没後70年―静謐なパリの街並みを描いた
ユトリロの芸術世界
「モーリス・ユトリロ展」が、SOMPO美術館にて2025年12月14日(日)まで開催

20世紀初頭、パリの街並みを独特な質感と色彩感覚で描いたモーリス・ユトリロ(1883–1955)。静謐な画面の中に漂う一抹の孤独感は見る者の心を引き付け、今なお高い人気を誇る。
SOMPO美術館で開幕した「モーリス・ユトリロ展」では、フランス国立近代美術館(ポンピドゥセンター)の協力のもと、同館所蔵の作品約70点と、アーカイヴを管理するユトリロ協会から提供された資料をもとに、ユトリロの画業の全貌に迫る。
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- 「モーリス・ユトリロ展」
開催美術館:SOMPO美術館
開催期間:2025年9月20日(土)〜12月14日(日)
アルコール依存症から絵の道へ

1909年 油彩/カンヴァス 60.3×81.3cm 名古屋市美術館 ©Hélène Bruneau 2024
モーリス・ユトリロ(1883–1955)
画家シュザンヌ・ヴァラドンの私生児として生まれ、7歳の時にスペイン出身の画家・批評家ミゲル・ウトリリョ(ユトリロ)に認知され、その姓を名乗る。10代でアルコール依存症を発症し、その療養の一環として絵画制作を始めた。1909年頃からパリの街の白壁を独特の質感の絵具で表現する作風を確立し、人気を博す。

ユトリロの画業は大きく「モンマニー時代」「白の時代」「色彩の時代」の3つの時代に分けられる。本展では、それぞれの時代を時系列にたどり、画風の変遷を展観する。
ユトリロが絵を描くきっかけは、喜ばしい理由からではない。母であるシュザンヌ・ヴァラドン(1865-1938)の影響で、幼少期からアルコール依存症を発症し、その治療の一環として医者から絵を描くことを勧められたことに始まる。

1906-07年頃 油彩/カンヴァス 65×54cm ポンピドゥセンター/国立近代美術館・産業創造センター©Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. GrandPalaisRmn / Bertrand Prévost / distributed by AMF©Hélène Bruneau 2024
そうして絵筆を取ったユトリロは、住んでいた家があったモンマニーの風景を描き始めた。「モンマニー時代(1904-1908)」の作品からは、ピサロやシスレーといった印象派の画家たちの影響もうかがえる。一方で、小高い丘から木々越しにモンマニーの街並みを描いた《モンマニーの屋根》など、画面の奥へと続く空間構成や、同系色を多用しながらもそれぞれの建物の壁や屋根などの違いを丁寧に描き分けるなど、後にユトリロの作品を特徴づけることになる、独自の感性もすでに芽生えていることが感じられる。

1912年頃 油彩/カンヴァス 52×69cm 八木ファインアート・コレクション ©Hélène Bruneau 2024
やがて、1910-1914年は「白の時代」と呼ばれるように、画面の大部分を白い壁の建物が占めるようになる。それによりユトリロの描く街並みは、一層の寂寥感に包まれる。
《可愛い聖体拝受者、トルシー=アン=ヴァロワの教会(エヌ県)》は「白の時代」を代表する作品の1つで、青味がかった仄暗い空に、真っ白な教会が画面の中央に描かれている。聖体拝受とは、カトリックにおいてキリストの「血」と「身体」を意味するぶどう酒とパンを神父が信徒に与えることを指す。しかしこの作品には、それらしき人物は描かれていない。教会の中にいるのだろうか、あるいは教会そのものを聖体拝受者と見なしているのだろうか、明確にその存在が描かれていないからこそ、白い教会の存在がより象徴的になっている。

1935年 油彩/カンヴァス 111×130.5cm 公益財団法人ひろしま美術館
そうして、1920年頃から晩年にかけては「色彩の時代」となる。白を基調としない点では「モンマニー時代」も同じだが、明らかに「色彩の時代」では、画面が明るくなり、建物、描き込まれた人物がさらに記号的に配されるようになる。
この時期のもう1つの特徴として注目したいのが女性像だ。この時期に描かれた街中を歩く女性は、臀部を極端に大きく描かれている。この点について、従来、画家の女性に対する嫌悪感、もしくは自身の葛藤(母との複雑な関係)にその理由を求めることが多かったが、本展では、ユトリロが絵葉書などの写真をもとにして風景画を制作していることを踏まえ、女性も記号化された表現と指摘する。
ニュアンスに富む「白い壁」の質感
3つの時代の中でも、ユトリロという画家を象徴するのが「白の時代」であることは、多くの人が認めるところだろう。「白」と一口に言っても、ユトリロの描く白い壁は、実に多彩なニュアンスに富む。特に近づいて作品を観れば、独特なざらついた質感に気づくだろう。この時期、ユトリロは漆喰や石膏、砂、時に鳥の糞などを絵具に混ぜ込み、外壁の質感の表現を追求している。

1912年 油彩/カンヴァス 61×82cm ポンピドゥセンター/国立近代美術館・産業創造センター(モンマルトル美術館寄託)©Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. GrandPalaisRmn / image Centre Pompidou, MNAM-CCI / distributed by AMF©Hélène Bruneau 2024
ブルターニュ地方の断崖絶壁の地に遺るサン=マチュー修道院の廃墟を描いた《廃墟の修道院》は、特に壁の質感の違いを感じられる作品だ。本作も絵葉書をもとにして描かれているが、実際の廃墟はこれほどの白さではないようで、建物自体は忠実に参考にしながらも、白さをまとうことで建物の象徴性を高めている。
修道院の石造りの壁は厚塗りで絵具の不均等に塗ることで、ごつごつとした質感を表す一方で、その周囲の家の壁や塀は滑らかな質感を感じさせる。白を基調としつつも、その質感を建物で変えることで、一層画面の奥に位置する廃墟の存在感が強調される。ユトリロの描写力が冴えわたる作品だ。
繰り返し描いたラパン・アジル

キャバレー「ラバン・アジル」を描いた3点の作品が並んで展示されている
ユトリロは、同じ建物や風景を繰り返し描いているが、本展では、その中でも「ラパン・アジル」に注目している。キャバレー「ラバン・アジル」は「跳ね兎」を意味し、経営者のフレデがユトリロの母・ヴァラドンの知人であった縁から、ユトリロも頻繁に通ったという。
馴染みのキャバレーであっても、その構図は絵葉書をもとにしており、キャバレーとその脇の小径の風景を描いた作品は300点を超えるとも言われている。本展では「ラバン・アジル」を描いた作品の初期作品を含む3点が並んで展示されている。同じ主題、構図でも時期によって描写が異なる。会場ではその違いにも注目したい。

1910年 油彩/カンヴァス 50×61.5cm ポンピドゥセンター/国立近代美術館・産業創造センター ©Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. GrandPalaisRmn / Bertrand Prévost / distributed by AMF ©Hélène Bruneau 2024
展示の後半、「色彩の時代」のセクションでは、油彩ではなくガッシュによる「ラバン・アジル」の作品も展示されている。厚く塗られた油彩と異なり、ガッシュの軽やかな質感は、カラフルな色彩と相まって、朗らかな雰囲気を作り出すのに貢献している。同一主題だからこそ、画風や材質によって作品の印象が大きく異なることに気づくだろう。
本展では、絵画作品だけでなく、ユトリロや身近な人々による手紙や手稿など、ユトリロの芸術をひも解く資料、日本でユトリロがどのように紹介されてきたか、その受容を示す雑誌などの資料も展示されている。画家の没後70年を記念して開催される本展、改めてユトリロという画家の魅力を感じたい。
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- SOMPO美術館|Sompo Museum of Art
160-8338 東京都新宿区西新宿1丁目26-1
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
会期中休館日:月曜日、10月14日、11月4日、11月25日
※ただし10月13日、11月3日、11月24日は開館