FEATURE

世界の主要アートカレンダーからチャリティガラまで。
1年365日アート界を駆け巡るシモン・デ・プリが、
日本を重要なアートの拠点と考える理由

世界的オークショニア シモン・デ・プリ(Simon de Pury)特別インタビュー【後編】

インタビュー

シモン・デ・プリがオークショニアとして登壇した「amfAR Gala Cannes 2025」。一番の注目ロットはジョージ・コンドがこのチャリティオークションのために制作した《微笑む女神》2025 ©️Kennedy Pollard
シモン・デ・プリがオークショニアとして登壇した「amfAR Gala Cannes 2025」。一番の注目ロットはジョージ・コンドがこのチャリティオークションのために制作した《微笑む女神》2025 ©️Kennedy Pollard

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構成・文:藤野淑恵

世界的オークショニア シモン・デ・プリ(Simon de Pury)特別インタビュー【前編】はこちら

オークショニアとしてアートと社会貢献をつなぐ

サザビーズやクリスティーズ、フィリップスなどの商業オークションに対し、チャリティオークションは富裕層や著名人が集う慈善イベント。アートや体験を通じて寄付を募る場だ。
2025年5月に開催された「amfAR Gala Cannes 2025」では、シモン・デ・プリ がオークショニアとして登壇。主な出品には、ジョージ・コンドが今回のガラのために制作したユニーク作品《微笑む女神》、エイドリアン・ブロディとジェームズ・フランコによる共同作品、映画『ワイルド・スピードX』で使用された2017年型ダッジ・チャージャー(出品:ミシェル・ロドリゲス)、スパイク・リー監督の新作映画出演権+NYニックス戦のコートサイド席、スポンサー・ショパールのハイジュエリーなどが並んだ。ゲストはレオナルド・ディカプリオ、ジェフ・ベゾスら超豪華な顔ぶれ。総募金額は1,700万ドルを超えた。

「amfAR Gala Cannes 2025」のオークションより。ジェームズ・フランコエと共同制作した作品を出品した俳優のエイドリアン・ブロディとシモン・デ・プリ。©️Kennedy Pollard
「amfAR Gala Cannes 2025」のオークションより。ジェームズ・フランコエと共同制作した作品を出品した俳優のエイドリアン・ブロディとシモン・デ・プリ。©️Kennedy Pollard

シモン・デ・プリ Simon de Pury オークショニア、アートディーラー、キュレーター

モナコ公アルベール2世、ジョニー・デップ、エルトン・ジョンなどの著名人や赤十字国際委員会(ICRC)などのコレクションのアートアドバイザーを務める、現代アート界の主要人物。サザビーズのロンドン、モンテカルロ事務所を経て、母国スイスにジュネーブ支店を開設。1979年〜1986年、ティッセン=ボルネミッサコレクション(スペイン・マドリード)のキュレーターを務め、1986年にサザビーズ・スイス会長、その後サザビーズ・ヨーロッパ会長およびオークション主任に就任。
サザビーズ退社後、アート顧問会社および販売代理店を設立。同社はフィリップス・オークションと合併(2001年〜2012年)し、会長・オークション主任を務めた。2013年、アート・コンサルタント会社De Puryを設立。長年のキャリアを通じて伝説的なオークションや数々の展覧会のキュレーションを手がけてきた。
「金の小槌を持つ男」(2010年BBCドキュメンタリー)、「ワーク・オブ・アート:ネクスト・グレート・アーティスト」(2010年、2011年Bravoネットワークのリアリティシリーズ)などのテレビ番組や、「エミリー、パリへ行く」(原題: Emily in Paris)(2020年アメリカ)、「アートのお値段」(2018年アメリカ)などの映画にも出演。

amfAR(アムファー:エイズ研究財団の略称)は、1985年に女優エリザベス・テイラーらによって設立された。HIV/AIDSの研究・予防・治療支援に取り組む国際的非営利団体であり、世界各地で資金調達イベントやチャリティオークションを開催している。デ・プリは長年amfAR Galaの公式オークショニアを務め、カンヌ、ニューヨーク、香港など世界各地のガラに登壇し、一流アート作品や体験型ロットを高額落札へと導いてきた。またUNICEF Charity Gala(国連児童基金を支援するガラ)、RED Auction(U2のボノが設立したHIV/AIDS支援団体)でもオークショニアを務め、アートと社会貢献をつなぐ象徴的存在となっている。

オークションに登壇するデ・プリのトレードマークは、細身のスーツやタキシード。これはスペイン・マドリードのティッセン=ボルネミッサ(現ティッセン=ボルネミッサ美術館)でキュレーターをしていた20代の頃から続くものだ。

「ジーグムント・フロイトの孫であるルシアン・フロイドが描いた肖像画のように、ハンツ・ハインリッヒ・ティッセン=ボルネミッサ男爵はとにかくエレガントでスタイルのある人物でした。ミラノのカラチェニでスーツを仕立てていた男爵に勧められて、私もカラチェニでスーツを仕立てるようになったのです。その頃から作り始めたスーツを今でも着ていて、当時と同じスーツを着ていると思われるくらい、ずっと同じスタイルです」。
ワードローブに関しては、意外にも最小限しか持ちたくないというミニマリストだと語る。

かつてシモン・デ・プリがキュレーターを務めた、スペイン・マドリードのティッセン=ボルネミッサ(現ティッセン=ボルネミッサ美術館)。当主のハンツ・ハインリッヒ・ティッセン=ボルネミッサ男爵から薫陶を受けた。©️Luis García https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Museo_Thyssen-Bornemisza_(Madrid)_07.jpg?uselang=ja
かつてシモン・デ・プリがキュレーターを務めた、スペイン・マドリードのティッセン=ボルネミッサ(現ティッセン=ボルネミッサ美術館)。当主のハンツ・ハインリッヒ・ティッセン=ボルネミッサ男爵から薫陶を受けた。©️Luis García https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Museo_Thyssen-Bornemisza_(Madrid)_07.jpg?uselang=ja

“Art never stops(アートは決して止まらない)”

世界の主要アートフェアに加え、オークション、美術館、ギャラリー、アーティストのアトリエ、コレクターの邸宅……デ・プリのInstagramをフォローするだけで、アートワールドの最前線を垣間見ることができる。その原動力は好奇心だ。
「常に好奇心を失わず、常に新しいものを追い求めていたい。一旦止まってしまったらおしまい。“Art never stops”。だから長期休暇も取りません。どんな時代のアート作品も好きですが、コンテンポラリーアートが素晴らしいのは、アーティストが存命である場合が多く、本人に会えるし、作品のコンテキストを直接聞くことができる点です。もちろん過去の巨匠の作品も魅力的ですが、私は現在進行形のアーティストの最新のクリエーションに注目しています」。デ・プリの思い出に残るのが、スイス人の美術史の先生。「自分が若い時にコレクションしたパウル・クレーの作品を売って、新たにヨゼフ・ボイスの作品を購入したんです。かなりご高齢になられたタイミングでしたが、ずっとアップデートされている方でした」。

シモン・デ・プリのインスタグラムより。ロンドンのヘイワードギャラリーで2025年夏に開催された奈良美智の大規模展覧会「Yoshitomo Nara」で、村上隆と遭遇。
シモン・デ・プリのインスタグラムより。ロンドンのヘイワードギャラリーで2025年夏に開催された奈良美智の大規模展覧会「Yoshitomo Nara」で、村上隆と遭遇。

好奇心の向く先は音楽も同じだ。Spotifyでプレイリストを公開し、DJとしても活動している。「ポップとかロックが昔から好きですが、アートと同じように常に新しい人が登場するので、毎週リリースされる新曲を欠かさずチェックしています。私は60年代にティーンエイジャーだったので、ボブ・ディランやビートルズ、ローリング・ストーンズを聴いて育ちました。私のように今も新しい音楽を聴き続けている人もいれば、“ジミ・ヘンドリックス以降、いいアーティストは出ないね”と止まってしまう人もいます」。

ノイエギャラリー2階の展示風景。ニューヨーク五番街のミュージアムマイルに2001年に開館したノイエギャラリーの最も著名なコレクションは、グスタフ・クリムトの『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I(Portrait of Adele Bloch-Bauer I)』。この作品は2006年、ロナルド・S・ローダーが1億3500万ドルという、当時の史上最高価格で購入した作品。https://www.neuegalerie.org/exhibitions/austrianmasterworks
ノイエギャラリー2階の展示風景。ニューヨーク五番街のミュージアムマイルに2001年に開館したノイエギャラリーの最も著名なコレクションは、グスタフ・クリムトの『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I(Portrait of Adele Bloch-Bauer I)』。この作品は2006年、ロナルド・S・ローダーが1億3500万ドルという、当時の史上最高価格で購入した作品。https://www.neuegalerie.org/exhibitions/austrianmasterworks

もっとも印象に残るコレクターは完璧な審美眼を持つ実業家

55年のキャリアの中で出会ったコレクターの中でも、最も印象に残る人物として名前が挙がったのは、化粧品会社エスティローダー創業一族のロナルド・S・ローダーだ。妻ジョー・キャロルとともに、グスタフ・クリムト、エゴン・シーレらの作品を含む大規模コレクションを所有。ARTnewsの「TOP 200 COLLECTORS」の常連として知られる。2020年にはメトロポリタン美術館に90点以上の武器・甲冑を寄贈した。

ちなみに、今年6月に逝去したロナルドの兄のレオナルドも著名なアートコレクターで、来たる11月18日にニューヨークで開催されるサザビーズ・ニューヨークのイブニングセールにコレクションが出品され、落札価格が1億5000万ドルを上回ると予想されるグスタフ・クリムトの傑作《エリザベト・レデラーの肖像》(1914-16)が含まれていることも話題だ。

「ロナルドが創設したニューヨークのノイエ・ギャラリーは一般公開され、20世紀のドイツとオーストリアの美術・デザインを展示しています。彼は古美術や中世の武器・甲冑からオールドマスター、20世紀装飾美術、オーストリア・ドイツ表現主義、戦後の美術、現代アートまで幅広く蒐集し、どのジャンルでも完璧な審美眼を持つ人物。強く印象に残るコレクターです」。

ニューヨーク五番街のミュージアムマイルに2001年に開館したノイエギャラリー ©️Ajay Suresh https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Neue_Gallery_(48059179353).jpg
ニューヨーク五番街のミュージアムマイルに2001年に開館したノイエギャラリー ©️Ajay Suresh https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Neue_Gallery_(48059179353).jpg

日本はアートの創造において極めて重要な拠点

ニューヨーク、ロンドン、バーゼル、パリ、マイアミ、ロサンゼルス・・・・一年365日をアートカレンダーに沿って旅するデ・プリだが、主要アートフェアが開催される香港やソウルなどと比べると、東京への訪問はルーティンではない。しかし、日本をアート全般、そしてコンテンポラリーアートにおいては重要な場所と考えているという。「希望するほど来日できていませんが、もちろんもっと日本を訪れたい。存命の有名アーティストを5人あげてくださいと世界中で問えば、草間彌生など日本人アーティストの名前が必ず上がるし、村上隆もスター的な存在。建築においても、世界の近代建築において日本人建築家の貢献は素晴らしく、隈研吾、安藤忠雄など存命の有名建築家で長いリストができてしまう。写真家についても多数の作家が決定的な役割を担っているのです」。

世界的なオークショニアとしてアートワールドを知り尽くしているデ・プリから、日本のコンテンポラリーアーティストの名前が続々とあがる。「セラミックアートの分野でも日本には素晴らしいアーティストがたくさんいる。現在、欧米ではセラミックの人気が非常に高いのですが、中心は日本のアーティスト。私は桑田卓郎に注目していて、次回の来日の際はお会いしたいと思っているくらい。彼は伝統的な技術に現代風で革新的なテイストを加えた作品を作っていて、多くの国際的なコレクションに収蔵されています。また。ガラスにおいては、世界でもっとも優れたアーティストとして名前があがる三嶋りつ惠が群を抜く存在。他の誰も足元に及ばないほど素晴らしい作家です。ありとあらゆるアートのジャンルで日本人の名前をあげていくと永遠に続けられます」。

三嶋りつ惠のガラス作品。2024年11月〜2025年2月に東京都庭園美術館で開催された展覧会「そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠」より。
三嶋りつ惠のガラス作品。2024年11月〜2025年2月に東京都庭園美術館で開催された展覧会「そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠」より。

アーティストが大きな存在感を放つ一方、日本では国際的なアートフェアやオークションは開催されていない。それでも、アートの世界において日本は重要な一員であり不可欠な存在というのがデ・プリの見立てだ。「アートマーケットでは、80年代は日本人が買う時代でしたが、グローバルマーケットとして成熟した現在は世界中の人々があらゆる場所で買う。もちろん日本は今でもその中で重要な一員で、アートマーケットの中でも不可欠です」。

「現在、世界のアートの中心はニューヨークが断トツ。2番が香港、3番がロンドン、そして4番目に距離を置いてパリ。重要な作品を売るならNY、アジアにアクセスするなら香港。国際的なアートフェアも、アートバーゼルにはバーゼル、マイアミ、香港、パリ、フリーズにはロンドン、ロサンゼルス、ニューヨーク、ソウルがある。まるで巡回サーカスのようにフェアのカレンダーが埋まっているので、新しいフェアを入れる余地はほぼありません。しかしアートの世界の最優先はクリエーション。オークションやフェアにこだわらずとも、日本がアートの、特に創造の拠点であることに変わりはありません」。

桑田卓郎 《茶垸》2025
磁土、釉薬、鋼鉄、顔料、金、白金 Porcelain, glaze, steel, pigment, gold, platinum
Photo by Osamu Sakamoto ©Takuro Kuwata, Courtesy of KOSAKU KANECHIKA
桑田卓郎 《茶垸》2025
磁土、釉薬、鋼鉄、顔料、金、白金 Porcelain, glaze, steel, pigment, gold, platinum
Photo by Osamu Sakamoto ©Takuro Kuwata, Courtesy of KOSAKU KANECHIKA

55年のキャリアにおける確信ーー日本とイタリアの共通性

デ・プリが披露してくれた“余談”も興味深い。
「日本人とイタリア人は共通しています。そのときどきの経済的な背景で、この時期は湾岸諸国、この時期は中国人、といったように圧倒的な購買力を持ってアートに投資する人々が登場しますが、日本人とイタリア人に関してはどんな時代背景でもアートを愛する人は必ず買う。常に審美眼と芸術への愛を持ち、洗練されたもの、細部の美しいものを求める人々がいる。これは私が55年間見続けてきた確信です。アメリカは富裕層が多いがアートを愛して購入するのは一部にすぎません。でも日本人とイタリア人は違う。本当にアートが好きで、常に求める人が確かに存在するのです」。


草間彌生、村上隆に加え、建築、写真、陶芸、ガラス……日本から生まれた才能は世界の第一線に立っている。好景気でも不景気でも、審美眼を持つ人々は確実に作品を手に入れる。その「文化としてアートを愛する国民性」こそが、日本をアートマーケットにおいて不可欠な存在にしているとデ・プリは語る。「コンテンポラリーアートの世界で日本人の役割は大きい。日本はアートの創造において極めて重要な拠点であり続けます」。

ロナルド・S・ローダーの審美眼、日本のアーティストの創造性に賛辞を惜しまないデ・プリ。その眼差しは過去から未来へと美を紡ぎ続けるアートへの信頼に満ちていた。同時代のアートの営みに寄り添いながら、アートとチャリティをつなぐ架け橋としても活動する比類なきオークショニア。その歩みに今後も注目したい。(敬称略)

藤野淑恵 プロフィール

インディペンデント・エディター。ファッション誌の編集部を経て、日経ビジネス「Priv.」、日経ビジネススタイルマガジン「DIGNIO」両誌、「Premium Japan」(WEB)の編集長を務める。現在はアートメディア、高級カード会員誌、ビジネス誌などにコントリビューティング・エディターとしてアートを中心としたコンテンツを企画、編集、執筆。

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