FEATURE

キュレーターが語る
美術館の現在・アートの未来
VOL.02 Bunkamura ザ・ミュージアム

株式会社 東急文化村 ザ・ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男氏

インタビュー

Bunkamura ザ・ミュージアムと同階にあるドゥ マゴ パリ エントランスにて。Bunkamura ザ・ミュージアム 上席学芸員・宮澤政男氏
撮影協力 : ドゥ マゴ パリ(https://www.bunkamura.co.jp/magots/) Photo : Yoshiaki Tsutsui 
Bunkamura ザ・ミュージアムと同階にあるドゥ マゴ パリ エントランスにて。Bunkamura ザ・ミュージアム 上席学芸員・宮澤政男氏
撮影協力 : ドゥ マゴ パリ(https://www.bunkamura.co.jp/magots/) Photo : Yoshiaki Tsutsui 

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構成・文 藤野淑恵

VOL.02 Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区)
株式会社 東急文化村 ザ・ミュージアム
上席学芸員 宮澤政男氏

Masao Miyazawa Chief Curator The Bunkamura Museum of Art

東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業。学習院大学大学院博士前期課程人文科学専攻 (西洋美術史) 在籍中、1984年より1年間ベルギー政府給費留学生としてブリュッセル自由大学に留学。大学院修了後再び渡欧し、美術作品の輸送を扱うベルギーの会社に勤務後、フリーランスの美術コーディネーター・通訳・翻訳業などを経て、Bunkamura ザ・ミュージアムの学芸員に。現在は同上席学芸員。2018年、ベルギー美術を日本に広く紹介した業績によりベルギー政府から「王冠勲章シュバリエ章」を受賞。ベルギーのアール・ヌーヴォー研究でも知られており、日仏美術学会で論文(『ヴィクトール・オルタと光の関係』第35回例会)を発表。主な著書に『美術手帖』フェルナン・クノップフ特集「世紀末のナルシスティック・スフィンクス」(美術出版社、1989年)などがある。

「アール・ヌーヴォー研究のためにベルギーへ。
ブリュッセルで美術コーディネーターに」

大規模な再開発が進み、話題には事欠くことのない渋谷だが、1989年(平成元年)、コンサートホール、劇場、映画館、美術館からなる東京の新しい文化の発信地・Bunkamuraの誕生は、大きなインパクトを持って迎えられた。こけら落としとなったバイロイト音楽祭の引越公演、オーケストラや劇団とのフランチャイズ契約、芸術監督やプロデューサー制など、当時としては画期的で斬新な試みで幕を開けた開業から30余年、リニューアルを経ながらも、現在に至るまで東京・渋谷に欠くことのできない芸術の拠点だ。

複合文化施設 Bunkamuraの地下1階、企画、展示を運営の主体とする美術館 Bunkamuraザ・ミュージアム
複合文化施設 Bunkamuraの地下1階、企画、展示を運営の主体とする美術館 Bunkamuraザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアムの上席学芸員・宮澤政男氏がBunkamuraの仕事に携わることになったのは1996年。大学院で西洋美術を学ぶ中、アール・ヌーヴォー研究のために、その発祥の地であるベルギーに留学。ベルギー政府給費留学生として1年間ブリュッセル自由大学で学んだ。現地の美術運送の会社での勤務を経て、フリーランスの美術コーディネーターとしてベルギーで仕事をしていた宮澤氏とBunkamuraを結びつける出会いがあった。

「当時、日本では東京新聞・中日新聞など、新聞社主催のベルギー関連の展覧会が開催されていました。ベルギーで私が勤務していた美術運送の会社と日本のヤマト運輸に繋がりがあって、ブリュッセルで日本人が仕事していることを聞きつけた関係者から、だんだんと通訳などを依頼される機会が増えたんです。展覧会の準備のためにベルギーを訪れた、Bunkamura ザ・ミュージアムのプロデューサー 木島俊介先生から、日本に戻ってBunkamuraで仕事をしないか、というお話をいただきました。渋谷にBunkamuraがオープンしたことはもちろん知っていました。」

「学芸員が一人からの超多忙なスタート。
初めて手がけた展覧会は
『印象派の誕生 ブーダンとオンフルールの画家たち』」

大学院では西洋美術史を専攻し、アール・ヌーヴォーの研究を深めるためにベルギーに留学した宮澤氏だが、「学芸員になろう」という意識が強かったわけではないという。まだバブルの名残がある90年代半ば、日本からベルギーを訪れる関係者の通訳や接待で多忙な日々を送っていたが、Bunkamuraからのオファーがあったのは、そろそろ日本に戻ることも考え始めていた頃だった。留学時代と合わせて11年程のベルギー滞在を経て帰国し、1996年9月からBunkamura ザ・ミュージアムで学芸員として仕事を始めた。

「ちょうど欠員が出た時期で、学芸員は僕ひとり。プロデューサーの木島先生や展覧会制作担当が学芸員的な仕事もこなされていました。リーフレットやプレス原稿を書かれていたものの、とてもまわらなくなっていたんです。その頃、準備していたのが『印象派の誕生 ブーダンとオンフルールの画家たち』。早速作品を借りに行ったり、展覧会のための作品解説の執筆をしたり、いきなり徹夜で仕事をする日々が始まりました。展覧会の準備に本格的に関わったのは、その次の展覧会である『世紀末ヨーロッパ 象徴派展』(96年)でした。」

「世紀末ヨーロッパ 象徴派展」 開催期間:1996年12月14日(土)~1997年2月9日(日) 会場風景
「世紀末ヨーロッパ 象徴派展」 開催期間:1996年12月14日(土)~1997年2月9日(日) 会場風景

現在は宮澤氏を含め4名の学芸員とアシスタント、もちろん制作・広報、会場運営を担当するスタッフもいる。当時から年5、6本の展覧会を開催していたBunkamura ザ・ミュージアムで、働きだしていきなり八面六臂の仕事となった。久しぶりに帰国した日本で、最も強く感じたのは生活のリズムの違い。慣れ親しんだ都会の暮らしが戻ってきた。

「日曜日にはお店が閉まっているのが当たり前の生活だったので、土曜日にスーパーで買いだめをする癖がなかなか抜けなかったですね。日曜日は友人を訪問したり、公園でのんびり過ごす日なんです。アール・ヌーヴォーの勉強のためにベルギーに行ったわけですが、ベルギーは静かな田舎。東京生まれ東京育ちの僕は、街に人がいないと寂しい。だからホームシックになるとよくパリに行っていました。パリは都会でしょ。東京でもそうですが、都会の雑踏に入ると落ち着く。」

「マティスの作品がオランジュリー美術館で見るよりよく見えるーー。
強い作品を強い背景の色で引き立てる、独自の展示方法が評価された」

Bunkamura ザ・ミュージアムで学芸員としての仕事を始めて2年後に開催された「パリ・オランジュリー美術館展」(98年)で大きな手応えを感じた。この展覧会は動員面でも大成功を収めたが、6点の作品を展示したマティスのコーナーの背景の色を、宮澤氏のアイディアで青緑色にしたところ、「うちの美術館で見るよりも、マティスがよく見える」とオランジュリー美術館の館長から高く評価されたのだ。

「展覧会の会場の背景は、今でこそ強い色を使ったりしていますが、当時の日本の美術館では殆ど見られなかった。思い切って自分の好きな色の壁にしたことで、作品がよく見えると評価されたことは嬉しかったですね。マティスの作品は一見子どもが描いたような単純なものに感じますが、とても強い。強いものには強いものを当てたほうがより引き立って見えるんですね。海外から借りた作品を展示したときに同じように褒められたことが何回かあって、そうすると図に乗って、やりたい放題やっちゃえと。(笑)」

展覧会毎に壁を立てて会場構成をするBunkamura ザ・ミュージアムでは、展覧会のイメージや出展作品に応じて会場の印象が大きく変化する。確かに青緑色や赤といった他の美術館ではあまり目にしない背景の色はスタイリッシュであり、現在もBunkamuraの展覧会の持ち味であり、魅力にも繋がっている。

「ピカソとエコール・ド・パリ メトロポリタン美術館展」(2003年)のピカソの展示も同様でした。ピカソの作品も、やはり強いんです。そのときも赤など強烈な色を使いました。パキッとした壁の色を、章ごとに変えるのをBunkamuraっぽいと言われます。会場構成や壁の色は外部にお任せせずに、内部で決めています。大きなサイズの壁紙を3種類くらい取り寄せて、実際に会場内で確認しながら、かなり慎重に進めています。」

「エミール・クラウス、ピエール・アレシンスキー・・・
日本では未だ知られざるベルギーの作家を紹介」

ベルギーの作家をフィーチャーした展覧会が開催される機会が多いのは、やはり宮澤氏の存在によるところが大きい。記憶に新しいところでは、15~16世紀のフランドル絵画から象徴派のクノップフ、アンソール、シュルレアリストのマグリット、デルヴォー、そして現代のヤン・ファーブルに至る総勢30名の作家によるコレクションを紹介した「ベルギー奇想の系譜」(2016年)。

「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」 開催期間:2017年7月15日(土)〜2017年9月24日(日)  会場風景
「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」 開催期間:2017年7月15日(土)〜2017年9月24日(日)  会場風景

Bunkamura ザ・ミュージアム「ベルギー奇想の系譜」紹介動画

他にもベルギー王立美術館の全面的な協力を得て開催された「-不思議空間へ- マグリット展」(2002年)、2003年に日本で初めての本格的な展覧会を開催した「バラ図譜」で知られる植物画家、ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの展覧会(その後、2008年、2011年にも開催)、ベルギー北部フランダース地方の芸術家コロニーの芸術家の作品を、時代を追って象徴主義、印象主義、表現主義3つの世代に分けて紹介した「フランダースの光」(2010年)など枚挙にいとまがない。

「バラの宮廷画家 ルドゥーテ展」 開催期間:2003年9月13日(土)~10月19日(日)  展示風景
「バラの宮廷画家 ルドゥーテ展」 開催期間:2003年9月13日(土)~10月19日(日)  展示風景

「日本では有名ではなくてもベルギーで親しまれている作家の展覧会は、なかなか開催できないのが現実です。しかし、『ベルギー奇想の系譜』としてその中の一人としては紹介できる。2010年に開催した『フランダースの光』は、ベルギーのゲント美術館を含む3つの美術館が共催した展覧会を日本向けにアレンジしたもの。Bunkamuraに入った後、ベルギーに行ったときに現地で見た展覧会が素晴らしく、これを日本でも開催したいと思いました。当時、日本ではほとんど知られていなかったエミール・クラウスは、後に東京ステーションギャラリーで“ベルギーの印象派”として紹介されましたが、こういう作家を先駆けてBunkamuraで紹介できたのは嬉しいですね。」

2018年には、ベルギー美術を日本に広く紹介した業績によりベルギー政府から「王冠勲章シュバリエ章」を贈られた。その時点で、Bunkamuraで開催したベルギー関連の展覧会の数は22にものぼっていたが、中でも宮澤氏にとって特別な思い出は、日本・ベルギー友好150周年にあたる2016年に開催した『ピエール・アレシンスキー展』という。

「アレシンスキーは現在93歳。抽象と具象のはざまの独自の画風を持つベルギーの現代美術作家です。日本と関係の深い作家で、日本のいくつかの美術館にもその作品がコレクションされています。1950年代、前衛美術が盛んだったパリに憧れて、パリの版画学校に行ったアレシンスキーは、そこで日本の書道の本に出合い、日本にのめり込んでいきました。当時アクション・ペインティングとして名を馳せたジャクソン・ポロックの作品なども頭にあったのかもしれません。彼は来日し、『日本の書』という短編映画まで作った。これは展覧会でも上演しましたが、日本の書が彼の創作の原点となったのです。日本・ベルギー友好150周年だった2016年に紹介するに値する作家でした。現地に行ってアレシンスキーに会ったことも印象に残っています。」

「ピエール・アレシンスキー展」 開催期間:2016年10月19日(水)~2016年12月8日(木) 展示風景
「ピエール・アレシンスキー展」 開催期間:2016年10月19日(水)~2016年12月8日(木) 展示風景

Bunkamura ザ・ミュージアム「ピエール・アレシンスキー展」 宮澤氏のナビゲートによるビジュアルツアー

「人生を謳歌したパリのアメリカ人。
インスピレーションの源となった女性たちを通して
芸術家マン・レイを紐解きます」

Bunkamura ザ・ミュージアムの展覧会の本数は年間におよそ5、6本。映画館「ル・シネマ」と連携した展覧会の印象があったが、準備期間のサイクルが異なる美術展と映画の同時公開はなかなか難しいという。例えば、2003年の展覧会「フリーダ・カーロとその時代 メキシコの女性シュルレアリストたち」とル・シネマで時を同じくして上映した「フリーダ」などは幸運な偶然だった。「永遠のソール・ライター」や「写真家ドアノー/音楽/パリ」のように、紹介する作家のドキュメンタリー映画がある場合は、映画担当に相談して同じ期間に上映できるように調整することもあるという。近年はソール・ライターやロベール・ドアノーなど、写真展が続いたBunkamura ザ・ミュージアムだが、今年7月から開催予定の「マン・レイと女性たち」は、写真だけでなく絵画や彫刻など多方面に渡る才能を開花させたマン・レイの、ミューズとなった女性たちをフィーチャーした展覧会となる。

「かつて『-フォト・アートの誕生- マン・レイ写真展』(2002年)を開催したこともありますが、作品に触れたり、自伝を読んだりしても、マン・レイって知れば知るほどわからない作家だと思います。絵は決して上手くなくて、上手く描こうとも思ってない。アイデアの人。写真についても、“写真は芸術ではない”と豪語して顰蹙を買い、後に“芸術は写真ではない”と言い変えた。ふざけるのが大好き、ジョークが大好き、自由で、人生を謳歌したパリのアメリカ人。そんな彼の人生の中で出会った女性たちが、マチエールとしていかに芸術家マン・レイのエネルギーや、インスピレーションの源となったかを振り返ります。もちろん、シュール・レアリスムやダダの作品も含まれていて、回顧展的な要素もあります。」

「マン・レイと女性たち」2021年7月13日(火)~9月6日(月)まで開催
「マン・レイと女性たち」2021年7月13日(火)~9月6日(月)まで開催
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
マン・レイと女性たち
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2021年7月13日(火)〜2021年9月6日(月) ※7月20日(火)のみ休館

緊急事態宣言による新型コロナウイルス感染拡大防止のための度重なる美術館の休館がクローズアップされている。休館だけでなく今後開催する展覧会の準備においても、現在多くの美術館が苦境に立たされており、展覧会の準備のために海外はもちろん、国内でさえも移動しにくい状況に関係者の苦労は絶えない。

「今年開催された『ベルナール・ビュフェ回顧展 私が生きた時代』は、静岡のベルナール・ビュフェ美術館の協力とご理解のおかげで通常の美術展よりもかなり短い時間で開催準備ができて幸運でした。どこの美術館も同じように困っていると思いますが、コロナ禍で厳しいとは言っていられない。必要なのはアイデアですね。通常美術展の準備は3、4年前からスタートしますが、この状況下では先の展覧会を仕込むことがままならない。コロナが収束したのちに実現したい展覧会はあります。まだ発表はできませんが、模索しています。」

オープンから32年となる今年、隣接する東急百貨店本店の2023年春以降からの建て替え工事と同時に、Bunkamuraも同年4月から大規模改修のために長期休館するニュースが発表された。少しの隙間時間に、都会の雑踏からさっと逃れて気軽にアートを楽しむことができる。そんな、Bunkamura ザ・ミュージアムの魅力が、今後も踏襲されることを願う。博物館的なものから写真展に至るまで、テーマごとに異なる装飾的な空間で、訪れる人をたちまち異空間に誘うスタイリッシュな手法の展覧会は、Bunkamura ザ・ミュージアムならではのものだ。

「建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」 開催期間:2019年10月12日(土)~2019年12月26日(木)  展示室
「建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」 開催期間:2019年10月12日(土)~2019年12月26日(木)  展示室

「美術館としては決して広くないのですが、そこを逆手に取って1時間もあれば十分楽しめるコンパクトな展覧会作りを常に意識してきました。エジプト展のような博物館的な展示でも、Bunkamuraで見ていただく以上は、ただ並べているだけじゃない、雰囲気や装飾も含めてトータルに完成された、統一感のある空間で見ていただきたい。“奥ゆかしい”という言葉がありますが、これは“奥にいきたい”ということです。ザ・ミュージアムは、実は柱がないワンルームの空間。全て、可動壁です。壁を全て取っ払った状態で見ると広くないのですが、壁を組んで通路を組むと“奥ゆかしい”空間になる。この先に何があるかわからないから奥にいってみたい。角を曲がるとパッと開ける、その連続。進行方向にむかって、正面には必ず注目の作品が来るように配置しています。毎回壁を組み直して順路を作っているから、展示会毎にまったく表情が変わる。大げさにいうと、美術展の空間そのものがひとつの作品になるような。そんな美術展を今後も作っていきたいと思います。」

都会の雑踏にいると落ち着くと語る宮澤氏。心地よい自然光が注ぐBunkamuraのテラスは、都会のオアシスのような場所だ。
Photo : Yoshiaki Tsutsui
都会の雑踏にいると落ち着くと語る宮澤氏。心地よい自然光が注ぐBunkamuraのテラスは、都会のオアシスのような場所だ。
Photo : Yoshiaki Tsutsui
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
Bunkamura ザ・ミュージアム|The Bunkamura Museum of Art
150-8507 東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura B1F
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30) 毎週金・土曜日は21:00まで(最終入館時間 20:30)
※開館状況が変更となる場合があります。美術館の公式サイトにて最新情報をご確認ください。

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