約20年ぶりに住友家の珠玉の能装束を公開
住友春翠が極めた「能」と「茶」の美
泉屋博古館東京にて、「もてなす美 ―能と茶のつどい」が、2025年12月21日(日)まで開催

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現代では、能は能楽堂という専用劇場で、専門職である能楽師の芸を鑑賞するもの、というイメージだろう。しかし、江戸時代において、能は武士の嗜みの1つであり、時に宴席で披露される「もてなし」の1つでもあった。
泉屋博古館東京の企画展「もてなす美 ―能と茶のつどい」では、能が担っていた「もてなす」という役割に注目し、「能」と「茶」の豊かな美の世界を展観する。本展では、住友家15代当主で近代数寄者の一人、住友吉左衞門友純(ともいと 号・春翠 1864-1926)が収集し、また実際に使用された能装束を軸に、同館所蔵の能に関する道具類、また春翠の能の師であった能楽師・大西亮太郎をもてなした茶会の際の道具類も展示されている。
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- 「もてなす美 ―能と茶のつどい」
開催美術館:泉屋博古館東京
開催期間:2025年11月22日(土)〜12月21日(日)
約20年ぶりに公開される華麗な能装束
泉屋博古館東京では約100点の能装束を所蔵しているが、本展ではその中でも特に状態が良い、選りすぐりの装束が展示されている。同館所蔵の能装束がまとまった形で展示されるのは、東京では2006(平成18)年の「The 能」展(大倉集古館と共催)以来、約20年ぶりだ。

最初の展示室に入ると、三方の壁一面に数々の能装束が並ぶ圧巻の光景が広がる。1つ1つの装束を見れば、その緻密で繊細な作りにくぎ付けになる。

春翠の能装束コレクションの特徴は、絢爛豪華な唐織(からおり)に限らず、法被、半切(はんぎり)と呼ばれる袴など、その種類が多岐にわたる点だ。それらの一部には使用した形跡も残ることから、春翠が実際に演能するための道具として集めていたことがうかがえる。

春翠が最初に手に入れた能道具。「翁」は能の演目の中でも別格に位置付けれられ「能にして能にあらず」と言われる。

こちらの縫箔(糊で金銀箔を張り付けて模様を出す摺箔技法と刺繍を併用した装束)は、紅・浅葱・白の3色で段を構成し、その上に「松と霞」模様と「波」模様の2つの柄が交互に繰り返されている。色数と模様の数がズレていることで単調な繰り返しにならず、シンプルながら瀟洒で新鮮な印象を受ける。
本作は、『能装束名品集』(芸艸堂、昭和11~12年)で「羽衣」「松風」「花筐」などの能の演目で用いられる装束と紹介されている。「羽衣」は三保松原の羽衣伝説を、「松風」は在原行平の寵愛を受けた須磨の海女の姉妹(松風・村雨)の物語を素材にしていることを思えば、こうした装束の文様は、作品の世界をより豊かにイメージさせるのに一役買っていたことだろう。
実際に演じられた能に思いを馳せる
続く展示室では、実際に春翠が舞台で使用したと考えられる装束をはじめ、能面や楽器類、また大西亮太郎を通じて新たに新調した装束などが紹介されている。

大正14年(1925)、住友家の茶臼山本邸での謡会で、春翠が「杜若」のキリを舞う際に用いられたと考えられる。
春翠による招宴で能の舞台を務めたのが大阪で活躍していた観世流の能楽師・大西亮太郎一門であった。亮太郎は単に住友家主催の席で演じただけでなく、春翠の謡や仕舞の師匠として、また能装束・道具類の収集の取り次ぎなどブレーンとして、その知見を惜しみなく春翠に注いだようだ。約100点の能装束コレクションのうち、およそ7割の品が亮太郎取り次ぎによって手に入れたものだという。亮太郎の存在なくしては実現していなかったかもしれないと思うと、2人の出会いの大きさに改めて感服する。

ちなみに春翠が亡くなった大正15年、亮太郎は住友家から「大会(だいえ)」という演目で用いられる《釈迦》と《癋見(べしみ)》という能面2面を遺品として贈られたという。「大会」は天狗の恩返しを主題にした作品で、このエピソードも親交の深さを物語っている。
能の師匠・大西亮太郎をもてなした茶会
亮太郎は茶道も嗜んでおり、春翠はしばしば亮太郎を自身の主催する茶会に招いている。記録に明記されている限り、大正7年10月、大正8年2月、大正9年2月の茶会に亮太郎は参加しており、本展ではその茶会で用いられたと考えられる道具類を紹介している。

大正7年10月の茶会では、秋の風情をテーマにしたと思われる道具組で、《小井戸茶碗 銘 筑波山》や、千宗旦による花入《竹一重切掛花入 銘 しぐれ》など、しみじみとした情感に満ちた味わい深い品々が用いられている。

※大正7年10月の茶会で使用
右:《竹旅枕掛花入》 仙叟宗室 (1622-1697) 江戸時代 ・元禄5年(1692) 泉屋博古館東京
※大正8年2月の茶会で使用

また大正8年の茶会では、酒井抱一が下絵を描き原羊遊斎が手掛けた《椿蒔絵棗》が用いられた。この時、寄付(客が茶室に入る前に控えている部屋・場所)には、抱一が本作の絵を描いた《椿蒔絵棗書状》を飾り、後の茶席を予感させる演出をしていたようだ。


ゆったりとした伸びやかな筆で描かれた棗。さらりと描かれていることで、より抱一の洒脱な作風が感じられる。
1つ1つの道具を前にすると、春翠と亮太郎が心を通わせたであろう一席を追体験するような心地になり、観ているだけでも、もてなしを受けたような気分だ。
「もてなす」という切り口によって、能の「演者と観客」という関係は、茶の湯における「亭主と客」という関係に近いと感じた。演者あるいは亭主だけが高い美意識を備えていればよいものではなく、それを受ける側にも、舞の趣、亭主の心配りを感じ取る心を備えていることが不可欠だろう。
住友春翠と大西亮太郎の交流で実現した優美で華麗な能装束コレクション、そして味わい深い茶道具の数々。この珠玉の「もてなし」をぜひお楽しみいただきたい。
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- 泉屋博古館東京|SEN-OKU HAKUKO KAN MUSEUM TOKYO
106-0032 東京都港区六本木1丁目5番地1号
開館時間:11:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
会期中休館日:月曜日