空間を回遊し、複層的な物語を紡ぐ。
見えない時間軸を彫り出す、Nerholの最新作を堪能
「Nerhol 種蒔きと烏 Misreading Righteousness」が、埼玉県立近代美術館にて2025年10月13日(月・祝) まで開催

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文 中島文子
2024年に千葉市美術館で行った個展「Nerhol 水平線を捲る」の反響が記憶に新しい Nerhol(ネルホル)。キャリアを総括する大規模な展覧会から1年足らずで開催される本展覧会では、未発表作を含む最新作を中心に、約100点もの作品が並ぶ。
Nerhol の作品は、グラフィックデザイナーの田中義久と彫刻家の飯田竜太の対話を起点に、2人の共同作業によって生み出される。紙に出力した連続写真を重ね、その積層を彫るという独自の手法も、お互いの関心領域の広がりとともに、モチーフや素材を変え、表現を深化させてきた。今回はこれまでにはなかったアプローチが展開されるという意味で、Nerhol の新境地を目撃する機会になる。埼玉県立近代美術館の場の特性を生かし、思索と探求の域を広げた Nerhol の新作個展の見どころをご紹介する。

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- 「Nerhol 種蒔きと烏 Misreading Righteousness」
開催期間:2025年7月12日(土)〜2025年10月13日(月・祝)
開催美術館:埼玉県立近代美術館
開館時間:10:00〜17:30(展示室の入室は17:00まで)
休館日:月曜日(8月11日、9月15日、10月13日は開館)
見えないものを見つめる行為
展示空間に入り、まず視界に入るのは、大型の円形什器だ。什器に架けられているのは、エドワード・マイブリッジの連続写真を素材にしたシリーズ《carve out》(2023)から36点。鑑賞者は自ずと周囲を回りながら作品を見ることになる。

マイブリッジは19世紀後半に自ら考案した装置によって、人の目で捉えることが難しかった馬のギャロップを写真に映し出し、さらに連続写真を回しながら投影するゾートロープを発明した。今回、Nerhol がゾートロープをイメージした什器に作品を展示したのは、マイブリッジの研究へのオマージュと受け止められるが、それ以上に興味深いのは、「見ること」に対する鑑賞者の能動的な関与を誘発している点だ。
周囲の壁面に展示される《Piano sonata》(2025)、《Mayim Mayim》(2025)は巡る動きにリンクし、表層的なイメージの奥にある物語へと意識が向かう。この先に複層的な時間軸が展開していくことを予感させられる。

うつろう時間の中で対峙する自己のイメージ
外の公園とやわらかくつながる、波打つガラスのファサードに面した部屋では、珪化木を素材にした作品《connecticut》(2025)が床に転々と置かれている。地中で長い年月を過ごし、石化した珪化木は、人間の時間を超越した時間軸をもつ素材として、Nerholが2022年から制作に用いてきた。これまでは年輪面を露出するように水平にカットした後、切断面を結合するか、または伏せた形で展示してきたが、今回は年輪面に錫を流し込み、鏡面仕上げを施した。覗き込むと、錫でコーティングされた表面に自身の姿が映り込み、異なる時間軸の接点に触れた感覚になる。

壁に展示されている《representation》(2025)は、鏡をモチーフにした Nerhol の作品を見てきた人は一瞬既視感を覚えるかもしれない。しかし、今回はミラーフィルムではなく、実物の鏡を使って制作されているという点で新しい試みとなる。荒々しく彫り刻まれた鏡は感覚に訴える強度が増し、前に立つと自分の存在の不安定さに面くらう。外の光を受け止め、空や緑を取り込み、刻々と変化する状況に呼応しながら、鏡の中ではプレゼンテーションが繰り返される。
「垂直」と「水平」の間で

すでに在るものの見方を変え、価値をどう転換していくかを常に話し合っているという Nerhol の2人にとって、美術館を設計した黒川紀章の思想を知り、展示構成に相当な時間をかけることは必然であったという。本展覧会のハイライトでは、国境を超えて移動や繁殖を続ける帰化植物を題材にした大規模な作品を中心に、新作が紹介される。あえて可動壁を使わず、床のカーペットを全て剥がし、無機質で広大な空間を露出し、作品を並べた。作品と作品、作品と鑑賞者、それぞれの関係性にじっくり向き合うのに十分な間が取られている。

ヨーロッパから日本に持ち込まれ野生化したシロツメクサを題材にした《Hidden Crevasse》(2025)は、シロツメクサを撮影した数十秒の動画から2万枚もの静止画像を切り取り、水平方向に積み重ねられた時間の断層を開示する。「時間の積層を側面から見たときに、どう見えるのか」という素朴な興味がきっかけだったというが、2万の瞬間を知覚するという斬新な発想にたどり着いたのも、Nerhol が紙という素材の物質的な可能性にずっと向き合ってきたからなのだろう。
5枚並ぶ作品は全て同じ静止画像から切り取られたものだが、少し遠目に見ることで、それぞれ異なるモアレのような模様が表出しているのがわかる。逆に近寄るほど迫ってくるのは、圧倒的な物量感だ。紙は一枚一枚手で裁断されており、その痕跡に身体性を伴う作業の累積を確認できるだろう。大浦周学芸員は「物事の見方の向きを変えることで、知覚や意識が刷新する。Nerhol の第2章ともいえる飛躍が起こったという印象をもっている」と話す。見えない世界に対する視点の転換を示した本作で、Nerholの探求の現在地を確認することができる。

「人の手で持ち込まれなければ、そこに存在しなかった」という意味で、帰化植物の物語は常に人為と因果が複雑に絡み合う。今回新しく題材に選ばれたハナミズキは、大正時代に東京市がワシントンD.Cに贈ったソメイヨシノの返礼品として日本に持ち込まれた。その後大量に生産され、いまではもっとも多い街路樹のひとつになっている。《Cornus florida linn》(2025)を制作するのに、作家自ら東京に唯一現存する原木を撮影しに行ったのだという。クローズアップでとらえたハナミズキの輪郭が水平に彫る行為によって曖昧になる。その造形から、既成のイメージが溶解し、背景の複雑さが滲み出てくるのを感じる。

物事や行為の一義的な確かさに問いを投げかける Nerhol の視線は、《Rock, Scissors, Paper》(2025)で彫刻的行為に向けられる。まず迫ってくるのは、石灰石を原料につくられたストーンペーパーが数千枚と積み上げられた塊だ。垂直に屹立しているように見えるが、近づくと側面に薄い紙の積層が確認できる。周囲に散らばる切片は、切片の形状を保っているもの、ばらばらになって紙に還元されているもの、さまざまだ。ノミ跡が残る塊と切片、どちらが彫刻作品なのか、彫刻的行為がもたらす循環の中で、ものの認識がゆらぐのを感じる。

向かい合う「光」と「闇」
次の空間に入ると、床に白と黒のポストカードが山になっているのが目に入る。展覧会タイトル「種蒔きと烏」を端的に表した、参加型インスタレーションだ。「権兵衛が種まきゃ烏がほじくる」というフレーズで知られる民話がモチーフになっているが、ここでも一義的な解釈に問いが投げかけられる。一見徒労に思えることも、視点を変えれば、別の場所で実を結ぶかもしれない。種が入ったポストカードは1枚選んで持ち帰ることができる。鑑賞者が展示空間に残した足跡から、新たな物語が紡がれていく。

最後の部屋では2作品が向かい合う形で展示され、スケールが異なる時間軸を対比的に見せる。《Canvas(Oasa)》(2025)は、Nerholが紙そのものの制作から手がけているシリーズの新作だ。原料の植物を刈り取り、和紙にしたものを紙縒り、キャンバスを織る。つまり支持体に施される彫刻行為は、膨大な作業の蓄積の上にようやく成り立つ。今回はキャンバスの奥の板に光を吸収する漆黒の塗料が塗られた。キャンバス表面の穴や裂け目から中を覗くと、外界の光を吸い込むように、どこまでも深い闇が待っている。

《Canvas(Oasa)》とは対照的に、《Flash》(2025)は闇にぼんやり広がる光が印象的な作品だ。1950年に日本で開発された胃カメラの撮影記録を素材に、フラッシュが体内で発光した瞬間に彫刻を重ね合わせた。実は、サイズは違うがこの作品と同じ作品が、最初の展示空間にある円形什器の中に伏せて置かれている。表と裏がつながったとき、どんな文脈が生まれるのか、展覧会全体をもう一度振り返りたくなる。

素材の可能性を追求した新しい表現手法と巧みな展示構成で、複雑で分かち難い、多層的な時間軸を提示した Nerhol。その作品は、ものごとの安易な理解を遠ざけながら、世界を知りたいと思う、人間の根源的な欲求を繰り返し呼び起こす。空間をゆっくり回遊し、作品と作品の間を往還しながら、思考が広がる心地よさを体感してみてほしい。

- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
- 埼玉県立近代美術館|The Museum of Modern Art, Saitama
330-0061 埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1
開館時間:10:00〜17:30(最終入館時間 17:00)
会期中休館日:月曜日 ※ただし、8月11日、9月15日、10月13日は開館