発掘された坂本龍一の幻のドキュメンタリー
『Tokyo Melody』が伝える素顔の“教授”
ソロ活動を始めた若き日の坂本龍一を記録したフランスの音楽ドキュメンタリーが
4Kレストア化されて甦った。カメラが映し出した“教授”の素顔とは?

文 長野辰次
坂本龍一とは何者だったのだろうか? そのことを言葉で伝えるのは容易ではない。ミュージシャン、作曲家、俳優、タレント、アーティスト、環境運動家……。さまざまな顔を持ち、それぞれの要素が融合することで、無二な存在となっていた。
2023年3月28日に71歳で亡くなった坂本龍一だが、2024年12月~2025年3月に東京都現代美術館で開催された個展「坂本龍一|音を視る 時代を聴く」は、「被災ピアノ」をモチーフにした《IS YOUR TIME》をはじめ、坂本龍一が手掛けたインスタレーション作品の数々が展示され、連日にわたる盛況ぶりだった。亡くなってなお、高い人気を誇っている。
“教授”の愛称で親しまれた坂本龍一の若き日の姿を記録したドキュメンタリー映画『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』が、1月16日(金)より劇場公開される。YMO散解間もない1984年5月、32歳だった坂本龍一がソロアルバムをレコーディングしている様子を追ったもの。フランスから訪れた取材クルーに、坂本はフレンドリーに対応し、生い立ち、音楽論、文化論について率直に語っている。
YMOのライブ映像に加え、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(1983年)のハイライトシーンなども盛り込まれており、時代の寵児となっていく中で、ソロ活動を本格化しようとしていた坂本がどんな方向性を目指していたのかがよく分かる内容だ。

62分にまとめられた坂本龍一のビデオポートレイト
本作を撮ったのは、ニューヨーク出身のマルチメディアアーティストのエリザベス・レナード監督。フランス在住の彼女はフォトグラファーとしてのキャリアを持ち、多くのミュージシャンたちのポートレイトを撮ってきた。レナード監督はカンヌ国際映画祭でプレミア上映された『戦場のメリークリスマス』に感銘を受け、フランスのテレビ局向けのドキュメンタリー作品として本作を企画している。
レナード監督の東京滞在はわずか1週間で、上映時間62分というコンパクトな作品になっているが、最小人数の撮影クルーと共に現れたレナード監督に、坂本龍一は好感を持ったのだろう。YMO散解後、初のソロアルバムとなる『音楽図鑑』を「音響ハウス」でレコーディングする様子だけでなく、都内でのロケ撮影にも協力。インタビューにはサービス精神旺盛に応えてみせている。
ドキュメンタリー映画というよりは、ソロになって間もない坂本龍一の素顔に迫ったハイセンスなビデオポートレイトといった趣きがある。
ロッテルダムやロカノルなどの国際映画祭で上映され、1986年にフランスでテレビ放映された『Tokyo Melody』は、ビデオやDVDとしてソフト化されていたが、現在では入手困難となっていた。
紛失した状態だった16ミリフィルムが倉庫から見つかり、修復されたのが『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』4Kレストア版だ。日本では第1回東京国際映画祭でオリジナル版が上映されているが、映画館での一般公開は今回が初となる。

80年代の東京から流れてくる多彩なノイズ
坂本龍一の名前が広く知られるようになったのが、1978年に結成されたYMO(イエロー・マジック・オーケストラ )だった。細野晴臣、高橋幸宏と組んだテクノユニットは大ブームを巻き起こした。わずか5年間の活動で1983年に散解に至ったYMOだが、日本のカルチャーシーンが新しい時代に向かっていることを強く印象づけた。
本作の序盤、YMO時代の代表曲のひとつ「ビハインド・マスク」のライブ映像が流れる。マイケル・ジャクソンに贈られた曲でもあり、後にエリック・クラプトンがカバーしている。そして、「ビハインド・マスク」のライブ映像が流れるモニターとなるのが、新宿アルタの大型ビジョン。屋外に設置された大型ビジョンは、世界的にはまだ珍しかった。
YMOのライブ映像に続き、坂本龍一が出演していた当時のCMの数々が流れる。その様子を新宿駅東口の路上から眺める坂本龍一。『Tokyo Melody』は坂本龍一のポートレイトであるのと同時に、1980年代の東京の様子をレナード監督が興味津々で撮り上げた記録映像にもなっている。
坂本龍一がどんな街で生まれ、暮らしているのか、レナード監督は気になったのだろう。東京タワー、明治神宮、渋谷駅に向かう地下鉄……、街の雑踏の中に佇む坂本龍一がいる。
当時はまだ「国鉄」だった駅の改札からは駅員がパチパチと切符を切る音が、ビルの屋上遊園地や家電の量販店からはピコピコという電子音が流れてくる。明治神宮の境内を清掃する音もリズミカルで心地よい。80年代の東京という街自体が、多様な音楽が流れる巨大なインスタレーション作品のようである。

坂本教授をインスパイアしたもの
東京の雑景を交えながら、坂本龍一はレナード監督のインタビューに応える。最初はメイク姿だが、途中からは素顔のままで語る。ドビュッシー、ジョン・ケージ、吉本隆明といった影響を受けた人物の名前を坂本は挙げていく。
さらに「道ですれ違ったおじさん、おばさん」「付き合った女の子たち」からもインスパイアされていると話す。
東京藝大でクラシック音楽を学んだ坂本だが、同大学院を卒業後は、ポピュラー音楽の道へと進んでいった。開かれた音楽を求めていたことを、端的に示した言葉ではないだろうか。

世界のサカモト、キタノを生み出した伝説の映画
レナード監督が坂本龍一に関心を抱くきっかけとなった『戦場のメリークリスマス』の映像が効果的に挿入されている。太平洋戦争時のジャワ島の捕虜収容所を舞台にした『戦場のメリークリスマス』で、坂本は映画音楽を初めて手掛けただけでなく、俳優としても出演。デヴィッド・ボウイ、ビートたけしらと共演している。
収容所の所長を務めるヨノイ大尉を演じる坂本だが、映画初出演であり、演技はどこかたどたどしい。だが、エリート一家で育ち、教養を身につけているヨノイ大尉が、自由のない軍隊生活を本心では嫌っており、精神的な危うさがあることにもつながっている。坂本が奏でるテーマ曲の壮麗さが、ヨノイの葛藤と戦争の冷酷さをよりリアルに伝えていた。
デヴィット・ボウイに抱擁されるクライマックスシーンは、いま見返しても胸をざわつかせるものがある。80年代に公開された戦争映画で、性的マイノリティーの問題を大きく扱っていたことも驚きだ。
ビートたけしは大島渚監督の演出に触れたことで、人生が大きく変わった。北野武監督として『その男、凶暴につき』(1989年)で監督デビューを果たし、やがて欧米で絶賛されることになる。坂本龍一も映画音楽と深く関わるようになり、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』(1987年)で、日本人初となるアカデミー賞作曲賞を受賞する。
また、世界的なスーパースターだったデヴィッド・ボウイから、坂本は「メディアにおける自分の在り方を学んだ」と本作で語っているのも興味深い。

映画音楽とは対極な姿勢で臨んだソロアルバム
監督からのオーダーを受け、作品のテーマに合わせて作曲する映画音楽は、東京藝大で音楽の基礎を学んだ坂本の素養が存分に生かされた仕事だった。ベルトルッチ監督と再び組んだ『シェルタリング・スカイ』(1990年)やアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『レヴェナント:蘇えりし者』(2015年)の映画音楽も高く評価されている。がん闘病中も、坂本には映画音楽の依頼が殺到していた。
ソロアルバムはその反動もあって、事前にテーマを決めることはせず、「自動書記」のように自分の中に思い浮かぶメロディを即興的に曲にし、レコーディングしている。レナード監督の取材時に制作していた『音楽図鑑』は締め切りを設けずに、「音響ハウス」に連日通い続け、完成までに1年10か月の歳月を費やしたそうだ。
音楽家としても、注文に的確に応える腕利き職人としての顔と、自由と新しさを追い求めるアーティストとしての異なる顔が、坂本龍一にはあったことが分かる。

自宅のグランドピアノでの矢野顕子との連弾
ドキュメンタリーの終盤、カメラは自宅のグランドピアノの前に並ぶ坂本龍一と当時のパートナーだった矢野顕子を映し出す。ふたりが軽快に連弾するのは、YMOのデビューアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』に収録されていた「東風」だ。
作曲した坂本以上に「東風」を巧みに演奏する矢野と、その横に佇む坂本の顔がほころんでいるのが印象的である。
坂本は矢野と共に1990年に東京を去り、ニューヨークを活動の拠点にするようになった。坂本の自宅でピアノ演奏された「東風」も、レナード監督の耳に残る80年代の東京という街のメロディのひとつとなった。
多くの顔を持っていた坂本龍一は、本作の中でも、メイクした顔、新しく導入したシンセサイザーを熱心に解説する顔、矢野顕子と過ごすリラックスした顔……と、さまざまな表情を見せている。相手によって、その都度違う顔を坂本は見せていた。
もっと言えば、坂本龍一は大衆が求める役割を、その時代ごとに楽しみながら演じていたように思う。おかしな表現かもしれないが、坂本龍一は「生きた楽器」だった。大衆の求めに応じつつ、常に一歩先の未来の音楽を奏でてみせていた。
新しい時代を音楽で表現してみせた、稀有な存在であったことは間違いないだろう。

- 映画『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』4Kレストア版
監督 エリザベス・レナード 撮影 ジャック・パメール
編集 鈴木マキコ 音楽 坂本龍一
出演 坂本龍一、矢野顕子、細野晴臣、高橋幸宏
制作会社 INA、KAB Amercia Inc.、KAB Inc.
1985年|62分|フランス、日本|日本語、フランス語、英語
配給 エイベックス・フィルムレーベルズ ©Elizabeth Lennard
映画『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』4Kレストア版公式サイト
2026年1月16日(金)より全国順次公開