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竹工芸を芸術の分野へ高めた
前田竹房斎と田辺竹雲斎の軌跡を紹介

特別展「堺の竹工芸家たち ―前田竹房斎と田辺竹雲斎―」が堺市博物館にて2025年11月3日(月・祝)まで開催

展覧会レポート

堺市博物館で開催中の特別展「堺の竹工芸家たち ―前田竹房斎と田辺竹雲斎―」展示風景 写真:渞忠之
堺市博物館で開催中の特別展「堺の竹工芸家たち ―前田竹房斎と田辺竹雲斎―」展示風景 写真:渞忠之

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文・赤坂志乃

中世から国際貿易をもとに自由自治都市として栄え、茶の湯文化が育まれた堺。明治時代には煎茶道の流行を背景に、花籃などの煎茶道具を専門につくる籠師が活躍した。その中で竹籃を芸術の域に高めたのが、前田竹房斎(まえだちくぼうさい)と田辺竹雲斎( たなべちくうんさい)だ。前田家と田辺家歴代の作品とともに、代々受け継がれてきた伝統と各作家の魅力を紹介する展覧会が、堺市博物館で開かれている。茶室「伸庵」で、世界的に活躍する四代田辺竹雲斎の個展も同時開催。伝統の竹工芸から現代アートへの広がりを体感できる。

二代前田竹房斎《竹の花器》(堺市)。6枚の花びらが開くような形が美しい
二代前田竹房斎《竹の花器》(堺市)。6枚の花びらが開くような形が美しい
展覧会 開催情報
特別展「堺の竹工芸家たち ―前田竹房斎と田辺竹雲斎―」
同時開催「四代 田辺竹雲斎展」
開催会場:堺市博物館・堺市茶室「伸庵」
開催期間:2025年9月20日(土)〜11月3日(月・祝)

籠師から竹工芸作家への転換

歴代の前田竹房斎と田辺竹雲斎の独創性に注目(展示風景、写真:渞忠之)
歴代の前田竹房斎と田辺竹雲斎の独創性に注目(展示風景、写真:渞忠之)

堺で竹工芸が盛んになったのは、江戸時代の終わり頃から。中国の文人文化への憧れから大阪の商人の間で煎茶道が流行し、場を設える花籃などの需要が高まった。しなやかで強い竹は、高潔さや品格の象徴として、文人墨客に愛されてきた。煎茶の世界でも中国伝来の唐物籃が珍重された。そこで、中国の精緻な竹籃にならって唐物写しや唐物風の籃をつくろうと、籠師と呼ばれる職人たちは技を磨いた。

明治期には、唐物籃の写しに留まらず、独創性と優れた技術で頭角を現す者も現れた。その代表が、初代前田竹房斎(1872~1949)と初代田辺竹雲斎(1877~1937)だ。竹籃を芸術の域まで高めた創作活動は、籠師から竹工芸作家へ転換するきっかけとなった。

「一以貫之」の教えを大切に、技を極めた前田竹房斎の竹芸

初代前田竹房斎《鳳尾竹円窓花籃兼釣花籃》(堺市)。
日本家屋の天井に使われ、囲炉裏の煤で変色した根曲がり竹(鳳尾竹)を使用。竹の節もそのまま取り入れている
初代前田竹房斎《鳳尾竹円窓花籃兼釣花籃》(堺市)。
日本家屋の天井に使われ、囲炉裏の煤で変色した根曲がり竹(鳳尾竹)を使用。竹の節もそのまま取り入れている
初代前田竹房斎《根竹手付盛籃》(右)(堺市)と同《網目提梁盛花籃》(堺市)。唐物にない野趣が味わい深い
初代前田竹房斎《根竹手付盛籃》(右)(堺市)と同《網目提梁盛花籃》(堺市)。唐物にない野趣が味わい深い

初代竹房斎は、土壁の網代を編んでいた折、その巧みさを大阪の籠師・3世早川尚古斎に認められ、竹工芸の道へ入った。生涯、師匠を持たず独学で竹工芸を制作。根竹や鳳尾竹など、扱うのが難しいクセの強い竹を作品にすることを得意とした。

二代前田竹房斎《花籃 球》(堺市)。
初代と違って、細い竹ひごを重ねて編んだ繊細なつくりが特徴
二代前田竹房斎《花籃 球》(堺市)。
初代と違って、細い竹ひごを重ねて編んだ繊細なつくりが特徴
網代編みと重ね透かし編みを併用し立体感を出した、二代前田竹房斎《抱 花籃》(左) (堺市)。
同《花籃》(堺市)は流れるような形態が美しく、現代のライフスタイルにも合う
網代編みと重ね透かし編みを併用し立体感を出した、二代前田竹房斎《抱 花籃》(左) (堺市)。
同《花籃》(堺市)は流れるような形態が美しく、現代のライフスタイルにも合う

これに対し初代に師事した二代竹房斎(1917-2003)は、細い丸ひごの透かし編みと重ね編みを併用した繊細な花籃などを手がけ、高雅で格調高い竹芸の世界を築いた。1995年に人間国宝に認定。晩年は重ね編みと網代編みによる「豊栄編み」を生み出し、生き生きとして端正な作品を制作した。
前田家では、「一以貫之(いちをもってこれをつらぬく)との教えを大切に、技を極めた。

伝統を継承しつつ挑戦を続ける。歴代竹雲斎の独自の世界

初代田辺竹雲斎《柳里恭式福盧形釣置花籃》(夢工房)。
江戸時代の文人画家・柳沢淇園が描いた花籃を自分でつくってみたいと挑んだ作品。素材や編み方に工夫を凝らし装飾性が高い
初代田辺竹雲斎《柳里恭式福盧形釣置花籃》(夢工房)。
江戸時代の文人画家・柳沢淇園が描いた花籃を自分でつくってみたいと挑んだ作品。素材や編み方に工夫を凝らし装飾性が高い
初代田辺竹雲斎《蝉籃》(個人)。中国文化において蝉は高潔を表すモチーフとされた。羽根の細かい編みが透明感を生み出している
初代田辺竹雲斎《蝉籃》(個人)。中国文化において蝉は高潔を表すモチーフとされた。羽根の細かい編みが透明感を生み出している

初代田辺竹雲斎は、尼崎藩御典医の家に生まれ、名工とされた初代和田和一斎に弟子入り。竹雲斎の号を受け、華道や煎茶道にも励んだ。堺に居を移し、唐物風の制作に優れた技巧を発揮。江戸時代の文人画家・柳沢淇園にインスパイアされた柳里恭式の花籃や、装飾的な古矢竹を使用した花籃など独創的な表現を生み出した。
田辺家には、「伝統とは挑戦なり」の言葉が受け継がれており、歴代が伝統を継承しつつ時代に合った表現を探求し続けてきた。

二代田辺竹雲斎《元宵 花籃》(左)(個人)、同《壽瓢花籃(亀甲透かし編瓢形花籃)》(個人)。
唐物の緻密な編みを写すのではなく、透かし編みにより軽やかで繊細な竹の美しさを表現した
二代田辺竹雲斎《元宵 花籃》(左)(個人)、同《壽瓢花籃(亀甲透かし編瓢形花籃)》(個人)。
唐物の緻密な編みを写すのではなく、透かし編みにより軽やかで繊細な竹の美しさを表現した
二代田辺竹雲斎《山暁 花籃》(夢工房)。二代が得意とした亀甲透かし編みによる名品
二代田辺竹雲斎《山暁 花籃》(夢工房)。二代が得意とした亀甲透かし編みによる名品

二代竹雲斎(1910〜2000)は、唐物から脱却し日本的な美を追求した。幼少から竹工芸を始め、5歳の時に初代の個展でデモンストレーションとして亀甲編みを見事に編み、周囲を驚かせたという逸話が残る。21歳で帝展に初入選。亀甲編み、鱗編みを中心とした繊細な透かし編みを数多く手がける一方、鳳尾竹や煤竹を用いたダイナミックな荒編みを得意とした。

従来の竹工芸の枠を超え、新たな表現に挑戦

三代田辺竹雲斎《積象》(個人)。矢竹を何層にも積み重ね、幾何学的なデザインが目を引く
三代田辺竹雲斎《積象》(個人)。矢竹を何層にも積み重ね、幾何学的なデザインが目を引く
三代田辺竹雲斎《未来への歓喜》(個人)。円形と直線を組み合わせた斬新な作品。四代竹雲斎の娘の誕生を記念してつくられた
三代田辺竹雲斎《未来への歓喜》(個人)。円形と直線を組み合わせた斬新な作品。四代竹雲斎の娘の誕生を記念してつくられた

時代は変わり、三代竹雲斎は武蔵野美術大学工芸工業デザイン科に入学し、竹で照明器具やバッグなどを制作。卒業後、堺に戻り竹芸を始めた。弓矢に使用される矢竹を使った幾何学的なスタイルを確立。現代の空間を意識したオブジェ作品は、従来の伝統的な花籃とは異なり、竹工芸に新たな表現を切り拓いた。

四代田辺竹雲斎《朽竹 達磨》(個人)。間引きされて朽ちた竹(朽竹)を尊び、成長した竹と共に編み込んだ作品。禅僧の忍耐強い姿が重なる
四代田辺竹雲斎《朽竹 達磨》(個人)。間引きされて朽ちた竹(朽竹)を尊び、成長した竹と共に編み込んだ作品。禅僧の忍耐強い姿が重なる
四代田辺竹雲斎/貝島佐和子《蝶無心Ⅴ》(夢工房)。デジタルアートの貝島佐和子氏とコラボレーションし、数式「エンネパー曲面」と竹の美しさを融合した
四代田辺竹雲斎/貝島佐和子《蝶無心Ⅴ》(夢工房)。デジタルアートの貝島佐和子氏とコラボレーションし、数式「エンネパー曲面」と竹の美しさを融合した

新たな表現を追求する父の背中を見て育った四代竹雲斎は、東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業後、大分県の竹工芸支援センターで学び、三代竹雲斎に師事。代々の技術を受け継いだ竹による作品の制作を続けながら、異分野とのコラボレーションやオブジェ作品を発表している。世界各地で大がかりなインスタレーション作品を展開。「自然と人の融合」をコンセプトとして、「生と死」「循環」をテーマに、竹工芸の可能性を現代アートの世界に広げている。
伝統を守りながら、時代と共に変わり続ける竹工芸の世界に注目したい。

竹工芸の可能性を現代アートに広げる。茶室「伸庵」で四代 田辺竹雲斎展を同時開催

インスタレーション作品《双界》。茶室の二間を使用し、「伝統・現代」と「精神・物質」といった対極をつなぐ「間(ま)」を通して、ひとつながりの循環する世界の両面を表した作品
インスタレーション作品《双界》。茶室の二間を使用し、「伝統・現代」と「精神・物質」といった対極をつなぐ「間(ま)」を通して、ひとつながりの循環する世界の両面を表した作品
内部に空を抱える竹を用いて制作された《ホワイトホール》(あびこ山大聖観音寺)。時空を超えて循環するエネルギーが象徴的に表現されている
内部に空を抱える竹を用いて制作された《ホワイトホール》(あびこ山大聖観音寺)。時空を超えて循環するエネルギーが象徴的に表現されている

堺市博物館に隣接する茶室「伸庵」(登録有形文化財)で、世界的に活躍する四代田辺竹雲斎の個展が同時開催されている。2025年に新たに制作された作品を中心に10点を展示。インスタレーション作品「双界」は、二つのエネルギーがうねるように流れ込み、重なり合い、圧倒的な迫力で迫ってくる。物質と精神、自然と人工、生と死など対立するものは、全てつながっており、ひとつながりの循環する世界と捉える「東洋的思想」に倣って制作されたという。

インスタレーション作品で使われている竹ひごは、展覧会終了後に解体されて、古くなり使えなくなったもの以外は再び次の作品に使われ、循環していく。本展の《双界》にも様々な年数の竹ひごが混ざりあい編み込まれている。目には見えない自然の循環やつながり、響き合いを感じるひとときになりそうだ。

開催施設情報
堺市博物館|SAKAI CITY MUSEUM
堺市茶室「伸庵」
590-0802 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 大仙公園内 堺市博物館
開館時間:9:30〜17:15(最終入場時間 16:30)
会期中休館日:月曜(10月13日、11月3日は開館)
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