FEATURE

富士山の絶景 × ミレーの名画
山梨ゆかりの美に触れる、とっておきの美術館

キャッチコピーは「種をまく 世界がひらく」、 山梨県立美術館

美術館紹介

(左上)山梨県立美術館外観、(右上)ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》 1850年 油彩・麻布
(左下)ミレー館(バルビゾン派)展示風景、(右下)キュレーターズ・アイ「星野友幸」展(~2026/2/1)展示風景
(左上)山梨県立美術館外観、(右上)ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》 1850年 油彩・麻布
(左下)ミレー館(バルビゾン派)展示風景、(右下)キュレーターズ・アイ「星野友幸」展(~2026/2/1)展示風景

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「ミレーの絵がある」――そのことは同館を訪れる最初の理由になるだろう。しかし、「ミレー一辺倒」の美術館だと思ったら大間違い。館のキャッチコピー「種をまく 世界がひらく」とあるように、実に多彩な世界が、この 山梨県立美術館 の中に溢れているのだ。

エントランスでは学芸員注目の作家を紹介

美術館本館は、モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエに師事した建築家・前川國男による設計。ワインレッドのレンガによるシンプルで直線的な外観はクラシカルかつモダンで、自然豊かな公園に調和する。ル・コルビュジエの建築の特徴であるピロティを通り館内に入ると、吹き抜けの空間が広がる。

キュレーターズ・アイ「星野友幸」展(~2026/2/1) 展示風景
山梨出身の作家・星野友幸は、一貫してピンク色を用いた陶器・磁器を制作する。白と淡いピンク色の調和により、柔和で甘美な雰囲気をまとっている。
キュレーターズ・アイ「星野友幸」展(~2026/2/1) 展示風景
山梨出身の作家・星野友幸は、一貫してピンク色を用いた陶器・磁器を制作する。
白と淡いピンク色の調和により、柔和で甘美な雰囲気をまとっている。

「まずミレーの作品を…」と思って訪れると、もしかしたら驚くかもしれない。というのも、最初に目にする作品は現代作家の作品、ということもあるからだ。エントランスの一角(ギャラリー・エコー)では、20年以上前から学芸員が注目する山梨県ゆかりの若手作家の作品を紹介する企画が開催されている(入場無料)。

「山梨県にゆかりがあり、注目すべき活躍をみせる若手作家を柔軟に取り上げることを目的とした空間で、作家は学芸員が選定しています。この企画で取り上げた作家には、その後、美術館のコレクションになった作品(作家)もあります。」(学芸課長・平林彰氏)

ミレー《種をまく人》が“いつもある”「ミレー館」

2階に上がり、いよいよコレクション展示室「ミレー館」の中へ。落ち着いた赤い壁紙が印象的な空間の中にミレーの作品が並ぶ。

コレクション展A(ミレー館) 展示風景
コレクション展A(ミレー館) 展示風景

ジャン=フランソワ・ミレー(1814–1875)

フランス・ノルマンディー生まれ。パリで美術を学んだ後、バルビゾンに定住した。ロマン主義や写実主義の影響を受けつつ、農民の労働や祈りなど日常の営みを主題に据え、素朴で厳粛な表現を確立。代表作《落穂拾い》《晩鐘》など。簡潔な構図と抑制された色調で人間の尊厳と自然との結びつきを描き、後世の写実主義や印象派に大きな影響を与えた。

ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》 1850年 油彩・麻布
ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》 1850年 油彩・麻布

壁紙の赤色は、19世紀当時、ミレーの作品が鑑賞されていたサロンの壁紙が赤色であったという記録から、サロンをイメージした色だという。その赤色が、暗い色彩を基調とするミレー作品を際立たせており、鑑賞者の眼は自然と作品1点1点へと向けられる。

美術館所蔵のミレーの油彩画12点は、他館への貸出や特別展での展示などを除いて、基本的には全て展示しているとのこと。また油彩画のほか、版画作品なども展示されており、画家の生涯、そして静謐で神々しささえ感じさせるミレーの独自の農村風景をじっくりと味わうことができる。

近年コレクションに加わった《角笛を吹く牛飼い》(上)と、開館当初からのコレクションである《夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い》(下)も並んで展示されている。
近年コレクションに加わった《角笛を吹く牛飼い》(上)と、開館当初からのコレクションである
《夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い》(下)も並んで展示されている。
ミレー館(バルビゾン派) 展示風景
バルビゾン村の自然風景をイメージした緑色の壁紙の展示室には、ジュール・デュプレやテオドール・ルソー、カミーユ・コローといったバルビゾン派の作品から、ギュスターヴ・クールベなど写実主義の画家も展示。
ミレー館(バルビゾン派) 展示風景
バルビゾン村の自然風景をイメージした緑色の壁紙の展示室には、ジュール・デュプレやテオドール・ルソー、
カミーユ・コローといったバルビゾン派の作品から、ギュスターヴ・クールベなど写実主義の画家も展示。

続く緑色の壁の展示室では、ミレーもその1人である「バルビゾン派」の作品を中心にした風景画が展示されている。バルビゾン派は、フランス、バルビゾン村に住み、隣接するフォンテーヌブローの森など、自然や農村風景を描いた画家たちを指し、ここでは、バルビゾン派前史、またその後の写実主義、印象派へとつながる風景画の展開を一望する。ミレーとの共通点、違いを感じながら、それぞれの画家の個性を楽しみたい。

展示室の最後は、ジュール・ブルトン《朝》(左)、ジュリアン・デュプレ《牧草の取り入れ》(右)の作品で、後の印象派を予感させて締め括られる。
展示室の最後は、ジュール・ブルトン《朝》(左)、ジュリアン・デュプレ《牧草の取り入れ》(右)の作品で、
後の印象派を予感させて締め括られる。

ちなみに、昨年よりミレー没後150年を記念し、毎月3のつく日(3日、13日、23日、30日、31日)を「ミレーの日」とし、ミレー館の写真撮影が可能となった。また、レストランでは「ミレーの日」限定のスイーツ(ミレーの出身地・ノルマンディー地方名産のりんごのお酒「カルヴァドス」を使用したチーズケーキ)も提供される。ミレーの世界を存分に楽しみたい人はぜひ「ミレーの日」に訪れてみてほしい。

山梨出身の版画家・萩原英雄の鮮やかな芸術世界

さて、実はミレーのほかにもう1人、画家の名前を冠した展示室がある。それが山梨県出身の版画家・萩原英雄だ。生前に画家本人からの希望で版画や油彩画など3971点、様々な蒐集品888点が寄贈されたのを機に、平成16(2004)年に萩原作品専用の展示室がオープンした。

萩原英雄記念室 展示風景
萩原英雄記念室 展示風景

萩原英雄(はぎわらひでお 1913-2007)

山梨県甲府市生まれ。東京美術学校油画科(現・東京藝術大学油画科)卒業。1953年から3年間、肺結核による療養生活を送り、その間に独学で木版画制作を始める。以後多くの国際版画展に出品、高く評価される。紙の両面に色をつける両面摺りや、凹版による線表現など、独自の技法を確立した。また版画のほか油彩、水彩作品なども精力的に制作した。

膨大な数の作品がコレクションとなり、展示室では取材時は「新聞を彫る」「雑誌を貼る」というタイトルで、1972年制作の「影法師」シリーズや、その後のコラージュ作品など、印刷物をモチーフとした作品が展示されていた。「影法師」シリーズは、一見するだけでは、版画で制作されたとは思えないほど、複雑にイメージや色彩が重なっており、萩原による新しい版画表現を観ることができる。

萩原英雄《影法師No.13》 1972年 木版 
萩原英雄《影法師No.13》 1972年 木版 
《影法師No.13》の版木
近年、萩原の遺族より版木が寄贈され、実際の作品と版木を並べ、制作過程をより視覚的に見せる展示も可能になった。
《影法師No.13》の版木
近年、萩原の遺族より版木が寄贈され、実際の作品と版木を並べ、制作過程をより視覚的に見せる展示も可能になった。

「新しい発見」が”いつもある”コレクション展示

その他にも同館には西洋美術、日本美術、工芸、彫刻など多様な作品が収蔵されており、その数は約1万点を数える。コレクション展示室では年4回、様々なテーマで収蔵作品を紹介しており、地域、時代、ジャンルを超えた作品が並び、訪れる度に新しい発見があるだろう。

コレクション展B(テーマ展示室) 「冬の情景」展示風景
川瀬巴水をはじめとする新版画から、現代作家の作品まで、雪景色など冬を感じさせる作品が並ぶ。
コレクション展B(テーマ展示室) 「冬の情景」展示風景
川瀬巴水をはじめとする新版画から、現代作家の作品まで、雪景色など冬を感じさせる作品が並ぶ。
コレクション展B(テーマ展示室) 「具象と抽象のあわい」展示風景
静物、人物、風景など、画題ごとに西洋・東洋の油彩や版画などを展示。美術史的な展観では隣に並ぶことがないような画家の作品が並ぶのも面白い。
コレクション展B(テーマ展示室) 「具象と抽象のあわい」展示風景
静物、人物、風景など、画題ごとに西洋・東洋の油彩や版画などを展示。
美術史的な展観では隣に並ぶことがないような画家の作品が並ぶのも面白い。
阪本トクロウ《ドリフター》(左)や佐藤正明《Subway No.8》(右)など、現代作家の作品も随時コレクションに加わる。
阪本トクロウ《ドリフター》(左)や佐藤正明《Subway No.8》(右)など、現代作家の作品も随時コレクションに加わる。
コレクション展示室 
特別展「日本画の挑戦者たち」に関連し、現代の日本画家の作品を展示。左は福井江太郎《阿Ⅰ》。
コレクション展示室 
特別展「日本画の挑戦者たち」に関連し、現代の日本画家の作品を展示。左は福井江太郎《阿Ⅰ》。

特別展では「日本画」の挑戦者たちを紹介(~2/1)

特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求 展示風景
特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求 展示風景

特別展も年に数回、日本美術、西洋美術、現代アート、工芸など、多岐にわたる展覧会を開催している。取材時は、特別展「日本画の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求」が開催中だった。明治から昭和(1900~1980年代)にかけて、独自の表現を模索した日本画家27人に焦点を当てた本展。横山大観や、輪郭線を用いない「朦朧体」という手法を生み出した菱田春草から始まり、「会場芸術」を提唱し大画面でダイナミックな作品を多く手掛けた川端龍子など、近代の日本美術を語る上で外すことのできない作家たちの作品が目白押しだ。

特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求 展示風景
特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求 展示風景
特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求 展示風景
特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求 展示風景
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
特別展 「日本画」の挑戦者たち それぞれの葛藤と探求
開催美術館:山梨県立美術館
開催期間:2025年12月6日(土)〜2026年2月1日(日)

富士山を借景にしたアート体験

美術館がある芸術の森公園には、15点の彫刻作品が点在している。美術館前にあるヘンリー・ムーアに始まり、ロダン、ブールデルといった西洋彫刻の巨匠から、佐藤忠良、舟越保武ら日本の彫刻家、そして岡本太郎をはじめ現代美術家と、時代、洋の東西を問わず多彩な作品が、訪れた人々を出迎える。

佐藤正明《ザ・ビッグアップル No.45》2007年 ステンレス・スティール
取材時には、本作の周りで子供たちがキャッチボールをして遊ぶ光景も。のびのびとした空間の景色の中に自然と芸術作品が溶け込んでいる。
佐藤正明《ザ・ビッグアップル No.45》2007年 ステンレス・スティール
取材時には、本作の周りで子供たちがキャッチボールをして遊ぶ光景も。
のびのびとした空間の景色の中に自然と芸術作品が溶け込んでいる。

また、館内からも富士山を見ることができるスポットがある。本館と南館をつなぐ廊下の窓は、「富士見の窓」として、遠くに聳える富士の山頂を見ることができる。「富士見の窓」の傍には、山梨県出身で様々な場所の土を収集したインスタレーション作品で知られる栗田宏一の《SOIL LIBRARY / YAMANASHI》が展示されている。絶景の富士山と、栗田が山梨各地で収集した土――マクロとミクロの視点で、山梨という土地を感じる空間となっている。

「富士見の窓」と栗田宏一《SOIL LIBRARY / YAMANASHI》2020 土、瓶 
本作は2020年に同館で開催された 特別展「栗田宏一・須田悦弘展 で制作された。
「富士見の窓」と栗田宏一《SOIL LIBRARY / YAMANASHI》2020 土、瓶 
本作は2020年に同館で開催された 特別展「栗田宏一・須田悦弘展 で制作された。

人と人をつなぐ取り組み

ワークショップの様子
ワークショップの様子

「みる・つくる・まなぶ」と題し、鑑賞の理解を深める講座や、創作する喜びを育むワークショップ、対話型鑑賞などにも力を入れている。大人も子供も障がいのある方も、どなたでも参加できる参加型展覧会「みんなでつくる美術館(通称:みなび)」では、毎年テーマに沿ったワークショップを開催。参加者がワークショップで制作した作品を展示する展覧会「みなび展」を実施している。

「みんなでつくる美術館」展 「県立美術館展望台」
「みんなでつくる美術館」展 「県立美術館展望台」
「みんなでつくる美術館」展 「今日だけは出会ったことの無い誰かに」
「みんなでつくる美術館」展 「今日だけは出会ったことの無い誰かに」

美術館内にあるユニバーサルカフェ&レストラン「COLERE(コレル)」では、農と食、多様な人の交流で、心を耕す、誰でも "来れる(コレル)" ことをコンセプトに運営している。ここでは、聴覚障害を持った方がバリスタとなって接客をする日もあるとのこと。心身にハンデを持った方が接客を行う飲食店は近年増えてきているが、美術館併設のレストランでの事例は珍しいだろう。

ユニバーサルカフェ&レストラン「COLERE(コレル)」
ユニバーサルカフェ&レストラン「COLERE(コレル)」

こうした美術館の取り組みは、美術館のコンセプトでもある「種をまく 世界がひらく」を体現しており、美術館の役割が「作品を観る」ことだけに留まらない、世界に対しての視点、感性を育む役割へと広がっていることがうかがえる。

「いつもここにはミレーがある」という安心感。そして、「何回行っても新しい作品に出会える」というワクワク感。この2つが核となり、美術館に人が訪れ、人と作品、人と人との出会いによって、新しい世界が開いていく。山梨県立美術館は、そんな希望に溢れる場所だ。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
山梨県立美術館|Yamanashi Prefectural Museum of Art
400-0065 山梨県甲府市貢川1-4-27
開館時間:9:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日(日曜日の場合は開館)、年末年始、その他臨時開館・休館あり

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