がかかり、肉体的にもきつい作業でした。だから、壁紙として制作すれば、私自身が他の現場へ行く必要がなくなります。少し怠け者の私にはぴったりなんです(笑)。

またこの時、多くの人から「(展示は)とても政治的だ」と言われました。黒人女性の名前を書いているだけなのに……。そう言われるなら、いっそのことプラカードを使おうと考えました。抵抗のシンボルとして認められているのと同時に、パフォーマーたちを称えるための手段でもあるからです。

イギリスで黒人であり、女性である、ということ

――2022年のべネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞した《フィーリング・ハー・ウェイ》と「ディボーショナル」シリーズはどのようにつながっていますか。

《フィーリング・ハー・ウェイ》の元となるものこそ、「ディボーショナル」シリーズです。シリーズを土台にいくつもの作品を長年制作してきました。べネチアの展示はイメージとして、私自身の「ガールズバンド」をつくる試みでした。5人の出演者は「ディボーショナル」シリーズの一部で、《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》の壁紙にも名前があります。

作品は出演者の声による即興を使って構成しました。彼女たちは互いを知らないまま参加し、撮影が始まるわずか20分前に初対面しました。4 面スクリーンで構成される映像は出会いの瞬間を捉えています。私はワークショップやパフォーマンスを通して「見知らぬ人同士をどう結びつけるか」、「人々はどう協働し、生産的にモノをつくり上げるのか」にも強い関心をもっています。

12月4日にはアーティストトークが開かれ、日本のオーディエンスと交流した。撮影:田山達之 写真提供:森美術館
12月4日にはアーティストトークが開かれ、日本のオーディエンスと交流した。
撮影:田山達之 写真提供:森美術館

――キャリア初期から現在まで心がけてきたことは?

私の学生時代の70 年代後半から 80 年代初めは、私が「黒人であり女性」であるという事実と、アート界が私のような存在にまだ準備ができていないという現実から逃れることは不可能でした。入学前から枠組みが決まっており、何を教えられ、何を教えてもらえないのかということ自体が、私にその現実を示していました。しかしながら、初期のフェミニスト・アートの実践はポジティブな、大きな刺激でした。「こんなことができるの?」「こんなことも言っていいんだ」と力をもらえました。在学中にブラック・アーツ運動のはじまりを知り、私はひとりではないと知ったことが、“ロケット燃料”のように私に力を与えてくれました。

――そんな40年余りの道のりが2022年の受賞につながったのですね。いま、世界のあらゆる国や地域で歴史を軽んじる風潮が見られます。ボイスさんはどう感じていますか?

その通りです。私はアートスクールで教鞭をとり、「ブラック・アーティストとモダニズム」という研究プロジェクトを率いてきました。今でも教育現場ではブラック・アーツ・ムーブメント以前のアフリカ系やアジア系のアーティストの具体例な活動が学生全員の学びに組み込まれていません。だからこそ、いま歴史には強い思いがあります。正直に言うと、学生時代は歴史の授業が大嫌い(笑)。いまでは、どんな歴史を教えられ、どんな歴史が省かれるのか──「与えられない情報こそがどれほど重要なのか」を以前よりよく理解できるようになりました。当時はそのことに気付いていませんでした。

セレブリティライフスタイル誌「OK!」マガジン(中央)の表紙を飾る、スパイス・ガールズ唯一の黒人系メンバー、メラニー・ブラウン(Mel B) ソニア・ボイス《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》2008-2020年 Courtesy: Middlesbrough Institute of Modern Art 展示風景:「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」森美術館(東京)2025-2026年 © Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025
セレブリティライフスタイル誌「OK!」マガジン(中央)の表紙を飾る、
スパイス・ガールズ唯一の黒人系メンバー、メラニー・ブラウン(Mel B)
ソニア・ボイス《ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード》2008-2020年
Courtesy: Middlesbrough Institute of Modern Art
展示風景:「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」森美術館(東京)2025-2026年
© Sonia Boyce. All rights reserved, DACS & JASPAR 2025 G4025

アーカイブは、過去と未来が出会う場所

――歴史を語るとき、具体的なもので示すことは重要だと思います。アートにおいてアーカイブを扱う意義は何ですか?

アーカイブは、過去と未来が出会う場所です。歴史の転換点ではいつもそうですが、20世紀末から21世紀にかけて、アーカイブに関する膨大な研究が行われました。私は(哲学者)ジャック・デリダの議論に深入りしないようにしているけれど、彼はアーカイブを「国家の制度が、ある経験を正式に承認する場」と語っています。

私にとってのアーカイブの役割もそこにあります。アフリカ系アメリカ人の教会にはコール&レスポンス(呼びかけと応答)の文化があり、その中で「Can I get a witness?(証人になってくれますか)」という言葉があります。なぜそう呼びかけるのか? アフリカ系アメリカ人の歴史――彼らだけに限りませんが――は法律や制度によって正当に扱われてこなかったから。「Can I get a witness?」の中の“witness(証人)”という呼びかけは、国家からの承認を求める行為であり、だからこそアーカイブなんです。

――最後に、日本の観客へメッセージをお願いします。

作品を見て観客がまず思うのは、「これってアートなの?」という問いかもしれません。作品に登場するシンガーの名前をひとりでも「知ってる!」と認識してくれたらうれしいです。馴染みの名前があれば、みなさんの人生の瞬間と結びつくでしょう。金獅子賞受賞の理由のひとつは映像と合わせて展示した“メモラビリア(思い出の品)”にあります。観客はCDジャケットやグッズを見たとき、自分の人生のある瞬間、レコードを持っていたころへ瞬時に戻ることができました。彼らの外側にあった存在が内側の記憶とつながったのです。

作品のすべてを理解する必要はありませんし、名前をすべて知る必要もありません。私だって知らなかったのですから。「この名前、知ってる」「このバンド覚えてる」「スパイス・ガールズなら知ってるよ!」、そんなふうに思ってもらえたら。それが私の願いです。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
森美術館|The Mori Art Museum
106-6155 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53F
開館時間:10:00〜22:00(最終入館時間 21:30)
休館日:展示会期中は無休

森 聖加

フリーランス編集者、ライター。書籍『歌と映像で読み解く ブラック・ライヴズ・マター』の編集、クエストラヴ著『ミュージック・イズ・ヒストリー』の監訳を担当(藤田正との共監訳/いずれもシンコーミュージック・エンタテイメント刊)などで、音楽を中心とするポップ・カルチャーの視点からアメリカ黒人の歴史と文化を発信する。ほかにアート、建築、ホテルなどの分野をクロス・カルチュラルの視点でわかりやすく伝えることをモットーに取材を続ける。

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