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彫刻家・舟越桂の軌跡と、最後に遺した思いに触れる

「彫刻の森美術館 開館55周年記念 舟越桂 森へ行く日」が、彫刻の森美術館にて2024年11月4日(月・振)まで開催

内覧会・記者発表会レポート

《樹の⽔の⾳》2019年 楠に彩⾊、⼤理⽯ 西村画廊蔵
Photo: 今井智己 © Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery
※この写真は所蔵者の許可を得て撮影されたものです。実際の展示風景と異なります。
《樹の⽔の⾳》2019年 楠に彩⾊、⼤理⽯ 西村画廊蔵
Photo: 今井智己 © Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery
※この写真は所蔵者の許可を得て撮影されたものです。実際の展示風景と異なります。

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神奈川県・箱根に位置する彫刻の森美術館は、今年で開館55周年を迎える。その記念として、日本を代表する彫刻家・舟越桂(1951-2024)を特集する展覧会が、2024年7月26日に開幕した。

「舟越桂 森へ行く日」展 は、作家の最新の展覧会となるはずだった。しかし、開幕を控えた2024年3月29日、舟越桂は72歳でこの世を去った。偉大な功績を残した舟越の旅立ちは、関係者、美術ファンに大きな喪失感を与えたが、最期まで本展の開催に向けて励んできた本人の意思と、残された家族の思いを汲み、開幕へと至った。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
彫刻の森美術館 開館55周年記念 舟越桂 森へ行く日
開催美術館:彫刻の森美術館
開催期間:2024年7月26日(金)〜11月4日(月・振)

彫刻の森美術館で木彫作家・舟越の芸術に迫る

《夜の森の塔》2015年 楠に彩色、大理石 西村画廊蔵
《夜の森の塔》2015年 楠に彩色、大理石 西村画廊蔵
1951年、岩手県に生まれた舟越桂は、戦後日本を代表する彫刻家・舟越保武(1912-2002)を父に持ち、その影響により幼少期より彫刻家を志した。
舟越桂
舟越桂
1975年に東京造形大学彫刻科卒業後、1977年に同大学の大学院美術研究科彫刻専攻修了。1988年にベネチアビエンナーレ(イタリア)、1992年にはドクメンタⅨ(ドイツ)に参加するなど、国内外で高く評価されてきた。
舟越の作品は、クスノキを素材に大理石の目をはめ込んだ半身像で、静謐な佇まいを見せる。外斜視の澄んだ眼差しは、まるで過去、現在、未来、言い換えれば「永遠」の時を見つめているようで、その像と対峙すると、いつの間にか自らの心の裡に入り込んでしまうような魅力を持つ。

彫刻の森美術館では、約1,000点の所蔵する彫刻のほとんどがブロンズや金属などを素材とする作品で、木彫作品は10点ほど。 というのも、彫刻の森美術館の展示は屋外が基本なため、風雨に強いブロンズや金属の作品がメインとなるからだ。

その美術館が今回、木彫作家である舟越に焦点を当てたのは、親子二代で彫刻家として高い評価を得ている舟越保武・桂の存在は日本の彫刻史においても貴重であり、改めてその芸術性に迫りたいという思いがあったからだ。

《立てかけ風景画》2023-24年 ティッシュペーパーの箱、ヨーグルトのカップ 作家蔵
病室から眺めていた雲を見て、舟越は草原の向こう側に女性が横たわるイメージを思い浮かべ、ティッシュペーパーの箱に描いた。箱根の雄大な自然と広がる青空と、舟越が最期に見た幻想的な風景が重なる。
《立てかけ風景画》2023-24年 ティッシュペーパーの箱、ヨーグルトのカップ 作家蔵
病室から眺めていた雲を見て、舟越は草原の向こう側に女性が横たわるイメージを思い浮かべ、ティッシュペーパーの箱に描いた。箱根の雄大な自然と広がる青空と、舟越が最期に見た幻想的な風景が重なる。

山や海よりも広い想像の世界

《砂と街と》1986年 楠に彩色、大理石  個人蔵
《砂と街と》1986年 楠に彩色、大理石  個人蔵
《山と水の間に》1998 年 楠に彩色、大理石 作家蔵
《山と水の間に》1998 年 楠に彩色、大理石 作家蔵

舟越の作品は、時代の変遷によって大きくその特徴を変える。初期では、モデルとなる人物は着衣の状態で、日常で見かける等身大の人物像を制作している。しかし、やがて体の一部が山となった人物像を制作するようになる。これは、学生時代に山を見た時に「山が自分の中に入る」感覚を覚えたことがきっかけだという。それは「人間の想像力、頭の中のイメージは自然よりも広い」ということだと後に舟越は解釈しているが、その舟越のイマジネーションは時を経る中で様々に変化し、時に海や水とも重なっていく。

(手前)《青の書》2017年 楠に彩色、大理石、ブリキ、ステンレス・スティール、ガラス 作家蔵
(奥)《樹の⽔の⾳》2019年 楠に彩色、大理石 西村画廊蔵
(手前)《青の書》2017年 楠に彩色、大理石、ブリキ、ステンレス・スティール、ガラス 作家蔵
(奥)《樹の⽔の⾳》2019年 楠に彩色、大理石 西村画廊蔵

人間世界を見つめる「スフィンクス」

また、舟越は2000年代から「スフィンクス」シリーズを制作している。

《戦争をみるスフィンクスⅡ》2006年 楠に彩色、大理石、革 個人蔵
《戦争をみるスフィンクスⅡ》2006年 楠に彩色、大理石、革 個人蔵

人物の顔に長く垂れた耳、首は異様に長く、女性のシンボルである乳房がある一方で、上腕や腹部の筋肉質な様子は男性的な姿を、舟越は「スフィンクス」と名付けた。人間と獣、女性と男性、そうした二項対立が1つの身体として融合した「スフィンクス」シリーズは、超越的な存在として人間世界を見つめる。とくに《戦争をみるスフィンクスⅡ 》は、顔をひどく歪めており、これほど感情をむき出しした表現は、舟越の作品の中でも極めて異例だ。2003年に勃発したイラク戦争に対する憤りや悲しみ、様々な感情が込められている。

メインビジュアルに込めた思い

《樹の⽔の⾳》2019年 楠に彩⾊、⼤理⽯ 西村画廊蔵 Photo: 岡野 圭
© Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery
《樹の⽔の⾳》2019年 楠に彩⾊、⼤理⽯ 西村画廊蔵 Photo: 岡野 圭
© Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery

さて、本展のチラシやポスターでは、木々が生い茂る森を背景に《樹の⽔の⾳》という作品を写した印象的な写真が用いられている。

本展の副題「森へ行く日」は、舟越が1992年に出した同名の作品集のタイトルからとられている。クスノキを素材とする舟越の作品群と、雄大な自然に囲まれた彫刻の森美術館は、いずれも「森」のイメージと重なることから、この副題になったという。

そのため本展では当初、舟越の作品の屋外展示が計画されていた。木彫作品を屋外で展示することは難しいため、ブロンズ像に着彩したものを展示する予定だった。2023年の夏には、舟越が実際に美術館を訪れ、屋外の展示エリア内を散策し、自ら作品を設置する場所、向きなど細かい部分まで決めた。しかし、いよいよ制作に移るという段階で舟越が亡くなり、屋外展示の構想も白紙となってしまった。そんな中、遺族から「生前の舟越の思いを形に」との理解もあり、木彫作品である《樹の水の音》を予定していた場所に設置して撮影を行ったという。(メイン画像参照)

展覧会のコンセプトを象徴すると同時に、彫刻家・舟越桂が最期に思い描いたイメージ、展覧会に関わる多くの人々の思いが、この1枚の写真に込められている。

美術館外観
美術館外観
屋外展示エリア(舟越が屋外展示に希望した場所と思われる)
屋外展示エリア(舟越が屋外展示に希望した場所と思われる)

本展の鑑賞後に、実際にこの場所を探し歩いてみるのも良いだろう。屋外展示の作品の多くは、芝生の上などに設置されており、晴れた日には明るい日差しを存分に浴びている。そんな明るく朗らかな場所が多い中で、小さな渓流が流れ、ひっそりと静まった「森」を思わせる場所がある。その場所こそ、舟越が自信の作品を設置するに相応しいと感じた場所だ。残念ながら当初の構想は実現こそしなかったが、だからこそ、この場所に立ってみると、舟越がこの場所に思い描いたイメージはどんなものだったのか、その果てなき思考の海へ誘われるようだ。

舟越の人となりを感じる「アトリエ」と「おもちゃ」

アトリエの再現展示
アトリエの再現展示

アトリエの再現展示では、デッサン、製作に必要な道具類、家具、オブジェなど、1つ1つの品々から舟越の息遣いが感じられる。初期の代表作《妻の肖像》(1979-80年、作家蔵)はいつもアトリエに置かれていたという。

また、子どものために作った木製のおもちゃ(作品制作の時に出た木片などを使用)も展示されている。1997年に舟越はこれらのおもちゃについて語った作品集『おもちゃのいいわけ』を出版した。今回、本展に合わせて27年ぶりに復刊され、これを機に新たに数点の作品も追加された。愛らしく温もりのあるおもちゃや、スケッチブックが展示されている小部屋には、舟越の慈しみに満ちた小宇宙が広がっている。

《あの頃のボールをうら返した。》2019年 革、糸、楠、バネ、水彩、鉛筆 Photo: 今井智己
《あの頃のボールをうら返した。》2019年 革、糸、楠、バネ、水彩、鉛筆 Photo: 今井智己
舟越桂自作の「おもちゃ」の展示風景
舟越桂自作の「おもちゃ」の展示風景

同時開催中の「名作コレクション+舟越桂選」も必見

「舟越桂 森へ行く日」展が開催されている本館の向かいにあるアートホールでは、「名作コレクション+舟越桂選」が開催されている。本展では舟越桂の作品 のほか、父・保武の作品や、本展のために舟越が選出した 現代作家5人の作品を展示している。長年の友人である三木俊治、大学で共に教鞭を執った保井智貴、2022年に丸の内ストリートギャラリーで共に展示を行った名和晃平、渋谷区立松濤美術館での展覧会で共作をした三沢厚彦、杉戸洋が選ばれている。舟越は彼らに対して、「僕には思いつかない姿や形の作品」を制作し、どこからその想像力がみなぎるのか気になる作家たちであると語っている。舟越を慕い、そして舟越が慕った現代作家たちの作品を味わいながら、翻って舟越桂の唯一無二な作風に思いを馳せたい。

「名作コレクション+舟越桂選」展示風景
(手前)舟越桂、杉戸洋、小林正人、三沢厚彦《オカピのいる場所》2017年
「名作コレクション+舟越桂選」展示風景
(手前)舟越桂、杉戸洋、小林正人、三沢厚彦《オカピのいる場所》2017年
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
彫刻の森美術館|THE HAKONE OPEN-AIR MUSEUM
250-0493 神奈川県足柄下郡箱根町ニノ平1121
開館時間:9:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
休館日:年中無休

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