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デザインが語る北欧の暮らしのカタチ
「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」展

展覧会レポート

「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」展示風景(世田谷美術館) 撮影:上野則宏
「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」展示風景(世田谷美術館) 撮影:上野則宏

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文・澁谷政治

新緑を照らす陽光がまぶしい東京・用賀の砧公園を抜けると、公園の樹木の合間に世田谷美術館が姿を現す。現在ここで「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」展が開催されている。

アイノ・アアルトとアルヴァ・アアルト ニューヨーク万国博覧会フィンランド館にて、1939年 Alvar Aalto Foundation
アイノ・アアルトとアルヴァ・アアルト ニューヨーク万国博覧会フィンランド館にて、1939年 Alvar Aalto Foundation
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」
開催美術館:世田谷美術館
開催期間:2021年3月20日(土・祝)〜2021年6月20日(日)

学生時代、バックパック旅行で訪れたスカンジナビアの風土に惹かれた筆者は、大学のゼミで北欧建築文化を専攻した。当時スウェーデンの家具店「イケア(IKEA)」の日本再進出や、フィンランドのテキスタイルデザイン「マリメッコ(marimekko)」のウニッコ柄の人気など、北欧デザインが注目され始めていた。あの頃から今も変わらず親しまれるフィンランドのデザインブランドに、「イッタラ(iittala)」がある。

《サヴォイ・ベース》※画像中央、テーブル上の作品 撮影:上野則宏
《サヴォイ・ベース》※画像中央、テーブル上の作品 撮影:上野則宏

その印象的なフォルムの花器《サヴォイ・ベース》のデザイナーとして、アルヴァ・アールトを認識している人も多いのではないだろうか。また、シンプルな波紋が美しいガラス食器《ボルゲブリック》は、アルヴァの妻であるデザイナー、アイノ・アールトによる作品だ。その名は知らなくとも多くの食卓で愛用され続けている。その二人、アルヴァとアイノの夫妻の歩みに焦点を当てたのが今回の展示である。

※本展覧会名は、スペル(Aalto)に基づいた「アアルト」の表記であるが、本文中においては、筆者が指導を受けた北欧建築史研究者の伊藤大介氏に倣い、発音に基づく「アールト」の表記を用いている。

《ボルゲブリック》シリーズ 撮影:上野則宏
《ボルゲブリック》シリーズ 撮影:上野則宏

北欧の建築家と言えばスウェーデンのグンナール・アスプルンド、またインテリアに関心のある人はデンマークのアルネ・ヤコブセンなども身近かも知れない。気品あるシンプルなイメージの北欧モダニズムにおいて、アルヴァ・アールトもそのムーブメントを牽引した建築家である。しかし、アールトのデザインはそのモダンさの中にどこか素朴な印象も受ける。“森と湖の国”というフィンランドの枕詞をそのまま感じられる内陸地方で育ったアルヴァと、公私ともにパートナーであったアイノ。二人の感性、まなざし、そして人生を知ろうと回廊奥の展示会場へ足を踏み入れる。

入口脇にあるインテリアのインスタレーション。ほの暗い窓からの自然光の中で、ふと大学時代の恩師の講義を思い出す。
「北欧では多くの人が夕暮れ時もなかなか照明を点けない。自然の光の中でできるだけ過ごして、手元が暗くなってから明かりを灯す。」
谷崎潤一郎が、日本人あるいは日本文化が持つ美的感覚を評論した名著「陰翳礼讃」に表した、自然の気配としてある陰影を暮らしの中に違和感なく取り込み、活かそうとする感覚は、まさに北欧の生活スタイルの中にも宿っているといえるのではないだろうか。

また、本展において興味深いのが、木材曲げ加工の技術展示。何気なく見てきた木材の曲線美が分解され、デザインが具現化される歴史、工程を体感できる。

《サヴォイ・ベース》の形を模したパネル展示 撮影:上野則宏
《サヴォイ・ベース》の形を模したパネル展示 撮影:上野則宏

《サヴォイ・ベース》を彷彿とさせる緩やかな曲線に樹々の風景を配したパネルには、アルヴァ・アールトの言葉が躍る。
「私の家具は、家具単独で生まれることはほとんどない。建築とともに家具をデザインするのは楽しい」。

現在我々が美しいと感じる北欧デザインのインテリア。実は建築物全体のコンセプトの中で考えられており、どの場所でどのように使うことを想定したデザインなのかを知ることで、シンプルなデザインの背後に、人々の暮らしが音を立てて浮かび上がってくる。

「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」第2弾・スペシャルムービー「アアルトと曲線」(世田谷美術館)

病室の消音設計された洗面器の解説図/パイミオのサナトリウム Alvar Aalto Foundation
病室の消音設計された洗面器の解説図/パイミオのサナトリウム Alvar Aalto Foundation

いくつかの作品説明の中でも、彼らのデザインへの姿勢がよく分かるアールトの初期のコンペ作品「パイミオのサナトリウム」。消音を考えた洗面台、ベッドから見える景色や照明の角度、無味乾燥になりがちな施設の色遣いに至るまで、まさにその場所で過ごす人々の日常を想像した建築デザインを俯瞰することができる。シックな北欧デザインチェアとして有名なパイミオチェアも、患者が呼吸しやすい角度に設計されていると考えると見方も変わる。

アルヴァ・アアルト、41 アームチェア パイミオ、1932年デザイン Photo: Tiina Ekosaari Alvar Aalto Foundation
アルヴァ・アアルト、41 アームチェア パイミオ、1932年デザイン Photo: Tiina Ekosaari Alvar Aalto Foundation

使いやすさ、過ごしやすさを求めた「暮らしを大切にする」視点は、こうした公共施設や国際的な建築デザインにも応用され、シンプルで優しい曲線が機能美として成立していく過程を展示から追うことができる。

マイレア邸外観 Alvar Aalto Foundation
マイレア邸外観 Alvar Aalto Foundation

また、アルテック設立以降の作品群の紹介。例えば代表作の一つ「マイレア邸」は、私邸であるからこその自由な建築になっており、アールト夫妻の追い求めていた理想の形が随所に表れている。展示会場の壁面に大きく貼られたリビングスペースの写真からは、窓から見える自然を愉しむのではなく、まさに自然の中にいるような癒しの室内空間の拡がりを感じることができる。

マイレア邸 リビングルーム Alvar Aalto Foundation
マイレア邸 リビングルーム Alvar Aalto Foundation

そして、二人に焦点が当てられた展示だからこそ見られる小さなファミリーコレクションのスペース。建築家、デザイナーではない夫婦としての素顔が語られている。偉大な建築家としてのアルヴァ、そして近年デザイナーとして再評価されるアイノ。二人のスケッチや家族写真から、緻密に計算された機能美の背景に、愛情あふれる温かな家庭生活が綴られていたことがよく分かる。アルヴァによるデッサン、「臨終のアイノ」。愛する妻の死を前に、黙々と筆を走らせる一人の男の姿が心に浮かぶ。細く優しい線描から伝わる哀しみと愛おしさは、二人の25年間を代弁している。

この世田谷美術館では、2020年夏に一風変わった展示が行われた。コロナ禍により数々の展示会が中止になったことを真摯に受け止め、この空間自体の価値を「作品のない展示室」と称して、何も展示をせずに無料開放したのである。

「作品のない展示室」 開催期間:2020年7月4日(土)~8月27日(木)
「作品のない展示室」 開催期間:2020年7月4日(土)~8月27日(木)

建築家 内井昭蔵によって、砧公園と一体化してデザインされた美術館は、エントランスや渡り廊下など窓を大きく取り、屋内にいて公園の自然が伝わる空間となっている。まさにアールト夫妻のまなざしで、この世田谷美術館という建築を味わってみるのも、今回の展示の楽しみ方の一つかも知れない。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
世田谷美術館|The Setagaya Art Museum
157-0075 東京都世田谷区砧公園1-2
開館時間:10:00〜18:00
定休日:月曜日 ※祝・休日の時はその翌平日、年末年始(12月29日~1月3日)

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学部は北方圏文化学科卒、大学院では北方民族文化に関する研究で修士課程(観光学)を修了。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、北欧のほかシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。学部時代のゼミの指導教員は、フィンランドを中心に北欧建築史研究の著書が多数ある伊藤大介教授。残念ながら昨春急逝されたが、その温かい人柄と研究の功績を称え、在籍していた大学では現在「伊藤大介記念賞」が創設され、北欧文化に関わる優秀な学生に授与されている。

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