FEATURE

瀬戸内国際芸術祭―アートで紡ぐ大島の記憶
隔離の歴史を越え、生に向き合う想像の息吹

ハンセン病罹患者が強制的に収容され、隔離生活を強いられてきた大島(香川県高松市)。
島に暮らす人々と対話を重ねながら制作をつづけるアーティストに出会う

アート&旅

ハンセン病罹患者が強制的に収容され、隔離生活を強いられてきた大島(香川県高松市)。
田島征三よってつくられた庭園《森の小径》に、2025年に加わった作家による初めての石彫作品。何を表現した作品なのだろうか?
Photo: Kasuga Kobayashi
ハンセン病罹患者が強制的に収容され、隔離生活を強いられてきた大島(香川県高松市)。
田島征三よってつくられた庭園《森の小径》に、2025年に加わった作家による初めての石彫作品。何を表現した作品なのだろうか?
Photo: Kasuga Kobayashi

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構成・文・写真:森聖加

高松港の沖合約8kmに浮かぶ、白浜と青松が目印の大島は、瀬戸内国際芸術祭の総合ディレクター、北川フラム氏が第1回目の芸術祭開催を決めた際、その参加を特に望んだ島だ。面積約0.62k㎡という小さな島に、中国・四国地方のハンセン病罹患者が強制的に収容され、隔離生活を強いられてきた。「瀬戸内国際芸術祭2025」を紹介する記事の第2弾では、この大島にフォーカス。島に暮らす人々と対話を重ねながら、歴史に向き合い制作をつづけてきたアーティストの作品を紹介する。

高松港からフェリーで約20分。大島の白浜が見えてくる
高松港からフェリーで約20分。大島の白浜が見えてくる
瀬戸内国際芸術祭2025
開催地:直島/豊島/女木島/男木島/小豆島/大島/犬島/高松港エリア/宇野港エリア/瀬戸大橋エリア/志度・津田エリア/引田エリア/宇多津エリア/本島/高見島/粟島/伊吹島
開催期間:春会期/2025年4月18日~5月25日
     夏会期/2025年8月1日~8月31日
     秋会期:2025年10月3日~11月9日
公式サイト:https://setouchi-artfest.jp

若葉が茂り、土から草がワッと出る。内から湧き出る気持ちを石に込めて

絵本作家・美術家 田島征三
Photo: Kasuga Kobayashi
絵本作家・美術家 田島征三
Photo: Kasuga Kobayashi

「庭の手入れをはじめて12年間で木々が大きく育ちました。今年は初めてヤマモモに花が咲き、グミにも赤い実がなっています。寝たきりの入所者の方々もストレッチャーでこの庭をめぐれば、頭上に青葉を見ることができます。そうしたビジュアルが、彼らの生きる力をかき立ててくれるんじゃないか、そんな希望を込めて庭をつくりました」

今年85歳になる絵本作家で美術家の田島征三(たしま せいぞう)が瀬戸内海の大島で最初の作品を制作、発表したのは2013年のことだった。大島には国立ハンセン病療養所 大島青松園(せいしょうえん)がある。島は1909(明治42)年に療養所が設置されて以降、全体が中国・四国地方のハンセン病患者を強制隔離する場となり、一時は700人を超える人が収容された歴史をもつ。

田島征三《森の小径》。潮風に弱い植物、強い植物を組み合わせて見事な庭園に仕立てた
Photo: Kasuga Kobayashi
田島征三《森の小径》。潮風に弱い植物、強い植物を組み合わせて見事な庭園に仕立てた
Photo: Kasuga Kobayashi

ハンセン病は、らい菌が引き起こす慢性感染症で、皮膚や末梢神経に影響を及ぼす。戦後すぐに治療法が確立されたものの、国の誤った政策で多くの人が日本各地の療養所に留められ、差別的な扱いを受け続けた。1996(平成8)年に、ハンセン病患者の強制隔離を規定していた「らい予防法」は廃止され、患者の権利回復と社会復帰支援を目的とする法律も制定。しかし、病気の治療を終えても社会復帰は難しく、大島には平均年齢86歳を超える29人の入所者が現在も暮らしている。

田島の作庭作品《森の小径》は、かつての独身寮、五軒長屋につくった作品《青空水族館》と《「Nさんの人生・大島七十年」―木製便器の部屋》の間にある。後者は、田島が同郷の高知県出身者Nさんと出会い、飲み友達として親交を深めながらつくりあげた作品だ。Nさんがどのように島に連れてこられ、労働を強いられたか。結婚して妻が身ごもるも中絶させられこと。治療法確立後も隔離政策を先導した医師に対する怒り――大島で70年以上に及んだNさんの人生を5つの部屋で立体的につづる作品は、見る者の心を揺さぶらずに置かない。

田島征三《青空水族館》。大島の歴史からインスピレーションを受け、漂流物や廃棄物を用いて立体絵本化した作品を室内で展開
田島征三《青空水族館》。大島の歴史からインスピレーションを受け、
漂流物や廃棄物を用いて立体絵本化した作品を室内で展開
田島征三《「Nさんの人生・大島七十年」―木製便器の部屋―》2019年の制作
Photo: Keizo Kioku
田島征三《「Nさんの人生・大島七十年」―木製便器の部屋―》2019年の制作
Photo: Keizo Kioku

「《青空水族館》を2013年につくったとき、すでに寮の一部が壊されて廃材が積まれていました。だから部屋から出ると嫌な風景だったんです。大島には春にヤマツヅジが咲きます。島の人たちは以前、ヤマツツジのある山上に東屋をつくり、お弁当を食べたり、お酒を飲んで楽しんでいたけれど、今、(みな高齢のため)そこへ行ける人はいません。それでツツジも森に降ろしてきました。入所者さんには、『花を咲かせるどころか、枯れるんだからだめだよ』と言われていたけれど、見事に花が咲きましたよ」

「鉄の彫刻はつくったことがあったけど、石は初めてだったので途中で立ち往生しました。
庵治の石屋TATAさんが僕の想いを形にしてくれた」と田島
「鉄の彫刻はつくったことがあったけど、石は初めてだったので途中で立ち往生しました。
庵治の石屋TATAさんが僕の想いを形にしてくれた」と田島

2025年、《森の小径》に作家にとって生まれて初めての石彫作品が加わった。高松特産の庵治石(あじいし)を使っている。「石の中から石が湧き出る。自治会長さんもお医者さんも力のわく形にワクワクしてくれました。庭のつくばいではありませんが、そんな場所にしたいと考えました。植物って若葉が茂り、草が土から出てくるとき、ウワッと伸びる瞬間があります。彫刻はエネルギーが内から表に出てくる様子であり、大島に住んでいる人たちに苦しい気持ちを吐き出してくださいという思いも込めています。Nさんの憤りを聞いて外に出ると庭と畑がある。ハンセン病は歴史上の問題ではなく、今ここに住んでいる方、そして私たちの問題なのだということを植物と作品を組み合わせることで伝えたいのです」

元独身寮の他の棟ではアーティストの山川冬樹が《歩みきたりて》で、
大島に生きた歌人、政石蒙(まさいし もう)の人生に向き合う作品を発表している
元独身寮の他の棟ではアーティストの山川冬樹が《歩みきたりて》で、
大島に生きた歌人、政石蒙(まさいし もう)の人生に向き合う作品を発表している
療養所が開設されて間もなく香川県三豊郡(現・三豊市)の住職とその弟子が大島でも四国霊場八十八か所めぐりができるよう支援者をつのり、石仏をまつって大正初期に北山を四国に見立てた「八十八カ所」を完成させた。ピンクの花がヤマツツジ
療養所が開設されて間もなく香川県三豊郡(現・三豊市)の住職とその弟子が大島でも
四国霊場八十八か所めぐりができるよう支援者をつのり、石仏をまつって大正初期に北山を
四国に見立てた「八十八カ所」を完成させた。ピンクの花がヤマツツジ

島という拘束された場所から、自力で道を切り開いて

現代アーティスト、鴻池朋子。作品《リングワンデルング》は、その昔、大島の療養所に入所していた若い患者が切り拓いた道を最初はスタッフとたった2人で、その後は植木職人やこえび隊の方々とともに再び整備して復活させたもの。「作業の過酷さは、体験していない人には簡単に教えられないわ」とほほ笑んだ。
現代アーティスト、鴻池朋子。作品《リングワンデルング》は、その昔、大島の療養所に入所していた若い患者が切り拓いた道を最初はスタッフとたった2人で、その後は植木職人やこえび隊の方々とともに再び整備して復活させたもの。「作業の過酷さは、体験していない人には簡単に教えられないわ」とほほ笑んだ。

青く輝く穏やかな瀬戸内の海が、多くの人々を生まれ育った土地から物理的に隔てる障害だった。悲しい歴史の事実だ。わずか8km先、対岸には自由な暮らしがある。過去には大島の不自由な生活から逃れようと、実際に海を泳いで渡ろうとする人も絶えなかったそうだ。海を渡ることはなくとも(出来なかった人も多いだろう)、島の外側の景色を見たいという入所者の想いは強かった。

アーティストの鴻池朋子が、大島の北山と呼ばれるエリアにかつてあった道を整備し復活させたのが《リングワンデルング》だ。1933年、若い患者たちが自力で山をぐるりと一周する1.5kmの道をつくった。「相愛の道」と呼ばれたその道は長いあいだ閉ざされてきたが、鴻池とスタッフたちが再び切り開いてきた。2022年には崖下の浜へ降りる石組みの階段をつくった。それは円環で閉じる島から脱出し、生き延びるための抜け道だ。今年は尾根沿いにあった頂上へのルートを探し出し、復活させる予定という。

鴻池朋子による《リングワンデルング》の構想ノート
鴻池朋子による《リングワンデルング》の構想ノート
鴻池朋子《物語るテーブルランナー in 大島青松園と指人形》には2025年、語り部としての指人形が加わった。展示会場の《{つながりの家}カフェ・シヨル》はやさしい美術プロジェクトによる作品。大島を味わいながら、語らいを楽しむ場だ
鴻池朋子《物語るテーブルランナー in 大島青松園と指人形》には2025年、語り部としての指人形が加わった。
展示会場の《{つながりの家}カフェ・シヨル》はやさしい美術プロジェクトによる作品。
大島を味わいながら、語らいを楽しむ場だ

鴻池がカフェ・シヨルで展示中の《物語るテーブルランナー in 大島青松園と指人形》のランチョンマットにも入所者の方によって語られた「相愛の道」のエピソードが手芸で再現されていた。「ただ美しい景色を眺めたいだけじゃあなくて、島という拘束された場所から、自力で道を切り開くという思いもあったんじゃないかなあ。」とエピソードを寄せた脇林清さんのことば。

鴻池朋子《物語るテーブルランナー in 大島青松園と指人形》のランチョンマットには
島の人々の物語を手芸で再現した。写真は「相愛の道」についてのエピソード
鴻池朋子《物語るテーブルランナー in 大島青松園と指人形》のランチョンマットには
島の人々の物語を手芸で再現した。写真は「相愛の道」についてのエピソード

ランチョンマットの4人の人物は、白杖をついているから、目が不自由な人たちが「相愛の道」を歩く様子だ。これは脇林さんをとても驚かせたエピソード。このほか、ひとつひとつのマットに添えられた文章はぜひ、会場で確認してほしい。

入所者の方々が昭和8年に切り拓いた「相愛の道」で、畑があった場所。鴻池はこの場所を「パーマカルチャーの人たちが集う場所にしても楽しそう」と目論む
入所者の方々が昭和8年に切り拓いた「相愛の道」で、畑があった場所。
鴻池はこの場所を「パーマカルチャーの人たちが集う場所にしても楽しそう」と目論む
大島「桜公園」からの眺め。左奥に見えるのは屋島の尾根。これほど近くに見えながら戻ることのできなかった土地
大島「桜公園」からの眺め。左奥に見えるのは屋島の尾根。これほど近くに見えながら戻ることのできなかった土地

大島では瀬戸内国際芸術祭サポーター・こえび隊による無料のガイドに参加して歴史とともにアートに触れたい。また、<瀬戸内国際芸術祭2025公式ツアー>として「アートを道標(みちしるべ)にハンセン病を学ぶ旅」も5月中にあと2回予定されている。《リングワンデルング》の険しい「崖下の浜へ降りる階段」を特別鑑賞するチャンスは希少だ(詳しくはオフィシャルサイトをご確認ください)。

瀬戸内国際芸術祭2025
開催地:直島/豊島/女木島/男木島/小豆島/大島/犬島/高松港エリア/宇野港エリア/瀬戸大橋エリア/志度・津田エリア/引田エリア/宇多津エリア/本島/高見島/粟島/伊吹島
開催期間:春会期/2025年4月18日~5月25日
     夏会期/2025年8月1日~8月31日
     秋会期:2025年10月3日~11月9日
公式サイト:https://setouchi-artfest.jp

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