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「近代最後の数寄者」畠山即翁と「現代の数寄者」杉本博司
-時代を超えた2人の「数寄」

新館開館一周年記念 「『数寄者』の現代―即翁と杉本博司、その伝統と創造」が、荏原 畠山美術館にて開催

内覧会・記者発表会レポート

展示風景
展示風景

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東京・白金台。閑静な住宅地の中にある「荏原 畠山美術館」は、近代最後の数寄者とも言われた畠山一清(号即翁、1881-1971)が蒐集した膨大なコレクションを所蔵している。そのコレクションは、茶道具を中心に、書画、陶磁、漆芸、能装束など、日本、中国、朝鮮の古美術品など約1300件(うち国宝6件、重要文化財33件)になる。昭和39(1964)年の開館以降、半世紀以上にわたり人々に親しまれてきた同館は、令和6(2024)年に本館をリニューアル、同時に新館がオープンした。

新館の開館一周年を記念した「『数寄者』の現代-即翁と杉本博司、その伝統と創造」では、美術館のコレクションを展示するとともに、現代美術作家・杉本博司が自身の作品と蒐集した古美術によって新しい「数寄」の創造に挑む。

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新館開館一周年記念 「数寄者」の現代―即翁と杉本博司、その伝統と創造
開催美術館:荏原 畠山美術館
開催期間:2025年10月4日(土)〜12月14日(日)

畠山即翁の茶会を再現

展示風景
展示風景

エントランスのロビーから、まずは本館の2階へと進む。本展は2部構成で、本館2階の展示室では、第1部として即翁のコレクションを展望する。ここでは、即翁が残した茶会記の記録をもとに、昭和29年11月16日から12月3日まで開催された茶会で披露された道具組を、可能な限り再現し展示している。実際の茶会の流れに沿うように、「寄付」「懐石」「濃茶席」で用いられる道具の数々が展示されている。

重要文化財《割高台茶碗》 朝鮮時代 16世紀 1口 陶器 荏原 畠山美術館
重要文化財《割高台茶碗》 朝鮮時代 16世紀 1口 陶器 荏原 畠山美術館

名品がズラリと並ぶ中でも特に注目したいのが、濃茶席で用いられた茶入と茶碗だ。茶碗は重要文化財《割高台茶碗》。きわめて大きい高台に切れ込みが入った姿が特徴的なこの茶碗は、千利休の弟子で大名茶人であった古田織部所持と伝わる。即翁は昭和15年に大阪の豪商であった鴻池家の売立てで本作を購入した。

《唐物肩衝茶入 銘 日野》 南宋時代 13世紀 1口 陶器 荏原 畠山美術館
《唐物肩衝茶入 銘 日野》 南宋時代 13世紀 1口 陶器 荏原 畠山美術館

濃茶席で用いられる茶入は茶の湯の世界でも特に重視された。展示されている《唐物肩衝茶入 銘 日野》もまた、一国一城に値するとされた名物茶入で、公卿で、千利休の弟子であった日野輝資(てるすけ)所持の伝来をもつ。

その他、懐石で用いられた器の展示では、器と共に実際に料理が盛られた写真も展示されている。また展示室内の茶室に上がり込むと、床の間に飾られた掛軸をガラスケースなしで直接見ることができ、茶室の雰囲気を存分に味わうことができる。

靴を脱いで茶室の中に入ると、床の間に軸が飾られているので、お見逃しなく。
靴を脱いで茶室の中に入ると、床の間に軸が飾られているので、お見逃しなく。
《書簡 即翁宛》 小堀宗明筆 昭和29年(1954) 2幅 紙本墨書 荏原 畠山美術館
茶会の前に送る前礼(右)と、茶会の後に送る後礼(左)の書簡
《書簡 即翁宛》 小堀宗明筆 昭和29年(1954) 2幅 紙本墨書 荏原 畠山美術館
茶会の前に送る前礼(右)と、茶会の後に送る後礼(左)の書簡

当時の茶会の後、客の1人であった小堀宗明が即翁に送った礼状(後礼)には、《割高台茶碗》の絵とともに「一わんの茶にとけこむや和の世界」という一句が添えられている。茶席の時間がいかに充実していたか、小堀の実感がしみじみと感じられ、茶の世界の奥深さ、人と人の心の交歓のさまを物語る。

杉本博司が「数寄」に向き合う

展示風景(中央は《春日大社藤棚図屏風》杉本博司 2022年  ピグメントプリント )小田原文化財団蔵 杉本コレクション
展示風景(中央は《春日大社藤棚図屏風》杉本博司 2022年 ピグメントプリント )小田原文化財団蔵 杉本コレクション

続く新館では、第2部として現代美術作家・杉本博司による「数寄」的展示が展開する。写真家としてキャリアをスタートさせた杉本は、ある時から古美術を蒐集し始める。そうして集めた品々を時に自身の作品と組み合わせながら展示をしてきた杉本の在り方は、まさに「現代の数寄者」と呼ぶにふさわしい。本展では、杉本の作品と彼が蒐集した古美術で構成された、杉本流の道具組を楽しむ。

新館2階の展示室では、「神仏」、あるいは茶の湯において尊ばれている「墨跡」をテーマに、杉本流の「数寄」が展開される。

展示風景
展示風景

また奥の展示室では、杉本が所蔵する茶碗が展示されている。樂長次郎の黒楽茶碗から、高麗茶碗など、味わい深い器が並び、改めてそれぞれの茶碗の造形の端正さ、釉薬のかかり具合で様々な表情を見せる景色の面白さに気づくだろう。

展示風景
展示風景
《長次郎黒楽茶碗 銘 だいかはり》長次郎 桃山時代 陶器 小田原文化財団蔵 杉本コレクション
《長次郎黒楽茶碗 銘 だいかはり》長次郎 桃山時代 陶器 小田原文化財団蔵 杉本コレクション

そうして新館地下1階へと進むと、現代彫刻作家・須田悦弘による精巧な植物の彫刻を用いるなど、杉本流の「数寄」がさらに展開していく。「現代の茶掛」と題されたセクションでは、自由な発想で道具組が行われている。

《墨筆抽象画》 白髪一雄 1960年代前半 紙本墨書  小田原文化財団蔵 杉本コレクション
《古井戸発掘下駄》 平安時代 木 小田原文化財団蔵 杉本コレクション
《墨筆抽象画》 白髪一雄 1960年代前半 紙本墨書  小田原文化財団蔵 杉本コレクション
《古井戸発掘下駄》 平安時代 木 小田原文化財団蔵 杉本コレクション

たとえば、白髪一雄の奔放な筆さばきの書と取り合わされているのは、平安時代の下駄。下駄が飾られていることで、書がまるで白い雪の上についた足跡のようにも見えてくるから面白い。

《宙景 008》杉本博司 2025年 ピグメントプリント 個人蔵 
《 阿古陀形兜》室町時代(14 –16世紀) 鉄、漆、金箔  小田原文化財団蔵 杉本コレクション
《夏草》須田悦弘 2015年 木彫彩色 小田原文化財団蔵 杉本コレクション
《宙景 008》杉本博司 2025年 ピグメントプリント 個人蔵
《 阿古陀形兜》室町時代(14 –16世紀) 鉄、漆、金箔  小田原文化財団蔵 杉本コレクション
《夏草》須田悦弘 2015年 木彫彩色 小田原文化財団蔵 杉本コレクション

こちらの床飾りでは、室町時代の兜から須田悦弘による植物が芽を出す。その様子に自然と「兵どもが夢の跡」の句が思い起こされる。その奥では、杉本の《宙景》が飾られている。使われなくなった“過去“の産物である兜と、”未来“を象徴する植物の芽、その栄枯盛衰の歴史を全て包み込む”宇宙“という取り合せに、悠久の時を感じさせる。あるいは”植物”というミクロの世界と“宇宙”というマクロの世界の対比を見せているのかもしれない。

これらはあくまでも筆者が感じたイメージなので、また別の解釈をする人もいるだろう。鑑賞の際には、ぜひとも自由に想像し、杉本の「数寄」を読み解いてほしい。

杉本博司による茶碗

展示風景
展示風景

地下1階でも奥の展示室に茶碗が並んでいる。先ほど紹介した2階展示室で披露されていた茶碗の続きかと思いきや、ここでは杉本自身が制作した器が並んでいる。中でもガラス製の器は、過去の茶碗や芸術作品をオマージュした作品になっており、杉本のユーモアが溢れている。

《硝子茶碗 銘 泉》 村野藤六(杉本博司) 2014年 硝子(三嶋りつ惠 協力) 小田原文化財団蔵 杉本コレクション
デュシャンの《泉》になぞらえた硝子茶碗。この器で一服飲んだ後、見込みを覗いて3つの穴を見た時、ようやく銘に「 泉」とつけた意図に気づくことだろう。
《硝子茶碗 銘 泉》 村野藤六(杉本博司) 2014年 硝子(三嶋りつ惠 協力) 小田原文化財団蔵 杉本コレクション
デュシャンの《泉》になぞらえた硝子茶碗。この器で一服飲んだ後、見込みを覗いて3つの穴を見た時、ようやく銘に「 泉」とつけた意図に気づくことだろう。

そして最後の展示室で、伊勢神宮の式年遷宮をテーマにした展示となり、杉本流「数寄」の一席が終わる。杉本による「数寄」には、古典に対する深い敬愛を感じるとともに、その古典の力を用いて“遊ぶ”姿勢が貫かれている。

展示風景
江戸時代の式年遷宮で役目を終えた鰹木(かつおぎ・神社などで棟木の上に直角に並べた装飾の木)の飾り金具を手に入れた杉本は、そこから鰹木の大きさを再現し、茶席の結界とした。
展示風景
江戸時代の式年遷宮で役目を終えた鰹木(かつおぎ・神社などで棟木の上に直角に並べた装飾の木)の飾り金具を手に入れた杉本は、そこから鰹木の大きさを再現し、茶席の結界とした。

茶話処「猿町カフェ」では辻村史朗氏の茶碗で一服

じっくりと展示を鑑賞した後、カフェでくつろぐのも楽しみの1つだろう。新館1階にある茶話処「猿町カフェ」では、コーヒーや紅茶などのほか、「お呈茶」では、抹茶と主菓子(または洋菓子)のセットが楽しめる。抹茶はショーケースに入っている辻村史朗氏の茶碗から、好きな茶碗を選ぶことができるので、自分好みの一碗で展覧会の余韻に浸りたい。

「お呈茶」セット
主菓子も数種類の中から選ぶことができる。取材時は10月ということで秋らしい菓子(写真は「雁がね」)が用意されていた。
「お呈茶」セット
主菓子も数種類の中から選ぶことができる。取材時は10月ということで秋らしい菓子(写真は「雁がね」)が用意されていた。

近代最後の数寄者・畠山即翁の隅々まで行き届いた美意識は、残された品々、詳細に残る茶会記から感じられる。その即翁ゆかりの場所で、現代において「数寄」は成り立つのか、その在り方を杉本の作品や杉本の考える「数寄」を通して、見る人にも問いかける。

本展を通して改めて、「数寄」を成立させるには亭主だけではない、そこにはいつも茶を出す相手―「客」であり「見る人(鑑賞者)」の存在があることに思い至る。その相手に対して、心を尽くすさまが即翁、杉本、2人の道具組を通して感じられた。時代を超えて呼応する2つの「数寄」の美を心ゆくまで味わってほしい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
荏原 畠山美術館|EBARA HATAKEYAMA MUSEUM OF ART
108-0071 東京都港区白金台2丁目20−12
開館時間: 10:00~16:30(最終入館時間 16:00)
会期中休館日:月曜日(祝日の場合は開館、翌日が休館)
ただし、11月11日(火)は展示替えのため休館

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