「瀬戸内国際芸術祭2025」春会期がスタート。
瀬戸内海の島々に加えて、沿岸部エリアが拡充

構成・文・写真:森聖加
2010年にスタートし、3年に1度開かれてきた「瀬戸内国際芸術祭」。第6回目となる今年の「瀬戸内国際芸術祭2025」は春・夏・秋の3会期、計107日間の開催だ。瀬戸内海の島々と沿岸部を含む全17エリアを会場に、37の国と地域から218組のアーティストが参加する。この記事では高松港エリア、瀬戸大橋エリア、直島、犬島ほか、春会期の見どころを中心に紹介する。
- 瀬戸内国際芸術祭2025
開催地:直島/豊島/女木島/男木島/小豆島/大島/犬島/高松港エリア/宇野港エリア/瀬戸大橋エリア/志度・津田エリア/引田エリア/宇多津エリア/本島/高見島/粟島/伊吹島
開催期間:春会期/2025年4月18日~5月25日
夏会期/2025年8月1日~8月31日
秋会期:2025年10月3日~11月9日
公式サイト:https://setouchi-artfest.jp
国内外の人々を迎える高松港エリアが「歓待の港」に

日本のみならず世界中から、「瀬戸内国際芸術祭」には期間中、100万人を超える人々がやってくる。そんな国際的アートの祭典の核となる地域が高松港エリアだ。港のほかJR高松駅、バスターミナルなどが集積するサンポート高松周辺には2025年2月、建築家ユニット SANAA(サナア)の設計で香川県立アリーナ「あなぶきアリーナ香川」もオープン。同エリアでは「高松港プロジェクト」と題して、大勢の訪問客を迎え入れる表玄関、かつ人々が瀬戸内に浮かぶ島々や沿岸の各会場へと向かう交流の拠点としての充実が図られた。

開幕に先立つ4月15日の午後、高松港では「そらあみ合体式」が行われた。《そらあみ》はアーティストの五十嵐靖晃が瀬戸内国際芸術祭では2013年以降、継続して取り組むプロジェクト。世界で同じ編み方がされる漁網を、瀬戸内の島々の住人やボランティアで参加する人たちとともに編んで空に掲げることで、人と人、海や島の記憶をつなぐ。青やエメラルドグリーン、オレンジといった5つの網の色は、快晴の清々しい朝や太陽の沈む夕刻など、季節や時間によって異なる表情を見せる瀬戸内の海の色。島へと向かう人たちには手向けに、あるいはその帰り道の目印として、心に刻まれることになるだろう。

同じく高松港では、写真家ホンマタカシの展示「SONGS-ものが語る難民の声」がトレーラーハウス型ギャラリーで展開されている。展示はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)との共催で実現したものだ。ホンマは東京近郊に暮らすシリアやウクライナ、インドネシアからの難民や、バングラデシュ、コロンビアに暮らす人々を訪問。祖国を離れざるを得なかった50人あまりに話を聞き、彼らの「大切なもの」といっしょに撮影を行った。話すことよりも歌うことでしか思いを伝えきれない人々もいたとホンマは言い、紡がれた言葉はすべてが歌、そんな思いを込めてのタイトル「SONGS」だ。

ギャラリー内では写真やエピソードを載せたタブロイド版も配布している。
島々を移動するなかで難民の人たちの物語を読んでもらえたら、とホンマは話す

源平合戦の地、屋島で土地の歴史とアートに触れる
高松市北東部、高松港から車で30分ほどの場所に位置する屋島は、平安時代末期の治承・寿永の乱の重要な舞台だ。特に1185年の「屋島の戦い」における、那須与一の「扇の的」のエピソードが名高い。ここでは、四国村ミウゼアムと高松市屋島山上交流拠点施設「やしまーる」の2会場をめぐった。

「やしまーる」の中庭で展開される展示のタイトルは「屋島アートどうぶつ園─海と森のむこうがわ」。瀬戸内海の豊かな生態系を起点として、海や陸の生物をモチーフに9名のアーティストが作品制作を行っている。庭に遊び、くつろぐ生き物たちはどれもヒューモラス。館内には油絵とジオラマを一体化させた日本唯一の「パノラマ館」があり、「屋島の戦い」をモチーフにした臨場感たっぷりのアートも合わせて堪能したい。

現代美術家の保科豊巳によるもの。19世紀初頭にヨーロッパや明治期の日本で流行した

瀬戸大橋エリアは春会期のみの開催。全新作の「瀬居島プロジェクト」
香川県には陸続きなのに、島と呼ばれる場所がいくつかある。それは、かつては実際に島だったためである。源平合戦の時代には島だった屋島が四国と陸続きになったのは、江戸時代の1637年(寛永14年)。一方、坂出市の沙弥島(しゃみじま)と瀬居島(せいじま)は、1960年代に臨海工業地帯造成のための大規模な埋め立てにより四国のメインアイランドと陸続きになった。沙弥島にはその昔、柿本人麿(ひとまろ)が島に立ち寄り詠んだといわれる歌が伝わり、浜には碑も建立されている。そんな地域に瀬戸大橋が開通したのは1988年のことだった。
芸術祭ではこれまでの沙弥島会場に瀬居島が加わり、「瀬戸大橋エリア」という名称として会場に加わった。瀬居島では少子高齢化や地域からの人口流出により2024年に廃校となった旧瀬居中学校や、旧瀬居小学校、旧瀬居幼稚園などを舞台に16組のアーティストが作品を展開する。中﨑透のディレクションによる瀬居島プロジェクト「SAY YES」はすべてが新作。タイトルは言わずもがなの、1990年代のあの大ヒットドラマの主題歌に由来する。

幼稚園での中﨑のインスタレーション《Say-yo, chains, what do you bind or release?》では、地域に暮らした人々から聞き取ったエピソードとともに、作品を展開。時に人を守り、あるいは縛りもするchain=鎖。作品は、この地を訪れたときに見た1本道から連想された「鎖」がイメージソースという。
各作家たちは、各施設の教室や職員室などに残された備品を活用し、地域の歴史を掘り起こしつつ、自身の人生を重ね合わせながら、それぞれの創作を発表している。

理科室に残された資料や実験器具を再構成して、新撮の写真シリーズ「静物畫─旧瀬居小学校」に
Photo:Kasuga Kobayashi

Photo:Kasuga Kobayashi

Photo:Kasuga Kobayashi


進化を続ける「直島」。近代遺構と花でいろどる「犬島」
アートを通じて瀬戸内地域の魅力を再発見し、人口減少や高齢化が進む島々のコミュニティ再生を目指す文化的ネットワーク創出に寄与してきた瀬戸内国際芸術祭。なかでも直島は、芸術祭が誕生する以前の1980年代から現代アートと建築を媒介とした地域づくりを進め、アートを通じた地域活性化のはじまりといえる場所だ。活動の中心にはベネッセアートサイト直島があり、安藤忠雄の各建築群、草間彌生の《赤かぼちゃ》、「家プロジェクト」などの常設展示が世界中の人々を惹きつけている。

島の東側に位置する本村地区では、民家を展示空間とした「Ring of Fire - ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」が新たに公開中だ。韓国のヤン・ヘギュとタイのアピチャッポン・ウィーラセタクンによる協働作は「昼」と「夜」で構成され、太平洋を囲む火山帯(リング・オブ・ファイヤー)に自然界の営みの連続性を見出した。昼はヤンの鈴による音の彫刻と切り絵のランタン、夜はヤンの作品にウィーラセタクンによるサウンドと映像、照明が加わり儀式のような幻想的な時間が流れる。同地区では5月31日に「直島新美術館」の開館が予定されていて、これからの展開も見逃せない。

宮浦のフェリー乗り場の近くにある、瀬戸内「 」資料館/宮浦ギャラリー六区は、下道基行(したみち もとゆき)が2019年より進めるプロジェクト。地域の人々や専門家やアーティストと協働して、瀬戸内海地域の景観・風土・民俗・歴史などを調査、展示、アーカイブする資料室としての役割を担う。

Photo:Kasuga Kobayashi
「瀬戸内「 」資料館」という、「 」が入った不思議な館の名前は、テーマを変えて開催する調査報告展の名称を自由に入れられるようにするため。春会期と夏会期はマレーシアの文化活動家である、ジェフリー・リムとコラボレーションで《瀬戸内「漂泊 家族」資料館》と題した展示を展開。直島諸島の漂着物からカメラを手づくりし、直島に住む人々を撮影した写真を展示している。

ベネッセハウス ミュージアムは、安藤忠雄の直島におけるプロジェクト第一号として開館33年目を迎えた。高台から瀬戸内海を望む絶好のロケーションにある滞在型美術館は宿泊施設を併設し、「自然・建築・アートの共生」のコンセプトを堪能できる。館では2月に展示替えを行い、初期コレクションから厳選したサイ・トゥオンブリー、ジャン=ミシェル・バスキア、イヴ・クラインらの現代アートの作品群や、フランク・ステラによる高さ6メートルを超える《グランド・アルマダ》などをゆったり鑑賞することができる。


Photo:Kasuga Kobayashi
直島から向かったのは岡山市唯一の有人島である犬島。瀬戸内海の東側、犬島諸島最大の島だ。島では江戸時代に花崗岩の採石が盛んに行われ、ここで採れた石は大坂城などの築城に使われた。また、1909年に建てられた銅製錬所では最盛期には2000人を超える人が働いたという。ただし、現在の島の人口は30人あまり。人口減少と高齢化という課題に直面している。小さな島は徒歩で回ることができるから、点在するアートを鑑賞しながら地域の学びを進めよう。


犬島精錬所美術館は、すでに述べた銅製錬所の遺構を保存・再生した美術館だ。銅製錬所は創業からわずか10年で、銅の価格暴落のあおりを受けて閉鎖。100年ものあいだ放置されていたものを、建築家 三分一博志(さんぶいち ひろし)が煙突やカラミ煉瓦を活かし、また自然エネルギーを活用する建築としてよみがえらせた。アートは柳幸典(やなぎ ゆきのり)。作家、三島由紀夫が生前に暮らした住宅、『英霊の聲』のテキストを引用しながら、日本の近代化に対する問いを静かに投げかける。

盆踊りが行われる“ちびっこ広場”にて。眺めるだけでなく、自由に触れられる作品
この作品にここで出会ってからまもなく、突然の悲しい知らせが届いた。
大宮エリー氏のこれまでの多彩な活動に敬意を表するとともに心よりご冥福をお祈りしたい。
Photo:Kasuga Kobayashi

を開催。詳しくはベネッセアートサイト直島の公式サイトを参照
島内に点在し、人々の交流を促す場を提供する大宮エリーの作品「INUJIMAアートランデブー」を鑑賞しながら20分ほど歩くと、建築家 妹島和世+明るい部屋による《犬島 くらしの植物園》にたどり着く。ここは見て楽しむだけの庭ではなく「行動する庭」がコンセプト。来訪者自らが庭の手入れに積極的にかかわる「リレー」を促すことで、より豊かな庭づくりを目指す。さまざまな植物のなかにはエディブルフラワーもあり、ワークショップなどでは庭で採れたハーブをつかったお茶の提供も。アーティストの小牟田悠介(こむた ゆうすけ)、フラワー&ガーデンユニット、明るい部屋の橋詰敦夫らは、「芸術祭期間には人口わずか30人の島に大勢の人々が詰めかけます。犬島が観光で消費されるだけの島にならないよう、プロジェクトを深化させていきたい」と語った。

2021年8月に台風9号の影響で破損した、ベネッセハウス ミュージアムの屋外作品、草間彌生の《南瓜》が復元制作を経て、2022年10月4日に同じ場所に設置された。《南瓜》とともに撮影すべく列をなす旅行客ら。
Photo:Kasuga Kobayashi
- 瀬戸内国際芸術祭2025
開催地:直島/豊島/女木島/男木島/小豆島/大島/犬島/高松港エリア/宇野港エリア/瀬戸大橋エリア/志度・津田エリア/引田エリア/宇多津エリア/本島/高見島/粟島/伊吹島
開催期間:春会期/2025年4月18日~5月25日
夏会期/2025年8月1日~8月31日
秋会期:2025年10月3日~11月9日
公式サイト:https://setouchi-artfest.jp
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