目に見えない時間の移ろいを彫るNerholの世界
グラフィックデザイナー 田中義久と彫刻家 飯田竜太によるアーティストデュオ Nerhol(ネルホル)による
大規模個展「Nerhol 水平線を捲る」が、千葉市美術館にて2024年11月4日(月・振) まで開催
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Nerhol(ネルホル)は、グラフィックデザイナーの田中義久(1980–)と、彫刻家の飯田竜太(1981–)の2人によって、2007年に結成されたアーティストデュオだ。連続写真や映像のキャプチャ画像を何枚も重ねたものを鑿(のみ)やカッターナイフでなど彫り、輪郭が曖昧となった独特のイメージを創り出す作品で、近年注目を集めている。
千葉市美術館で開催された「Nerhol 水平線を捲(めく)る」展 は、彼らにとって初となる公立美術館での大規模個展となり、これまでの代表的な作品を展観する。さらに、本展に合わせて千葉にちなんだ新作や、美術館のコレクションから2人が作品を選出して実現したコラボレーションなど、ここでしか見ることができない展示となっている。
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- 「Nerhol 水平線を捲る」
開催美術館:千葉市美術館
開催期間:2024年9月6日(金)〜11月4日(月・振)
「時間」を「彫る」
流れる時間の「一瞬」を切り取る写真。その写真を重ねることは「一瞬の蓄積」、すなわち「時間」だ。Nerhol の写真を彫るという行為は、「時間を彫る」ことと言えるだろう。そうして生まれた作品は、輪郭(物と物の境界)が曖昧となり、表面もなだらかな段となり、等高線が引かれた地図や地形の模型のような印象を受ける。
地球上のあらゆる事象、活動は、大きな湾曲した紙の上で絶えず流動して起こることと捉える2人は、地球という果てしなく大きなものに対して、把握しやすいように作られた便宜上の単位として「水平線」を捉える。「地平線を捲(めく)る」という不思議なタイトルには、ページを捲るような軽やかさで、この地球上の「水平線」を捲り、新しい気付きをもたらそうとする2人の思いが込められている。
展覧会では、まずこれまでの活動の中から代表的なプロジェクトを紹介する。2018年に別府で行われたアーティスト・イン・レジデンスによる制作では、1ヶ月間現地に滞在し、別府の文化や歴史に多角的にアプローチを行い、その土地のもつ時間の積み重ねを可視化した。
「時間の積み重ね」とはすなわち「歴史」である。2023年に第一生命館(現・第一生命日比谷ファースト)で行われた展覧会では「歴史」の痕跡に目を向ける。同館は、第二次世界大戦後に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が接収し、ここでダグラス・マッカーサーは執務を行った。Nerhol はその歴史を掘り起こすように、朝日新聞社のフォトアーカイブによる戦中・戦後の記録写真や、彼らが撮影した室内の写真を用いた作品を、同館で展示した。
私たちは、「歴史上の出来事」を自分たちが生きる世界と切り離してしまいがちだ。しかし、Nerhol は過去の写真と自身で撮影した写真を、歴史的な出来事が起こったまさにその場所に置くことで、「歴史上の出来事」と「今」は地続きであることを示す。
「見えない」イメージに何を「見る」か
初期から現在も続けられているポートレートの作品は、「“証明写真”は結局何を証明しているのか」という疑問から始まった。
被写体なる人物はカメラの前に数分座り続ける。その結果、写真はわずかな差が生じるため、積み重ねて彫ると、最終的には顔の判別が困難なほどに歪む。
境界が曖昧となった「見える」ようで「見えない」イメージは、見る者の想像力を掻き立てる。見えないからこそ、鑑賞者はそこに何かを見ようとする。見たことのないモデルの顔を想像する人もいれば、自分の知っている人物を投影する人もいるだろう。特定の人物を克明に写したはずの写真だが、彫れば彫るほど、その中の像は歪み分からなくなる。遠い記憶の思い出を「思い出そう」とすればするほど出てこない、そんな感覚に近いかもしれない。
「移ろうもの」のダイナミズム
Nerhol は、これまで「移動」をキーワードに制作してきた。そのことを端的に表すのが、近年発表している帰化植物(自生地から日本国内に持ち込まれ野生化した外来種の植物)や、珪化木(けいかぼく:地中で長い時間をかけて珪酸が浸透し石化した植物)を用いたシリーズだ。
帰化植物に注目したきっかけは、コロナ禍だった。人の移動に制限がかかった反面、植物は関係なく移動し続け、そして自生していたかのように野生化するという事実、その自然のダイナミズムに興味を持ったという。また珪化木は、一見すれば「動かないもの」のように思えるが、その中には果てしない時間(移ろい)を内包していると捉える。帰化植物のシリーズは、いずれも明るい色調の中で揺らめくような像となり、静謐で儚さやノスタルジックな雰囲気をたたえる。
千葉にまつわる「オオガハス」を使った新作
今年に入り、Nerhol は写真の代わりに和紙を積み重ねたブロックを彫り出す作品を制作している。写真から紙そのものへ関心を向けたきっかけは、表参道のギャラリー「The Mass」での展示でのことだった。ギャラリーの増築工事で出た土を見て、都会では土などの自然物に触れる機会がほとんどないことに改めて気づき、またその土の質感がコンクリート壁のギャラリーの雰囲気と合っていたことから、「場所」が持つ質感、時間に関心を持つようになったという。
本展でも「千葉」という場所に注目し、千葉にちなんだモチーフを使った新作を制作している。そのモチーフとはオオガハス。1951年に千葉市検見川(現:花見川区朝日ケ丘町)で、大賀一郎博士を中心としたグループにより発見された古代ハスだ。少なくとも2000年以上前の古い地層から発掘された種子の発芽・生育に成功した蓮として世界最古の品種とされている。
会場内に設置されているいくつかの黄色い和紙の作品は、そのオオガハスを使って作ったオリジナルの和紙だ。写真と異なり、何も写されていない紙で作られた作品は、具体的なイメージと結びつくことがないからこそ、目の前の「物」そのものに意識が向く。和紙自体は今年制作されたものだが、その素材となったオオガハスは2000年の歴史を宿す。そう思うと、その鮮やかな黄色が神秘的に思えてくる。
本展のためのコラボレーション&インスタレーション
展示の後半では、美術館のコレクション作品との共演が展開する。Nerhol の2人が、近世から現代まで、絵画、写真、彫刻と、時代も分野も超えてバリエーション豊かな作品を選定し、会場での展示などにもこだわったコラボレーションは、担当の学芸員も「この(コレクション)作品がこんな風に展示されるなんて」と新鮮な驚きを感じるほどだ。
一見共通点がなさそうな河原温の《One Million Years (Future》》だが、むしろ本作ほどNerhol と共鳴する作品もないかもしれない。というのも、本作は1981年から1001999年を「未来」として、全ての年が記された冊子10冊による作品だ。区切りがなく、無限に続く「時間」を可視化した本作は、写真や素材から「時間」の存在に意識を向けさせるNerhol の作品、そして「地平線を捲る」という本展のコンセプトと通じる。
また1Fの「さや堂ホール」(旧川崎銀行千葉支店)では、広いホールの床に、削られた後のオオガハスの和紙が無数に敷き詰められている。クラシカルな内装に鮮やかな黄色の和紙が映え、まるで銀杏並木のような趣だ。
写真/彫刻、見える/見えない、あらゆる境界を曖昧にするNerhol。彼らの生み出す静謐でノスタルジックな作品には、見て感じるよりも、さらに深く長い時間の積み重ねが内包されている。本展では、「Nerhol」の時間、彼らによって浮き彫りとなった「被写体や場所」の時間、「千葉市美術館」の時間、「その作品」の時間、そして「鑑賞者」の時間…様々な時間が幾重にも折り重なる。そうして無数の時間で織りなされた空間で感じたこと、それこそが、捲られた地平線のその先の景色なのかもしれない。
※本文中、作家名がないものは全て Nerhol 作
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- 千葉市美術館|Chiba City Museum of Art
260-0013 千葉県千葉市中央区中央3-10-8
開館時間:10:00〜18:00(金・土曜日は~20:00)(最終入場受付は閉館の30分前まで)
休館日:毎月第1月曜日(祝日の場合は翌日)、展示替え期間等
※会期中休館日:9月24日(火)、10月7日(月)、21日(月)