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光と闇、現実と虚構の境。Y字路から異界へワープ!
「横尾忠則 ワーイ!★Y字路」展

「横尾忠則 ワーイ!★Y字路」が、横尾忠則現代美術館にて2024年5月6日(月・振替休日) まで開催

内覧会・記者発表会レポート

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アートシーンの第一線で活躍し、精力的に新作を発表し続ける美術家・横尾忠則(1936〜)。寒山拾得をテーマに新作102点を発表した2023年の「横尾忠則 寒山百得」展(東京国立博物館 表慶館で開催)が記憶に新しいという方も多いだろう。

横尾氏の長いキャリアの中でライフワークの一つといえるのがY字路シリーズだ。これまで制作された作品は総数150点を超える。現在、兵庫の横尾忠則現代美術館ではY字路シリーズに特化した企画展「横尾忠則 ワーイ!★Y字路」が1月27日(土)から5月6日(月・振替休日)まで開催されている。ユニークなタイトルは、横尾氏が自ら名付けた。Y字路シリーズが同美術館で展示されるのは2015年の企画展「横尾忠則 続・Y字路」に続き二度目となる。2015年に発表された2006年〜2015年の作品を補完する形で、最初期の2000年〜2005年の作品と後期の2016年以降の作品合計69点が一堂に会する。多くの作品が横尾忠則現代美術館で初展示となる。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
横尾忠則 ワーイ!★Y字路
開催美術館:横尾忠則現代美術館
開催期間:2024年1月27日(土)〜2024年5月6日(月・振替休日)

Y字路の先。吸い込まれるような闇へ

展示風景より
展示風景より

横尾氏がY字路を描き出すのは2000年の頃。西脇市岡之山美術館での展示に向けて制作された。夜な夜な郷里の西脇市を歩き、自らインスタントカメラでストロボ撮影をした風景が描かれている。ストロボの当たった前方は明るく照射され、奥へと続く左右の道は吸い込まれるように闇へ溶けている。横尾氏がY字路を描きだしたのは、幼少期に利用していた模型店「ホビイ模型」が取り壊された後の風景に注目したことがきっかけだったという。初期のY字路は、風景描写に徹した作品が多く、懐かしくも、不穏さも併せ持つ風景に引き込まれる。作品の多くは《暗夜光路》と名付けられた。

ポップでサイケデリックな魅力を放つ横尾芸術とは一味違った、寡黙で、奇妙な物々しさが漂う。同じY字路が繰り返し描かれており、《暗夜光路 N市-Ⅱ 三度(みたび)》の雨天時にツヤツヤと光る公道の描写も魅力的だ。

《暗夜光路 N市-I》2000
Y字路の中央には、かつて横尾氏が利用していた「ホビイ模型」があった
《暗夜光路 N市-I》2000
Y字路の中央には、かつて横尾氏が利用していた「ホビイ模型」があった
《暗夜光路 N市-Ⅱ》2000
《暗夜光路 N市-Ⅱ》2000
《暗夜光路 N市-Ⅱ 三度(みたび)》2002
《暗夜光路 N市-Ⅱ 三度(みたび)》2002

横尾氏がY字路に興味を持ったのは「純粋に形から」で、「一般的な西洋絵画とは違って消失点が2点ある構図が面白いよね」と過去に語っている(『美術手帖』2013年11月号)。
Y字路に着目した横尾氏は、その後連作を発表し続ける。そして、郷里の西脇から場所を移し、光と闇を鮮烈に描き出す作風にも転換が見られていく。

Y字路の実験。鮮やかな色彩の世界へ

2002年の企画展「横尾忠則 森羅万象」展(東京都現代美術館、広島市現代美術館で開催)のために制作された新作で、Y字路が色彩を持ち始める。最初期は横尾氏自ら撮影した写真を元に描かれていたが、この頃には他者が撮影したY字路写真も積極的に取り入れて制作されたという。地縁のある郷里とは異なる風景を前に、画面は大胆に色づきだす。モチーフの追加、コラージュなど、Y字路を舞台に横尾芸術の実験が始まっていく。鮮やかに彩られた作品群は、冒険譚の舞台であるかのような趣も見せる。

《暗夜光路 眠れない街》2001
《暗夜光路 眠れない街》2001
《実生活の虚実》2002
《実生活の虚実》2002
会場風景より
会場風景より

さらに、Y字路の前で立ち尽くす人や上空から見下ろす人など、画面に人物が描き足されていく。横尾氏の私的な風景から始まったY字路が、少しずつ自由度を高め、饒舌になっていく過程を楽しめる。

(左)《メランコリー》20003
(右)《メランコリー Ⅱ》20003
(左)《メランコリー》20003
(右)《メランコリー Ⅱ》20003
《とりとめのない彷徨》2002
《とりとめのない彷徨》2002

宮崎の夜から始まったY字路の公開制作

横尾氏は、Y字路作品を度々公開制作している。発端となったのは2002年に宮崎県立美術館で開催された企画展「横尾忠則 Y字路展」である。

公開制作は通常、制作時間が限られることからダイナミックな作風で描かれることが多いという。しかしながら宮崎県立美術館の公開制作時、横尾氏は偶然にも台風の接近により宮崎に留まることとなり、無観客の状態、ほぼ美術館を貸し切る形で作品を描き続けた。そのせいか、宮崎県立美術館で描かれた作品は均整の取れた構図で丹念に描写されている。また、Y字路は構図が安定しており、多様な要素を加えても画面が破綻しにくいことから、以降も公開制作と親和性の高い画題として取り上げられていくことになる。

宮崎で描かれた作品群は、初期のY字路が持つような独特の静謐さ、不穏さが漂う。《宮崎の夜 Ⅰ》《宮崎の夜 Ⅱ》は、寡黙な闇の中を匂うような色香を放つ赤、青が滲んでいる。ひたひたと忍びよるかのような画面に、つい足が止まる。画面全体に不穏な赤が漂う《宮崎の夜-台風前夜》や、Y字路の片側に神社の鳥居が見られる《宮崎の夜 -鳥居のある風景》など、写実的でありながら、異郷の地のどこかミステリアスな土着性が染みた作品が並ぶ。

(左)《宮崎の夜 Ⅱ》2004
(右)《宮崎の夜 Ⅰ》2004
(左)《宮崎の夜 Ⅱ》2004
(右)《宮崎の夜 Ⅰ》2004
《宮崎の夜 - 台風前夜》2004
《宮崎の夜 - 台風前夜》2004
《宮崎の夜 - 鳥居のある風景》2004
《宮崎の夜 - 鳥居のある風景》2004

人生の岐路?異界へのポータル?Y字路が導く先は

その先に何があるのか。どちらに向かえばいいのか。なぜ、心がざわつくのか。
横尾氏のY字路作品を前に、鑑賞者の心象はさまざまに変容するだろう。作品と対峙し足を止める瞬間、心身にはどのような影響が起きているのだろうか。

横尾氏は、本展について次のようなメッセージを寄せている。

「Y字路とは、1本道の先で二手に分かれる三差路のことです。
三差路は、その昔、おいわけ(追分)と呼んでいました。つまり、分岐点のことです。昔の時代劇などには、しょっちゅう登場しますが、今の若い人達には、馴染みがないと思います。Y字路は私のヨコオの頭文字のYでもあります。分岐点、つまりY字路は、われわれの生活の中でも常にこのY字路に突き当たって、こっちにするかあっちにするかと迷う、そんな経験は誰にもあります。1日に我々は何度もY字路に遭遇します。昼の食事は、ラーメンにするか? カレーにするか? 誰かに電話をするかどうか、こんな具合に終日、Y字路の前で立ちすくむのです。
私の絵のY字路は、郷里の西脇で思いついたテーマです。
Y字路は、元々農道のひとつとして発展したもので、西脇は、まるでY字路の宝庫です。ということは、農道のある場所に民家が立ち並んで町を形成したのではないかと思います。
ところが、このY字路を意識する人はほとんどいませんが、私の絵を見たことで、初めて現実にY字路の存在を知ったという人が沢山いらっしゃいます。
多分、この展覧会を見られた次の日から、Y字路が気になって仕方ないとおっしゃる人が何人も現れると思います。
われわれの人生は、常に右に行くか、左に行くかの迷いから生じています。
まあ、そんなことを念頭において、Y字路展をゆっくり鑑賞してください。」
(展覧会に寄せられたメッセージより)

Y字路の作品を前に立ち尽くす人は多いかもしれない。左右の世界の落差、どちらにも進むことができない虚無感、あるいは異界への入り口に立たされたような心許なさ。そんな心地になり、世界がぐらつき、現実から意識がはずれていくような感覚に襲われる。

《松島の夜》2003
《松島の夜》2003

横尾氏が描く世界の特徴の一つは、宇宙的で、超大な広がりを持っていること。神々や仏、伝説上の生物、死者といった直接的なモチーフを取り入れた作品も多く、絵そのものが小宇宙となり膨張し続けるような力がある。Y字路は一見すると風景画だが、まるで異界へ続くポータルの役割を果たすかのような超越性を持っている。絵を見つめているはずが、視覚的な世界から見えない世界へ、あるいは無意識下へ放り出されるかのように。

それはやはり、Y字路という構図の影響が大きいだろう。Y字路に対峙すると、まず中心地点に視線が注がれる。左右は闇。その闇に吸い込まれるように視線は左右に分け隔たれ、焦点が狂い、世界が虚ろに霞んでいく。その中で自身の奥底にある原風景が呼応し、揺り動かされていく心地がする。

そうした鑑賞者の感覚を知るかのように、夢幻的なイメージが加えられたY字路作品も数多く見られる。

《タカラヅカを観た夜に見た夢》2004
《タカラヅカを観た夜に見た夢》2004
《See You Again》2005
《See You Again》2005

未完の作品もある。アメリカ同時多発テロ事件が起きた2001年9月11日、繰り返し衝撃的な映像が報道された。その映像を見ていた横尾氏は、翌日描きかけの作品がツインタワー崩壊後の廃墟に見えたという。加筆する気になれず、日付を記入し、制作を終えた。

《暗夜光路 2001年9月11日》2001
《暗夜光路 2001年9月11日》2001

時空の超越が如実な作品もある。近年のY字路シリーズでは、戦時中の空襲が描かれている。B29が空を飛び、分岐点にある建築物は転倒しかかり、もはや左右の道が消失した作品もある。横尾氏の最新シリーズ「寒山拾得」で顕著に見られる朦朧体のタッチが加わり、より自由に進化を遂げたY字路作品も必見だ。

こんなふうに、観る者はY字路を通じて時空を超えたさまざまな異界へ連れて行かれる。

(左)《回転する家》2018
(右)《Last B29》2019
(左)《回転する家》2018
(右)《Last B29》2019
《ギルガメッシュとMP》2019
《ギルガメッシュとMP》2019

2000年に始まり、多様な変遷を見せてきた横尾氏のY字路シリーズ。光と闇、現実と虚構、時空をも超越していくような力強い作品の数々と、ぜひ直接対峙していただきたい。横尾氏の作品の中では珍しく、写実性の強い作品も多く、風景画を楽しみたいという方にも適した内容だろう。巨匠の創作熱を肌身に感じながら、思いもよらない異界へのワープを「ワーイ!」と言って楽しむのも一興かもしれない。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
横尾忠則現代美術館|Yokoo Tadanori Museum of Contemporary Art
657-0837 兵庫県神戸市灘区原田通3-8-30
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
休館日:月曜日、2月13日(火)、4月30日(火)
※ただし2月12日(月・振替休日)、4月29日(月・祝)、5月6日(月・振替休日)は開館

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