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伝説の絵仏師、明兆の魅力を再発見
特別展「東福寺」

東京国立博物館にて、2023年5月7日(日)まで開催

内覧会・記者発表会レポート

《五百羅漢図》 吉山明兆筆 展示風景 ※会期中、展示替えあり
《五百羅漢図》 吉山明兆筆 展示風景 ※会期中、展示替えあり

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かつては雪舟と並び称された絵仏師は、なぜ「伝説」と呼ばれるようになったのか?
京都を代表する禅寺、東福寺に属し、室町時代を中心に活躍した吉山明兆(きっさんみんちょう 1352-1431)。東京国立博物館で開催中の 特別展「東福寺」では、同寺の歴史を物語る数々の寺宝とともに、明兆の大作《五百羅漢図》の現存全幅が修理後初公開されるほか、大規模伽藍を荘厳する彼の代表作が一堂に集まる。知る人ぞ知る「画聖」の全貌やいかに。

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特別展「東福寺」
会場:東京国立博物館
開催期間:2023年3月7日(火)~5月7日(日)
会場には東福寺三名橋のうち通天橋の一部を再現。赤く燃える紅葉を疑似鑑賞できる
会場には東福寺三名橋のうち通天橋の一部を再現。赤く燃える紅葉を疑似鑑賞できる

明兆の名をいま一度、復興する展示

江戸時代の書物に「本朝画史(ほんちょうがし)」がある。これは、日本初の本格的画論・画史書で、歴代画人の詳細が記されたものだ。特別展「東福寺」を担当した東京国立博物館研究員 高橋真作氏によれば、なかでもページが割かれているのが、今回の展示の柱となる絵仏師 吉山明兆、そして雪舟だった。雪舟は言わずと知れた山水画の頂点に立つ絵師。一方の明兆を現在、知る人は少ない。

「江戸時代を通じ明兆と雪舟が両横綱として認められていました。しかし、明治時代に美術史が学問として確立し、東洋美術・日本美術という概念が生まれて、東洋や日本のオリジナリティ確立のため水墨画のなかでも山水画がクローズアップされた。仏画を描いていた明兆は明治以降、室町時代の仏画に対する評価が下がると同時に、名前が次第に忘れられていったのです」と高橋氏。本展は明兆の名をいま一度、復興する試みでもある。

大伽藍の宝物は、どれもビッグ・スケール

《円爾像》吉山明兆筆 室町時代・15世紀 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~4月2日
《円爾像》吉山明兆筆 室町時代・15世紀 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~4月2日

東福寺は京都五山のひとつで、臨済宗東福寺派の大本山。紅葉の名所として知られる。はじまりは1236(嘉禎2)年。朝廷の実力者、九条道家(くじょうみちいえ 1193-1252)により発願され、円爾(聖一国師)(えんに [しょういちこくし] 1202-1280)を開山として創建。東福寺の名は、奈良の最大寺院、東大寺と最も隆盛を誇った興福寺から一字ずつ取って付けられた。

寺の創建後100年余りを経た1352(文和元)年、明兆は淡路島に生まれる。東福寺に入ると殿司(でんす)という役職に就いて仏殿や仏堂の諸事を担当。兆殿司(ちょうでんす)とも呼ばれて親しまれ、寺に伝わる多くの仏画をのこした。そんな明兆が寺の開山を描いた《円爾像》から会場の展示ははじまる。周囲の描表装も含め縦幅が267.4cmもある作品は、肖像画としては異例の大きさ。中国の南宋に学び、初期禅宗の発展を築いた立役者である円爾、伽藍規模から「東福寺の伽藍面(がらんづら)」と称される寺のスケールの双方を象徴しながら、明兆の実力を見せつけて一気に禅の世界へと引き込んでいく。

円爾が師 無準師範(ぶじゅんしばん)より授けられた頂相。南宋肖像画の極致。
中国から日本への法脈の継承を伝える作品も多く展示。
国宝《無準師範像》自賛 中国・南宋時代 嘉熙2年(1238) 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~4月2日
円爾が師 無準師範(ぶじゅんしばん)より授けられた頂相。南宋肖像画の極致。
中国から日本への法脈の継承を伝える作品も多く展示。
国宝《無準師範像》自賛 中国・南宋時代 嘉熙2年(1238) 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~4月2日

14年に及ぶ修理事業で甦った極彩色

本展最大の目玉《五百羅漢図》は、「第三章 伝説の絵仏師・明兆」に並ぶ。羅漢とは釈迦の弟子で、仏教修行の最高段階に達したものを指し、五百羅漢は釈迦の入滅後に集まった500人の仏弟子をモデルとする。明兆は南宋時代の五百羅漢図にならって、一幅に10人の羅漢を描き、大画面の全50幅を完成させた。現在、東福寺が45幅、根津美術館が2幅を所蔵し、これらに2008(平成20)年度から14年にわたる大規模修理が施され、水墨と極彩色が調和した画面がよみがえった。ほかに江戸時代と平成に補作された3幅を合わせた全幅が修理後初の公開となり、本展では三期に分けて展示される。

展示風景より。道教経典は燃えてしまうも、炎に燃えないどころか光を放つ仏教経典に喝采する羅漢たち。
《五百羅漢図》第1号 吉山明兆筆 南北朝時代 至徳3年(1386) 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~3月27日
展示風景より。道教経典は燃えてしまうも、炎に燃えないどころか光を放つ仏教経典に喝采する羅漢たち。
《五百羅漢図》第1号 吉山明兆筆 南北朝時代 至徳3年(1386) 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~3月27日

明兆30代前半の代表作《五百羅漢図》は図録の解説にも「平明な画風」と記されているように素直な筆致で描かれた画面で、とっつきやすく、親しみやすい。展示では「第5号 羅漢たち、龍宮へ行く」「第11号 羅漢たちの勉強会」など親しみやすいキャッチコピーと、一部作品に四コマ漫画で絵解きがなされ、ぐっと親近感がわく仕掛け。針山のある地獄に落ちてこわい思いをしたくないなら、真面目に生きよ!という仏の教えをしかと胸に刻みたい。

羅漢を呼ぶ導師は円爾さん

展示風景より《五百羅漢図》第50号(復元模写)平成30年(2018) 京都・東福寺蔵 通期展示
展示風景より《五百羅漢図》第50号(復元模写)平成30年(2018) 京都・東福寺蔵 通期展示

修理の過程ではいくつかの発見もあったと、高橋氏はいう。「《五百羅漢図》では絹の裏から絵具を塗る『裏彩色(うらざいしき)』と呼ばれる技法が用いられていることが分かりました。目の粗い絵絹が用いられているのも、彩色の効果を高めるためにあえて採用したものと考えられます。さらに、第45号では羅漢会(らかんえ)という羅漢を呼び寄せる儀礼の場面が描かれていますが、この羅漢を呼び寄せている導師が円爾さんとして描かれている。顔立ちや袈裟の色味、法衣の文様も《円爾像》と全く同じなんです」。さらには、展覧会の準備過程で長い間所在不明となっていた第50号原本がロシア、エルミタージュ美術館に保管されていることが判明した。
※第45号は4月18日~5月7日に展示。

時代を先取り? 画業円熟期の傑作「大達磨」

展示風景より《達磨・蝦蟇鉄拐図》 吉山明兆筆 室町時代・15世紀 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~4月9日
展示風景より《達磨・蝦蟇鉄拐図》 吉山明兆筆 室町時代・15世紀 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~4月9日

明兆作品は60代後半の代表作《達磨・蝦蟇鉄拐図》(だるま・がまてっかいず)も出展される。禅宗の祖にあたる人物、達磨を奔放にひるがえる自由な描線で描いた傑作だ。こうしたデザインは近世を先取りした新しい表現であり、雪舟の国宝《慧可断臂図》(えかだんぴず)にも大きな影響を与えていると高橋氏は指摘する。さらに中国の仙人、蝦蟇と鉄拐の毛髪の流麗な線の描写も注目のポイント。後期展示では3mを超す《白衣観音図》(展示期間:4月11日~5月7日)が登場する。スーパー恠恠奇奇(かいかいきき)と評される荒々しい筆致も明兆の見どころであり、画風の変遷も丁寧に紹介される。

近年、特集展示や回顧展などで再評価が高まる画人が多いが、吉山明兆もそうした人物のひとりであり、今後の動向に目を凝らしたい。

第5章には円爾やその弟子たちが中国にわたり、持ち帰ったさまざまな文物を展示。
《禅院額字幷牌字のうち方丈》 張即之筆 中国・南宋時代・13世紀 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~4月9日
第5章には円爾やその弟子たちが中国にわたり、持ち帰ったさまざまな文物を展示。
《禅院額字幷牌字のうち方丈》 張即之筆 中国・南宋時代・13世紀 京都・東福寺蔵 展示期間:3月7日~4月9日
巨大伽藍の大きさが体感できる大きな仏像群も展示される。《二天王立像》吽形 鎌倉時代・13世紀 京都・東福寺蔵 通期展示
巨大伽藍の大きさが体感できる大きな仏像群も展示される。《二天王立像》吽形 鎌倉時代・13世紀 京都・東福寺蔵 通期展示
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
東京国立博物館|Tokyo National Museum
110-8712 東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
定休日:月曜日(3月27日、5月1日は開館)

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