パンデミックと争いと。
激動の3年間にアーティストは何を見つめたのか。
東京都現代美術館で「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」が開催
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現代アートには、私たちが今生きている世界に散らばった、多種多様で複雑で、答えのない課題に対して、考えるきっかけを与えてくれる作品も少なくない。奇しくも、誰も望んでいない新たな争いが起こってしまった今だからこそ、見るべき展覧会、と言えるのではないだろうか。東京都現代美術館で、6月19日(日)まで開催中の「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」は、事前予約不要で、誰でも入場無料で鑑賞できる。ぜひ足を運んでみてほしい。
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- 「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」
開催美術館:東京都現代美術館
開催期間:2022年3月19日(土)〜2022年6月19日(日)
「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)」とは、2018年に東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 トーキョーアーツアンドスペースが創設。本展は第2回の受賞者である、藤井光と山城知佳子の個展形式の展覧会である。
この賞は、世界への展開を視野に、更なる飛躍とポテンシャルが期待できる、国内の中堅アーティストを対象としているが、特徴的なのは、公募・推薦から展覧会の開催まで、3年という長期にわたってアーティストを支援する点だ。
まず多国籍のメンバーで構成された選考委員6名が、アーティストのリサーチやスタジオ訪問を行い、作品の制作背景や表現、アーティストのこれまでのキャリアなどへの理解を深め、1年がかりで受賞者2名を決定する。受賞者はその後1年かけ、賞金と制作活動への金銭的支援を受けながら調査や作品制作に取り組み、その成果を個展形式の展覧会として発表、同時にモノグラフ(作品集、日英訳)も制作する。
合わせて注目したいのは、支援する対象が、若手ではなく中堅のアーティストであること。今回の受賞者、藤井と山城は共に1976年生まれだ。受賞をステップに、自身の制作活動や表現が広く世界へ伝わる機会となることが意図され、当初は2年目の制作活動支援を海外で行うことが想定されていた。
しかし藤井と山城は、世界的なパンデミックに見舞われ、国内での制作を余儀なくされた。抗うことのできない日常の変容を、二人のアーティストはどう捉え、作品にし、展覧会へと昇華していったのだろうか。
藤井光は、紛争や事故などの厄災に起因する、あるいはそれにより顕在化した社会構造の不条理を主題に、映像インスタレーションを制作してきた。
本展では、戦後まもない1946年夏、占領軍関係者向けに東京都美術館で約2週間だけ開催されたという、戦争記録画の展覧会を再現した。3時間を超える映像《日本の戦争美術》と、153点もの絵画・キャプションで構成されたインスタレーション《日本の戦争画》だ。
藤井は当初、東南アジアでの調査を計画していたが、海外渡航が困難になり、部屋に籠って、アメリカ国立公文書館に現存するマイクロフィルムの資料を膨大な時間をかけて撮影し続けたという。そこから垣間見えたのは、"戦争記録画は、芸術作品なのか、プロバガンダなのか、戦利品なのか"という占領軍の逡巡だった。
戦争記録画は作戦記録画ともよばれ、特に日中戦争や太平洋戦争下の日本で、1937年から45年にかけ、国民の戦意高揚と記録の目的で描かれた絵画だ。終戦後にGHQが接収し、1957年のサンフランシスコ平和条約の調印を経てアメリカへ、そして1970年にアメリカから無期限貸与という名目で日本に返還され、現在は東京国立近代美術館に収蔵されている。藤田嗣治や小磯良平ら著名な作家の作品も少なくないため、1990年代以降、研究や再評価する動きが続いている。
藤井の再現展示の冒頭には、当時実際に開催された展覧会名や会期が、英語と日本語によって示されている。東京都美術館で開催された本展では、主催は、アメリカ合衆国太平洋陸軍、そして入場は「占領軍関係者に限る」とされている。
展示作品の一つ一つには、実際に当時、戦争記録画を描いた藤田嗣治、小磯良平、宮本三郎、向井潤吉、中村研一といった画家らの名前や作品タイトル、制作年が記載されている。しかしそこには、戦争記録画の実物は無い。
藤井が再現した展示作品には、梱包資材や運送時に荷物に貼られるステッカーなど、廃材となるものが用いられている。圧倒されるほどの展示量やキャンバスの大きさはすべて、1946年に実際に開催された展覧会と同様のスケール感で再現されている。これらのキャンバスに何のモチーフも描かれていないことは、いまだにこれらの戦争記録画が孕んでいる問題や議論の場が活性化することなく停滞したままで、戦争記録画の実像が見えづらいことを暗示しているかのようである。
東京国立近代美術館に153点の戦争記録画が収蔵されてからは、これらをまとめて展示する展覧会が開催されたことは一度もない。何度か計画された展覧会もすべて直前になって中止となっている。それは、戦意高揚を目的に描かれた作品や従軍画家らを戦争協力として批判してきた国内世論の根強さや、近隣諸国の国民感情への配慮もあったようだ。
実際の戦争記録画は単なる戦意高揚や軍部の宣伝といった性質だけを持っていたわけではない。戦争記録画に何が描かれ、何が描かれていなかったのか。あるいは、従軍画家として戦地に派遣された小早川秋聲が描いた《國之楯》は、なぜ軍部に受け取りを拒否されたのか。日本を去り、フランス国籍を取得した藤田嗣治は、なぜ「わたしが日本を捨てたのではない。日本に捨てられたのだ。」と吐露しなければならなかったのか。それぞれの戦争記録画に込められた作品の意図や芸術としての造形性を、時代背景や歴史的な経緯も含め、あらためて全体像として展観できる機会を求めたい。
藤井の再現展示の圧倒的なスケール感からは、見えていないけれど描かれているはずのものが何なのか、公表されてこなかったものの大きさや重さをも想起させる。世界で再び戦争が起きてしまった今、果たして鑑賞者は、描かれていない戦争記録画に、何を観るだろうか?ぜひ展示室で体感してほしい。
山城知佳子は、出身地・沖縄を舞台に、映像や写真作品を通して問題提起してきた。地理的な要因から、独自の歴史や文化を持つ沖縄で、戦争の継承や戦後の政治的構造について、時に物語性も取り入れて表現している。
本展では、新作である《彼方(Anata)》や、《あなたをくぐり抜けて》といった映像作品に加え、2012年発表の《肉屋の女》が、森美術館MAMプロジェクトでの個展以来、約10年振りに3面マルチチャンネル・インスタレーションで上映されるほか、名護市辺野古の米軍基地建設と西部劇をリンクさせた映像作品《チンビン・ウェスタン 家族の表象》も観ることができる。
現実なのかフィクションなのか、メタファーなのか直接的な比喩なのか、という綯い交ぜの映像に、大型スクリーンと音の作用で没入する感覚を味わえる一方、静かに波打つ軽石に埋め尽くされた海面の映像は、まるで大地が蠢いているようで妙にひきつけられた。また、浜辺で楽しむ人々と、沖縄戦を体験した方が登場する映像は、まるでスポットライトを当てているような照明にも、思わず目を奪われた。
自身の出産・育児のタイミングとも重なり、子どもに向き合う時間を過ごしていた山城。
「もしも海外で制作できていたら、何をしていましたか」との質問に、自身の父親がパラオでの戦争体験をまとめた短編小説集から着想し、ハワイで短編映画の撮影を考えていた、と答えていたが、いつかこの先、制作が叶うことを強く願わずにはいられなかった。
なお、同館地下1階の美術図書室では、藤井光と山城知佳子の過去の個展の図録や、映像作品などの関連資料が閲覧できる。もちろん無料。本展をより深く味わうヒントとなるだろう。また、1階のミュージアムショップも、独自にセレクトされた美術関連の書籍が充実している。
最後に、東京都現代美術館では本展と同じ会期で、企画展「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」、建築家の手掛けた仕事だけでなく、その言葉にフォーカスした 企画展「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」、そして「MOTコレクション 光みつる庭/途切れないささやき」展も開催中だ。日本でも有数の大規模館なので、1日で全てを巡るのは大変かもしれないが、時間に余裕を持って訪れていただきたい。
その中で、TCAA展のような現代アートの展覧会の魅力は、アーティストも、鑑賞する我々も皆、同じ時間の中で同じ世界を見て生きている、ということだ。アーティストの声や活動を、まさにリアルタイムで知ることができ、展覧会で作品と対峙できることは、非常に貴重であり、今しか味わえない。扱われているテーマは、決して軽くはない。しかし、展覧会に足を運び、その空間で、アーティストが投げかけた"考えるきっかけ"を、ぜひ気軽に受け取ってみてほしい。