歌舞伎公演に映画祭、文化の風薫る
北九州市小倉の街で、アートを巡る旅
アート好きの心を満たす旅 / 北九州市小倉【特別編】
百年庭園の宿 翠水(福岡県北九州市)
構成・文:小林春日
アート好きの心を満たす旅 / 北九州市小倉(福岡県)VOL.02
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街歩きがこの上なく楽しい小倉の街での滞在に、お薦めの宿を紹介したい。小倉城も旦過市場も紫川もリバーウォーク北九州もすべて徒歩圏内の好立地にある。江戸時代に小倉藩の軍船が舟入りしていたことに由来して町名となった古船場町に建つ旅館、「百年庭園の宿 翠水(すいすい)」である。
建物入口は、2012年に当時の森内俊之名人と羽生善治王位による第70期将棋名人戦が行われたことで話題を呼んだ「アートホテル小倉 ニュータガワ」と同じくするが、敷地内の離れとなるこの宿は、ホテルとはまた別世界の佇まいである。
趣深い日本庭園を居室から眺めることができる贅沢な建物は、和風建築の様式美を残す本格的な数寄屋造りで、深い庇(ひさし)に土壁、そして、美しい緑青となった屋根には銅板が用いられている。
そして、この宿の建物は昨年2022年に、国の「登録有形文化財(建造物)」に登録された。登録にあたっては、「伝統的な数寄屋建築の構成の中に、近代的な設備や斬新な意匠を施すことにおける近代数寄屋の先進事例として価値が高い」と評価されている。
各居室から様々な眺めが楽しめる庭園は、池泉(ちせん)回遊式庭園といわれる、大きな池を中心に、小島、橋、名石などで各地の景勝地を再現した形式の庭園で、700 坪ほどの広さがある。実際に散策することができ、風情ある滞在時間を過ごすことができる。
旅館の宿泊部屋はたった3部屋。部屋というより平屋の日本家屋のような各棟は、74.6m2(10畳+7.5畳)の棟から110.5m2(15畳+7.5畳)の棟までとゆったりとした空間で、それぞれ、「菅生(すがお)」「企救(きく)」「玄海(げんかい)」と、北九州の地にゆかりのある名称が各棟に付けられている。
3棟の居室は、それぞれに、長押(なげし)や天井に施された繊細な細工、欄間や明かり取りなど、数奇の心を散りばめつつも、高度で確かな数寄屋大工の技法が随所に発揮されており、風雅なしつらえによる空間が心地よい。
日本庭園は、約130年前の明治22年に、この地で豊国炭鉱を経営していた当時の貴族院議員、山本貴三郎氏を施主として完成した。東に流れる紫川の支流より運水を取り入れ、標高597.8mの足立山を借景とするなど、平安期から続く日本庭園の伝統に則って作庭されており、当時の宮大工棟梁や庭師の技術の高さが伺える。
そして、本館となる「ホテルニュータガワ」の建物は大正4年、小倉の実業家小林徳一郎氏が、山本貴三郎氏より引継ぎ、当時は「豊山閣」と名付けられて、文化団体の会合や茶の湯、俳句会などが催された。小林徳一郎氏は後に小倉の西海岸の埋め立て工事や、鉄道工事、小学校建設など多くの事業を成し遂げ、また出雲大社に大鳥居を建てたり280本の松を寄進するなど篤志家でもあった。古くは高松宮妃、常陸宮殿下、中曽根康弘元首相、力道山、美空ひばりなど昭和の著名人らも「豊山閣」を利用していたそうだ。
庭園内には、かつて築造されていた平安朝の建築様式であるヒノキ皮葺き神殿造りの建物が、その様式美と面影を残す形で建て替えられ、現在は「All Day Dining shizuku(オールデイダイニング シズク)」(アートホテルニュータガワの1階)として営業している。
日本庭園を眺めながらの夕食は、会席料理や鉄板焼などが楽しめる。会席では、松茸土瓶蒸しや河豚刺しのお造り、鱧ちりの鍋物や、のどぐろの塩焼き、黒毛和牛の鉄板焼など、高級食材がふんだんに使われたお料理が堪能できる。季節ごとに、山海の幸による豊かな旬の味が提供される。
朝食では、和洋を折り混ぜた豪華なブッフェが楽しめる。翠水の宿泊者は、こちらのブッフェのお食事以外にも、板長厳選の贅沢な2品が用意されており、この日は、国産牛のすき焼きと鯛茶漬けといった特別なお料理が供された。
夜はまた、観月の場ともなり、味わい深い風雅なひとときが過ごせる。松につつじ、さつきが季節ごとに彩りを添える庭の景観に灯篭の光が差す。心地よい活気に満ちた小倉の街に佇む、歴史風情あふれる上質な宿で、至福の時間を過ごすはいかがだろうか。
- 百年庭園の宿 翠水|Suisui Garden Ryokan
〒802-0082 福岡県北九州市小倉北区古船場町3番46号
TEL:093-521-7000
https://kokura-suisui.com/