モザイク画家・板谷梅樹のモダンな世界を愛でる
特別展「昭和モダーン、モザイクのいろどり 板谷梅樹の世界」が、泉屋博古館東京にて9月29日まで開催中
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モザイク作家・板谷梅樹(いたやうめき)の名をご存じだろうか。近代陶芸の巨匠・板谷波山(いたやはざん 1872-1963)の五男として生まれた梅樹は、20代より陶片によるモザイク作品の制作を始めた。旧日本劇場一階玄関ホールの巨大なモザイク壁画(昭和8年作、原画:川島理一郎)を20代で手掛けるなど、当初から活躍していたにもかかわらず、制作に手間と時間を要するため残された作品は少なく、それゆえにその名が忘れ去れてしまった。
泉屋博古館東京で開幕した 特別展「昭和モダーン モザイクのいろどり 板谷梅樹の世界」では、近年再評価の機運が高まる板谷梅樹の作品が一堂に会する。同館では、2022年に梅樹の父・波山の展覧会「生誕150年記念 板谷波山の陶芸」を開催している。2年の時を経て、本展では、父・波山から息子・梅樹へと受け継がれた美意識、そしてモザイク作家・梅樹の温かく慈しみあるモダンな世界に触れる。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 特別展 昭和モダーン、モザイクのいろどり 板谷梅樹の世界
同時開催「特集展示 住友コレクションの茶道具」
開催美術館:泉屋博古館東京
開催期間:2024年8月31日(土)〜9月29日(日)
捨てる波山あれば、拾う梅樹あり
梅樹は明治40(1907)年に東京・田端で生まれ、18歳の時に明治大学を中退し、単身ブラジルに渡る。現地ではドイツ人経営の農場で働くも、1年後に帰国。20歳の時に日本のステンドグラスの先駆者である小川三知(おがわさんち 1867-1928)の工房に入り、1年間ステンドグラスを学ぶ。展示では、三知と共に手掛けた旧吉澤亀蔵邸を飾ったステンドグラスの作品も展示されている。
しかし、当時ステンドグラスの素材となる色ガラスは高価な輸入品であったため、梅樹は身近にあった陶片を用いることを思いつく。その陶片は、父である波山が砕いて捨てたものだ。制作に厳しかった波山は、出来栄えに納得のいかない場合、器を砕いて破片を庭に捨てていたという。幼い頃からその光景を見て育った梅樹は、そうした陶片を拾い集めて遊んでいた。その時間は、梅樹にとって色彩感覚を養う時間となったことだろう。
梅樹が用いた陶片の全てが父・波山の器とは限らず、後年の色鮮やかな作品の数々は、タイルを用いて制作されたものだが、元々器として作られた陶片ならではの色や湾曲した形は、初期の梅樹作品に独特の風合いを与えている。
また、台座を波山が、ランプシェードを梅樹が手掛けた父子合作のランプも展示されている。真っ赤な台座は部屋のインテリアのアクセントとなり、軽やかな柄のランプシェードが柔らかな光で部屋を照らしたことだろう。
身の周りを彩る梅樹モザイク
梅樹が活躍した昭和初期は、大正12(1923)年の関東大震災を機に日本人の住環境が急激に変化した時代。梅樹は、飾皿やモザイク画などのほか、ステンドグラスやランプシェード、煙草箱(たばこばこ)といった洋式化する住居にも調和する調度類も手掛けた。また洋装の普及に伴い、ペンダントやブローチ、バックル、あるいは着物の帯留といった装身具を銀座・和光のために制作していた。
日常の様々なシーンを彩るこれらのアイテムには、おもに幾何学模様や花柄のデザインが採用されていおり、カラフルな配色とモダンな文様でエキゾチックな雰囲気が漂う。一つ一つは小さいものだが、だからこそ繊細で可憐、そして飽きの来ない普遍の美しさを湛える。
大画面の壁画作品も圧巻
しかし、小さい作品だけが梅樹の芸術世界ではない。むしろモザイク作家としての歩みは大画面の壁画制作から始まった。
それが、旧日本劇場(旧日劇)の玄関ホールの壁画制作だ。洋画家・川島理一郎が原画を描き、当時26歳だった梅樹がモザイクで制作した。この大仕事が、梅樹のモザイク画家としてのデビューとなる仕事だったというから驚きだ。
劇場のホールに入る扉と扉の間の壁を彩る壁画には「音楽」「平和」「戦争」「舞踊」というテーマで古代ギリシアの群像が、扉の上部を飾る3点には「天」「動物と植物」「地」が表されている。メインの壁画4点は劇場が閉鎖の折に、別の場所に移されるも保存が難しく廃棄処分となり、扉上部の3点は梅樹の子供たちの手に引き渡された。
また会場では、現存する梅樹作品の中で最大となる《三井用水取入所風景》が出迎えてくれる。雪を頂き、堂々と聳える富士に、雲がたなびき、生い茂る木々の合間を清流が流れる。まるで山水画のような構図の本作は、巧みなグラデーションによって富士の峰の立体化や景観の奥行きを見事に表している。
多才な板谷家の作品も集結
本展では梅樹の他に、美術館が所蔵する重要文化財《葆光彩磁珍果文花瓶》をはじめとする波山作品も並ぶ。葆光彩(ほこうさい)という波山ならでは、ヴェールをまとったような淡い色彩と滑らかな質感に魅了される。こうして波山と梅樹の作品を同時に見れば、繊細な色彩を追い求めた波山の美意識が、梅樹にも確実に伝わっていたのだと感じることができるだろう。
また、本展では波山の妻・まる(玉蘭)が手掛けた器や椿図も展示されており、波山や梅樹をとりまく板谷家の面々の多才ぶりを知ることができる。
惜しくも56歳で亡くなり、またモザイクが美術史の主流ではなかったために埋もれてしまった板谷梅樹。本展では、小さな欠片から生み出される梅樹のモザイクの世界を愛でてほしい。