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すべてのカットが名画のように美しい『落下の王国』
幻のファンタジー大作が17年ぶりとなる劇場公開

石岡瑛子の豪華コスチュームも見どころの「壮大な自主映画」の注目ポイントを紹介

映画レポート・映画評

世界24か国で撮影された『落下の王国』。日本でのビデオ発売時には『落下の王国 ザ・フォール』という邦題が付けられていた。
世界24か国で撮影された『落下の王国』。日本でのビデオ発売時には『落下の王国 ザ・フォール』という邦題が付けられていた。

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文 長野辰次

スクリーンいっぱいに広がる神々しい映像は、観る者に心地よい興奮と陶酔感をもたらしてくれる。ターセム監督の映画『落下の王国』(2006年)は、世界24か国でロケーションを行ない、CGに頼ることなく撮影された究極のアートムービーだ。どのシーン、どのカットを切り取っても名画のように美しい。夢のような118分間が紡がれていく。

フランシス・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992年)で米国アカデミー賞を受賞した石岡瑛子によるゴージャスな衣装も見どころだ。彼女のデザインは衣装という概念を越え、登場人物たちのキャラクター性を際立てるものとなっている。

日本では2008年に劇場公開されカルト的な人気を誇ったものの、配信はされずにいた。「幻のファンタジー大作」とも称されていたが、『落下の王国 4Kデジタルリマスター版』として劇場に帰ってきた。ターセム監督も17年ぶりの来日を果たすことが決まっている。この機会に“映像の魔術師”と呼ばれるターセム監督の独自の世界観を堪能したい。

義賊である黒山賊らは、悪の総督オウディアスへの復讐を誓う
義賊である黒山賊らは、悪の総督オウディアスへの復讐を誓う

ターセム監督が26年間夢想してきた物語を実写化

インド出身のターセム監督は、CMディレクター、ミュージックビデオの監督を経て、ジェニファー・ロペス主演のサスペンス映画『ザ・セル』(2000年)で監督デビューを果たした。ジェニファー・ロペス演じる精神科医が、幼年期のトラウマを抱える誘拐殺人犯の精神世界へと潜り込み、未解決事件を解く鍵を探し出すというSFタッチの娯楽作だった。

『ザ・セル』は猟奇的な犯罪を描いたサスペンス映画ながら、精神科医が潜入する人間の潜在意識の世界がシュールかつフェティッシュに描かれ、ターセム監督の映像センスは高く評価された。『ザ・セル』で一躍注目の存在となったターセム監督が、26年間にわたって温めてきた構想を実写化したのが『落下の王国』だ。

母国のインドをはじめ、世界各地の絶景ポイントや秘境をめぐり、4年の撮影期間を経て、驚異の映像ワールドを完成させた。CGは極力使用せず、リアルな光景だけが持つ力強さが作品全体にみなぎっている。

インド最大の「階段井戸」として知られるチャンド・バオリも舞台に
インド最大の「階段井戸」として知られるチャンド・バオリも舞台に

各地の世界遺産で撮影された壮大な冒険ファンタジー

物語の舞台となるのは、1915年ロサンゼルスの病院。家業のオレンジ農園の収穫を手伝っていた少女・アレクサンドリア(カティンカ・アンタルー)は、オレンジの木から落ちて左腕を骨折してしまった。好奇心旺盛なアレクサンドリアは入院先の病室のベッドでじっとしていることができず、病院内のあちこちを歩き回る。そこで出会ったのが、ロン(リー・ペイス)という若いスタントマンだった。彼は映画の撮影中に橋から落ち、下半身麻痺の重傷を負っていた。

ベッドから動くことができないロンは、アレキサンドリアにおとぎ話を語り始める。仮面をつけた黒山賊をはじめとする勇者たちが、冷酷無比な悪の総督に復讐するという冒険談だった。

5人の勇者たちは南洋の孤島に幽閉されていたが、海を泳ぐゾウに乗ることで脱出に成功。不思議な霊力を持つミステリアスも仲間に加わる。さらに黒山賊は美しいエブリン姫と出会い、心惹かれることに。

海、寺院、砂漠……と、シーンごとに景観がダイナミックに変わっていく。5人の勇者たちが島流しとなっていたバタフライ礁は、フィージー諸島にある有名スポット。インド最大の「階段井戸」として知られるチャンド・バオリ、ジョードプルの「青い街」でのロケ撮影も効果的に使われ、物語のエキゾティックさを大いに高めている。さらにインドのタージマハル、カンボジアのアンコールワット、中国の万里の長城といった世界遺産での撮影も行なわれた。

病院の美しい看護師(ジャスティン・ワデル)が、エブリン姫として登場する
病院の美しい看護師(ジャスティン・ワデル)が、エブリン姫として登場する

「視覚言語」で語り掛けてくる石岡瑛子とターセム監督

石岡瑛子が手掛けたカラフルなコスチュームの数々も、ファンタジックな物語をより盛り上げてみせる。1970年代にパルコのCMなどで活躍した石岡は、80年代からはNYを拠点にし、93年には映画『ドラキュラ』でアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞するなど国際的な評価を高めてた。ターセム監督は『ドラキュラ』に感銘を受け、デビュー作『ザ・セル』から石岡の参加を要請している。

石岡は、衣装デザインは単なる衣装担当ではなく、キャラクター造形を担う仕事だと認識していた。インド生まれのターセム監督と石岡との波長がうまく合ったのは、映画を「視覚言語」だと捉えていたためだろう。石岡が生み出すデザインはどれも雄弁だった。国際感覚あふれる両者は『ザ・セル』からがっちりとタッグを組み、その最高傑作となったのが『落下の王国』だった。

仮面姿の黒山賊ら個性豊かな勇者たちが戦う『落下の王国』は、世界一流のアーティストたちが手掛けたゴージャスなスーパーヒーローものとして見ても楽しい。

さらには、ギリシア神話を題材にしたハリウッド大作『インモータルズ 神々の戦い』(2011年)、そして石岡の遺作となった『白雪姫と鏡の女王』(2012年)まで、様式美に満ちたふたりのコラボ作品が続くことになった。

日本での『落下の王国 4Kデジタルリマスター版』の劇場公開に合わせ、ターセム監督が17年ぶりに来日し、11月30日(日)には都内の劇場でのトークショーが予定されている。ターセム監督が「女神」と崇めた石岡とのエピソードも語られるに違いない。

語り部の精神状態に反応し、物語の行方は左右されていく
語り部の精神状態に反応し、物語の行方は左右されていく

サリンジャーの短編小説を彷彿させる「入れ子構造」

ビジュアルだけが『落下の王国』の注目ポイントではない。物語構造もユニークだ。ロイが語る冒険談が、劇中劇として描かれる形でストーリーは進んでいく。いわば「入れ子構造」の物語となっている。

物語の語り手であるロイは、スタントマンとしては再起不能なほどの重傷で、また女優に失恋していたことが分かる。生きることに絶望したロイの精神状態が、冒険談の行方にも影響を与え、黒山賊たちの命運を大きく左右することになる。

ターセム監督は若いころに観たブルガリア映画『YO HO HO』(1981年)に触発され、『落下の王国』を自主映画として企画したという。『YO HO HO』も入院中の男性が子どもにおとぎ話を伝えるという内容だが、伝える相手は少年だった。

劇中劇が物語の重要な鍵となる構成は、J・D・サリンジャーの短編小説集『ナイン・ストーリーズ』に収録されている『笑い男』からの影響ではないだろうか。『笑い男』は1949年に発表された短編小説で、コミックヴィランのジョーカーの元ネタにもなったヴィクトル・ユーゴーの『笑う男』が原典となっている。

当時6歳だったカティンカ・アンタルーが納得する台詞や劇中劇に撮影現場では変えられていった
当時6歳だったカティンカ・アンタルーが納得する台詞や劇中劇に撮影現場では変えられていった

物語に“希望”を見出す主人公たち

サリンジャーが執筆した『笑い男』は、少年野球チームの若い監督が少年たちに「笑い男」と呼ばれる義賊の冒険談を語るというもの。仮面をした「笑い男」の冒険の数々に、野球の試合を終えた少年たちはいつもワクワクしていた。やがて監督のガールフレンドもチームに加わり、少年たちは最高に楽しい日々を過ごす。だが季節が変わり、監督はガールフレンドと別れることに。少年たちが楽しみにしていた「笑い男」の冒険談も、悲劇的な結末を迎えてしまう。

ターセム監督の長年の夢を形にした『落下の王国』は、人生の苦味を感じさせるサリンジャーの『笑い男』の結末とは異なるものとなっている。ロイが一方的に語っていた冒険談だが、それまでおとなしく聞いていたアレクサンドリアが物語に介入し、黒山賊たちの冒険は予想外の方向へと進み始める。純真な少女に励まされ、美しくも悲しいロイの物語は“希望”を求めるものへと変わっていく。

物語や映画といったフィクションは単なる妄想の世界だと思われがちだが、孤独な人生に向き合う勇気や潤いを与えてくれる重要なビタミン剤にもなりうるものだ。そのことを『落下の王国』は教えてくれる。

人生のどん底へと堕ちていった青年ロンと、オレンジの木から落ちて腕を折った少女アレキサンドリア。落下する痛みを知るふたりは、病院で知り合い、お互いに影響を与え合い、それぞれの人生を再起動させることになる。

つらい挫折を味わった者ほど、ターセム監督が私財を投じて完成させた『落下の王国』がより色鮮やかに感じられるのではないだろうか。

ロン(リー・ペイス)演じる黒山賊の運命は、少女の想像力によって大きく変わる
ロン(リー・ペイス)演じる黒山賊の運命は、少女の想像力によって大きく変わる
映画『落下の王国 4Kデジタルリマスター版』
監督 ターセム 衣装デザイン 石岡瑛子 撮影 コリン・ワトキンソン
出演 リー・ペイス、カティンカ・アンタルー、ジャスティン・ワデル、ダニエル・カルタジローン、エミール・ホスティナ 配給 ショウゲート
© 2006 Google Films,LLC. All Rights Reserved.
映画『落下の王国 4Kデジタルリマスター版』公式サイト
https://rakkanooukoku4k.jp/
11月21日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下、グランドシネマサンシャイン 池袋ほか全国公開
※11月30日(日)にはターセム監督のトークショーが都内の劇場にて開催の予定
映画『落下の王国 4Kデジタルリマスター』本予告【11月21日(金)公開】
(博報堂DY ミュージック&ピクチャーズ【Showgate】chより)

長野辰次

福岡県出身のフリーライター。「キネマ旬報」「映画秘宝」に寄稿するなど、映画やアニメーション関連の取材や執筆が多い。テレビや映画の裏方スタッフ141人を取材した『バックステージヒーローズ』、ネットメディアに連載された映画評を抜粋した電子書籍『パンドラ映画館 コドクによく効く薬』などの著書がある。

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