FEATURE

芸術家たちは椅子を使って何を表現したか。
「アブソリュート・チェアーズ」

「アブソリュート・チェアーズ」が、埼玉県立近代美術館にて2024年5月12日(日)まで開催

展覧会レポート

ジム・ランビー《トレイン イン ヴェイン》公益財団法人アルカンシエール美術財団/原美術館コレクション
ジム・ランビー《トレイン イン ヴェイン》公益財団法人アルカンシエール美術財団/原美術館コレクション

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開館当初から近代以降の優れたデザインの椅子を収集し、「椅子の美術館」として知られる埼玉県立近代美術館で、椅子の展覧会が始まった。と言ってもいわゆるデザイナーズ・チェアは登場しない。あるのは“アブソリュート(絶対的・究極的)・チェアーズ“だ。
はたして、どんな椅子が集まっているのだろうか。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「アブソリュート・チェアーズ」
開催美術館:埼玉県立近代美術館
開催期間:2024年2月17日(土)〜5月12日(日)

椅子、それは○○の象徴

座るという機能を持ち、人間の身体に接する椅子は、それゆえに「人間(人体)」そのもの、もしくは人間の様々な側面を象徴する。ある時は「家族」「日常」「安らぎ・幸せ」、ある時は「玉座」という言葉が示すように「権威・権力」となり、または死刑執行の電気椅子や拘束具にもなることから「死・暴力」の象徴にさえなる。本展では、戦後から現代までの美術作品の中から、椅子を何かしらのメタファーとする作品や、椅子を用いて新たな表現を追求した作品が集う。

第1章展示室風景(マルセル・デュシャン《自転車の車輪》京都国立近代美術館 ほか)
第1章展示室風景(マルセル・デュシャン《自転車の車輪》京都国立近代美術館 ほか)
切断された椅子を複雑に組み合わせて作られた本作は、まるでアスレチックのようだ。「座る」という機能を失った椅子は、その特殊な造形が際立つ。随所にガラスの破片で作られたバッグがかかり、遊び心に溢れている。
切断された椅子を複雑に組み合わせて作られた本作は、まるでアスレチックのようだ。「座る」という機能を失った椅子は、その特殊な造形が際立つ。随所にガラスの破片で作られたバッグがかかり、遊び心に溢れている。

本展は5章構成で、マルセル・デュシャン《自転車の車輪》で幕を開ける。既製品を美術作品として転用した“レディメイド”の傑作で、アートの概念を根本から覆した美術史におけるエポックメイキングな作品だ。第1章の「美術館の座れない椅子」では、デュシャンをはじめ、椅子の第一の定義である“座る”という機能をはく奪され、新たな造形物として作り変えられた作品が並ぶ。

高松次郎 《複合体(椅子とレンガ)》The Estate of Jiro Takamatsu
レンガを椅子の下に敷き、椅子を傾かせるという最小限の操作で椅子から「座る」機能を奪う。不安定な椅子は、見る者の心をざわつかせ、無意識に抱く“常識”に揺らぎを与える。
高松次郎 《複合体(椅子とレンガ)》The Estate of Jiro Takamatsu
レンガを椅子の下に敷き、椅子を傾かせるという最小限の操作で椅子から「座る」機能を奪う。不安定な椅子は、見る者の心をざわつかせ、無意識に抱く“常識”に揺らぎを与える。

続く2章から4章は、「身体をなぞる椅子」、「権力を可視化する椅子」、「物語る椅子」と題され、それぞれ椅子が「人間」「権力/権威あるいは死/暴力」「家族/日常」の象徴として用いられた作品が展開する。

第2章展示風景
第2章展示風景
第3章展示風景
手前は、クリストヴァオ・カニャ ヴァート(ケスター)による《肘掛け椅子》国立民族学博物館
壁に展示されているのは、アンディ・ウォーホル《電気椅子》滋賀県立美術館
第3章展示風景
手前は、クリストヴァオ・カニャ ヴァート(ケスター)による《肘掛け椅子》国立民族学博物館
壁に展示されているのは、アンディ・ウォーホル《電気椅子》滋賀県立美術館

ポップアートの巨匠、アンディ・ウォーホルは、実際に死刑執行に用いられた電気椅子の写真を用いたシルクスクリーンの作品を制作している。この時、椅子は死や暴力の象徴と見なされるが、また公的機関が与える死ということから権威の象徴と言えるかもしれない。

渡辺眸《東大全共闘 1968-1969 》作家蔵
渡辺眸《東大全共闘 1968-1969 》作家蔵

1968~69年に起きた東大の学生運動の様子を撮影した渡辺眸(ひとみ)の作品では、学内の椅子を積み上げてバリケードにした様子が記録されている。本来授業に用いられる椅子は、学生を座らせて授業を受けさせるという意味で「従順・服従」の道具と見なすこともできるが、一度その秩序が崩れれば「抵抗」の道具へと一変する。椅子の両義性が端的に示されている作品と言える。

YU SORA 《my room》作家蔵
YU SORA 《my room》作家蔵
左:YU SORA 《my room》作家蔵、右:潮田登久子の《マイハズバンド》作家蔵
椅子の上に積み上げられた洗濯物という日常の風景が、写真と刺繍でシンクロする。
左:YU SORA 《my room》作家蔵、右:潮田登久子の《マイハズバンド》作家蔵
椅子の上に積み上げられた洗濯物という日常の風景が、写真と刺繍でシンクロする。

YU SORA は、綿を入れた真っ白な布に、黒の糸で日常の風景を刺繍する。《my room》では、椅子に積み上げられた洗濯物というありふれた光景(どちらかというと“絵にならない”光景)を、布に大きく表す。黒の糸で輪郭が強調されたモティーフは、何ということのない日常を新鮮な感覚で捉え直すことができ、その画面の大きさゆえに、神聖ささえ帯びる。YU SORAと同じ空間に展示されている潮田登久子の写真には、家の中でくつろぐ潮田の夫や幼い我が子の姿が写されている。写真の中で度々、新生児用の椅子やソファーが登場しており、椅子は家族の一員のごとく当然のようにそこに在る。

身近でかけがえのない存在(時間)の象徴となる椅子は、ひるがえって「不在」の象徴となる。空気に触れれば気化して無くなる性質をもつナフタリンを使った作品を制作する宮永愛子は、岡山県・大原美術館を創設した実業家・大原孫三郎の別邸(有隣荘)で実際に使用されていた椅子をナフタリンで象り、それを透明な樹脂に封じ込めた。樹脂の背後に貼られたシールをめくると、そこに穿たれた穴から空気が入り、気化が進む仕掛けとなっている。空気に触れれば消える運命のこの椅子は、「かつてこの椅子に座っていた人の存在」を想起させ、それは同時に、「その人物の不在」を意味する。ぼんやりと見える白い椅子は亡霊のようでもあり、遠い記憶の残り香が漂ってきそうだ。

宮永愛子 《waiting for awakening -chair-》
宮永愛子 《waiting for awakening -chair-》
ハンス・オプ・デ・ビーク《眠る少女》タグチアートコレクション/タグチ現代芸術基金
ハンス・オプ・デ・ビーク《眠る少女》タグチアートコレクション/タグチ現代芸術基金

最後の第5章「関係をつくる椅子」では、人と人との関係の中での椅子の存在に目を向ける。例えば数脚の椅子が互いに向かい合っていれば親密な関係を想起させるが、一方でベンチに路上生活者を寝そべらせないようにする「排除アート」のように、椅子によって特定の人を排除することもできる。そんな諸刃の剣になる椅子の社会性に着目する。

スッティー・クッナーウィチャーヤノン《ステレオタイプなタイ》森美術館
黒板には「あなたの拓本を持ち帰りなさい」という指示があり、各椅子の天板には「旭日旗とナチス・ドイツの鉤十字」や、「中指を立てた手」(相手を侮蔑するポーズ/タイで神聖視された中指)など多義的な図像が彫られている。ステレオタイプを刷り込む状況になりうる教室という空間を踏まえて、見る者にアイデンティティやステレオタイプを問い直す。
スッティー・クッナーウィチャーヤノン《ステレオタイプなタイ》森美術館
黒板には「あなたの拓本を持ち帰りなさい」という指示があり、各椅子の天板には「旭日旗とナチス・ドイツの鉤十字」や、「中指を立てた手」(相手を侮蔑するポーズ/タイで神聖視された中指)など多義的な図像が彫られている。ステレオタイプを刷り込む状況になりうる教室という空間を踏まえて、見る者にアイデンティティやステレオタイプを問い直す。
檜皮一彦《walkingpractice / CODE: Evacuation_drills [SPEC_MOMAS]》 
車椅子ユーザーである檜皮による本プロジェクトでは、作家の身体の一部となる車椅子を、参加者が目的地まで運ぶ。展示の映像では、車椅子ユーザーが居る状況下での地震の避難訓練をテーマにし、荒川河川敷から埼玉県立近代美術館を目指して約7㎞の道のりを歩く様子が記録されている。参加者が次第に車椅子の扱いに慣れていく様は、椅子が身体に沿うのではなく、身体が椅子に沿う過程と言える。
檜皮一彦《walkingpractice / CODE: Evacuation_drills [SPEC_MOMAS]》
車椅子ユーザーである檜皮による本プロジェクトでは、作家の身体の一部となる車椅子を、参加者が目的地まで運ぶ。展示の映像では、車椅子ユーザーが居る状況下での地震の避難訓練をテーマにし、荒川河川敷から埼玉県立近代美術館を目指して約7㎞の道のりを歩く様子が記録されている。参加者が次第に車椅子の扱いに慣れていく様は、椅子が身体に沿うのではなく、身体が椅子に沿う過程と言える。
ローザス《Re: ローザス!》
ダンスカンパニー「ローザス」は1983年に《ローザス・ダンス・ローザス》を発表し代表作となった。2013年から始まった《Re: ローザス!》では、その代表作から椅子を使ったダンスパートのレクチャー動画を公開し、世界中から真似をして踊る映像を募集する(現在も進行中)。本展ではその動画の一部をブラウン管テレビで流して再構成している。
ローザス《Re: ローザス!》
ダンスカンパニー「ローザス」は1983年に《ローザス・ダンス・ローザス》を発表し代表作となった。2013年から始まった《Re: ローザス!》では、その代表作から椅子を使ったダンスパートのレクチャー動画を公開し、世界中から真似をして踊る映像を募集する(現在も進行中)。本展ではその動画の一部をブラウン管テレビで流して再構成している。

実際に座ることもできる「椅子」も展示

第1章の「美術館の中の座れない椅子」から始まる本展だが、一部の作品は実際に座ることもできる。岡本太郎の《坐ることを拒否する椅子》は、展示の5脚のうち2脚は実際に座ることができる。座面の部分が岡本らしいユニークな顔になっており、座るのが申し訳ない気持ちになるが、せっかくの機会なのでぜひ座って、椅子ばかりが集まる不思議な空間を味わってほしい。

岡本太郎《坐ることを拒否する椅子》甲賀市信楽伝統産業会館
本展で実際に座ることができる2脚
岡本太郎《坐ることを拒否する椅子》甲賀市信楽伝統産業会館
本展で実際に座ることができる2脚
アンナ・ハルプリンの映像作品《シニアズ・ロッキング》の展示風景
(鑑賞に用いられる椅子は副産物産店が制作した椅子と、埼玉県立近代美術館が所蔵するロッキングチェア)
アンナ・ハルプリンの映像作品《シニアズ・ロッキング》の展示風景
(鑑賞に用いられる椅子は副産物産店が制作した椅子と、埼玉県立近代美術館が所蔵するロッキングチェア)

また、会場内には副産物産店(山田毅と矢津吉隆によるユニット)による様々な形の椅子が点在している。一般的にアーティストが作った椅子は座ることができないが、副産物産店は、様々なアーティストの制作現場で出た廃材を集めて“座れる”椅子を作る。彼らの作品は 、映像作品を観る際の椅子として置かれている場合もあるので、鑑賞の際はあらゆる椅子に注意してほしい。副産物産店による椅子は、様々な素材・形状の廃材を組み合わせて作られているためすべて1点物で、その中には、愛知県美術館で実際に使用されていたロダンの彫刻の輸送用の木箱から制作された“椅子”も展示されている。

展示風景(副産物産店による様々な椅子《Absolute Chairs》(作家蔵))
展示風景(副産物産店による様々な椅子《Absolute Chairs》(作家蔵))
愛知県美術館で実際に使用されていたロダンの彫刻の輸送用の木箱から制作された《Absolute Chairs#1_rodin's crate》
愛知県美術館で実際に使用されていたロダンの彫刻の輸送用の木箱から制作された《Absolute Chairs#1_rodin's crate》
裏側には過去の展覧会に出展された際のラベルが残る
裏側には過去の展覧会に出展された際のラベルが残る

椅子による巨大インスタレーションも展示

ミシェル・ドゥ・ブロワン《樹状細胞》
ミシェル・ドゥ・ブロワン《樹状細胞》

展覧会の会期中、美術館の吹き抜け部分に、ミシェル・ドゥ・ブロワンによる新作の彫刻作品《樹状細胞》が展示されている。約40個の会議室用の椅子を用いて作られた巨大な球体が宙に浮かぶ様子は、惑星のようでもあり、ウイルスのようでもあるが、いずれにしても360度全方位に向けて突き出た脚によって、禍々しい雰囲気が漂う。椅子が人間の姿の象徴とするならば、球体となった椅子は、内へ内へと向かう非常に閉ざされたコミュニティ(関係性)を表現しており、同時に、突き出た脚は外部(周囲)を拒絶・攻撃する。惑星のような、ウイルスのようなこのオブジェは、まさに行き過ぎたコミュニティの結束がもたらす弊害であり、ディストピアなのだ。

もしかしたら今この記事を読んでいる間、あなたは身体を椅子に預けていないだろうか。日常に溶け込み、私たちの体を包み心に安らぎを与える椅子は、知らず知らずのうちにその身体と心に、ある種の“規範”や“常識“を刷り込ませることもできる。日常に、そして私たちの心身に寄り添う椅子。アブソリュート・チェアーズは、そうした椅子の持つ力を意識的に用いて、私たちに新しい気付きをもたらしてくれる。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
埼玉県立近代美術館|The Museum of Modern Art, Saitama
330-0061 埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1
開館時間:10:00〜17:30(最終入館時間 17:00)
休館日:月曜日 ※ただし、4月29日、5月6日は開館

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