ミュージアムの資源を活用した、自由な学びの場
「みんぱくSama-Sama(サマ・サマ)塾」
知的障がいのある人を対象とした学習ワークショップ主宰・国立民族学博物館教授 信田敏宏氏インタビュー

取材・文:赤坂志乃
ミュージアムをより多様で自由な学びの場に―。吹田市の万博記念公園にある国立民族学博物館(みんぱく)で、知的障がいのある人を対象とした学習ワークショップ「みんぱくSama-Sama(サマ・サマ)塾」が開催されている。多くのミュージアムでハード面のバリアフリー化が進み、障がいの有無に関わらず参加できるプログラムも増えているが、知的障がいのある人たちに向けた取り組みは画期的だ。どんな工夫がされているのか。Sama-Sama塾を主宰する、同館教授の信田敏宏さんに伺った。
知的障がいがあっても、学びの意欲や興味のあることは多様

「博物館は好奇心を育む場。それぞれのペースで自由に学んでほしい」と、信田さん(右端)
「Sama-Sama(サマ・サマ)」とは、マレー語で「私とあなたは同じですよ」という意味。
みんぱくSama-Sama塾は、信田さんがダウン症の娘を育てる中で、知的障がいのある人たちの学習の機会が限られていることに疑問を感じ、博物館としての資源を活用すれば、より多様で自由な学びの場を提供できるのではないかと考えて、2018年にスタートした。
支援学校では、就労に向けての訓練に重きが置かれ、知識や興味を広げる授業がほとんどないのが現状だ。信田さんは、「娘は、小さい頃から絵本を読み聞かせたり、博物館に連れて行ったり、成長に応じて知的な栄養を与えたことで、様々なことに興味を持ち、学ぶ喜びが養われたように思う。知的障がいのある人は、知的なことは理解できないだろうと思われていますが、学びたい、知りたいと思ってもその意思をうまく伝えるのが難しいだけで、学びの意欲や興味のあることは多様です。博物館での出会いや体験が未来の可能性を広げてくれるのではないか」と、話す。
世界の文化や民族の多様性がテーマ

みんぱくSama-Sama塾では、中学生以上の知的障がいのある人に向けて、世界の文化や民族の多様性をテーマにしたレクチャーと、それに関連する展示室でのクイズラリー、アート制作の3つのプログラムを実施している。塾生がストレスなく学べるように、保護者もサポート役としてワークショップに参加。毎回、大阪や京都、兵庫などから10代~20代を中心とする塾生とその保護者ら約40名が参加している。
前回9月に開かれたSama-Sama塾では、みんぱくで開催中の企画展にちなみ、「台湾原住民族のアート」をテーマに取り上げた。展覧会を企画した野林厚志教授が、16の民族グループの台湾原住民族の暮らしとその中から生まれたアート作品について画像をまじえてわかりやすく解説した。原住民藝術の作品の特徴は、個人や集団の記憶が民族のアイデンティティをともない色濃く表れること。自然や神話、祭礼や慣用されてきた文様は、作品の重要なモチーフとなっている。
クイズ形式で展示をたどる

レクチャーの後は、企画展会場に移動。クイズ形式で作品に描かれた民族のモチーフを探しながら、台湾原住民のアートをじっくり鑑賞した。「この文様はどこにあるかな?」。「ここ!」。塾生も保護者も、初めて観る台湾原住民アートの世界に興味津々。クイズに出されたモチーフを探すことで、普通なら見過ごしがちな様々な展示物に目が留まり、より知識や興味が広がる。

思い思いに好きな材料でアートを制作


アート制作では、展示にちなんだペーパークラフトや折り紙うちわなど、好みの材料を選んで思い思いに制作する。塾生の多様な障がい特性に対応するために、色えんぴつや水彩ペン、シールなど様々な画材を用意。時間に左右されず、自宅に持ち帰って仕上げるのもOKだ。
当事者目線で学びは楽しいと思ってもらえるように工夫

「塾生の皆さんには、学ぶことは楽しいと思ってもらいたい」。信田さんはその条件として、達成感、ストレスがない、自由度が高いことを挙げる。
「初めて知った、クイズが解けたという達成感はさらなる探求につながります。自己紹介や作品発表など、学校教育的で塾生のストレスになるようなことはしません。障がい特性や性格はそれぞれ違いますから、自分なりの学びを大切にしたい。毎回、娘にも意見を聞き、当事者目線で学びは楽しいと思ってもらえるようにプログラムを工夫しています」
塾生の皆さんに感想を聞いてみると、「展示が面白かった」「楽しい!」と、生き生きとした返事が返ってきた。ダウン症の息子が中1から参加している保護者の一人は、「家族ぐるみでみんぱくのファン。知的障がいがあっても知らない世界について学んだり共感したり、文化や教養に触れられる機会があることがうれしい。何か自分なりのものを育ててくれると思っています」と喜ぶ。最初は博物館の展示は難しいのではないかと思ったけれど、Sama-Sama塾をきっかけにいろんな博物館へ行くようになったという声が多く聞かれた。
みんぱくSama-Sama塾は、年に4回程度開催。時にはみんぱくを飛び出し、吹田市立博物館で「Sama-Sama塾 in すいはく」が行われるなど広がりも生まれている。
時代とともに変わるミュージアムの役割
ミュージアムの役割は、時代とともに変わってきた。2022年に国際博物館会議(ICOM)のプラハ大会で、ミュージアムの定義の中に「誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む」という文言が明記された。日本でも改正博物館法が施行され、高齢者や障がい者をはじめ博物館の利用が困難な人たちが博物館を円滑に利用するための配慮がスタンダードなものになりつつある。誰にでも開かれた知的アミューズメント、学びの場として、インクルーシブなミュージアムの広がりに注目したい。
