FEATURE

少女漫画の金字塔「エロイカより愛をこめて」
ほか青池保子の人気作の原画約300点を展示

漫画家生活60周年記念「青池保子展 Contrail 航跡のかがやき」が、弥生美術館にて2025年6月1日(日)まで開催中

展覧会レポート

弥生美術館(前期)のみの展示となる「エロイカより愛をこめて」1982年『プリンセス』5月号 扉画
秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
弥生美術館(前期)のみの展示となる「エロイカより愛をこめて」1982年『プリンセス』5月号 扉画
秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)

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文 長野辰次

美しいものをこよなく愛する美形の英国貴族、ドリアン・レッド・グローリア伯爵は、実は美術品専門の窃盗団「エロイカ」の首領という裏の顔を持っている。そんなグローリア伯爵がNATO(北大西洋条約機構)軍の情報将校、クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐と出会い、古今東西の美術品をめぐる大冒険の数々が巻き起こるー。

1976年から少女漫画誌『月刊プリンセス』(秋田書店)での連載が始まった「エロイカより愛をこめて」は、少女漫画界に強烈なインパクトをもたらした。美術史に名を刻む絵画や彫刻の名品の争奪戦が繰り広げられるクライムアクションとしての痛快さに加え、ホモセクシャルであるグローリア伯爵とホモファビア(同性愛嫌悪)のエーベルバッハ少佐との倒錯した関係性が、独特なおかしみと耽美さを生み出した。2人は対立しながらも、時に世界平和のため、時に少佐の上司からの命令によって、手を組むことになる。

前期のみ展示されている「エロイカより愛をこめて」1985年『プリンセス』2月号 扉画
秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
前期のみ展示されている「エロイカより愛をこめて」1985年『プリンセス』2月号 扉画
秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)

冷戦終結後も、複雑化する世界情勢を盛り込みながら「エロイカより愛をこめて」の連載は続いた。また「エロイカ」がきっかけで、アートや欧州文化に興味を持つようになったファンは多いとも言われている。

英国のロックバンド「レッドツェッペリン」のボーカル、ロバート・プラントをモデルにしたことで有名なグローリア伯爵、「鉄のクラウス」として熱狂的な人気を誇るエーベルバッハ少佐ら人気キャラクターを次々と生み出したのが青池保子氏だ。漫画家デビュー60周年を記念した「青池保子展 Contrail 航跡のかがやき」が2023年より神戸市立小磯記念美術館、下関市立美術館を巡回し、2025年2月からは東京都文京区にある弥生美術館で開催されている。担当学芸員の外舘惠子さんに、展覧会の見どころ、青池作品の魅力について語ってもらった。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
漫画家生活60周年記念「青池保子展 Contrail 航跡のかがやき」
開催美術館:弥生美術館
開催期間:2025年2月1日(土)〜6月1日(日)

青池保子(あおいけ やすこ)

1948年山口県下関市生まれ。1963年に短編漫画「さよならナネット」でデビューし、高校卒業後に上京。講談社と専属契約を結ぶが、1974年からフリーとなり、1976年に「イブの息子たち」「エロリカより愛をこめて」、1977年に「七つの海七つの空」などを秋田書店で刊行し、大人気を博した。歴史シリーズの代表作「アルカサル ―王城―」は第20回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞している。

2025年4月2日(水)より展示される「エロイカより愛をこめて」1980年『プリンセスGOLD』3月25日号ピンナップ
秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
2025年4月2日(水)より展示される「エロイカより愛をこめて」1980年『プリンセスGOLD』3月25日号ピンナップ
秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)

舞台化によって新しいファンを増やしつつある青池ワールド

全8章で構成されている「青池保子展」。弥生美術館の1階が〈第1章 女子高生漫画家デビュー/初期作品〉〈第2章 脱・少女漫画家 「イブの息子たち」の衝撃〉〈第3章 帆船、海をゆく男たち〉〈第4章 光と影の歴史を描く、虚と実〉〈第5章 スペインの残酷王伝「アルカサル ―王城―」〉となっている。『エロイカより愛をこめて』のグローリア伯爵とエーベルバッハ少佐の巨大タペストリーが飾られた2階へと向かうと、〈第5章 中世の人々「修道士ファルコ」「ケルン市警オド」〉、そして〈第7章 「エロイカより愛をこめて」の世界〉〈第8章 「エロイカより愛をこめて」冷戦後の世界〉が待っている。3階には青池保子氏の年表、神戸会場、下関会場、弥生美術館でそれぞれ青池氏が描き下ろした伯爵と少佐のイラストが展示されている。

外舘「神戸の小磯記念美術館さんが企画し、青池先生の故郷・下関でも開催された『青池保子展』のフィナーレとなる東京での展覧会です。前期展示は2月から始め、幅広い世代の方たちにご来場いただいています。2007年に宝塚歌劇で舞台化された『エル・アルコン ―鷹―』を観て、私も青池作品の魅力にすっかりハマりました(笑)。2023年、2024年には男性キャストによるミュージカル『エロイカより愛をこめて』も上演されています。舞台がきっかけで、新しいファンも増えているようです。当館だけの展示となる『エロイカより愛をこめて』のカラー原画もありますし、2025年4月2日(水)からの後期展示はカラー原画をほとんど入れ替える予定です」

漫画、挿絵、イラスト、デザインなどの出版文化に特化したユニークな企画展示で知られる弥生美術館で、外舘さんは少女漫画の企画を中心に担当してきた。外舘さんは青池作品の魅力をこう語る。

外舘「それまでの少女漫画が少年少女のラブコメが主流だったのに対し、青池先生は大人の男性たちを主人公にした『イブの息子たち』や『エロイカより愛をこめて』を発表しています。70年代の少女漫画界では、画期的なことでした。しかも『エロイカ』は情報将校である少佐を中心にしたスパイアクションもので、国際情勢も絡んだ内容になっていきます。少女漫画の枠に収まらず、多くの男性ファンも獲得しています。また、青池先生は絵が本当に美しいし、コメディセンスも抜群です。どのキャラクターも愛情を込めて描いていることが、大判の原画を鑑賞いただくことで、より伝わってくると思います」

『りぼん』お正月大増刊号(1964年)に掲載された「さよならナネット」
秋田書店蔵 ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
同郷の漫画家・水野英子氏の紹介で、集英社でのデビューとなった
『りぼん』お正月大増刊号(1964年)に掲載された「さよならナネット」
秋田書店蔵 ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
同郷の漫画家・水野英子氏の紹介で、集英社でのデビューとなった

デビュー作「さよならナネット」の原画、さらに下関の親戚から提供された学生時代に青池氏がしたためていた構想ノートも展示されている。カトリック系の梅光女学院に6年間通ったことから、キリスト教を中心にした西洋文化に対する下地が育まれたと青池氏本人も下関時代を振り返っている。初々しさを感じさせる新人時代の少女漫画らしい作風から、講談社での専属契約期を経て、秋田書店で描くようになり、絵柄が大きく変わったことが分かる。

外舘「講談社から秋田書店に発表の場を変えたことが大きかったようです。秋田書店で『なんでも好きなように描いていい』と言われ、青池先生が大好きなロック音楽、カルチャー、神話や歴史ネタ、SF要素などを思いっきり盛り込んだのが『イブの息子たち』です。『エロイカより愛をこめて』の連載も間を置かずに始めています。秋田書店の自由度の高い出版カラーとうまく合って、青池先生が才能をいっきに開花させたことが感じられますね。また、青池先生は『花の24年組』(昭和24年前後に生まれた女性漫画家たちの総称)と呼ばれる竹宮恵子先生、萩尾望都先生、大島弓子先生らと同世代ですが、高校時代にデビューし、主に秋田書店で活躍したこともあって、あまり同じ括りにされることがありません。孤高の地位を築かれたように思います」

ファンタジーコメディ「イブの息子たち」は青池作品の大転機となった
「イブの息子たち」『プリンセス』6月号(1979年)秋田書店蔵 ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
ファンタジーコメディ「イブの息子たち」は青池作品の大転機となった
「イブの息子たち」『プリンセス』6月号(1979年)秋田書店蔵 ©Aoike Yasuko(Akitashoten)

夭折した天才漫画家とコラボしたカラーイラスト

1階の展示室には、数々の原画と共に『浦沢直樹の漫勉neo』(2022年、NHK Eテレ)に青池氏が出演した際にカメラに映し出されていたパレットも飾ってある。使いかけの絵具がパレットに残されたままとなっている。

外舘「青池先生は初期のころは透明水彩を中心に使われていたんですが、『エロイカより愛をこめて』からLUMAのカラーインクを使い始めています。発色がよく、より美しいカラー原画になっていきます。青池先生は名前に『青』があるからか、いろんな青色を使っているイメージがあります。展示しているパレットは、青池先生が使用中のものをお借りしたものです。LUMAのカラーインクは製造中止になったので、青池先生はパレットを洗わずに大切に使われているんです。展示が終わったら、パレットもちゃんとお戻しいたします。カラーインクだけでなく、スクリーントーンもどんどん廃番になっているので、青池先生らアナログ派の漫画家の方たちは大変だと思います。代表的なカラー原画と印刷された掲載誌を並べて展示もしているので、印刷によって色味がどう変わっているのかを比較してみてください」

1階の展示でファンの間で評判となっているのは、「イブの息子たち」に登場した森蘭丸、ヤマトタケルの描き下ろしカラーイラストだ。細やかな着物の柄は、26歳で夭折した花郁悠紀子(かい ゆきこ)氏が描いたものと言われている。

外舘「青池先生がカラーイラストの色を塗っていたところに、花郁先生がお手伝いにきて、着物の柄を描かれたそうです。花郁先生も美しい、独特な画風の方でした。若くして亡くなったことが本当に惜しまれます。逆に『はいからさんが通る』で人気の大和和紀先生が体調を崩された際には、青池先生が手伝ったこともあるそうです。当時は少女漫画家同士の交流が、出版社に関係なく、いろいろとあったと聞いています」

「アルカサル ―王城―」の主人公ドン・ペドロ。青池氏はスペインまで取材旅行している。
「アルカサル ―王城―」1988年『ビバプリンセス』10月25日号ピンナップ 秋田書店蔵 ©Aoike Yasuko(Akitashoten) 
「アルカサル ―王城―」の主人公ドン・ペドロ。青池氏はスペインまで取材旅行している。
「アルカサル ―王城―」1988年『ビバプリンセス』10月25日号ピンナップ 秋田書店蔵 ©Aoike Yasuko(Akitashoten) 

生き生きとした青池作品のキャラクターたち

第4章で紹介されている歴史もの「光と影の伝説」、第5章の「アルカサル ―王城―」のカラー原画も目を見張るものがある。主人公たちの衣装や背景がより緻密に描かれている。キャリアを重ねることで絵のタッチが変化しているのが分かるのも、今回の展覧会の面白さだろう。

外舘「1980年代になると、絵のレベルがさらに一段上になっていますよね。青池先生の筆が乗っていることが感じられます。『アルカサル ―王城―』はスペインの王室が舞台なこともあって、絵がとても華やかです。当時はまだインターネットが普及していなかったので、中世ヨーロッパの資料を集めるのは苦労されたと思います。同時期に連載が続いていた『エロイカより愛をこめて』のウィーンの街並みなども、すごく細やかに描いています。一枚の絵としての完成度も非常に高いと思いますが、青池先生はあくまでも漫画的表現にこだわったようです」

「エロイカ」のスピンオフ作「Z ツェット」カレンダー用描き下ろしイラスト(1983年11月)​
秋田書店蔵 ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
「エロイカ」のスピンオフ作「Z ツェット」カレンダー用描き下ろしイラスト(1983年11月)​
秋田書店蔵 ©Aoike Yasuko(Akitashoten)

2階の展示室には、「ベルンベック家編」が先日完結したばかりの「ケルン市警オド」の原画が並ぶ第6章、そして第7章と第8章では「エロイカより愛をこめて」の人気キャラクターである少佐&伯爵に、守銭奴のジェイムズ君、美形の新米情報部員Z君らの原画が来場者を待っている。

外舘「ファンの間では有名ですが、『エロイカより愛をこめて』の第1話はエスパー3人組シーザー、シュガー、レパードが主人公だったんです。ところが、第2話でエーベルバッハ少佐が登場し、少佐が中心の物語に変わっていきます。エスパー3人組は第3話以降は登場していません。そういう自由で、おおらかなところもいいなと思います(笑)。青池先生は少佐を描いた瞬間に、何かパチッとハマるものを感じたんでしょうね。青池先生は自分が好きなキャラクターを生み出し、そのキャラクターを生かしていくのが本当にうまい方です。内覧会の際に、当館に来られた青池先生をご案内しました。すでに他の会場でご覧になっているはずなんですが、青池先生は『これを描いていたころは本当に楽しかったのよ』とニコニコと笑顔で展示を見て回られていたのが印象的でした。青池先生自身が、絵を描くことを楽しんでおられるんだなぁと思います」

海洋アドベンチャー「エル・アルコン ―鷹―」は、宝塚歌劇によって舞台化されている。
「エル・アルコン ―鷹―」1978年5月『プリンセスロマンデラックス青池保子の世界』 秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
海洋アドベンチャー「エル・アルコン ―鷹―」は、宝塚歌劇によって舞台化されている。
「エル・アルコン ―鷹―」1978年5月『プリンセスロマンデラックス青池保子の世界』 秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)

人気漫画家たちの対談はネットで配信予定

前期展示は2025年3月30日(日)までだが、4月2日(水)からはカラー原画を全面的に入れ替えた後期展示が始まる。また、チケットはすでに抽選済みだが、3月23日(日)にはロック音楽に精通する漫画家の浦沢直樹氏と上條淳士氏の対談、3月29日(土)には2020年に再演された舞台「エル・アルコン ―鷹―」に出演した元宝塚の愛月ひかる氏を招いてのトークショーが組まれている。青池氏のサイン会が4月5日(土)に行なわれることを告知したところ、こちらも申し込みが殺到して受付終了となっている。

外舘「浦沢先生と上条先生の対談は、問い合わせが非常に多く、後日インターネットで動画配信する予定です。青池先生のサイン会もすでに定員になっていますが、青池先生のアシスタントをされた酒井美羽先生と青木朋先生、青池先生の大ファンでいらっしゃる山村東先生、『ミステリーボニータ』(秋田書店)の齋藤功衛編集長によるトークショーを5月10日(日)に予定しています。こちらはこれから申し込みを募ります(※詳細は弥生美術館公式サイトを参照)。『エロイカより愛をこめて』も『修道士ファルコン』『ケルン市警オド』もまだ完結していないので、これからどう展開するのか楽しみです。少女漫画の可能性を大きく広げた青池先生の世界を、じっくりと楽しんでください」

弥生美術館(後期)のみの展示となる「エロイカより愛をこめて」1981年『プリンセスGOLD』3月25日号ピンナップ
秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)
弥生美術館(後期)のみの展示となる「エロイカより愛をこめて」1981年『プリンセスGOLD』3月25日号ピンナップ
秋田書店蔵  ©Aoike Yasuko(Akitashoten)

美術館に隣接した「夢二カフェ 港や」では、青池保子展とコラボしたメニュー「エーベルバッハ少佐のいのししカプチーノ」と「エーベルバッハ少佐のカルトフェルトルテ」を用意している。一品につき、「エロイカより愛をこめて」名場面コースターをプレゼント中だ。青池先生もにっこり。

15歳でのデビューから、漫画を描き続ける青池保子氏
15歳でのデビューから、漫画を描き続ける青池保子氏

弥生美術館は、地下鉄東大前駅か根津駅から徒歩7分の距離にあるが、上野公園もかなり近くにある。過ごしやすくなるこれからの季節、のんびりと散策がてら鑑賞されてみてはいかがだろう。青池作品に夢中になっていた日々を懐かしく思い出す人もいれば、今回の展示で新しい発見をする人もいるに違いない。いずれにしろ、グローリア伯爵やエーベルバッハ少佐たちとの再会の場所が、風情のある美術館であるのは最高のロケーションではないだろうか。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
弥生美術館|Yayoi Museum
113-0032 東京都文京区弥生2-4-3
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
会期中休館日:月曜日、4月1日(火) ※ただし、4月28日、5月5日 開館

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