FEATURE

約60年ぶりに、国宝《弥勒如来坐像》が東京に。
運慶が描いた北円堂本来の姿を再現

特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」が
東京国立博物館 本館特別5室にて2025年11月30日(日)まで開催

内覧会・記者発表会レポート

展示風景。修理完成披露となる国宝《弥勒如来坐像》(中央)。
後ろに控えるのは国宝《無著菩薩立像》(右)《世親菩薩立像》(左)※以下、仏像はすべて興福寺蔵
展示風景。修理完成披露となる国宝《弥勒如来坐像》(中央)。
後ろに控えるのは国宝《無著菩薩立像》(右)《世親菩薩立像》(左)※以下、仏像はすべて興福寺蔵

内覧会・記者発表会レポート 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る

構成・文・写真:森聖加

鎌倉時代を代表し、多くの人が天才仏師の筆頭にあげる運慶(生年不詳―1223)。その一門、慶派(けいは)が活動の拠点としたひとつが奈良・興福寺である。なかでも北円堂は、運慶が晩年に復興を手掛け、彼の最高傑作とされる国宝仏像群を安置する。東京国立博物館(東博)で2025年11月30日まで開催中の特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」では、現在は異なる場所に安置される四天王像をふくめ、運慶による7軀(く)の国宝仏を集結し、本来の空間に近い形に再現して展示。仏像ファン垂涎の展覧会だ。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」
開催美術館:東京国立博物館
開催期間:2025年9月9日(火)〜2025年11月30日(日)

国宝《弥勒如来坐像》の修理完成記念。60年ぶりの東京出開帳

ダイナミックなつくりの国宝《四天王立像 持国天》(鎌倉時代 13世紀)(右手前)越しに
国宝《弥勒如来坐像》(鎌倉時代 建暦2年[1212]頃)を見る。静と動の対比を感じて
ダイナミックなつくりの国宝《四天王立像 持国天》(鎌倉時代 13世紀)(右手前)越しに
国宝《弥勒如来坐像》(鎌倉時代 建暦2年[1212]頃)を見る。静と動の対比を感じて

北円堂は興福寺伽藍の西北隅に位置し、平城京を眼下に望む一等地に立つ八角形の円堂だ。平城京造営を推進した藤原不比等(ふじわらのふひと)の追善供養のため、その一周忌にあたる721(養老5)年8月に元明(げんめい)・元正(げんしょう)天皇が長屋王(ながやおう)に命じて建立させたと伝えられる。度重なる災禍で平安時代に二度焼失。1180(治承4)年の南都焼き討ち後の1210年頃に再建されたのが現在の北円堂で、現存する興福寺の堂宇のうち、最古の建物として国宝に指定されている。

南都焼き討ち後の再建では、北円堂の復興だけが他より遅れた。これが奇しくも、運慶一門、つまり慶派の最も脂の乗った時期と重なった。運慶は湛慶、康運ら6人の息子たちを含む工房一門とともに、北円堂にもともと安置されていた弥勒如来坐像(みろくにょらいざぞう)をはじめ9軀の復元を行ったのだ。

国宝《弥勒如来坐像》は特に傷みの激しかった漆箔を押さえる修理などを施して美しさを復活。
修理と同時にX線断層調査(CT)による像内空間、納入品の解析も行われた
国宝《弥勒如来坐像》は特に傷みの激しかった漆箔を押さえる修理などを施して美しさを復活。
修理と同時にX線断層調査(CT)による像内空間、納入品の解析も行われた

特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」は、国宝《弥勒如来坐像》の40年ぶりの修理完了を記念しての開催となる。カツラを用いた寄木造り(よせぎづくり)の像は、奥行きをたっぷりと取り、肩を開いて胸を張って堂々とするも、少し猫背気味の姿。左手は膝の上に、右手をゆったり構えて親指と人差し指で印を結び、奈良時代の仏像に特有の姿を意識する。後ろから見ると背筋がむっちりと張って盛り上がり、ウエストラインはキュッと引き締まる――まさしく運慶ならではの造形、と東京国立博物館の児島大輔氏は指摘する。

研究成果を実物で確認する、ぜいたくな北円堂内陣再現

展覧会のポイントはなんといっても運慶が描いた、祈りの空間を具現化した北円堂内陣の再現にある。東博では2017年に興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」を開催し、このとき北円堂安置の無著・世親菩薩立像(むじゃく・せしんぼさつりゅうぞう)と、通常は中金堂に安置されている四天王立像の邂逅が果たされた。そこから、児島氏はじめ東博の研究員が望んだのが、国宝《弥勒如来坐像》を含め北円堂由来と考えられる運慶仏全7軀を一堂に介して実際の構成を確かめてみることだった。今回の特別展は興福寺の格別の計らいで実現したのだ。

国宝《世親菩薩立像》(左)と国宝《無著菩薩立像》(右)ともに鎌倉時代 建暦2年(1212)頃
国宝《世親菩薩立像》(左)と国宝《無著菩薩立像》(右)ともに鎌倉時代 建暦2年(1212)頃

会場中央には、北円堂内陣の八角須弥壇(しゅみだん)とほぼ同寸の八角形ステージが設置された。比較的コンパクトな面積といえる。本来、北円堂八角須弥壇には、国宝《弥勒如来坐像》、国宝《無著菩薩立像》国宝《世親菩薩立像》、さらに国宝の《四天王立像》の4軀と、現在は行方のわからない両脇侍菩薩像2軀、合わせて9軀が安置されていたと考えられている。会場に集結した7軀を頭のなかで組み合わせて想像すれば、いかに濃密な空間が展開されていたかが実感できるだろう。

国宝《弥勒如来坐像》の光背は興福寺でお留守番。肩回りの肉付きや曲線、
衣が描くドレープなど、如来像と無著・世親像を比べてじっくり堪能したい
国宝《弥勒如来坐像》の光背は興福寺でお留守番。肩回りの肉付きや曲線、
衣が描くドレープなど、如来像と無著・世親像を比べてじっくり堪能したい

究極の精神性をも刻んだ、最高傑作《無著菩薩立像》《世親菩薩立像》

超越した力を持つ存在としての仏に、リアルな肉体造形を追求した仏師と言われる運慶にあって、ともに国宝の《無著菩薩立像》《世親菩薩立像》は、インドに実在した兄弟僧をあらわした像だ。水晶をはめ込んだ玉眼(ぎょくがん)で兄、無著の厳しくも温かな眼差しと、弟、世親の何かを凝視するうるんだ瞳を表現し、額や手の甲には生々しい血管を浮かべる。まるで生きているかのような像は、その姿形にとどまらず、二人の僧の崇高な精神性までをも刻んだものとして、最高傑作と称えられる。運慶ファンの間でもとりわけ人気が高い。

展示風景。国宝《無著菩薩立像》(手前)。後は国宝《四天王立像 多聞天》
展示風景。国宝《無著菩薩立像》(手前)。後は国宝《四天王立像 多聞天》

『今昔物語集』には、無著は夜に兜率天(とそつてん)上で弥勒の教えを聞き、昼には人間界でその教えを伝える、天上と人間世界を行き来できる存在と記されている。ゆえに、人間の世界から仏菩薩の世界に紛れ込んだ存在である無著、世親には玉眼を用い、兜率天上の仏や菩薩は彫眼で仕上げて使い分けているのではないか、と児島氏は話す。また、奥二重の国宝《無著菩薩立像》の玉眼に光を差し込むのは難しかったというが、像の美しさを際立たせるライティングによって、いつまでも眺めていたくなる。ただ静かに、荘厳なひとときを胸にとどめたい。

国宝《四天王立像 多聞天》(鎌倉時代 13世紀)は運慶の四男康勝(こうしょう)が担当。
康勝はのちの、重要文化財《空也上人立像》(京都・六波羅蜜寺蔵)の制作でも知られる。
父のリアルを超えた人物表現に学び、自身の造像に活かしただろう
国宝《四天王立像 多聞天》(鎌倉時代 13世紀)は運慶の四男康勝(こうしょう)が担当。
康勝はのちの、重要文化財《空也上人立像》(京都・六波羅蜜寺蔵)の制作でも知られる。
父のリアルを超えた人物表現に学び、自身の造像に活かしただろう
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
東京国立博物館|Tokyo National Museum
110-8712 東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9:30〜17:00 ※毎週金・土曜日および9月14日(日)、10月12日(日)、11月2日(日)、11月23日(日)は午後8時まで開館  ※入館は閉館の30分前まで
会期中休館日:9月29日(月)、10月6日(月)、14日(火)、20日(月)、27日(月)、 11月4日(火)、10日(月)、17日(月)、25日(火)

FEATURE一覧に戻る内覧会・記者発表会レポート 一覧に戻る

FEATURE一覧に戻る内覧会・記者発表会レポート 一覧に戻る