FEATURE

妹島和世氏の設計による、アルミパネルの外壁
を持つ個性際立つ美術館で、北斎に親しむ。

江戸時代後期に活躍した天才絵師 葛飾北斎ゆかりの地に昨年11月にオープンした「すみだ北斎美術館」

美術館紹介

江戸時代後期に活躍した天才絵師 葛飾北斎ゆかりの地に昨年11月にオープンした「すみだ北斎美術館」。妹島和世氏の設計による、アルミパネルの外壁を持つ個性際立つ美術館で、北斎に親しむ。

美術館紹介 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る

江戸時代後期に活躍した、世界的にも有名な浮世絵師 葛飾北斎(かつしかほくさい 1760-1849)ゆかりの地、墨田区の両国に、昨年の2016年11月、北斎を専門とする美術館「すみだ北斎美術館」がオープンした。

約100年余りも行方知れずとなっていた北斎の幻の絵巻「隅田川両岸景色図巻(すみだがわりょうがんけしきずかん)」が、2008年にヨーロッパで再発見されて、日本へ里帰りし、すみだ北斎美術館のオープン時の企画展でお披露目されたことでも話題となった。また、北斎の名前を冠した美術館がオープンしたことで、世界に散逸していた北斎の名品が、再び生誕の地に集められるなど、北斎専門の美術館が開館したことの意義は大きい。

両国駅からすみだ北斎美術館へ向かう道は「北斎通り」との愛称で親しまれており、北斎の生きた時代に思いを馳せながらの街歩きも風情がある。「北斎通り」をしばらく進むと、交差点右手に視界が開け、ほっこりした木々に囲まれたの緑町公園が見えてくる。淡い鏡面のアルミパネルの外壁を持つ、地面および屋上から建物全体に細く切り込んだスリットが入った、N字型の建物が、公園に隣接して、圧倒的な個性を光らせて建っている。

すみだ北斎美術館

建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞の受賞歴を持つ、世界的に広く活躍する建築家 妹島和世(せじまかずよ)氏による設計である。建物全体に「裏」をつくらず、周辺地域のどこからでもアクセスすることができる構造になっている。浮世絵作品の保存展示を考慮し、スリット部分に窓を設けることで、採光をほどよく制限している。

採光をほどよく制限した構造に(左)<br />建物全体をゆるやかに分割するスリットは、地上階部分ではアプローチの空間となっており、外部通路で結ばれている(右)
採光をほどよく制限した構造に(左)
建物全体をゆるやかに分割するスリットは、地上階部分ではアプローチの空間となっており、外部通路で結ばれている(右)

個性が際立せながら、決して奇抜で異質な感じを与えず、北斎ゆかりのこの街に新しい文化の風を吹き込みそうな、新鮮な関心を人々にもたらしそうな建築である。

「冨嶽三十六景 凱風快晴(がいふうかいせい)」 大判錦絵 天保2年(1831年)頃
「冨嶽三十六景 凱風快晴」 大判錦絵 天保2年(1831年)頃

葛飾北斎は、「冨嶽三十六景」などの風景を題材にした浮世絵で知られる。こちらは「冨嶽三十六景」の中でも、また北斎作品全体においても、代表作品といえる「凱風快晴(がいふうかいせい)」である。「冨嶽三十六景」は、北斎が70歳を過ぎてから精力的に描いた一連の作品である。その後、「画狂老人」と名乗った北斎は、生涯に渡り、絵の奥意を極めようと向上心を持ち続け、90歳で病に倒れるまで絵筆を握り続けた。

次の「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」も同様に、「凱風快晴」に続く代表的な作品である。豪快な大波に、3艘の舟が浮かび、身を固く寄せ合う舟乗りたちに迫る緊張感と遠くの富士の悠然と構える姿の対比がドラマチックである。

「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」 大判錦絵 天保2年(1831)頃
「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」 大判錦絵 天保2年(1831)頃

北斎は、この時代からすでに芸術家として世界的にも知られ、多大な影響を与えていた。オランダ商館の医師として来日したフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796-1866年)は、自著『Nippon』の挿図に『北斎漫画』の図柄を用いたといわれる。その後、1867年にはパリ万国博覧会を機にジャポニスム(日本趣味)が起こり、美術工芸品とともに浮世絵も紹介されて、ヨーロッパの芸術家たちに大きな影響を与え、印象派誕生のきっかけとなっている。

また、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853-1890年)、エドガー・ドガ(1834-1917年)、アール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸家のエミール・ガレ(1846-1904年)、音楽家のクロード・ドビュッシー(1862-1918年)など、北斎の浮世絵から影響を受け、発想を得た作品を生み出したといわれている。

すみだ北斎美術館のコレクションは、現在約1800点。特筆すべきものとして、「ピーター・モースコレクション」や「楢崎宗重(ならさき むねしげ)コレクション」がある。

大森貝塚を発見したエドワード・S・モースの血縁にあたるピーター・モース氏(1935-1993年)によるコレクションが、「ピーター・モースコレクション」である。研究者としての眼で収集された希少価値の高い作品が多く含まれ、また葛飾北斎の一大コレクターとして世界的に知られた存在でもある。1993年のモース氏の急逝後、そのコレクションの散逸を惜しんだ遺族より、墨田区が総数600点に近い北斎作品や研究資料などを譲り受けている。

「楢崎宗重コレクション」は、浮世絵研究の日本での第一人者といわれる楢崎宗重氏(1904-2001年)によるコレクションである。浮世絵版画のほか、日本及び中国の古美術から近世絵画・版画、近代絵画、さらに絵巻物などの資料が含まれる。日本美術を年代順に追うことのできる価値の高いこれらのコレクションを平成7年に、すみだ北斎美術館が一括して寄贈を受けたものである。

4階 常設展示室
4階 常設展示室

北斎美術館の展示室は、3階と4階にある。4階左手に入り口のある常設展示室には、北斎のアトリエが再現された模型がある。北斎が84歳の頃、墨田区内の榛馬場(はんのきばば)と呼ばれた場所に娘の阿栄とともに住んでいた様子を門人の露木為一(つゆき いいつ)が絵に残していた。それを元に、畳敷の部屋に、絵筆を取る北斎、そして“おんな北斎”とも言われ、のちに葛飾応為(かつしか おうい)の画号を持った娘の阿栄の姿が、等身大の模型でリアルに再現されている。

また、北斎の画業における各期の代表作が、実物大高精細レプリカによって、エピソードとともに見ることができたり、『北斎漫画』などをタッチパネルモニタで紹介する「北斎絵手本大図鑑」や、高精細画面モニタによる錦絵鑑賞、錦絵の制作工程を映像も交えて紹介するコーナーなども見どころである。

「冨嶽三十六景」に描き込まれた富士山を探しだしてタッチし、正解すると次の画面に進める、というゲーム感覚のタッチパネルモニタなどもある。作品を鑑賞するだけでは気づかない、北斎による富士山の表現の多様さにあらためて目を向けることができる。

「春興五十三駄之内 日本橋」 摺物 享和4年(1804)
「春興五十三駄之内 日本橋」 摺物 享和4年(1804)

現在は、2017年4月18日(火) から2017年6月11日(日)まで、開館記念展Ⅲ「てくてく東海道-北斎と旅する五十三次-」が開催されている。「東海道五十三次」といえば、歌川広重が有名であるが、広重より約30年早く、北斎は「東海道五十三次」シリーズを手掛けていた。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「てくてく東海道-北斎と旅する五十三次-」
開催美術館:すみだ北斎美術館
開催期間:2017年4月18日(火)~2017年6月11日(日)

当時、1802(享和2)年に出版された『東海道中膝栗毛』のヒットや旅行ブームを背景に「東海道五十三次」は浮世絵で人気のテーマとなった。広重の「東海道五十三次」は風景を描いたものが多いが、北斎はその土地の風俗を描いたものが多い。また、手に取ってじっくりと楽しまれることの多かったと考えられる小さめのサイズの作品が多い。

「東海道五十三次 絵本駅路鈴 興津」中判錦絵 文化(1804-18)初中期頃(左)   「東海道五十三次絵尽 土山」小判錦絵 文化7年(1810)(右)
「東海道五十三次 絵本駅路鈴 興津」中判錦絵 文化(1804-18)初中期頃(左) 「東海道五十三次絵尽 土山」小判錦絵 文化7年(1810)(右)

今回の展示では、6種類の東海道五十三次シリーズが紹介されており、中でも「春興五十三次駄之内(しゅんきょうごじゅうさんだのうち)」の初摺の揃いは、希少であり特に必見である。また、すみだ北斎美術館が所有するピーター・モース コレクションからの作品である「東海道五十三次絵尽(とうかいどうごじゅうさんつぎえづくし)」は、正方形に近い小さな錦絵で、これらのシリーズは、前期と後期に分けて全作品が公開予定である。

また、同じくピーター・モース コレクションの「五十三次江都の往かい(ごじゅうさんつぎえどのゆきかい)」は、最も色彩が鮮やかで、小さな作品から、物語の中に引き込まれるような臨場感が感じられる。

「五十三次江都の住かい 袋井」 小判錦絵 文化(1804-18)初中期頃
「五十三次江都の住かい 袋井」 小判錦絵 文化(1804-18)初中期頃

作品をゆっくり眺めながら、“てくてく”と江戸の東海道への旅を楽しみたい。

浮世絵の持つ風情は、時代を超えて日本人の心にあたたかな郷愁を誘う。北斎が生きた時代の旅情あふれる風景、江戸の人々に感じられる逞しさ、街にあふれる活気、細やかに描かれた衣装や風物などに、北斎のあたたかな眼差しや人間性も見え隠れしている。ひとつひとつの浮世絵作品に込められた豊かな世界をじっくりと堪能したい。

参考文献:すみだ北斎美術館 ウェブサイト

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
すみだ北斎美術館|The Sumida Hokusai Museum
〒130-0014 東京都墨田区亀沢2-7-2
開館時間:9:30~17:30
定休日:月曜日

FEATURE一覧に戻る美術館紹介 一覧に戻る

FEATURE一覧に戻る美術館紹介 一覧に戻る