FEATURE

失われた芸術・文化を担う場所を取り戻したい
ー 市民の思いから生まれた、広島県立美術館で
名勝「縮景園」を借景に名品と出会う

美術館紹介

広島県立美術館 エントランスロビー
広島県立美術館 エントランスロビー

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広島県立美術館は、JR広島駅から徒歩10分の所に位置し、昭和43(1968)年、中国地方初の公立美術館として開館した。「都会の中の憩いの空間」という基本コンセプトを体現するように、繫華街から少し離れた場所にある。広いエントランスロビーは、吹き抜けで一気に心を開放的にさせ、ガラス張りの大きな窓からは隣接する名勝「縮景園」の自然豊かな光景が広がり、訪れた人の心は自然とくつろぐ。そんな広島県立美術館とは、どんな美術館なのだろうか。

芸術に触れる場を―被爆の悲しみからの復興

戦前、広島における芸術の発表の場となっていたのは、広島県産業奨励館だ。この名前に馴染みがなくても、その建物はおそらく誰もが知っているだろう。そう、現在「原爆ドーム」と呼ばれる建物こそ、広島県産業奨励館としてかつて広島の文化活動の拠点の場所であったのだ。そして周知の通り、昭和20(1945)年8月6日の広島市への原子爆弾投下によって、街は壊滅、芸術・文化を担う場所も失われてしまった。

旧館外観
旧館外観

戦後になると、美術館の創設を目的とした募金運動が市民の間で起こり、また大竹市立大竹小学校の児童が「すぐれた作品を見たい」という思いから「一円募金運動」を始めた。その活動は他校にも広がり、美術館設立の機運が高まり、そうして誕生したのが広島県立美術館だ。

美術館の誕生は、悲しみから立ち上がろうとする市民の希望であり、そうした文化芸術に触れ、楽しむことができるようになることこそ、平和への道の第一歩であったのだ。

「ウェルカムギャラリー」-“広島の美術”を味わう

同館はコレクションの収集方針として「広島県ゆかりの美術」「1920~30年代の美術」「日本およびアジアの工芸」の3つを掲げており、その数は総数5,400点を超える。2階のコレクション展では、年に4回の展示替えを行いながら、多岐にわたるコレクション作品を展示している。

展示風景
展示風景

エスカレーターで2階に昇ると「ウェルカムギャラリー」が来館者を迎えてくれる。ここでは、絵画、工芸、彫刻などさまざまなジャンルから、広島出身、あるいは広島にゆかりのある作家を紹介している。「時間がない方もここだけ見れば、広島の美術を感じることができるので、ぜひ見てほしい」。(学芸員・岡地智子氏)

取材時は、広島出身の画家・平山郁夫や靉光(あいみつ)の絵画作品、幼少期に一時広島に住んでいたことのある彫刻家・平櫛田中(ひらくし・でんちゅう)の作品などが展示されていた。工芸分野では、六角紫水(ろっかく・しすい)の《銀嵌刀筆天部奏楽の図飾箱》が展示されており、細部まで緻密に表された装飾が見事で、360度ぐるりと回ると光の加減で螺鈿(らでん)が虹色に輝く。

六角紫水《銀嵌刀筆天部奏楽の図飾箱》
六角は広島県江田島生まれ。東京美術学校(現東京藝術大学)漆工科第1期卒業。帝国芸術院会員などを歴任し、日本近代漆芸の黎明期を牽引した。(常設展示ではありません)
六角紫水《銀嵌刀筆天部奏楽の図飾箱》
六角は広島県江田島生まれ。東京美術学校(現東京藝術大学)漆工科第1期卒業。帝国芸術院会員などを歴任し、日本近代漆芸の黎明期を牽引した。(常設展示ではありません)

「ウェルカムギャラリー」では作品ごとの間隔が広く設けられており、厳選された作品をじっくりと味わうことができる贅沢な空間だ。

「これぞダリ!」-《ヴィーナスの夢》に出会う

展示風景
展示風景

年4回の展示替えを行うコレクション展だが、その中でも「基本的にはずっと常設している」という、広島県立美術館を代表する作品がある。

その1つが、シュルレアリスムを代表する画家サルバドール・ダリの《ヴィーナスの夢》だ。本作は、1939年のニューヨーク万国博覧会でダリがデザインした遊園区画内のパビリオン「ヴィーナスの夢」の内壁の一部として制作された。横幅約5mの大画面の作品には、広大な大地に、ダリの代名詞とも言える溶ける時計、燃えるキリン、ロブスター、乳房が引き出しとなった人物などが描かれている。「これぞダリ!」と言うべき傑作に、この広島の地で会うことができることは何という僥倖だろうか。

展示室内では、実際に当時のパビリオン内部を撮影した写真などもパネルで紹介されている。このコーナーには、本作のみしか飾られていないので、不可思議で心を惹きつけて止まないダリ・ワールドに思う存分没入したい。

マイセン誕生のきっかけになった柿右衛門様式の色絵

展示風景
展示風景

ダリの他に、基本的に通期で常設展示されているのが、柿右衛門様式の色絵磁器の器と、馬の置物だ。重要文化財《伊万里色絵花卉文輪花鉢》は、高台に「N:3□」の文字が刻まれており、ここからドイツのザクセン選帝侯アウグスト強王(在位1697-1733)の旧蔵品であることが分かっている。当時のヨーロッパでは磁器が盛んに輸入されており、アウグスト強王は大の磁器コレクターであった。磁器151点を兵士600人と交換して手に入れたという逸話が残されているほどで、その所蔵品にはこのように1つ1つ番号を付けていたという。

重要文化財《伊万里色絵花卉文輪花鉢(柿右衛門様式)》 江戸時代 17世紀後半 磁器
端正な器形、鮮やかな色彩で草花が表されている。繊細な描写が冴え、全体的に優美な印象で目に心地よい。
重要文化財《伊万里色絵花卉文輪花鉢(柿右衛門様式)》 江戸時代 17世紀後半 磁器
端正な器形、鮮やかな色彩で草花が表されている。繊細な描写が冴え、全体的に優美な印象で目に心地よい。
重要文化財《伊万里色絵花卉文輪花鉢(柿右衛門様式)》高台
重要文化財《伊万里色絵花卉文輪花鉢(柿右衛門様式)》高台

そしてコレクションするだけに留まらず、自身の領内でも磁器を製作したいという情熱から、技術者を呼び、磁器製作を始めた。実はこれこそが、ヨーロッパで初めて硬質磁器焼成に成功し、現在もヨーロッパを代表する名窯として名高い「マイセン」なのだ。つまり本作のような色絵磁器こそ「マイセン」の源流だったのだ。はるか遠いヨーロッパにも大きな影響を与えた、江戸時代の色絵磁器。その優品がこの広島県立美術館で観ることができる。

《伊万里柿右衛門様式色絵馬》 江戸時代17世紀後半 磁器 
世界でも色絵馬を2体所蔵しているのは広島県立美術館のみ。
《伊万里柿右衛門様式色絵馬》 江戸時代17世紀後半 磁器 
世界でも色絵馬を2体所蔵しているのは広島県立美術館のみ。

その両脇に展示されているのが《伊万里柿右衛門様式色絵馬》。2体の馬の置物は、同じ型から作られているため姿は同じだが、馬具の文様などは異なる。動物をかたどった柿右衛門様式の色絵の置物は他にもあるが、本作のような色絵馬はこの2体を含めて世界で6体しか知られていない。この2体もフランスに渡っていたものが、巡り巡って美術館のコレクションに加わった。日本が誇る色絵磁器の優品に心躍る。

他にも、西洋美術、日本画、日本の近代洋画、工芸と各ジャンルのコレクション作品が展示されており、コレクション展だけでも見応えたっぷりだ。

隣接する縮景園

名勝「縮景園」正門
名勝「縮景園」正門

美術館に隣接する縮景園は、江戸時代初頭の元和6(1620)年に広島浅野藩初代藩主・浅野長晟(ながあきら)が別邸の庭園として築いた大名庭園だ。最初の作庭は家老で茶人の上田宗箇(そうこ)によるもので、林羅山が2代藩主光晟(みつあきら)の求めに応じて作った詩の序文「海山をその地に縮め風景をこの楼に聚む」にちなみ、「縮景園」と名付けられた。度重なる災害と改修を経て、昭和15(1940)年に広島県へ寄附され名勝に指定された。
 

庭園内風景
「跨虹橋(ここうきょう)」と名付けられた太鼓橋は庭園のシンボル。約240年前の見た目の優美さだけでなく堅固さも特徴で、原爆投下の際にも爆風に耐え残った。
庭園内風景
「跨虹橋(ここうきょう)」と名付けられた太鼓橋は庭園のシンボル。約240年前の見た目の優美さだけでなく堅固さも特徴で、原爆投下の際にも爆風に耐え残った。

広大な池を中心に、周囲に生い茂る木々の緑が目にまぶしい。しかしこの美しい光景も、原爆により壊滅した。その後、昭和24(1949)年から約30年かけて行われた再建で現在の姿に至る。今では多くの人で賑わい、地元の人々や観光客の憩いの場所となっている。池には鯉や亀、運が良ければ蟹も見ることができ、子供たちのはしゃぐ声に、この日常こそが「平和」の証であることをしみじみと感じる。

美術館2階の休憩スペースからの眺め
美術館2階の休憩スペースからの眺め

実は美術館2階の休憩スペースも、縮景園の「絶景スポット」だ。全面ガラス張りの窓からは、庭園の木々を間近に見ることができる。「目の前の樹は桜なので、春になると桜が満開になって、とってもきれいです」(岡地氏)。庭園内には、四季折々の植物が植えられており、梅、桜、紅葉と1年間を通じて自然の美しさを楽しむことができる。美術館と庭園のセット券を購入すれば、美術館から直接縮景園の庭園に入ることもできるので、美術館を訪れる時はぜひ庭園の散策も併せて楽しみたい。

「広島」という場所を語る時、多くの人がまず最初に思い浮かべることは「被爆地」ということだろう。もちろんその歴史は決して忘れてはならない。しかし、それと同時に忘れてはいけないのは、この広島の地には豊かな文化があることだ。広島県立美術館を訪れて、そのことを改めて感じた。多くの芸術家が生まれ育ち、かくも豊饒な“美の世界”に溢れていることを、広島県立美術館の多彩なコレクションは物語っている。

広島県立美術館 外観
広島県立美術館 外観
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
広島県立美術館|Hiroshima Prefectural Art Museum
730-0014 広島県広島市中区上幟町2-22
開館時間:9:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
休館日:月曜日 ※特別展会期中・祝日・振替休日を除く月曜日、年末年始

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