京都・東山の泉屋博古館が再始動
。世界有数の青銅器ほか、住友コレクションの名品を一挙公開
「ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代」、リニューアル記念名品展Ⅰ「帰ってきた泉屋博古館 いにしえの至宝たち」が開催中

尊は酒を盛るのに用いられた酒器の一種
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構成・文・写真:森聖加
京都東山・鹿ケ谷に誕生して65年。住友家伝来の美術品を保管・展示してきた泉屋博古館が1年間の改修工事を経て、2025年4月26日(土)にリニューアルオープンした。新たな幕開けを記念してはじまったのが、「ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代」とリニューアル記念名品展Ⅰ「帰ってきた泉屋博古館 いにしえの至宝たち」の2本の企画展だ。作品の展示効果と快適性を高めた建物のポイントと合わせて、ふたつの展示の見どころを紹介する。
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- リニューアル記念名品展Ⅰ「帰ってきた泉屋博古館 いにしえの至宝たち」
開催美術館:泉屋博古館
開催期間:2025年4月26日(土)〜6月8日(日)
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- 「ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代」
開催美術館:泉屋博古館
開催期間:2025年4月26日(土)〜8月17日(日)
象徴的な空間を再生し、美しく見やすく進化した青銅器館
泉屋博古館は、住友家旧蔵の美術品を保存・公開する財団法人として1960年に設立。その10年後の1970年、大阪万博(日本万国博覧会)開催にあたり世界各国からの客人をもてなす住友グループの文化的迎賓施設として建てられたのが京都本館の一号館で、青銅器館(ブロンズギャラリー)として知られている。昭和の終わりから美術品は一般に公開され、鑑賞者の利便性向上とバリアフリーに都度対応した結果、当初の姿が失われていた。2025年、ふたたびの大阪・関西万博開催にめぐりあい、大規模改修を決行したと館長の廣川守氏は説明する。

一号館は戦後モダニズムを代表する建物として建築史的にも評価が高い。そこで、竣工時に設計者が意図した通りの姿に戻すことを第一に、外観は維持しながら、展示空間の美しさ、東山という立地をふまえ景色の見え方までも計算し尽くした、設計の妙を堪能できるよう改修された。住友コレクションの中核をなす青銅器館を象徴する吹抜のホールは、中央にあった車椅子用のリフトを移動して広々とした空間に再生。らせん階段を上って足を踏み入れるギャラリー1から、約3000年前の殷周(いんしゅう)時代の中国へとタイムスリップする旅がはじまる。

中国青銅器の魅力をひも解き、興味をかき立てるブロンズギャラリー
青銅器館改修に併せて展示を刷新した「ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代」。ギャラリー1は「名品大集合」というテーマで選りすぐりの品を並べる。まず目に飛び込んでくる《夔神鼓》(きじんこ)は、ワニ革を両サイドに張ったようなつくりの太鼓形の青銅器だ。世界に2点しかない。国際的に極めて評価が高い中国古代青銅器コレクションは、住友家第15代当主・住友吉左衞門友純(すみともきちざえもんともいと)〔号:春翠(しゅんすい1864~1926)〕によって、明治時代中頃から大正時代にかけて収集されたものだ。

ガラスケースも一新、展示品の細部がくっきりと見える。あらゆる角度から眺めたい
右肩の破損部分を見るとわかるのだが、一般の青銅器では厚さ3~4㎜のところ、《夔神鼓》はわずか1~2㎜厚でつくられている。重さは71キロだ。祭祀や儀礼で用いられた青銅器は持ち運びができるよう、見た目よりも軽いのだ。鋳造(ちゅうぞう)という技法を用い、銅と錫(すず)を溶かして型に流し込みつくる青銅器は、複雑で細かな文様もすべて鋳型の段階で造形を決定し、一発勝負で製造される。日本では縄文時代末の約3000年前、中国大陸の古代王朝、殷や周ではすでに驚異の技術が発達していた。

用途に応じてさまざまな形があることがわかる(すべて泉屋博古館蔵)
展示構成は、はじめて中国青銅器に触れる初心者にはわかりやすく、中~上級の鑑賞者も知識を深められるよう配慮した。ギャラリー1のイントロダクションで名品の圧倒的な美しさ、技術の素晴らしさを目の当たりにした後、ギャラリー2では「青銅器の種類と用途」を3Ð撮影した動画やパネル解説とあわせて展示する。「中国の青銅器は日本の茶の道具と通じるところがあり、セットを意識して鑑賞するといいですよ」と担当学芸員の山本尭(たかし)氏。「また、動物形のユニークな器がたくさんあります。そんなところから青銅器の世界に入ってみるのも面白いでしょう」と続けた。

《虎卣(こゆう)》 殷後期・紀元前11世紀 泉屋博古館蔵
ギャラリー3では文様とモチーフに焦点があてられ、山本氏がいう動物をかたどった謎めいたフォルムの青銅器が勢ぞろい。住友コレクションでもよく知られた《虎卣》(こゆう)は、虎のような獣に人が両手をのばして抱き着く不可解なモチーフだ。虎はこの人物を今にも呑み込まんばかり。虎の後頭部には鹿形のつまみがあり、実はこれも酒器という。ほかにも、ミミズク2体がもたれ合う《戈卣》(かゆう)や、大きな口をもつ獣の顔面をあらわす緻密な文様、饕餮文(とうてつもん)を施した《饕餮文方彝》(とうてつもんほうい)などユニークな形や文様があり、当時の人たちの豊かなイマジネーションには目を見張るばかり。

いかついフォルムと馴染みない漢字の名称に、これまで青銅器には近寄りがたい印象が個人的にもあったが、ポイントを押さえて鑑賞すると断然、親しみが湧いた。リニューアルを記念してたくさんの新作ミュージアムグッズが登場しているが、《戈卣》はなんとクッションに。ほかにもフィギュアや髪留め、トートバックなどがあり、ミュージアムショップでぜひチェックしたい。

東アジアへと広がる過程に注目し、日本でつくられた青銅器も合わせて紹介

明かりを抑えたブロンズギャラリーを抜けると、視界がパッと開ける。ここは新設の「眺めのいい部屋」で東山の景色を見ながら一息つけるスペースだ。また、階下の大きなガラス窓張りの休憩室は「饕餮の間」の名に。カーペットを一新し、ドアノブやガラス面のシールに饕餮文を採用している。もと住友家別邸の一角に立つ泉屋博古館は、館の内外に日常を忘れさせる景色、スポットが点在。建築が美観を一層引き立てている。館内めぐりのハイライトとして新しく設置された館員おすすめのビューポイント八カ所「泉屋八景」を、カードを集めながら楽しみたい。


作庭は庭師・11代小川治兵衞。中央の井戸は「泉屋」の屋号を掲げた住友の象徴的存在
個人コレクションならではのバラエティ。帰ってきた名品たち
二号館の企画展示室も規模を拡張し、新装された。リニューアル記念名品展は2期に分けて館の所蔵品を取り上げる。第1弾「帰ってきた泉屋博古館 いにしえの至宝たち」に並ぶのは、古代から近世(19世紀頃)までの古美術の数々。「当館に収蔵される以前から住友家の名宝として知られているもの、あるいは過去数十年の研究活動のなかで価値が認められるようになったもの。そして、これから脚光を集めるものと期待される珍品も混ぜて紹介しています」と学芸部長の実方(さねかた)葉子氏。

二号館に移動する前に、一号館ロビーに鎮座する《舎利石函》(しゃりせっかん)(唐・乾元年間/758~760)を鑑賞しておきたい。外周に釈迦の生涯など仏伝を線刻する石造りの箱には、釈迦の遺骨とされる舎利が収められていた。入れ子状になった内箱は二号館で展示中。唐の時代の中国では、仏と同時に釈迦そのものへの信仰が高まっていた。「おそらく仏塔の下に祀られていたものでしょう。新しい当館のシンボルとして位置付けたいと考えています」と実方氏。

いずれも唐時代 乾元年間(758~760年)泉屋博古館蔵
さて、住友コレクションの名品は個人収集という性格ゆえ、バリエーションが幅広い。だからあえて章立てはせず、好きな順序で好きなだけみて欲しいと実方氏はいう。とはいえ、5つのキーワード、「神仏のかたち―光の国から」「山は呼んでいる」「花と鳥―生きとし生けるもの」「つどいの悦楽、語らいの至福」「小さきものたち」も挙げられ、それらが鑑賞の助けになるはずだ。

重要文化財《水月観音像》 泉屋博古館蔵。淡い色遣いにも注目
キーワード1「神仏のかたち―光の国から」には東アジアの宗教美術の名品がそろうが、ひときわ目を引くのは、月の光に透けるレース模様の表現が抜きんでた、重要文化財の《水月観音像》だろう。高麗時代の仏画は世界に150点ほどしか残っていないが、本作には金の文字の落款があり、基準作となる。かつて高野山に伝わったものだ。

連結できるケースは最長12mまで拡張可能。上からのぞくだけでなく横からも眺められる
明末清初の個性派がそろう中国山水画では石濤《廬山観瀑図》(せきとう/ろざんかんばくず)、江戸後期の南画では田能村竹田《梅渓閑居図》(たのむらちくでん/ばいけいかんきょず)などが並ぶ。呉春《蔬菜図巻》(ごしゅん/そさいずかん)は、春から夏、秋から冬へと続くさまざまな野菜や植物を描いた。京都画壇をけん引した際立つ筆さばきに目を凝らそう。

一方、華やかなもてなしの場にぴったりの花鳥画では、中国の沈銓(しんせん/沈南蘋しんなんぴん)《雪中遊兎図》(せっちゅうゆうとず)を展示。彼は江戸時代、鎖国下の長崎に滞在し写実的で緊密な画風は円山応挙、与謝蕪村、伊藤若冲など日本の画家に影響を与えた人物だ。雪深い山中で絡み合って咲く花は、百花の先駆けとなり、命の再生を象徴。子沢山で縁起が良い兎の筋肉質な表現には中国の独自の動物観・花鳥観が反映されている。

江戸時代の絵師のなかでも人気の高い、伊藤若冲の《海棠目白図》(かいどうめじろず)は白い花が咲く木の枝にメジロが10羽並んで、文字通りの「目白押し」の姿がかわいい。同作は大きさといい、絹に描いていることといい、若冲の国宝《動植綵絵》(どうしょくさいえ)30点の連作(皇居三の丸尚蔵館所蔵)と同じサイズで、落款も初期のスタイルに通じ合うものだという。

キーワード4の「つどいの悦楽、語らいの至福」では、茶会や書画会、たわいもない集いに用いられた道具が並ぶ。注目は、住友家ならではのエピソードが伝わる《小井戸茶碗 銘六地蔵》(こいどちゃわん めいろくじぞう)だ。江戸時代初めから続く住友家の収集の歴史は、明治維新の混乱により一度途絶えた。ただ、この混乱時に12代友親(ともちか)は、茶人・小堀遠州も愛用した同茶碗を手に入れた。住友家が倒産の危機に瀕するなかでの購入は大番頭にとがめられ、その使用も許されず、道具商は出禁に。そして、友親は生涯その茶碗を使うことなく世を去ったという。義父を憐れんだ春翠は30回忌追善に、友親がそろえることができなかった茶道具を用意して、茶会を開催。これは春翠自身にとっても、住友家の茶の歴史の中で象徴的な茶会となったそうだ。

キーワード5「小さきものたち」では、ひとり手に取り、重みや肌触りを感じて愛玩された鼻煙壺や印、刀装具などの小品を並べる。職人の技術が際立つ細工の精巧を間近に眺めよう。小さなものから世界的名品までがそろう貴重な機会に、それぞれが紡ぎ出す物語を存分に楽しみたい。