アニメ『チ。』の世界に没入して
「知」の感動を体験する
特別展「チ。 ―地球の運動について― 地球(いわ)が動く」が、日本科学未来館にて2025年6月1日(日) まで開催中

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漫画家・魚豊(うおと)による『チ。―地球の運動について―』は 2020年9月から2022年4月まで小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載された。15世紀のヨーロッパ某国を舞台に、「地動説」を命懸けで探究する人々を描いた物語で、第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞ほか、数々の賞を席巻。単行本の累計発行部数は 500万部を突破している。
日本科学未来館で開幕した 特別展「チ。 ―地球の運動について― 地球(いわ)が動く」は、アニメの壮大な世界を辿りながら、作中の重要なテーマである「地動説」、そして「知の探求」の悦びを体感できる展示になっている。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 特別展「チ。 ―地球の運動について― 地球(いわ)が動く」
開催美術館:日本科学未来館
開催期間:2025年3月14日(金)〜6月1日(日)
アニメの名シーン・名言と共にたどる「知」の探求
物語は、大学に飛び級で進学するほどの神童・ラファウの物語から始まる。彼が生きる国では、とある研究が異端信仰として弾圧されていた。それが「地動説」だ。神が創造した地球こそが中心であり、太陽も他の惑星も地球の周囲を回っていると考える「天動説」こそが絶対とされており、「地動説」を唱える者、研究する者は「異端」として弾圧、拷問を受け、改心しなければ死刑となる。


ある時、ラファウはフベルトという学者と出会う。彼は地動説を研究したことで投獄されていたが、改心の意を示し釈放され、ラファウの養父を頼りにしたことで、ラファウの前に現れた。フベルトはラファウの知性の高さ、何より天文に魅せられていることを知り、自身の代わりに天体の観測をさせ、地動説の可能性を説いた。地動説に感銘を受けたラファウは独学でその証明に取り組むが、ある時、異端審問官にバレてしまう。フベルトはラファウにかかった嫌疑を自身に向けさせ、ラファウに研究を委ねると死刑となった。フベルトの思いは、ラファウへ。そしてラファウが残した記憶と記録は、さらに次の時代へ――。

『チ。』は、そうした「知」への探求心と情熱の連鎖の物語だ。本展ではその物語を、名シーン、名言と共に振り返る。一部にはアニメの世界を再現したエリアもあり、物語の世界への没入感も高い。

ラファウたちの感動を追体験する
本展では、作中に登場する重要なアイテムや研究について、体験できるコーナーが随所に設けられている。第1章のエリアでは「アストロラーベ」。中世における天文観測道具のアストロラーベは、現代の私たちにとっては馴染みのない道具だが、本展ではそのレプリカに実際に触れることで、ラファウが星を観測した時の状況を追体験できる。


光源を太陽、球体を金星と見立て、両者の位置関係の違いで、球体の光が当たった部分の見え方が変わることを再現。
作品の第2章では、地動説の証明を試みる修道士・バデーニと、庶民で無学ながら、研究する者の意思、そして「知ることの感動」を後世に伝えることを決意したオクジーの物語が展開する。この中で重要となるのが金星の満ち欠けだ。彼らは地動説の証明のために「金星が満ちるかどうか」の観測を始める。天動説では金星が常に太陽の内側を回るため金星が半月状よりも満ちることはないが、地動説では地球から見て太陽が金星より手前に位置した時に半月状よりも大きくなる。つまり金星が満ちれば、地動説が証明できるということだ。本展では、天動説、地動説それぞれの場合の太陽と金星の関係を模型で表し、実際に金星に見立てた球体を動かしながら、その見え方の違いを“観測”できる。

そして活版印刷の簡易体験エリアでは、実際にアルファベットで自分のイニシャルを組み、それをスタンプの要領でインクを付けて紙に印字することができる。1文字1文字、ブロックを探しながら組んでいくだけでも慣れないうちは手間取ってしまう。現代ではデータで簡単に文字を組むことができ、印刷も数秒で済むが、活版印刷の時代には1ページを作るのに、どれだけの労力がかかったのか想像できる。しかも、当時においてはそれも革命的な進化だったのだから、現代のあらゆる知識の集積、文明は、先人たちの途方もない苦心を礎にして成り立っているのだと思い知らされる。

「文字は奇跡ですね」――バデーニやオクジーと幼少期の時に出会った博識の少女・ヨレンタが静かに呟くように、しかしその内面では興奮を抑えきれないように言うこの台詞は、今の私たちにとって大きな気付きになるのではないだろうか。日々当然のように使っている文字だが、「文字で伝える」その1文字1文字の“重さ”と“感動”を、彼女の言葉と共に噛みしめる。
開会式に宇宙飛行士・野口聡一とアニメ声優陣が登壇
開幕前のメディア内覧会では、アニメで物語の鍵を握る人物の声を務めた声優の速水奨(フベルト役)、小西克幸(オクジー役)、仁見紗綾(ヨレンタ役)、島袋美由利(ドゥラカ役)、そして宇宙飛行士の野口聡一が登壇した。

一足先に展示を鑑賞した声優陣。展示の感想を聞かれると、速水は「物語の世界に入り込みながら、知識も知ることができる展覧会」と絶賛。小西も自身が演じたオグジーたちが議論していた「金星の満ち欠け」の展示を見て、「よりはっきりと理解できた」と、作中のオクジーさながらの感動を見せた。

また、少女の頃から優れた知性を持つヨレンタを演じた仁見は、会場で配布される「研究ノート」に触れ、「ヨレンタは女性であることを理由に議論の場に参加することができなかった。この展示で研究ノートを片手に展示を見て、彼女ができなかった“研究への参加”を代わりにできたかな」と感慨深く話す。
そのヨレンタの意思を継ぎ、活版印刷で地動説の本の出版を約束する少女・ドゥラカ役を務めた島袋は、実際に活版印刷の体験をして「1文字ずつ組む大変な作業だと実感しました。“S”は上下対称に見えて、実は微妙に形が違っていたので、逆さにして組むとバランスが悪くなってしまいました」と、その作業の大変さについて驚きを語った。

トークセッションの後半は、宇宙飛行士の野口聡一も登壇。声優陣が宇宙について野口に質問した。小西の「宇宙の大きさはどのくらいなのか?果てはあるのか?」という質問には、「宇宙空間において遠くに行くことは、過去に行くこと」と答える野口。宇宙空間で距離を表す単位として「光年」を使うことはご存じだろう。それは「○年前の光」を意味し、「宇宙の大きさ=ビッグバンの始まりまで戻る」ことだという。つまりビッグバンという起点がある以上、その大きさも果てがあると言えるというのだ。この回答には声優陣、集まった報道陣も一斉に「なるほど」と唸った。
また、速水からの宇宙ゴミについての質問には、「過去に打ち上げたものや壊れた部品などが宇宙ゴミとして宇宙空間に漂っていますが、それらは秒速8キロで動いているので目視は難しいです。私たちも船外活動の時に、不要になったものを地球の引力を利用して捨てます。引力によって大気圏に突入したゴミは流れ星になって燃え尽きるので、そういう形で処理する」と回答。地上で私たちが「流れ星」だと思っている物も、実はそうした不用品である可能性もあるということだ。

(右から)速水奨、小西克幸、野口聡一、伊藤洋一(日本科学未来館副館長)、仁見紗綾、島袋美由利
本展の会期は6月1日まで。「子どもたちの夏休みの自由研究にピッタリ」と展示に太鼓判を押す野口は「宇宙は無重力で上下がないから、“6”も逆さにして“9”にして、9月までにしては」と、宇宙飛行士ならではのコメントで会場を笑わせた。また「ぜひ(日本科学未来館の)常設展を見ればもっと宇宙のことが良く分かる」とアナウンスし、本展で体験した「知の感動」を、次の一歩につなげることも忘れなかった。

『チ。』は、「知」の探求に情熱と人生を捧げた者達の物語だ。彼らは一様にして「知る」ということに「感動」している。展覧会の会場を出る頃には、きっとその「感動」が、それぞれの心のうちに沸き起こっていることだろう。その沸き起こった感動を胸に、一歩を踏み出したなら、次の「歴史の登場人物」はあなたかもしれない。
