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アートコラム

地位も名誉も捨てた伝説の写真家ソール・ライターが遺した凄みのある写真を味わう。

ソール・ライター 《薄紅色の傘》 1950年代、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《薄紅色の傘》 1950年代、発色現像方式印画
©Saul Leiter Foundation

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アートライター:齋藤久嗣

趣味だった美術館巡りが高じてアートライターとなってから、約3年半が経過しました。正確に数えてはいないのですが、その間に美術館で撮影した写真は、10万枚を超えています。しかし正直に言うと、撮りためたほぼ全部の写真が記事中やSNSで「映える」ようにと狙って撮影したものばかり。いかに多くの人に展覧会に興味を持ってもらえるか、恥ずかしながらその1点でしかカメラを構えたことがありません。

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ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間: 2020年1月9日(木)~2020年3月8日(日)

しかし、ソール・ライターという人は僕とは全く間逆なようです。現在、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の展覧会「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」で、試しに入口付近の10数点をザーッと見てみましょう。

展示風景
展示風景

すると、ピンぼけの写真、何か障害物の間から覗き見したような構図の作品、あるいは一見何の意図を持って撮影したのかすぐには意味がわからないものなどがズラリと並んでいることに気づきます。そう、彼の作品には、人に見てもらおうと思って撮影したような形跡が全くないんですね。

もっというと、彼の作品は、まったく「ばえ」を狙っていないんです。ともすると、適当にカメラを構えてバシャバシャ撮っているかのような気配さえ漂っています。

でも、その中で目に止まったものだけでよいので、1枚に付き30秒、、、いや、20秒でもいいから作品としっかり向きあってみましょう。そうすると、なんだかわからないけれど作品から立ち上る不思議な詩情が、じわじわと染み渡るように心地よく感じられるようになってくるんです。

決して狙って撮っているようには見えないのに、ちゃんと決定的な瞬間がファインダーに収められている。その切り取られた貴重な一瞬の中には、ニューヨークの都市風景をこの上なく情感豊かな世界が詰まっています。

全く「ばえ」ないのに、ゆっくりと心に響く趣と楽しさがある。それが、ソール・ライターの写真の特徴であり、ファンを虜にしている秘密なのです。

大人気となった2017年に続く2回目となる回顧展

展示風景
展示風景

1946年に父親の反対を押し切ってニューヨークへ出て以来、ソール・ライターは生涯ニューヨークのイースト・ヴィレッジを写真家としての生活拠点としました。1950年代後半から1980年代前半までファッション誌を中心に商業写真を手掛けるも、それ以降は「自らの作りたい作品だけを作る」として、亡くなるまで隠遁生活に突入。以来2000年代に入って再評価されるまで、完全に忘れ去られた存在となってしまうのです。

こうして彼の経歴をちょっと読んだだけでも、

「地位もお金も名誉も捨てるなんて、どんな人物だったんだろうか」
「後半生はどんな人生を送っていたんだろうか」
「そもそもどんな作品を作っていたんだろうか」

と、その謎すぎるプロフィールに対して、色々と興味がわいてきませんか?

ソール・ライターが亡くなったのは、つい最近となる2013年。パートナーや妹にも先立たれ、晩年はずっと一人で生活していました。そのため、亡くなって数年経つ今も、まだ大量に未整理・未現像のネガや資料群が残っているそうです。

そんな中、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されたのが、本展だったというわけです。実は彼の展覧会が開催されるのは、今回が初めてではありません。「もっと見てみたい」というファンのアンコールに応えて開催された続編なのです。

ソール・ライター 《セルフ・ポートレート》 1950年代、ゼラチン・シルバー・プリント ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《セルフ・ポートレート》 1950年代、ゼラチン・シルバー・プリント
©Saul Leiter Foundation

ソール・ライターの大規模な展覧会が日本で初めて開催されたのは、2017年。今回と同じく、Bunkamura ザ・ミュージアムで「ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター」というタイトルで開催されましたが、この時の人気が凄かった。展示を見たお客さんによる口コミでどんどん評判が広がり、当初の予想を遥かに超える大盛況となったのです。

あれから、約3年。本展は、着々と進む写真や資料の“発掘”成果も取り入れながら、世界初公開をはじめとする作品を多数盛り込んだ上で、改めて彼の業績を見渡せるような内容となりました。

以上、前置きが長くなりましたが、まだソール・ライターの写真作品を見たことがないよ!という初心者の方でもわかるよう、みどころを5つに絞ってご紹介します。

1.色彩のみずみずしさ

ソール・ライター 《薄紅色の傘》 1950年代、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《薄紅色の傘》 1950年代、発色現像方式印画
©Saul Leiter Foundation

今でこそ、カラー写真は当たり前の存在となっていますが、ソール・ライターがプロの写真家として活動を始めた50年以上前では、まだ白黒写真が主流でした。そんな中、いち早くカラー写真の特性をつかみ、色彩鮮やかな世界観を提示してみせたのがソール・ライターだったのです。

彼の色彩世界は、コントラストの強い派手な現代風とは違っています。彼の作品よりも色彩鮮やかに写真を撮るカメラマンは掃いて捨てるほどいるでしょう。

では、彼の作品では何が違うのか。それは、偶然に飛び込んできた色彩の面白さです。準備万端で狙いすましたものではなく、いつものテリトリーを動き回る中で偶然見つけた一点の意外性溢れる色との出会いを、逃すことなくファインダーに収めているんですね。

2.覗き見しているような独特の構図

ソール・ライター 《無題》 撮影年不詳、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《無題》 撮影年不詳、発色現像方式印画
©Saul Leiter Foundation

ソール・ライターの多くの作品では、主役として撮影された被写体の手前に、必ず何か大きな障害物や特殊効果を生み出すフィルタのようなオブジェクトが映り込んでいます。鑑賞者は、この障害物の間を縫うようにして、あるいは障害物の奥にある被写体と向き合うことになるんです。

いわば、この障害物が一種の「窓」のような機能を果たしており、鑑賞者はこの秘密の隠し窓から、ちょっと見てはいけないシーンを盗み見ているような背徳感や、「窓」の外に広がる意外なストーリーを想像してみたくなるのです。

実際、映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」でも、彼が障害物を隔てて被写体と向き合うシーンがいくつも収められています。たとえば、大きな木の幹の奥に見えるベンチに座り、素足を出す若い女性を撮影するシーン。カメラに写されたのは、木の幹の間からちょっとセクシーな太ももだけがはみ出している写真でした。彼自身も「まるで盗撮をしているようだね」と苦笑しています。

ソール・ライター 《高架鉄道から》 1955年頃、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《高架鉄道から》 1955年頃、発色現像方式印画
©Saul Leiter Foundation

また、極端なアングルから撮影された作品も多く、そうした写真を見ているとまるで浮世絵を鑑賞しているような錯覚に陥るかもしれません。特に似ているのは歌川広重。ぜひ、展覧会を見た後にGoogleなどで広重作品をチェックしてみて下さい。あっと驚くような類似性を発見できるかもしれませんよ。

3.リラックスした親密なイメージ

ソール・ライター 《デボラ》 1940年代、ゼラチン・シルバー・プリント ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《デボラ》 1940年代、ゼラチン・シルバー・プリント
©Saul Leiter Foundation

ソール・ライターが得意としていたのは、ニューヨークの街の風景だけではありません。1950年代後半から商業カメラマンとしてファッション誌で仕事をしていた時も含め、室内で撮影されたポートレートも膨大な数が残されているんです。

特に本展で良かったのは、彼と最も近しい人物だった二人の女性、妹・デボラとパートナー・ソームズの写真です。残念なことに彼女たちはソール・ライターよりも早くこの世を去ってしまいますが、彼女たちが若い時に撮影された多数の写真が展示されています。

特に良かったのが、ソームズの自然なリラックスした表情を捉えた写真群。裸でソファに仰向けで寝そべる姿、郊外に出かけたときのモデルのような洗練された仕草を捉えた一瞬など、非常に多彩なシチュエーションでの撮影された写真が残されています。どれもソームズの飾らない表情が非常に美しく撮れていました。

展示風景
展示風景

また、ガラスなどの鏡面越しにソール・ライターがカメラを構えた姿がソームズと一緒に写り込んだ、ちょっと変わったツーショット写真からも二人の幸せそうなオーラが漂い、見ているだけでお腹いっぱいになってきます。

ライターは生前、ナビ派の巨匠ボナールが大好きだったといいますが、ソール・ライターが残したソームズや妹デボラの写真はまるでボナールが妻・マルトを描いた絵画作品と非常に親密な雰囲気が似ていました。

なぜ、彼はこんなにも親密さにあふれた自然な表情を次々とものにできたのでしょうか?そう思われた方は、ぜひ前述した映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」を見て下さい。

映画の中では、彼がたびたびストリートに出ては人々にカメラを向けるシーンが写されますが、意外なことに彼は被写体の心を開かせるのが本当に上手い!近所の知り合いや子どもたちに対して気さくに話しかけ、次々にリラックスした自然な表情をゲットしていくのです。日常生活では偏屈な頑固爺さんが、カメラを持った途端にコミュニケーションの達人へと早変わりするシーンは必見でした。

4.叙情的な風景美

展示風景
展示風景

日本人がソール・ライターのことを特に好きな理由の一つとして挙げられるのが、彼の作品が持つ、心に染み渡るような叙情性にあるのかもしれません。

彼が撮影するニューヨークの都会風景の中には、1950年代当時から全くと言って良いほど動植物だけで構成された自然の風景は見当たりません。見えている風景はコンクリートと雑踏といった人工物ばかりです。

にもかかわらず、彼の作品から非常に味わい深い叙情性や詩情がたっぷりと感じられるのです。それはなぜなのでしょうか。

その謎を解く一つの着目点として、「気象」を挙げてみたいと思います。「天気」に着目して、展示作品をザーッと眺めてみましょう。すると、興味深いことに気づくでしょう。すなわち、彼の写真は、からっと晴れた晴天時よりも、曇天か雨や雪など天気が荒れ気味のシチュエーションで撮影されていることが実に多いのです。

ソール・ライター 《赤い傘》 1958年頃、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《赤い傘》 1958年頃、発色現像方式印画
©Saul Leiter Foundation

特に大粒の牡丹雪が降りしきる中、カラフルな傘をさして一人歩く見知らぬ通行人を撮影した作品や、結露してぼんやりしたガラス越しに撮影されたストリートの情景などは、しっとりとした詩情に溢れています。

実際、彼は「雨粒には何かある。雨粒に包まれる窓のほうが、よっぽど有名人の写真よりも面白い」と前述のドキュメンタリー映画でもハッキリ言っているんですね。

ぜひ、ソール・ライターが愛した「雨」のニューヨークを楽しんでみて下さい。

5.NYのノスタルジックな風景

ソール・ライター 《ニューヨーク》 1950年代、ゼラチン・シルバー・プリント ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《ニューヨーク》 1950年代、ゼラチン・シルバー・プリント
©Saul Leiter Foundation

ソール・ライターは誰かに見せるための「ばえる」写真を撮影することはありませんでしたが、彼が撮り続けた50年代や60年代のニューヨークの風景は、現代の我々が見ると非常にお洒落に見えます。構図などの美しさもあいまって、どれも古い映画のワンシーンを切り取ったような、ノスタルジックな慕情にあふれているのです。

テールの特徴的な流線型がクラシカルなアメ車や、侘びた色合いのレンガ造りのアパートメント、街を行き交う人々の服装など、全て今はもうどこにもない失われたものばかり。故に非常に新鮮な気持ちで見ることができるのでしょう。

世界で最も古いニューヨークを写し取ったカラー写真は、アート作品としてだけでなく、案外歴史資料としても非常に重要なのかもしれませんね。

写真初心者も、リピーターにもおすすめしたい、心があたたまる写真展

上記で挙げた以外にも、まだまだ本展での見どころはたくさんあります。たとえば、控えめなセルフ・ポートレートの数々や、壁に印字された彼が遺した「ことば」の数々、そして彼とソームズが遺した絵画作品などは必見です。

ニューヨークのど真ん中で謎多き隠遁生活を行った伝説の写真家ソール・ライター。本展では、没後新たに見つかった世界初公開をはじめとする作品が多数加えられ、彼の作品の幅広い魅力を感じ取ることができます。

ソール・ライターが残した膨大な写真には、いわゆるSNS受けするような即効性やインパクトはありません。仮にTwitterなどSNSに投稿されても、大半は一つも”いいね”がつかずにタイムラインを流れていってしまうことでしょう。

しかし、展覧会に来たら、ピンと来た作品だけでいいのでぜひ足を止めて30秒、1分とずっーっと見続けてみて下さい。きっと、日常生活の中で私達が見落としていた情感豊かな一瞬や、隠されたストーリーがいきいきと私達の心のなかに立ち上ってくるはず。仕事や勉強で慌ただしい日常を忘れられる「永遠」の一枚にぜひ出会ってみてくださいね。

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開催期間: 2020年1月9日(木)~2020年3月8日(日)

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