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ミニシアター系で大ヒットした南米チリのアートアニメ
悪夢のような74分間「オオカミの家」、その魅力に迫る

映画レポート・映画評

レオン&コシーニャ監督作品 アニメーション映画『オオカミの家』場面写真
レオン&コシーニャ監督作品 アニメーション映画『オオカミの家』場面写真

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文・構成 長野辰次

一本のアートアニメが、密かに話題を呼んでいる。2023年8月に渋谷のシアター・イメージフォーラムほかでの公開が始まったチリ共和国のアニメーション映画『オオカミの家』(原題『La Casa Lobo』)は、満席回が続出し、ミニシアター系の作品では異例の大ヒットとなった。イメージフォーラムでの上映は5か月間に及ぶ超ロングランとなり、『オオカミの家』の人気はSNSや口コミで全国へと広まっていった。

グリム童話『赤ずきん』や『三匹の子豚』などをモチーフにした本作で長編デビューを果たしたのは、チリのアートデュオ、クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ(ともに1980年生まれ)。童話モチーフのストップモーションアニメだと聞き、「かわいらしい作品かな」と思いきや、これまでに見たことのない奇妙で禍々しい世界に驚きを覚える。

主人公となる少女の心の揺れ動きを反映し、壁に絵の具で直接描くドローイングアニメ、紙やテープを使った立体アニメなど多彩なアナログ表現が使われ、少女と少女が目にする世界は一瞬も途切れることなく絶えず変化しながら、不思議な物語が進んでいく。怖いけれど、どうしても目が離せない、シュールな悪夢にも似た74分間となっている。この不思議な体験を味わうために、若い世代を中心にした観客が映画館へと足を運ぶことになった。

2024年4月12日に、多くの特典映像を収録した『オオカミの家』Blu-rayがリリースされたので、この機会に本作の魅力を掘り下げてみたい。映画館で一度観ただけでは未消化だった人も、映画館で見逃した人も、『オオカミの家』という悪夢体験を自宅でじっくりと繰り返したくなるはずだ。

チリに実在したカルト系コミューンがモデル

レオン&コシーニャ監督作品 アニメーション映画『オオカミの家』場面写真
レオン&コシーニャ監督作品 アニメーション映画『オオカミの家』場面写真

物語の主人公となるのは、美しい少女・マリア。厳しい罰則のある「コロニア」から逃げ出したマリアは、森の中にある一軒家に隠れることに。森には恐ろしいオオカミがいるからだ。

無人の一軒家で暮らし始めたマリアは、二匹の子豚たちと出会う。子豚たちを「アナ」「ペドロ」と名付け、マリアはありったけの愛情を注いで世話をする。だが、「コロニア」という閉ざされた環境しか知らずに育ったマリアは、二匹の子豚たちを「コロニア」で学んだ“理想の人間”像に当てはめて育てようとする。

人間のように衣服を着せられたアナとペドロは、やがて二本足で歩き、言葉をしゃべるようになっていく。平穏そうに見えたマリアたちの生活だったが、マリアはオオカミに対する恐怖心を払拭することができず、次第に隠れ家での暮らしは不穏なものへと変わってしまう。

マリアは「コロニア」という農場から逃げ出してきたという設定だが、この「コロニア」のモデルはチリに実在したカルト系のコミューン。アドルフ・ヒトラーの崇拝者だったパウル・シェーファーが西ドイツから南米のチリへと逃亡し、1961年に設立したドイツ系の入植地「コロニア・ディグニダ」のことを指している。「コロニア・ディグニダ」は“尊厳のコロニー”という意味だが、その実態は真逆だった。ここで暮らす子どもたちは朝早くから夜遅くまで肉体労働に奉仕させられた上に、シェーファーに気に入られた子どもは夜な夜な性的虐待に苦しめられた。

子どもたちを労働力として搾取し、性的虐待する恐ろしい「コロニア」だったが、当時のチリを支配していたピノチェト軍事政権にシェーファーはうまく取り入り、反政府運動に加担した人たちは次々と「コロニア」へと強制的に送り込まれ、洗脳や拷問の日々を過ごしたことが知られている。エマ・ワトソン主演の実録サスペンス映画『コロニア』(15年)でも、その様子はかなりリアルに描かれているので、気になった方はぜひそちらも視聴してみてほしい。

世界各地の美術館を回りながら、実寸大で制作

クリストバル・レオン(画像左)とホアキン・コシーニャ
クリストバル・レオン(画像左)とホアキン・コシーニャ

チリ南部はドイツと気候が似ており、そのためドイツからの移住者がかなり多い。そうしたチリの社会的、歴史的背景を知った上で、本作を観るとより理解が深まるだろう。マリアが恐れているオオカミは、パウル・シェーファーのメタファーということになる。また、マリアは「コロニア」での虐待生活によって自我が崩壊しているのか、マリア自身も、彼女が世話をするアナとペドロも、一定の形をなかなか保つことができずにいる。カルト集団による洗脳の恐怖も感じさせる作品ではないだろうか。

世界初となる日本での『オオカミの家』のブレーレイ化だが、初回生産限定豪華版の特典ブックレットとして、レオン&コシーニャが『オオカミの家』を制作するメイキング写真集と解説テキスト(日本での劇場公開の仕掛け人となったWOWOWプラスの山下泰司氏による1万字に及ぶ長文)が同封されており、本作がどのようにして制作されたのかを知ることができる。

この解説文によると、レオン&コシーニャはチリ、オランダ、ドイツ、アルゼンチン、メキシコなど合計16か所の美術館を回り、各美術館内でアートパフォーマンスの一環として『オオカミの家』の制作工程を一般公開しながら、5年がかりで完成させたとのことだ。ストップモーションアニメの多くはミニチュアを使って制作されているが、『オオカミの家』はすべて実寸大で制作されていることにも驚いてしまう。1秒につき12コマずつ絵を描いたり、造形を変化させながら一眼レフのデジタルカメラでの撮影を繰り返すという気が遠くなる作業だが、レオン&コシーニャはそんな作業工程さえも楽しみながらアートへと昇華させていたことが分かる。

ブルーレイに収録された特典映像も見逃せない。レオン&コシーニャへのインタビュー映像やワークショップで制作された短編アニメ『犬のお話』(19年)に加え、コシーニャ監督の単独作である短編アニメ『風見鶏』(10年)や実写映画『魔女と恋人』(11-12年)も収録されている。日本での劇場公開時に同時併映された短編アニメ『骨』(21年)は、権利上の都合で残念ながら収録されていないものの、『魔女と恋人』は『オオカミの家』と『骨』の習作とも言える内容となっている。チリの奇才コンビがどのような創作過程を経て、『オオカミの家』と『骨』を制作するに至ったのかを特典映像からうかがうことができる。

チリと日本だけでなく、世界各国からの注目を集めるレオン&コシーニャは、米国の人気ホラー監督であるアリ・アスターが製作総指揮した『骨』だけでなく、ホアキン・フェニックスが主演したホラー映画『ボーはおそれている』(23年)の実写とアニメとの合成パートの美術にも参加し、アリ・アスター作品に独特な雰囲気をもたらしている。また、トム・ヨークの別バンド「the smile」のシングル曲「Thin Thing」などのミュージックビデオを手掛けたことも記憶に新しい。

レオン&コシーニャの新作となる短編アニメ『Cuaderno de Nombres』(23年)はすでに完成しており、実写とアニメーションを組み合わせた長編『Los Hyperboreos』も完成間近。コシーニャ監督は今年8月14日から開催される「ひろしまアニメーションシーズン2024」に審査員として参加することも決まっており、コンビによる作品の特集上映も予定されている。チリ出身のアートデュオの動向から、しばらくは目を離すことができなそうだ。

国際的に評価されているチリのアートアニメ

レオン&コシーニャ監督作品 アニメーション映画『オオカミの家』場面写真
レオン&コシーニャ監督作品 アニメーション映画『オオカミの家』場面写真

アートアニメという言葉から、ヤン・シュヴァンクマイエルをはじめとするチェコアニメを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。共産党体制への抵抗から多くのチェコアニメの名作が生まれたが、独裁者による軍事政権が長く続いたチリの国情もそれに近いものがあるようだ。チリの権力者たちに擁護されたパウル・シェーファーは、1990年代に入っても自分の欲望を満たすための非人道的な行為を続け、2010年に入院先の病院で亡くなっている。88歳だった。現在のチリは左翼政権となっているものの、旧時代を懐かしむ保守層も多く、政治的には混迷した状態が続いている。

そんな国内事情もあって、チリでは軍事政権への批評性を持ったアートアニメが少なくない。『オオカミの家』がアヌシー国際アニメーション映画祭の審査員賞やベルリン国際映画祭のカリガリ映画賞などを受賞しただけでなく、ガブリエル・オソリオ・ヴァルガス監督の『ベア・ストーリー』(14年)は2016年の米国アカデミー賞短編アニメ賞を受賞し、2022年にはウーゴ・コバルビアス監督の『Bestia』(21年)も同部門にノミネートされている。チリのアートアニメは、国際的な評価が高い。

もちろんアートゆえに、鑑賞した人の視点からいろんな解釈をすることも可能だ。毒親による虐待から逃げ出した女の子の物語として、『オオカミ家』を読み解くこともできるだろう。「子どもは親の命令に従うもの」「親の言うとおりにすれば、子どもは幸せでいられる」といった「毒親の理論」にも、この作品は通じるものがあると思う。オオカミとマリアとの抑圧と服従の関係性は、決して過去の悲劇でも、遠い国のおとぎ話でもない。家父長制が長く社会基盤となってきた今の日本にも、身近に潜んでいる問題ではないだろうか。

長野辰次

福岡県出身のフリーライター。「キネマ旬報」「映画秘宝」に寄稿するなど、映画やアニメーション関連の取材や執筆が多い。テレビや映画の裏方スタッフ141人を取材した『バックステージヒーローズ』、ネットメディアに連載された映画評を抜粋した電子書籍『パンドラ映画館 コドクによく効く薬』などの著書がある。

アニメーション映画『オオカミの家』
STORY
美しい山々に囲まれたチリ南部の集落。若い娘・マリアは豚を逃したために罰を与えられるが、耐え切れずに逃げ出してしまう。逃げ込んだ一軒家で見つけた二匹の子豚に、「アナ」「ペドロ」と名付けて、マリアは世話をすることに。だが、彼女を探すオオカミの恐ろしい声が聞こえ始める。一軒家には食べ物もないことから、マリアは次第に追い詰められてしまう。

CAST
アマリア・カッサイ(マリア、アナ、ペドロ)
ライナー・クラウゼ(オオカミ)

STAFF
監督・脚本・撮影・アニメーション:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ 
脚本:アレハンドラ・モファット 音響デザイン:クラウディオ・バルガス
(C)Diluvio & Globo Rojo Films、2018

PROFILE
クリストバル・レオンとホアキン・コシーニャは、ともに1980年のチリ生まれ。彼らはサンティアゴにあるカトリック大学で学び、その後、レオンはベルリン芸術大学やアムステルダムのDe Ateliersのレジデンス・プログラムに通い、デジタルのアニメーション制作に進む。コシーニャはアーティストとして絵画を描いていたが、レオンから共同制作を持ちかけられ、2007年からコラボレーションを開始。制作手法として、写真、絵画、彫刻、ダンス、パフォーマンスなどの多彩な表現を組み合わせている。初めての長編作品『オオカミの家』は、2018年に完成した。レオン&コシーニャによると『オオカミの家』は「カメラによる絵画」だそうだ。現在は新作長編『Los Hyperboreos』を、美術館での展示と共に制作進行中。

『オオカミの家』初回生産限定豪華版 Blu-ray
発売元:WOWOWプラス 販売元:TCエンタテインメント

映像特典
『オオカミの家』未使用ショット集(6分27秒)※音声なし
ワークショップ短編『犬のお話』(2019/2分2秒)
レオン&コシーニャ監督インタビュー 前編後編(10分29秒)
予告編3種(4分33秒)
アニメーション短編『風見鶏』(2010/3分25秒)※ホアキン・コシーニャ単独監督作
実写短編『魔女と恋人』(2011-12/21分3秒)

封入特典
ブックレット1 レオン&コシーニャ メイキング写真集 40p
ブックレット2 解説テキスト(執筆:山下泰司)36p 

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