ランス美術館館長
マリー=エレーヌ・モントゥ=リシャール氏 インタビュー
晩年の藤田がたどり着いた芸術と信仰の境地に迫る、
ランス美術館のコレクションを特別公開
軽井沢安東美術館で「ランス美術館コレクション 藤田嗣治からレオナール・フジタへ」が開催

Vue du jardin du musée avant sa fermeture en 2019 pour de grands travaux de rénovation et d’extension © Reims, musée des Beaux-Arts,
文・構成 中島文子
編集 小林春日
エコール・ド・パリの画家として知られる藤田嗣治の生誕140周年を記念して、日本各地で趣向を凝らした展覧会が開催されている。藤田の作品だけを所蔵する軽井沢安東美術館は、開館3周年の節目と重ねて、ランス美術館との贅沢なコラボレーションを企画。2025年10月4日(土)から2026年1月4日(日)まで、「ランス美術館コレクション 藤田嗣治からレオナール・フジタへ 祈りへの道」を開催する。開催を目前にひかえ、ランス美術館館長のマリー=エレーヌ・モントゥ=リシャール氏に本展の見どころについてお話をうかがった。
ランス美術館館長 マリー=エレーヌ・モントゥ=リシャール氏 プロフィール
ランス美術館館長 兼 文化財主任学芸員。現在、ランス美術館、ヴェルグール博物館、フジタ礼拝堂の3つの施設を統括している。ランス美術館での専門は現代美術とグラフィックアート。また19世紀から20世紀の美術史の専門家として、ランスの美術館をはじめとする様々な機関での展覧会やイベントに関わる他、研究分野においても高く評価されている。講演や寄稿を通して、ランス美術館が所蔵する素描作品や版画作品の魅力を積極的に紹介している。現在、2027年のランス美術館のリニューアルオープンを控え、経営陣と共に改装計画を推進。来館者がアクセスしやすい美術館になるように入念に準備を進めつつ、観客を惹きつける企画展の構成をサポートしている。
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- 開館3周年記念企画 ランス美術館コレクション
「藤田嗣治からレオナール・フジタへ 祈りへの道」
開催美術館:軽井沢安東美術館
開催期間:2025年10月4日(土)〜2026年1月4日(日)
世俗を超越した、レオナール・フジタの芸術

Vue de l’abside de la chapelle Notre-Dame-de-la-Paix à Reims, Léonard Foujita (1966) © Ville de Reims / photo : Corentin Le Goff
軽井沢安東美術館の展示室4では、このフレスコ画を含む礼拝堂内部を体感できるような再現展示を予定している。
戦後、日本国籍を捨て、フランスに安住の地を求めた藤田。本展は、シャンパーニュ地方の中心都市ランスの大聖堂で洗礼を受け、レオナール・フジタとして歩み出したところからストーリーが展開する。軽井沢安東美術館所蔵作品をはじめ、ランス美術館からはレオナール・フジタとしての第1作目《聖母子》(1959年)を含む、デッサンを中心とする46作品を披露。そのほとんどが日本初公開作品であり、日仏のコラボレーションによる、これまでにはないアプローチで藤田の芸術を提示できることにマリー=エレーヌ・モントゥ=リシャール館長は期待をにじませる。
「戦後、藤田はフランスに戻り、フランス歴代の国王たちが戴冠式を行ったランスの地で1959年に洗礼を受けました。そして1963年から『平和の聖母礼拝堂(フジタ礼拝堂)』の建設計画に着手し、1966年に礼拝堂を完成させます。本展は、レオナール・フジタという洗礼名を受けてからの作家の晩年の人生を軸に構成され、狂騒の1920年代の画家というイメージからかけ離れた内省的な藤田の姿を明らかにします。今回、本展のために特別に修復したデッサンの数々を通して、創作のプロセスにも焦点を当てています。東西の境界を超え、藤田がどのように自己の探究心とインスピレーションを普遍的な作品に昇華させたのかを知る、またとない機会になると思います」
マリー=エレーヌ・モントゥ=リシャール館長が「当館において、藤田はまさしく中心的な位置を占めている」というランス美術館は、晩年の藤田が最後の妻となる君代夫人とともに洗礼を受け、精魂込めて礼拝堂を作り上げた土地にあるという意味でも藤田の芸術を総括する場としてふさわしいだろう。君代夫人の意志を継いだ遺族からの寄贈やフランスの主要機関からの委託により、現在、ランス美術館は、フランス最大規模の藤田コレクションを所蔵している。
「このコレクションは藤田を研究するのに不可欠な存在であり、当館の数世紀にわたるコレクション全体とも響き合い、国際的な芸術交流の価値を示しています。藤田は現代性と独特の感性で日本と西洋の伝統を融合させたという意味でも、当館の異文化への開放性を完璧に体現している芸術家です」
女性像から聖母像へ。内面の変容をなぞる

Vierge à l’Enfant (1959), Encre, lavis d'encre, feuille d'or et huile sur toile
Don de Léonard Foujita à la Cathédrale de Reims en 1959 Dépôt de l’association diocésaine de Reims Reims, Musée des Beaux-Arts / photo : Corentin Le Goff © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0929
乳白色の裸婦、少女像、戦争画、宗教画、多彩な作品群と波乱の人生を重ね合わせてしまうと、藤田がいったいどんな芸術家だったのか、その輪郭が曖昧になる。本展では、藤田芸術の集大成とも言える大作の制作過程を追いながら、藤田の表現の機微や精神性に触れられるような構成を試みている。
「晩年の傑作である『平和の聖母礼拝堂(フジタ礼拝堂)』のためのドローイングをじっくりご覧いただければと思います。これらの作品はとても繊細で展示される機会はめったにありませんが、そこに藤田の筆致の優美さと精神的な献身を確認することができます」
さらに、ランス美術館のコレクションと軽井沢安東美術館のコレクションと見比べながら展示を巡ることで、藤田芸術についてより深い考察ができるのではないかとマリー=エレーヌ・モントゥ=リシャール館長は語る。
「藤田芸術において象徴的な女性像が、次第に聖母像へと変化していく過程も興味深いと思います。軽井沢安東美術館のコレクションとも呼応し、藤田の内面の深い変容を知ることができるでしょう。また、16枚の装飾画からなる聖具室の扉の原画も必見です。中世絵画の伝統とモダニズムを融合させた、この芸術家ならではの手法が表れています」
2027年にランス美術館がリニューアルオープン。大規模な藤田の展示スペースが公開予定

実はランス美術館は2027年のリニューアルオープンをひかえ、現在休館中だ。美術館の拡張と近代化によって、アクセシビリティも格段に向上するとのこと。建築事務所アイレス・マテウスが担当する改装工事では展示スペースが倍増し、常設展、企画展ともに新たなスペースが設けられる予定だ。
「私たちは、当館の16世紀から20世紀にかけての豊富なコレクションを新たな鑑賞・教育普及の手法を組み合わせながら紹介し、国際的に開かれた生き生きとした場所、そして芸術と歴史ある街ランスの遺産にふさわしい美術館としてのリニューアルを目指しています」
リニューアル後のランス美術館には、新しく藤田の展示スペースも設けられる。生前、藤田は「できればミュゼ(美術館)はつくって死にたい」と日記に書き残したというが、その願いが遺族の思いとともに天に届いたのだろうか。藤田ファンにとって、ランス美術館にできる「フジタの部屋」は「平和の聖母礼拝堂(フジタ礼拝堂)」と同様に、重要な場所になることは間違いない。
「リニューアル後の美術館には、210㎡を超える広さの藤田の展示室が設けられます。藤田のアトリエから直接寄贈された、2300点を超える作品や資料で構成された特別なコレクションから、厳選して展示構成する予定です。イーゼルに架けられた絵画をはじめ、陶器や私物、書類など、藤田の私的な世界に浸れるような体験をご提供したいと思っています。とくに素描作品は非常に繊細なものが多いので、作品保護のためにも定期的に展示替えを行う予定です」
「『平和の聖母礼拝堂(フジタ礼拝堂)』という総合芸術の全容に迫るべく、関係資料やデッサンを一覧できる特別なスペースも用意しています。さらにこの展示室は、日本とコート・ダジュールを経由し、パリから南米へと旅した藤田の制作スタイルの変遷を確認できる、フランスで唯一の場所になるはずです」
ランス美術館のリニューアルオープンが待ち遠しいが、日本でより多くの藤田作品に出会いたいと思う方も多いだろう。10月4日から軽井沢安東美術館で始まる、開館3周年記念企画展「ランス美術館コレクション 藤田嗣治からレオナール・フジタへ 祈りへの道」は、その大半が、ランス美術館から日本に初めて貸し出されたものばかりで、見逃せない大変貴重な機会だ。
軽井沢安東美術館の館長である水野昌美氏は、この展覧会が、両美術館の学芸チームの協働の成果であることを強調する。ランス美術館と軽井沢安東美術館との協働だからこそ、立ち現れてくる藤田嗣治の新たな側面にも期待が高まる展覧会だ。マリー=エレーヌ・モントゥ=リシャール館長に今後のコラボレーションの可能性について聞くと、希望に溢れた答えが返ってきた。
「今回の展覧会で私たちは重要な一歩を踏み出したことになりますが、今後も他のプロジェクトでこの協力関係が続くことを期待しています。ランス美術館と軽井沢安東美術館は、藤田作品への情熱と作品をできる限り多くの人々と分かち合いたいという思いを共有することで、信頼が築かれています。将来的に、コレクションの交換や共同出版、研究プログラム、さらにはより幅広い対象に作品にアクセスしてもらうためのデジタルプロジェクトの計画なども考えられます。ランス美術館のリニューアルで可能性が広がり、軽井沢安東美術館との連携を深めていけたら嬉しく思います」
藤田の芸術に真摯に向き合う2つの美術館によって、まだ見ぬ藤田像が発掘されるかもしれない。日仏のコラボレーションから、研究が新たなステージに進むことを期待したい。

- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
- 軽井沢安東美術館|Musée Ando à Karuizawa
389-0104 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東43番地10
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
休館日:水曜日(祝日の場合は翌平日) 12月31日、1月1日
アクセス:軽井沢駅北口から徒歩8分
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