水や月に心を寄せた工芸品、絵画、書跡を通して
日本の四季のうつろう美を愛でる
「花鳥風月-水の情景・月の風景」が、皇居三の丸尚蔵館で2024年10月20日(日)まで開催
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構成・文・写真:森聖加
四つの季節がある日本では、時に応じて移ろい変わる自然の美しさを「花鳥風月」という風物に代表させ、長く愛で、楽しんできた。東京・千代田区の皇居三の丸尚蔵館で10月20日(日)まで開催中の展覧会「花鳥風月―水の情景・月の風景」では、「水」と「月」をモチーフとする作品にフォーカスを当てて、技巧を凝らした皇室伝来の収蔵品全27点を紹介する。
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- 「花鳥風月―水の情景・月の風景」
開催美術館:皇居三の丸尚蔵館
開催期間:2024年9月10日(火)〜2024年10月20日(日)
最高峰の技で具現化された、水のかがやきと月のきらめき
日本最大の湖、琵琶湖を有し、とりわけ水の豊かな土地のひとつに挙げられる近江(現在の滋賀県)。琵琶湖周辺の八つの優れた景観は「近江八景」と称せられ、古来、日本人の美の拠りどころとなってきた。これはもともと、中国湖南省を流れる瀟水と湘水が合流して洞庭湖に注ぐ中国有数の景勝地、瀟湘(しょうしょう)を題材にした瀟湘八景にならい、安土桃山時代に近衛信伊(このえ のぶただ)が定めたとする説が現在、有力視されている。
「水のかがやき、月のきらめき―工芸品」と題された1つ目の展示室の冒頭にならぶ《近江八景蒔絵棚》は、近江の風情ある八景を棚板や抽斗(ひきだし)などに蒔絵(まきえ)で表したもの。このうち上部左側の2枚の引戸が「月」を主題とする石山秋月(いしやましゅうげつ)で、銀色に輝く満月と松や橘に囲まれた石山寺が描写されている。
石山寺から眺める月は紫式部の創作にも影響を与えた。旧暦8月15日の夜に見た琵琶湖に浮かぶ満月から着想を得て、彼女は『源氏物語』の「須磨(すま)」の帖を書いたと伝わる。帝室技芸員の川之邊一朝(かわのべ いっちょう)は《石山寺蒔絵文台・硯箱》で、この情景を蒔絵で制作。硯箱に紫式部の姿を表し、文台に研出蒔絵(とぎだしまきえ)で湖面に映える満月を配した巧みな構図で表現した。
雨や靄(もや)など水を表した工芸品のなかで、特に驚かされるのは濤川惣助《七宝墨画月夜深林図額》(なみかわ そうすけ/しっぽうぼくがげつやしんりんずがく)だ。一見、絵画と思われる作品は、墨の濃淡のグラデーションやたらしこみ(墨が乾かないうちに上からさらに墨を塗ってにじみを生かす)といった水墨画の技法を七宝(しっぽう)で忠実に再現している。また、《塩瀬友禅に刺繍嵐山渡月橋図掛幅》は、桜の咲く春の嵐山の雨の景色を友禅染と刺繍で表すというもの。最高峰の技で具現化された、姿を変える水と月の情緒に目を開かれる。
斬新なモチーフの切り取り、表現手法に挑んだ画家たち
2つ目の展示室には「水と月、四季のうつろい」を描いた絵画と書跡が並ぶ。ここでは、上村松園の渾身の作《雪月花》三幅対や、伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)による国宝《動植綵絵》(どうしょくさいえ)のうち《梅花皓月図》(ばいかこうげつず)といった注目作を筆頭に、さまざまな画面に表される水と月の情景を味わっていくことになる。
「展示されている作品は、ほとんどが当時では新しい表現を試みた作品です。それぞれの時代の“現代”アートとして眺めてみると、新鮮な視点で接することができるかもしれません」そう館長の島谷弘幸氏は話す。動物画を得意とした西村五雲の《秋茄子》は、じゃれ合う三匹の狐をメインに据えながら時雨ふる夕暮れ時を、川合玉堂の《雨後》は雨上がりの瞬間、虹が現れた空の大気の様子を描き切った。持てる技術を注ぎ込んだ画家たちの一筆一筆に、ゆったりとした展示空間でじっくり向き合えるのも同館の魅力のひとつだ。
また、東京では8年ぶりの公開となった《安宅切本和漢朗詠集》(あたかぎれぼんわかんろうえいしゅう)にも注目したい。藤原行成(ふじわらのゆきなり)を祖とする世尊寺家(せそんじけ)の書風で、月をはじめ水や川を歌い込む詩歌が書写された本作は、一般的なものの半分の幅の料紙をあえて継ぎ、金銀の切箔・のげ・砂子を撒いて、金銀泥で下絵を描くなど多彩な美しさで魅了する。900年近い年を経てなお、銀の酸化がほとんどみられないのは、大切に守り伝えられ、人の目に触れる回数が限られてきたから、とも島谷氏は語る。
本展覧会では、担当学芸員から直接解説が聞ける夜間イベント「展示室 de 作品解説」を9月20日(金)、10月4日(金)に開催する(各回18:35から20分程度。申し込み不要。参加費不要 ※ただし当日の入館チケットは必要)。加えて、9月27日(金)、10月18日(金)には、担当学芸員によるさらに詳しい解説を聞きながらの「特別鑑賞会」(18:00~20:00、参加費5000円[税込]、定員20名)も実施。詳細は同館ホームページより確認してみて欲しい。