沖縄 × パラオ × 東京――生活者の記憶をすくいあげ、
それぞれの土地の戦後史を描く新作《Recalling(s)》。
山城知佳子氏インタビュー
「ジャム・セッション 石橋財団コレクション × 山城知佳子 × 志賀理江子 漂着」が
アーティゾン美術館(東京・京橋)にて、2026年1月12日まで開催

取材・文:森聖加
現代アーティストが石橋財団コレクションとの出会いを通じて作品を制作・発表し、新たな美術の可能性を探るアーティゾン美術館の「ジャム・セッション」シリーズ。第6回の今年は「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着」と題して、沖縄と東北・宮城で土地の歴史と記憶に向き合いながら創作を続けてきた、2人の女性アーティストによる大規模インスタレーションを展開中だ。出品作家のひとり、山城知佳子氏に新作について話を聞いた。

山城知佳子(やましろちかこ) プロフィール
映像作家。アーティスト。1976年沖縄県生まれ。写真、ビデオ、パフォーマンスを駆使し、沖縄の歴史、政治、文化を視覚的に探求する。近年は、沖縄の問題を普遍的命題として捉え、東アジア地域の歴史や人々をも俯瞰し、アイデンティティ、生と死の境界、他者の記憶や経験の継承をテーマに制作・思考を続ける。近年の主な個展に、「Song of the Land」 (グルベンキアン・モダンアートセンター、リスボン、ポルトガル、2024–25年)、「ベラウの花」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、香川、2023年)、「リフレーミング」(東京都写真美術館、2021年)など。
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- 「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着」
開催美術館:アーティゾン美術館 6・5階展示室
開催期間:2025年10月11日(土)〜2026年1月12日(月・祝)
2人の作家の新作で体感する“パフォーマンス=身体性”のその先
ビデオアーティストと写真家――映像を表現手段とするアーティスト2人による壮大なインスタレーションが実現した。アーティゾン美術館の「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着」では、5階と6階の各フロアをそれぞれの作家がフルに使って、新作を展示している。
山城は6チャンネル映像からなる《Recalling(s)》で父、達雄さん(1936-)の記憶を起点にパラオ、沖縄、東京の戦後史を立体的につづる。一方の志賀は、2008年に宮城県石巻へ移住して以降、同地を拠点とし、東日本大震災後の「復興の内実」を高さ4.2m、全長200mを超える大型写真絵巻《なぬもかぬも》としてあらわした。


©Lieko Shiga. Photo: kugeyasuhide
担当学芸員の内海潤也氏はこう振り返る。「“パフォーマティヴィティ(行為遂行性)”や“パフォーマンス”というキーワードを軸に、2人の作品を同時に展示することで、単独では記号性の影に潜んでしまいがちな要素を浮かび上がらせたいと考えました。両作家とも身体性を伴う表現を続け、“作品と鑑賞者”という一種固定された枠を超えて観る者の心の奥底を揺さぶり、変容を促す体験を与えてくれます」。石橋財団コレクションからは戦後に時代区分される作品が選ばれ、両作家の視点を通じた魅力探求も行われた。

6階が山城の展示フロアだ。会場の入り口頭上には布製のパラシュートがあり、観客はその下をくぐり抜けて、彼女が収蔵庫で即決したオーストラリアのアボリジナル作家、ジンジャー・ライリィ・マンドゥワラワラの《四人の射手》(1994)に出会う。
山城は言う。「《四人の射手》が会場に並んで、色彩をはじめすべてが私の作品と響き合っている、とうれしく思いました。この絵は普遍的な共同体、沖縄でいう“シマ” を思い起させます。私自身も見たことのない戦前の、沖縄の原風景のような。聖域があり、シャーマンがいる。暮らしの中に必要とされる祈りの空間を感じました」。絵を出発点として、映像作品へとつながる空間構成ははじめから意識した。「ある特定の、沖縄の話からは始まりませんよ、というメッセージも込めています」
身体が呼び戻す記憶――パラオのジャングルをさまよいながら
新作のタイトル《Recalling(s)》は「思い出す/呼び戻す」を意味するrecallの現在分詞形に由来する。(s)とあることから、思い出されたものはひとつではなく複数あることを示唆している。山城がアーティストとして向き合い続けてきた生まれ島、沖縄。本作は作家のコア形成に大きく影響を与えた父、達雄さんが戦時中に幼少期(5~10歳)を過ごした当時の日本統治領パラオ共和国のアンガウル島へ、記憶をたどる旅を基軸にする。2019年から東京藝術大学で教える立場となり、沖縄と東京の2拠点生活によって拡がった身体感覚や生きる場所としての空間認識も加えた。沖縄に限定せず、複数の場所で戦争を経験した人たちの記憶に触れる作品である。

人権のために闘う決意をし、沖縄人民党に入党、機関紙の記者として活動した。
50代から小説を書きはじめ、『ベラウの花』などを著した。
山城知佳子《Recalling(s)》2025年 ©Chikako Yamashiro. Courtesy of the artist
達雄さんを題材とする作品は、2022年の《彼方(Anata)》、23年の《ベラウの花》に続く3作目。今年89歳を迎え、細かい記憶をたどることが難しくなってきた父親に対し、作家が抱いてきた疑問の解明に残された時間は多いとはいえない。普段の生活でパラオの記憶を思い起こさせることも難しい。山城は現地への再訪を希望した父とともにアンガウル島へ飛び立った。
「きちんと話を聞き出すタイミングとしては、少し遅かったなぁと思いました。もう細かなことは思い出せないんです。私が小さなころから聞かされてきた話はいつも同じで、記憶の断片です。映像化した場面では、横浜からパラオへ向かう船上で空を指差し『とぅいや、とぅいや』と幼い父がウチナーグチ(沖縄の言葉)で言うと、日本人の子どもに『それは鳥というんだ』と標準語に直された、と。幼心にも衝撃だったのでしょう」

子どもの頃に見た風景と住んでいた場所を探そうと、島をさまよう父の姿をそのまま追った。驚いたのは、人の身体感覚には「方向」という記憶が入っている、と思い知らされたことだ。現地に身を置くことで、何かが達雄さんに反応しはじめたという。
「(アメリカ軍が島を制圧する目的で)アンガウルは空爆されたので、当時の街や建物はなくジャングルに覆われています。けれど海の景色は変わらず、港の位置も変わらない。港を起点に毎日、繰り返し探しました。港を背にすると、必ず『あっち』と言って左を差すんです。地図を見ると、当時のリン鉱採掘の現場や宿舎がその辺りにあり当たっている。2週間の滞在のはじめは『左』だけで終わっていたけれど、次第に『左行って右』となり、『左行って、右行って、左』まで出てきた。最後には自分の家への帰路、小学校の前を通って、男の子の友達2人といつも一緒に帰っていた、と一度も聞いたことがないエピソードが出てきました。現地に行ってこその話を聞きたかったので、よかったと思いました」

アーティゾン美術館 ©Chikako Yamashiro. Photo: kugeyasuhide
語られない記憶――答えのない制作という旅で
《Recalling(s)》はこれまであまり語られず、歴史化されていない話を拾う試みだ。パラオを含む南洋群島には戦前・戦中に日本から多くが移民し、その大半を沖縄出身者が占めた。しかし、父の記憶をたどったパラオでの語りは、沖縄で一般に語られてきた戦中・戦後史からは外れる。沖縄本島の地上戦は悲惨を極めたゆえに多くの話が残っているのに対し、南洋の戦争体験を聞くことは少ない。同じ南洋でもサイパンやテニアンなど激戦地の話が残る一方で、アンガウル島の話はほとんど残されていない、ともいう。
「生き延びて沖縄へ帰った人も、自分の経験は(沖縄戦と比べて)大したことはない、と本人が語らない場面も多くあります。でも彼らに戦争の傷がないのかというと、そんなことはないはずです。誰の経験が重い、軽いと測ることなく等価値に扱いたいと思いました。とはいえ、生活史・個人史として身近な父から制作に入ったものの、父はすでに多くを忘れていて、私は混沌とした旅に入っていく。答えがあるわけでもなく、答えを見つけました、という作品にもなりません。だったら、私自身が経験するプロセスをドキュメンタリーとして、そのまま作品化すればいいと開き直りました」

直前の1913年、イングランドの作詞家が歌詞をつけ発表。母が戦地へ赴く子の帰還を祈る歌として知られる。
山城知佳子《Recalling(s)》2025年 ©Chikako Yamashiro. Courtesy of the artist
大部屋で流れる映像には、高校生の時にスカウトされ米国統治下の沖縄米軍基地のクラブに立ったジャズシンガーの斎藤悌子さん(ていこ/1935-)とドラマー金城吉雄さん(1935-)の姿がある。斎藤さんはベトナムの戦場へ飛び立つ米兵からのリクエストが多かった「ダニーボーイ」を歌う。牧師の平良修さん(たいらおさむ/1931-)は斎藤さんの兄。1966年に当時の最高権力者、高等弁務官の就任式壇上で「あなたが最後の弁務官になりますように」と祈った人物だ。米軍の支配や基地に反対してフェンスの外側に立ち、歌での抗議を続けてきた。
また、沖縄民謡を現代的に発展させたウチナー・ポップの先駆者のひとり、喜納昌吉さん(きなしょうきち/1948-)は「ハイサイおじさん」を「制作時を思い出し、音を見つけた当時と同じテンポで」という山城の依頼に応え三線をつまびく。甲子園の応援歌にも使われるヒット曲は、陽気な歌詞や曲調とは裏腹に、喜納さんが中学生の頃、戦争のトラウマを抱えた近所の一家に起こった事件が制作の背景にある。東京のシーンでは「東京大空襲・戦災資料センター(江東区)」で出会った亀谷敏子さん(1931-)が80年前の出来事を語る。彼女は家族7人を空襲で失った。

アーティゾン美術館 ©Chikako Yamashiro. Photo: kugeyasuhide
山城は東京に拠点を構えてはじめて、沖縄以外の場所での戦争を考えるようになったと正直に打ち明ける。「戦争は世界戦でしたし、父がいたパラオ、南洋群島からB29が飛び立って東京をはじめ日本各地を空爆しました。《Recalling(s)》では、そうした地理的・歴史的位置づけも反映しています。アボリジナル作家作品とのセッションも世界を俯瞰して語ることに役立ちました。沖縄やパラオのような小さな島は大きな政治的、地政学的な力に翻弄され、逃れられない。東京もひとつの点としてみれば同じです。そしてアボリジナルの人々、他の土地の先住民も支配されてきた歴史があります。会場冒頭のパラシュートはそれらを想起させるかもしれません。これは沖縄だけの話ではなく、どこにでも起こっていること。国と国との対立では必ず住民が巻き込まれることを描きたかったんです」
映像の中の劇場空間さながらに、「生もの」として作品を立ち上げる
劇場空間で撮影を進めたシーンもあることから、鑑賞フロアも回廊や幕間のように構成した。鑑賞者はスクリーンの前のソファに座ってじっくり見ると同時に、前後左右に置かれた映像の間を行き来して眺めることもできる。各スクリーンは音響と布によりつながれている。

「自身の作品も呼び戻して《Recalling(s)》の一部として再構成しました」と話す。
サウンドデザイナーと綿密に仕上げた音響は、23年の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での個展の経験が生かされた。映像作品の展示では、隣接する作品の音が響き合ってしまう。けれど、上映時間の異なる複数の映像を同期せずにループ上映すると、互いの作品から聞こえる音の重なりが時々で変わって、目の前の映像の見え方、読み取り方が変わることに気付いた。それらを逆手にとったのだ。「展覧会で映像を発表することは〈上演〉ではないか。そう考えるようになって、場所を立ち上げる、作品を生ものとして考える意識が強くなりました。悌子さんの歌声が隣のスクリーンのジャングルの中にも届くように、敏子さんの語りが沖縄にも届くよう思いを込めました」

アーティゾン美術館 ©Chikako Yamashiro. Photo: kugeyasuhide
戦後、何ひとつない場所から人々の暮らしは立ち上がっていった。布は生活空間としてのバラック(仮設の住宅)を連想させもする。布は響きを受け止め、布の間を音が吹き抜けることで不思議なサウンドになる。「布もまた映像の一つであり、さまざまな記憶がスクリーンに投影されます。布自体が記憶の総体として現れることで、鑑賞者自身も映像の現場にいるように思えるかもしれません」。音と光に導かれて、目の前で語る人に思いを寄せる。時間の層の中で、私たち一人ひとりも自らの記憶を思い起こし、「今」を見つめ直すことになるだろう。
感情や葛藤、生身の人間が抱える揺らぎをアートに託して
「〈その人〉の存在に私が交感することで、私の体の中でそれが震えて、『はぁぁ』と吐き出されます。具体的に証言を残すだけではアートになりません。それは記録または情報です。正しく伝えることではなく、アーカイブ化された時にそこに残らないもの、感情や葛藤、生身の人間が抱える面をアートだったら拾うことができると思っています」
相手が伝わらないと諦めていても、言葉にならなくても。目の前にいる人の存在をあるがままに受け止めて、彼、彼女らの経験、痛みを自分ごとのように感じ取り、血肉化する。分断によりそんなイマジネーションがなおざりにされがちな世界で、確かに刻まれる存在の機微を山城はすくい上げ、創作を続けていく。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
- アーティゾン美術館|ARTIZON MUSEUM
104-0031 東京都中央区京橋1-7-2
開館時間:10:00〜18:00 ※ただし祝日を除く毎週金曜日は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
会期中休館日:月曜日、10月14日、11月4日、11月25日、12月28日~1月3日
※ただし10月13日、11月3日、11月24日、1月12日は開館
森 聖加
フリーランス編集者、ライター。書籍『歌と映像で読み解く ブラック・ライヴズ・マター』の編集、クエストラヴ著『ミュージック・イズ・ヒストリー』の監訳を担当(藤田正との共監訳/いずれもシンコーミュージック・エンタテイメント刊)などで、音楽を中心とするポップ・カルチャーの視点からアメリカ黒人の歴史と文化を発信。ほかにアート、建築など分野を超えクロス・カルチュラルの視点でわかりやすく伝えることをモットーに取材を続ける。