水戸に湧いた、美の新しい泉、
梅咲く季節に開館したクヴェレ美術館の挑戦
クヴェレ美術館 開館記念展Ⅰ「Meet 美の交差点」が2026年7月5日まで開催

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構成・文・写真:森聖加
茨城県水戸市に新しい“美の泉”が湧いた。ドイツ語で「泉」を意味する名を冠したクヴェレ美術館だ。3期にわたる開館記念展「Meet 美の交差点」の第1期では、茨城県にゆかりの作家を中心とした日本画と東洋陶磁の名品をコレクションから厳選して展示。市民に開かれた美術館を目指す同館の理念とともに、その見どころをレポートする。
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- 「クヴェレ美術館 開館記念展Ⅰ Meet 美の交差点 近代日本画と東洋陶磁」
開催美術館:クヴェレ美術館
開催期間:2026年2月14日(土)〜7月5日(日)
※全絵画作品と一部工芸作品は前期(~4/22)と後期(4/28~)で展示替えあり
※作品はすべてクヴェレ美術館蔵
「偕楽」の精神を受け継ぐ、市民に開かれた美術館
クヴェレ美術館は、2026年2月14日、水戸市泉町に誕生した文化施設「テツ・アートプラザ(TAP)」内に開館した。同施設は、明治42年(1909)に建てられた歴史的洋風建築・旧川崎銀行を活用したホールを中心に、左右に新設した美術館、カフェからなる。

美術館では、哲文化創造公益財団法人 理事長の福田三千男氏が収集した日本近現代絵画と工芸作品、市内のコレクター故・吉田光男氏より寄贈されたシルクロードにまつわる仏教美術や陶磁器など約630点を所蔵。開館記念展では、コレクション屈指の名品群が公開されている。志賀秀孝館長は、美術館を「これから皆でつくっていく場所」と語る。完成された制度や権威を示す場ではなく、訪れる人々の記憶や感情が重なり合い、ゆっくりと形を成していく場所。水戸の歴史を土台に、未来へ向けた第一歩が静かに踏み出された。

漆を用い、水戸の職人の結晶体としての空間をつくりあげた
玄関ホールでは、カラフルな流水に浮かぶ梅の花を表現したフレスコ画「玉龍泉流梅図」が来館者を出迎える。水戸の象徴ともいえる偕楽園の梅と湧水泉である「玉龍泉(ぎょくりゅうせん)」をモチーフに、丹羽洋介氏が制作したものだ。水戸藩主・徳川斉昭(なりあき)が理想とした「皆で楽しむ=偕楽」の精神を、この美術館もまた受け継いでいる。
理念を体現するように、入館料は大人700円、高校生以下は無料とした。併設のクヴェレホールは無料開放され、弁当を持参してくつろぐこともできる。美術鑑賞のハードルを下げ、誰もが五感で「これが好き」と感じられる作品と気軽に出会って欲しい、と志賀館長は開館の挨拶を締めくくった。

大観、春草、観山……茨城ゆかりの作家たち
開館記念展第1期「Meet 美の交差点」では、日本画と工芸、東洋陶磁など異なるジャンルが交差する展示内容になっている。2階展示室では、福田コレクションを軸に「優美」と「たおやか」をキーワードとする、茨城ゆかりの作家による近代日本画が並んだ。冒頭を飾るのは水戸出身の日本画家、横山大観の「不二霊峰」だ。生涯を通じて富士を描き続けた大観にとって、富士は自己を映す鏡でもあった。澄んだ空気感と気品ある構図が、展示の幕開けにふさわしい。


幼少期を水戸で過ごした菱田春草の「帰帆図(夕帆)」は、輪郭線を排し、ぼかしによって空気を描いた朦朧体(もうろうたい)の秀作。線を用いず、光と色のにじみで世界を表そうとする姿勢は、西洋の印象派とも響き合いながら、日本独自の近代を切り拓いた。牛久で活躍した小川芋銭が河童を描いた「河伯安住所(かはくあんじゅうしょ)」は、1930年にローマで開催された「日本美術展覧会」出品作で本展の目玉のひとつ。さらに下館(茨城県筑西市)出身の板谷波山作「葆光彩磁延壽紋様香爐(ほこうさいじえんじゅもんようこうろ)」など工芸の名品も並び、展示空間に奥行きを与えている。

波山独自の光を包み込むような釉薬技法「葆光彩(ほこうさい)」の
美しさが映えるよう展示に工夫を凝らした
竹内栖鳳は京都出身だが、茨城・潮来の景色に魅せられたびたび同地を訪れて「水郷」を描き、地域の縁を示す。美人画の東西の横綱ともいえる鏑木清方、上村松園に加えて、速水御舟や棟方志功らの作品も並ぶバラエティに富んだラインナップが楽しめる。本展のなによりの魅力は、こうした大家の作品を極めて近い距離で鑑賞できることだ。松園の「雪」の美人が頬を赤く染め、舞い散る雪のなか、傘を差して歩く姿をじっと間近に眺められる至福を味わいたい。
個人邸の書斎で出会う、工芸とシルクロードの美
館のロゴマークのモチーフとなったマーティン兄弟による「ふくろう」の展示コーナーを鑑賞して、階段を下りると、展示の雰囲気は一変する。1階では、吉田光男氏のコレクションから、シルクロードの仏教美術、ガラス、陶磁器が並ぶ。木製のケースと柔らかな照明で、個人コレクターの書斎を思わせる温かみのある設えを整え、作品との距離をぐっと縮めている。


日本には正倉院を含め同種のものが伝わっている【通期展示】
ササン朝ペルシアのガラス碗「白瑠璃椀」は、日本に伝わったペルシア系ガラスの代表例で、シルクロードの最終到達点としての日本を象徴する遺物だ。さらに中国陶磁、朝鮮半島の古陶が静かに呼応し、地域を越えた工芸の対話が生まれている。完璧な状態を重んじる中国陶磁では、ヒビや欠けのない「完品」が古来より特に珍重されてきた。そうした完品がまとまって鑑賞できる機会も貴重だ。
この空間にはまた、「小さきもの」に心を寄せた吉田氏のまなざしも息づいている。手のひらに載るほどの小品が特製ケースに収められ、細やかな文様や釉薬の表情を間近で味わえる。


さらに奥へ進むと、日本の焼き物が並ぶ。歪みや景色に味わいを見いだす日本の陶磁器は、もともと暮らしの器であり、毎日手に取る茶碗と美術館の展示品は決して遠い存在ではない。その距離の近さが展示から静かに伝わってくる。「Meet 美の交差点」は、美術のジャンルや地域、時代を越えた出会いを促す試みだ。水戸から世界へ、そして再び日常へ。往還する美の流れが、この地に静かに息づいている。
