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「表」も「奥」も最高峰
――尾張徳川家に伝わる大名道具を愛でる

「徳川美術館展 尾張徳川家の至宝」が、サントリー美術館にて2024年9月1日(日)まで開催

内覧会・記者発表会レポート

展覧会は、尾張徳川家初代当主・義直が好んだ甲冑具足や、家康が実際に合戦で使用したとされる陣太鼓など、貴重な武具で幕を開ける。展示風景より
展覧会は、尾張徳川家初代当主・義直が好んだ甲冑具足や、家康が実際に合戦で使用したとされる陣太鼓など、貴重な武具で幕を開ける。展示風景より

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愛知県・名古屋市にある徳川美術館は、江戸幕府を開いた初代将軍・徳川家康の9男・義直(よしなお)を祖とする、尾張徳川家に伝わる大名道具・美術品を収蔵する大名家ゆかりの美術館として、昭和10年(1935)に開館した。

そんな徳川美術館の選りすぐりの名品が、サントリー美術館に集まった。「徳川美術館展 尾張徳川家の至宝」では、大名家の「表道具」と言われる、武具・刀剣、茶や能など諸芸能に関する道具から、私的空間で用いられる「奥道具」まで、多彩な品が展示される。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「徳川美術館展 尾張徳川家の至宝」
開催美術館:サントリー美術館
開催期間:2024年7月3日(水)〜9月1日(日)

徳川美術館に名品が残る訳

(左)徳川家康画像(東照大権現像) 一幅 伝 狩野探幽筆 江戸時代 17世紀 徳川宗春(尾張家7代)所用【展示:~7月29日】
(右)徳川義直画像 模本(原本 清浄寺旧蔵) 一幅 桜井清香模写 昭和12年(1937) 【展示:~7月29日】
(左)徳川家康画像(東照大権現像) 一幅 伝 狩野探幽筆 江戸時代 17世紀 徳川宗春(尾張家7代)所用【展示:~7月29日】
(右)徳川義直画像 模本(原本 清浄寺旧蔵) 一幅 桜井清香模写 昭和12年(1937) 【展示:~7月29日】

徳川美術館には、現在国宝9件、重要文化財59件、重要美術品46件を含めおよそ1万件以上の品が所蔵されている。そのコレクションの特徴は、「質が高い」「来歴が分かっている」「保存状態が良い」「1つの大名家の財が散逸せず一括で伝わっている」という主に4点だという。

尾張徳川家は、御三家筆頭として将軍家に次ぐ家格である。コレクションは、徳川家康の遺品「駿府御分物(すんぷおわけもの)」、そして歴代当主や夫人たちの遺愛品であり、その質の高さは言うまでもない。細部にまで精緻に施された調度類の数々は、遠目から見ても格調高い輝きを放つ。また、家康の遺品を記した目録など文献資料と実際の品がほぼ同定でき、従来大切に扱われていたことから保存状態が良いことも、その価値を盤石にする。

重要文化財《脇指 無銘 貞宗 名物 物吉貞宗》 一振 南北朝時代 14世紀【通期展示】
徳川美術館では、刀剣を新たに研ぐことはせず、当時の姿をそのまま保存している。
重要文化財《脇指 無銘 貞宗 名物 物吉貞宗》 一振 南北朝時代 14世紀【通期展示】
徳川美術館では、刀剣を新たに研ぐことはせず、当時の姿をそのまま保存している。
重要文化財《純金葵紋蜀江文皿》 一枚 江戸時代 寛永16年(1639)【通期展示】
重要文化財《純金葵紋牡丹唐草文盃》 一口 江戸時代 寛永16年 (1639)【通期展示】
霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用の婚礼調度の1つ。純金の調度は、艶消しや様々な技法によって金特有の派手な照り返しが抑えられ、豪華ながらも上品な趣に仕立てられている。
重要文化財《純金葵紋蜀江文皿》 一枚 江戸時代 寛永16年(1639)【通期展示】
重要文化財《純金葵紋牡丹唐草文盃》 一口 江戸時代 寛永16年 (1639)【通期展示】
霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用の婚礼調度の1つ。純金の調度は、艶消しや様々な技法によって金特有の派手な照り返しが抑えられ、豪華ながらも上品な趣に仕立てられている。

その上で、「散逸せず一括で伝わっている」ことは特筆すべき点だ。明治維新で多くの旧大名家がその財を売りに出す中、19代目当主・徳川義親(よしちか 1886-1976)は財団を設立し、家に伝わる道具類を一括して寄付した。この英断により、膨大な数の名品が散逸をまぬがれ、尾張徳川家の歴史と大名家の暮らしの全貌を今に伝えてくれているのだ。

国宝《源氏物語絵巻》4場面を特別公開

そんな徳川美術館を代表する傑作が、いずれも国宝の《源氏物語絵巻》と「初音の調度」で、今回特別にこの2つの至宝を観ることができる。

国宝《源氏物語絵巻 柏木(三)》 一巻 平安時代 12世紀【展示:〜7月15日】
国宝《源氏物語絵巻 柏木(三)》 一巻 平安時代 12世紀【展示:〜7月15日】

国宝《源氏物語絵巻》は『源氏物語』を絵画化した最古の作で、物語が執筆されてから百数十年後に制作されたものと考えられている。本来は54帖ある物語の各帖につき1~3場面が絵画化されていたと思われるが、現在伝わっているのは、徳川美術館所蔵の詞書16段、絵15図の10帖分と、その他の美術館・博物館、諸家に伝わるものを全て合わせた、わずか20帖分に過ぎない。

本展では徳川美術館所蔵の作品のうち4巻が展示される。2週間ごとに場面を変えながら、全期間を通じて本作を観ることができる。(それぞれの場面の展示期間は、「柏木(三)」が7月3日〜15日、「横笛」が7月17日〜29日、「橋姫」が7月31日 〜 8月15日、「宿木(二)」が8月16日 〜 9月1日)。

国宝《源氏物語絵巻 柏木(三)》 一巻 平安時代 12世紀【展示:〜7月15日】
国宝《源氏物語絵巻 柏木(三)》 一巻 平安時代 12世紀【展示:〜7月15日】

絵は「引目鉤鼻」と呼ばれる特徴的な顔貌表現や、俯瞰的な構図を用いた「吹抜屋台」の手法で、王朝期の貴族たちの風俗が叙情豊かに描かれている。

実は、これまで本作は詞書と絵の部分が切り離され額面装となっていたが、2016年から5年の修復期間を経て、本来の絵巻の姿に改められた。詞書や絵の周囲を飾る見返しや軸、組紐が新調され、当時の人々が楽しんでいたように、現代の私たちもめくるめく『源氏物語』の世界を体験できるようになった。

婚礼調度の最高峰「初音の調度」

そして、武家の子女が嫁ぐ際の婚礼調度の最高峰と謳われるのが、3代将軍・徳川家光の長女・千代姫が数え年わずか3歳で尾張家2代目当主・光友に嫁いだ際に作られた「初音の調度」だ。「初音の調度」は、『源氏物語』第23帖の「初音」を題材にした道具類47件、第24帖「胡蝶」を題材にした道具類が10件、その他の意匠の蒔絵調度や染織品、刀剣など13件、全部で約70件の調度類の総称である。そのうち、本展では前期(7/3~29)に《初音蒔絵旅眉作箱》、後期(7/31~9/1)に《胡蝶蒔絵将棋盤・駒箱》が展示される。

国宝《初音蒔絵旅眉作箱》 一具 江戸時代 寛永16年(1639)【展示:~7月29日】
国宝《初音蒔絵旅眉作箱》 一具 江戸時代 寛永16年(1639)【展示:~7月29日】

旅先での化粧道具である旅眉作箱(たびまゆつくりばこ)には、箱の中に、硯や水滴、筆、錐、小刀、鏡と鏡建(かがみたて)、白粉入などの器類が収められている。箱の身と蓋の全面には、「初音」の帖の舞台である新年を祝う六条院(光源氏の邸宅)の光景が、「葦手文字」(=絵の中に文字を紛れ込ませるように書く手法)など様々な技法によって精緻かつ趣深く表されている。徳川家の婚礼調度らしく、随所に葵紋もあしらわれている。細部にまで卓越した技巧が凝縮された「初音の調度」は、婚礼調度の最高峰と言うに相応しい品格を漂わせる。

武将たちが身につけ、愛でた品々

見どころは、国宝の《源氏物語絵巻》や「初音の調度」ばかりではない。本展は大きく3つの章に分けられ、第1章では「尚武 もののふの備え」として武具・刀剣・武器、第2章では「清雅 ―茶・能・香―」として諸芸能に関する道具類、第3章では「求美」と題し、「奥道具」と呼ばれた楽器や女性の衣装などが紹介され、各分野の名品が展示されている。

家康が所持していたことが分かっている火縄銃や、9代目当主・宗睦(1733-99)が用いた重籐弓が展示されている。展示風景より
家康が所持していたことが分かっている火縄銃や、9代目当主・宗睦(1733-99)が用いた重籐弓が展示されている。展示風景より

家康が使用したとされる陣太鼓や、義直着用の甲冑、家康愛用の重要文化財《脇指 無銘 貞宗 名物 物吉貞宗》や火縄銃などからは、「泰平の世」においても戦の備えを怠っていなかった当時の大名家の実態、ひいては武士の本分をうかがわせる。

《唐物茶壺 銘 金花 大名物》 一口 南宋-元時代 13-14世紀 【通期展示】
《唐物茶壺 銘 金花 大名物》 一口 南宋-元時代 13-14世紀 【通期展示】

一方で、茶の湯、能や香などの諸芸能に通じていることも、江戸時代の大名にとって必須の条件だった。茶の湯道具では、信長、秀吉、そして家康へと伝わった《唐物茶壺 銘 金花》をはじめ、《唐物茄子茶入 銘 茜屋》など、「大名物」として当時から高く評価されていた器が揃う。

(左から)《狂言面 狐 金漆銘 「狐」 朱漆銘「出目若狭大掾入道 藤原寿満(花押)作」 」 一面 出目寿満作 江戸時代 17-18世紀
《能面 孫次郎》 一面 伝 出目満茂作 江戸時代 18世紀
《能面 小尉 朱漆花押》 一面 伝 井関作 桃山時代 16世紀
【展示:いずれも~7月29日】
(左から)《狂言面 狐 金漆銘 「狐」 朱漆銘「出目若狭大掾入道 藤原寿満(花押)作」 」 一面 出目寿満作 江戸時代 17-18世紀
《能面 孫次郎》 一面 伝 出目満茂作 江戸時代 18世紀
《能面 小尉 朱漆花押》 一面 伝 井関作 桃山時代 16世紀
【展示:いずれも~7月29日】

能に関しては、初代当主義直は金春流、三代綱誠は宝生流と金春流、六代継友が金剛流、などと歴代当主がそれぞれ自身の好みの流派を重用したため、各流派にちなんだ能面が伝わっているのも興味深い。

武具や刀剣、そして諸芸にまつわる物を「表道具」と呼ぶのに対し、プライベートな空間で用いられる道具、趣味や遊びのための品々は「奥道具」と呼ばれた。美術館を代表する《源氏物語絵巻》と「初音の調度」も「奥道具」に分類される。本展では、女性の小袖、「貝合せ」に用いる合貝・貝桶をはじめとする遊戯具、箏(13本の絃を張った琴)、琵琶、三味線などの楽器、書画なども展示されている。

手前:《白綸子地鼓に藤・杜若文打掛》 一領 江戸時代 19世紀 貞徳院矩姫(尾張家14代慶勝正室)着用)展示風景より【展示:~7月29日】
手前:《白綸子地鼓に藤・杜若文打掛》 一領 江戸時代 19世紀 貞徳院矩姫(尾張家14代慶勝正室)着用)展示風景より【展示:~7月29日】

伝説にまつわる名品も展示

名品は時に伝説的なエピソードを生む。たとえば、家康の刀と言えば「妖刀・村正伝説」が有名だ。家康の祖父・父が村正で殺され、長男の家信も、家康自身も村正で負傷したことがあるということから、村正の刀は徳川家に災いをもたらす刀として今日まで広く知られている。

《刀 銘 村正》 一振 室町時代 16世紀 徳川家康・徳川義直(尾張家初代)所持【通期展示】
《刀 銘 村正》 一振 室町時代 16世紀 徳川家康・徳川義直(尾張家初代)所持【通期展示】

しかし、家康の遺品目録「駿府御分物御道具帳」でも村正2振が記されており、家康が村正を大切にしていたことが明らかであり、今日では後世の創作の可能性が高いと考えられている。展示されている《刀 銘 村正》は、沸き立つ雲のような刃文がひときわ異彩を放つ。妖刀伝説もあながち間違いではないのでは、と思わず思わせる妖しい魅力に引き込まれる一振だ。

《青磁香炉 銘 千鳥 大名物》 一口 南宋時代 13世紀 徳川家康・徳川義直(尾張家初代)所用【展示:~7月29日】
《青磁香炉 銘 千鳥 大名物》 一口 南宋時代 13世紀 徳川家康・徳川義直(尾張家初代)所用【展示:~7月29日】

他にも、豊臣秀吉の寝所に盗賊の石川五右衛門が忍び込んだ時に、香炉の蓋の千鳥が鳴いたという話が『繪本太閤記』に登場するが、その香炉と目されているのが、《青磁香炉 銘 千鳥》だ。大振りで下に向かってすぼまるすっきりとした形は風格が漂い、澄んだ青色の優美さと相まって、千鳥型香炉の中でも特に世に名高い器であることがうなずける。その風格ある佇まいの中で、蓋に付された千鳥が何とも愛らしい。後方を見返る姿は、忍び込んできた五右衛門に気づいた瞬間かもしれない、そんな想像を巡らしながら鑑賞するのも一興だろう。

高い美意識と優れた技によって作られた尾張徳川家伝来の大名道具は、展示空間の中でまるで綺羅星のごとき輝きを放つ。歴史と品格に溢れた徳川美術館の至宝を存分に味わってほしい。

※作品はいずれも徳川美術館蔵

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サントリー美術館|SUNTORY MUSEUM of ART
107-8643 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
休館日:火曜日 ※8月27日は18:00まで開館

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