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夭逝の天才画家、佐伯祐三の
人生の最期に現れた最高のモデル《郵便配達夫》

この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩 Vol.13
大阪中之島美術館 / 佐伯祐三《郵便配達夫》

名画・名品

佐伯祐三《郵便配達夫》1928年 大阪中之島美術館蔵
佐伯祐三《郵便配達夫》1928年 大阪中之島美術館蔵

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この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩

私たちが普段、美術館や博物館に足を運ぶときは、あるテーマの企画展や特別展などを鑑賞しに出かけることが多いのではないだろうか。多くの美術館や博物館では各館のコンセプトに沿って、絵画や彫刻、版画、工芸など様々な作品を収蔵している。それらの作品の購入や寄贈により形成されていくコレクションとはどのようなものなのか、そういった各美術館や博物館の特徴や個性を知ることで、作品鑑賞をより深く楽しむ手掛かりとなるのではないだろうか。「この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩」では、そんな美術館・博物館のコレクションから注目すべき作品を1点ずつご紹介していく。

直線を用いて角ばったフォルムで描かれた郵便配達夫。体を斜めに傾けて椅子に座った姿だが、動的な勢いや力強さを感じさせる。この作品が描かれた5か月ほどのちの1928年8月に佐伯は30歳でその短い生涯を終える。

1928年3月、雨の日にずぶぬれになって制作を続けたことがもとで風邪をこじらせた佐伯は、パリの自宅で体調がすぐれない日々を過ごしていた。そのような中で、郵便を届けにきた立派な白髪の郵便配達夫に創作意欲を掻き立てられ、絵のモデルになって欲しいと依頼する。後日、自宅を訪れた配達夫を前にして、その日のうちに、グワッシュ1点(戦火により焼失)、《郵便配達夫(半身)》、そして本作品を描いたという。

病を押してキャンバスに向かう佐伯のエネルギーが投影されているかのようなこの作品を描いた同年3月末、佐伯は喀血し、病床に就く。それ以降、再び筆を持つことが叶わなかった、佐伯の最期の作品のひとつとなる。

この作品を所蔵するのは、第一級の規模と内容で佐伯祐三の作品をコレクションしている大阪中之島美術館である。実業家で美術コレクター・山本發次郎によって、戦災を免れた収集品のうち、代表作を含む33点が1983年に遺族から大阪市へ寄贈され、その後の購入と寄贈により、現在約60点の佐伯作品を所蔵する。大阪中之島美術館は、山本發次郎の収集品が大阪市に寄贈されたことをきっかけの一つとしてその構想がスタートし、昨年の2022年2月に開館を迎えている。同館のコレクションのはじまりが、佐伯祐三の作品群であり、本作品はいわば大阪中之島美術館の顔ともいえるようなコレクションを代表する作品の一つである。

この名画の見どころや、佐伯の作品の魅力などについて、大阪中之島美術館の学芸員 高柳氏にお話しを伺った。


戦火を逃れた作品《郵便配達夫》

山本發次郎は戦況が悪化した1945年、芦屋の自宅に保管していた作品の疎開を決意します。最大で150点ほどあった佐伯祐三作品は、そのすべてを1台のトラックに載せることができず、画家の晩年の作品を中心に選定がなされました。グワッシュの作品はこの過程で選別されず焼失したわけですが、油彩の郵便配達夫は全身像、半身像ともに疎開し戦火を逃れることになりました。山本發次郎は佐伯祐三の作品を後世に遺すことに使命感を感じ、戦後も所蔵品を積極的に公開しました。大阪中之島美術館は、作品とともにこの山本發次郎の遺志をも受け継いだといえます。

風景画で知られる佐伯祐三の、珍しい全身像の作例

佐伯祐三は街の風景を数多く描いていますが、このような全身像の人物画の作例はほとんどありません。人生の最期に最高のモデルとして現れた特別な人物といえます。全身が勢いのある筆遣いで描かれており、素早い筆致は見開いた目や豊かな髭、手に持つ火のついたタバコなど、細部にも見られます。モデルはフランス人ですが、デフォルメされた容貌には国籍を越えた親しみやすさがあり、自分の知っている人に重ねて見ることができるのも人気の理由の一つでしょう。

誰のものでもなくこれぞ佐伯、という画風

「夭逝の天才画家」などの冠を付けられることの多い佐伯。その作品には、佐伯が運んだ筆の跡、重ねた絵具が生々しく残されています。勢いのある筆触は画家の瞬間的な身振りをとどめていますが、それだけではなく、対象の形態をつかむ確かさ、配色の絶妙さ、デフォルメを施しつつ全体をまとめる確かさなどが認められ、感性だけではなくしっかりとした技術の裏うちがあった上での完成度であることが分かります。

作品に向き合う私たちは、対象を選び取る独特の視点を含め、絵に向き合う姿を強く想起し、画家自身に想いを馳せます。それほど佐伯祐三の作品は、画家の個性を感じさせます。誰のものでもなくこれぞ佐伯、という画風を短い画業の中で獲得したこと、そしてそれを得るためのあまりにもストイックな創作態度もまた、私たちを惹きつける魅力の一つだと思います。

(大阪中之島美術館 主任学芸員 高柳 有紀子)


今回ご紹介の名画、佐伯祐三《郵便配達夫》は、現在開催中の「開館1周年記念特別展 佐伯祐三 —自画像としての風景」(2023年6月25日まで)で観ることができます。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
開館1周年記念特別展 佐伯祐三 —自画像としての風景
開催美術館:大阪中之島美術館
開催期間:2023年4月15日(土)~6月25日(日)
大阪中之島美術館
大阪中之島美術館
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
大阪中之島美術館|NAKANOSHIMA MUSEUM OF ART, OSAKA
530-0005 大阪府大阪市北区中之島4-3-1
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
定休日:月曜日(※祝日の場合は翌平日)

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