FEATURE

アボリジナル・アートの多様な姿が映す
先住民女性たちの創造性と力強さ

「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」が開催中の
アーティゾン美術館(東京・京橋) 学芸員・上田杏菜氏 インタビュー

インタビュー

ノルギルンガ・マラウィリ作品の展示コーナー。中央の《ボルング》2016 石橋財団アーティゾン美術館蔵は
ユーカリの樹皮を用いていることがわかるように展示されている。裏側も確認したい 
© the artist ℅ Buku-Larrŋgay Mulka Centre
ノルギルンガ・マラウィリ作品の展示コーナー。中央の《ボルング》2016 石橋財団アーティゾン美術館蔵は
ユーカリの樹皮を用いていることがわかるように展示されている。裏側も確認したい 
© the artist ℅ Buku-Larrŋgay Mulka Centre

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構成・文・写真:森聖加

アボリジナル・アートはオーストラリア先住民族の系譜に連なる人々によって制作される、土地や記憶と深く結びついた視覚芸術だ。2024年、第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で、アボリジナル作家の個展を行ったオーストラリア館が国別参加部門の金獅子賞を受賞するなど、近年世界的な評価と注目が高まっている。アーティゾン美術館で開催中の「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」は、同国のアートシーンを牽引する複数の女性作家に焦点をあてた日本初の試み。同館学芸員・上田杏菜氏に企画の意図や作品の魅力をうかがった。

※後編、本展出展作家 ジュディ・ワトソンさんへのインタビュー記事はこちら

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」
開催美術館:アーティゾン美術館
会期:2025年6月24日(火)〜9月21日(日)
上田杏菜氏
上田杏菜氏

上田杏菜氏 プロフィール

石橋財団アーティゾン美術館学芸員。早稲田大学で美術史を学んだ後、オーストラリア・アデレード大学大学院で学芸員・博物館学修士課程取得修了。南オーストラリア州立美術館でのインターンを経て、2019年より現職。専門はオーストラリア美術および現代美術。これまでに「開館記念展:見えてくる光景コレクションの現在地」(2020)、「STEPS AHEAD:Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」(2021)などを担当

アボリジナル・アートの多彩で、豊かな表現に出会う

アボリジナルの人々は、5~6万年前からオーストラリアの砂漠地帯や熱帯・森林地帯、そして南部のタスマニア島にいたるまでさまざまな環境に適応し、独自の文化を育んできた先住民族だ。かつては約250の言語グループが存在し、そのうち約120が現在も使われている。コミュニティを形成する各言語グループは、異なる文化と信仰、ドリーミング(神話)を持ち、土地と深く結びついた暮らしを営んできた。アーティゾン美術館の「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」は、そうした土地で創作活動を行ってきた女性作家7名と1組の52作品を紹介する。

ノンギルンガ・マラウィリ《ジャプ・デザイン》2018-19 ケリー・ストークス・コレクション蔵 © the artist ℅ Buku-Larrŋgay Mulka Centre/ジャプ氏族に伝えられてきた図像をバーク(ユーカリの樹皮)以外の素材(コミュニティで遺骨を納めてきたユーカリの木の幹や紙)に描き、インスタレーションとして発展させた
ノンギルンガ・マラウィリ《ジャプ・デザイン》2018-19 ケリー・ストークス・コレクション蔵 © the artist ℅ Buku-Larrŋgay Mulka Centre/ジャプ氏族に伝えられてきた図像をバーク(ユーカリの樹皮)以外の素材
(コミュニティで遺骨を納めてきたユーカリの木の幹や紙)に描き、インスタレーションとして発展させた

展示室をぐるりとまわって第一に驚かされるのは、表現のバリエーションの豊かさ。会場入り口すぐに展示された北部、ノーザンテリトリー準州アーネムランド地方北東部出身のノルギルンガ・マラウィリ(1938年頃-2023)の作品群は、はじけるような、瑞々しい線で水や火を描いた画面にエネルギーがみなぎる。ユーカリの樹皮に天然顔料で彩色したバーク・ペインティングと呼ばれる絵画手法で制作されている。かたや人口第2の都市メルボルンで活動するマリィ・クラーク(1961年-)のようにコミュニティの身近にある素材、葦の顕微鏡写真を用い、現代的感性を活かしてカラフルかつ繊細に仕上げた作品もある。

マリィ・クラーク《ポッサムスキン・クローク》2020-21 ヴィクトリア州立美術館蔵(手前) 。コミュニティではポッサムとよばれる動物の毛皮を用いたコートをつくる伝統があった。子どもが生まれると毛皮が与えられ成長ともに1枚1枚増え、最終的にはコートに包まれて埋葬された。植民地下で制限され伝統が途絶えていたが、クラークらアーティストが復活させた。奥が《私を見つけましたね:目に見えないものが見える時》2023 作家蔵(ヴィヴィアン・アンダーソン・ギャラリー)©Maree Clarke
マリィ・クラーク《ポッサムスキン・クローク》2020-21 ヴィクトリア州立美術館蔵(手前) 。コミュニティではポッサムとよばれる動物の毛皮を用いたコートをつくる伝統があった。子どもが生まれると毛皮が与えられ成長ともに1枚1枚増え、最終的にはコートに包まれて埋葬された。植民地下で制限され伝統が途絶えていたが、クラークらアーティストが復活させた。奥が《私を見つけましたね:目に見えないものが見える時》2023 作家蔵(ヴィヴィアン・アンダーソン・ギャラリー)©Maree Clarke

「展示室にオーストラリアの地図を掲示していますが、コミュニティごとに元々の文化体系、信仰体系が違うと同時に、イギリスによる植民地化の影響度合いも異なります。結果、作家たちが生み出す表現も変わり、グラデーションの幅がとても広い。ひとことで『アボリシナル・アートとはこういうものだ』と一括りにはできない面白さがあります」

展覧会の企画者、学芸員 上田杏菜氏はこう話す。上田氏は本展でも出品のあるエミリー・カーマ・イングワリィ(1910年頃-1996)の個展(2008年に国立新美術館と国立国際美術館で開催)でアボリジナル・アートに出会い、研究を深め2019年に同館に入職した。「エミリーの圧倒的なエネルギーを放つ絵に、当時は西洋美術を学んでいた私の価値観が揺さぶられました。抽象でありながらも西洋美術とは異なる場所から生まれた作品に衝撃を受けたのです。大学卒業後にオーストラリアに渡り、大学院で学びました。私自身も脱植民地主義的視点を通して、西洋的眼差しでアボリジナル・アートを見ていた自分の価値観、見方を変えていく作業を行ってきました」

アボリジナル・ルーツの女性作家、活躍の背景

アーティゾン美術館では、2006年に石橋財団が運営する前身のブリヂストン美術館で「プリズム:オーストラリア現代美術展」を開催。これを機に同国美術の収集と研究が継続されてきた。企画時点で、エミリー・カーマ・イングワリィの《春の風景》と《無題》、ノンギルンガ・マラウィリの《ボルング》、マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・カボリ(1924年頃-2015)の《私の祖父の国》という重要作を収蔵していた。

「3人はアボリジナル・アートの文脈で高く評価されている作家です。いずれもコミュニティに根ざし、伝統的な図像や儀式を背景に制作を行ってきました。コレクションを核に展覧会の企画を決めたとき、女性作家の作品が多いことに気付きました。オーストラリア美術の中で女性作家の活躍は重要なファクターであり、アボリジナルのバックグラウンドを持つ女性作家もたくさん活躍をしています。それが所蔵品にも現れていることをきちんと提示して、見せたいと思いました。また、現代は都市部に住む先住民の割合が8割と高く、都市で活動するアーティストも不可欠な存在です。そこで、ジュディ・ワトソン(1959年-)、イワニ・スケース(1973年-)、マリィ・クラーク、ジュリー・ゴフ(1965年-)といった出身と拠点が異なる都市部の作家4人を加えました。また、コミュニティでは文化の継承を集団で行う点も重要ですから、ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズという中央砂漠から西砂漠地域にかけて活動する女性コレクティヴを紹介し、より広い視点でアボリジナル・アートを捉えています」

ジュリー・ゴフ《1840年以前に非アボリジナルと生活していたタスマニア出身のアボリジナルの子どもたち》
2008 オーストラリア国立美術館蔵、キャンベラ ©Julie Gough
ジュリー・ゴフ《1840年以前に非アボリジナルと生活していたタスマニア出身のアボリジナルの子どもたち》
2008 オーストラリア国立美術館蔵、キャンベラ ©Julie Gough

かつてアボリジナルの人々がつくる創作はプリミティブ(原始的)なものとして、芸術というより民族学的対象として扱われることが多かった。1967年にアボリジナルの人々は市民権を得るが、それまではオーストラリア国民として認められていなかったことも理由のひとつだ。1970年代に入り、中央砂漠地域のパパニアで営利目的のアーティスト協同組合が設立され、白人教師の指導を受けて、男性たちがコミュニティのドリーミングをキャンバスに描くことをはじめる。創作をコミュニティの経済的基盤とするためだ。やがて絵を描くことは植民地主義によって奪われた土地や記憶、アイデンティティを取り戻す行為となっていく。

ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズの作家たち。展示レイアウトはコミュニティに根ざす作家と都市部で活動する作家を明確に分けず、すべてをフラットに扱い見せるスタイルに。6階のジャンピ・デザート・ウィーヴァーズ、エミリー・カーマ・イングワリィ、イワニ・スケースへと続く並びでは、同じ砂漠地域の作家でありながら、まったく表現が異なることに注目したい
ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズの作家たち。展示レイアウトはコミュニティに根ざす作家と都市部で活動する作家を明確に分けず、すべてをフラットに扱い見せるスタイルに。6階のジャンピ・デザート・ウィーヴァーズ、エミリー・カーマ・イングワリィ、イワニ・スケースへと続く並びでは、同じ砂漠地域の作家でありながら、まったく表現が異なることに注目したい

「ただし、アートの中心にいたのは長らく男性たちであり、女性の表現は周縁に置かれていました。1980年代になってパパニアのアートセンターに女性のマネージャーが登用されたり、主流社会での女性の躍進にともない、美術界でもアボリジナルのルーツをもつ女性たちがキュレーターとして活躍しはじめます。アボリジナルの女性の手しごとが美術の文脈でも評価される対象となったのです」

アボリジナルの人々のユニークな世界観「ドリーミング」

アボリジナル・アートを理解するうえで欠かせない「ドリーミング(Dreaming)」という概念について触れておきたい。「ドリーミングを簡単にいうならば、土地創造神話であり、各コミュニティの祖先の精霊が大地を創造した物語になります。大地を形づくる過程の多彩な物語がそれぞれの場所に存在しているのです。ドリーミングは親から子へと伝えられ、各人が分担してドリーミングをもつので、ひとりがすべてを知ることはありません。知る内容は年齢や立場によって変わり、儀式を経る段階ごとに伝えられていきます」

展示風景
展示風景

アボリジナルの人々の創作活動の初期にはドリーミングの神聖な意味や象徴が作品の中にあからさまに描かれたこともあった。現在は非アボリジナルの人たちに祖先の教えを無防備に教えることを慎み、また美術館のほうでもコミュニティに配慮してそうした作品は展示されることはないという。本展の展示作品、エミリー・カーマ・イングワリィ《アルハルクラ(Ⅱ)》ように、点描(ドット)によってドリーミングの内容を隠すような描き方が広まった背景には、コミュニティの慎重な姿勢が関係している。

展示風景/マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリは80歳を超えた2005年から
絵画制作を開始。記憶に残る戻ることのできない故郷の大地を描き、約2000点の作品を残した。
展示風景/マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリは80歳を超えた2005年から
絵画制作を開始。記憶に残る戻ることのできない故郷の大地を描き、約2000点の作品を残した。

「ドリーミングは土地創造神話なので過去の話と思われがちですが、彼らにとっては過去を表すだけでなく、現在であり、未来でもある。祖先の精霊たちがつくった土地に住んでいるのは今を生きるコミュニティの人々ですから、決して過去のことではないのです。祖先の土地に住み、大切に守り、次の世代に繋げていく。ドリーミングには彼らのユニークな世界観が表されています」

伝統と現代の作家に共通するもの――アボリジナルの現実を知る

アボリジナルをルーツにもち、都市部で活動するアーティストは、祖国の大地で過去に起こったこと、植民地支配下での圧政と暴力をつづり、社会的メッセージ押し出すことも少なくない。ジュディ・ワトソンはそんな女性たちのメンターとして、尊敬される作家のひとりだ。「1997年のヴェネチア・ビエンナーレでは先住民作家として初めて、エミリーらとともにオーストラリア代表に選ばれました。ジュディのすごいところは、根底に流れる意思が一貫してぶれていないことです。環境問題、歴史の傷跡、語られてこなかった『声』を、絵画、彫刻、映像などさまざまなメディアを用いて表現し、アボリジナルの権利や意識向上に努めてきました」

ジュディ・ワトソン《記憶の深淵》(部分)2023 作家蔵(ミラニ・ギャラリー)©Judy Watson
ジュディ・ワトソン《記憶の深淵》(部分)2023 作家蔵(ミラニ・ギャラリー)©Judy Watson

ワトソンのように現代の芸術教育を受けた作家の作品は、エミリー・カーマ・イングワリィら伝統的コミュニティで創作を続けた作家の表現とは対照的に見える。しかしその背景を掘り下げていくごとに見えてくるのは、双方がともに作品に込めた、祖先の土地に対する真摯な思いと継承の意思だ。上田氏は次のように言う。

「今回、エミリーの作品でバティックの《無題》を展示しています。数年前、彼女について研究紀要を執筆したのですが、彼女はユートピアのコミュニティの女性たちとともに1979年に土地返還運動に関わり、公聴会にバティック作品を提出しました。公聴会では儀式も披露され、それらが彼女たちと土地とのつながりを示す証として認められていたのです。わたしはそれを知り、土地返還運動は彼女のその後の創作活動において、大きな影響を与えただろうと今では考えています。エミリーは、一心に大地を描いただけではないのではないか、と。政治的メッセージの強さは作家によって異なりますが、アボリジナル・アーティストが作品を通して私たちに伝えようとしていることには、少なからず社会的・政治的な意味が含まれていると思います」

展示風景
展示風景
石橋財団新収蔵のイワニ・スケース《えぐられた大地》2017 石橋財団アーティゾン美術館蔵 © Courtesy the Artist and THIS IS NO FANTASY/ウラン酸化物が微量に混ざるガラスでつくられているのは、作家が生まれた南オーストラリア州ウーメラで主食とされてきたブッシュバナナ。同じ展示室に並ぶ《ガラス爆弾(ブリューダニューブ)》シリーズとともに冷戦時にイギリス政府により同地で行われた核実験やウラン採掘により引き起こされた被害を鋭く批判
石橋財団新収蔵のイワニ・スケース《えぐられた大地》2017 石橋財団アーティゾン美術館蔵 © Courtesy the Artist and THIS IS NO FANTASY/ウラン酸化物が微量に混ざるガラスでつくられているのは、作家が生まれた南オーストラリア州ウーメラで主食とされてきたブッシュバナナ。同じ展示室に並ぶ《ガラス爆弾(ブリューダニューブ)》シリーズとともに冷戦時にイギリス政府により同地で行われた核実験やウラン採掘により引き起こされた被害を鋭く批判

歴史を乗り越えて。コミュニティの未来へ向けて

アボリジナル・アートの多様な姿に触れることは、日本においても自国の歴史や文化を見つめ直す視点を得る、大きなきっかけになるだろう。「アボリジナル・アートは、単なる異国の文化ではなく、そこに込められたメッセージは日本に住む私たちにもきっと響くと思います。遠いオーストラリア、先住民に起こった出来事として受け取るだけでなく、描かれたものの背後にあるメッセージを自分の感覚で受け取り、自分ごととして考える。展覧会がそんな体験の場になればと思います。過去を乗り越え未来へつなげる、彼女たちの表現にはそれだけのパワーがあると私は信じています」

マリィ・クラークとその作品《私を見つけましたね:目に見えないものが見える時》2023 作家蔵(ヴィヴィアン・アンダーソン・ギャラリー) ©Maree Clarke/クラークほか現代作家はコミュニティの文化継承と発展のためにパブリック・アートの制作も積極的に行っている
マリィ・クラークとその作品《私を見つけましたね:目に見えないものが見える時》2023 作家蔵(ヴィヴィアン・アンダーソン・ギャラリー) ©Maree Clarke/クラークほか現代作家はコミュニティの文化継承と発展のためにパブリック・アートの制作も積極的に行っている
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
アーティゾン美術館|ARTIZON MUSEUM
104-0031 東京都中央区京橋1-7-2
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
会期中休館日:月曜日、7月22日、8月12日、9月16日 ※ただし7月21日、8月11日、9月15日は開館

森 聖加

フリーランス編集者、ライター。書籍『歌と映像で読み解く ブラック・ライヴズ・マター』の編集、クエストラヴ著『ミュージック・イズ・ヒストリー』の監訳を担当(藤田正との共監訳/いずれもシンコーミュージック・エンタテイメント刊)などで、音楽を中心とするポップ・カルチャーの視点からアメリカ黒人の歴史と文化を発信。ほかにアート、建築など分野を超えクロス・カルチュラルの視点でわかりやすく伝えることをモットーに取材を続ける。

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