FEATURE

“英国外には貸し出さない”、とされていた
貴重なコレクションが海を渡り日本へ

「フランス人がときめいた日本の美術館」の著者 ソフィー・リチャードさんに伺う
「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」の見どころと印象派絵画の魅力。

インタビュー

エドガー・ドガ《リハーサル》 1874年頃、油彩・カンヴァス © CSG CIC Glasgow Museums Collection
エドガー・ドガ《リハーサル》 1874年頃、油彩・カンヴァス © CSG CIC Glasgow Museums Collection

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“英国外には貸し出さない”、と決められていたバレル・コレクションが、海を渡り日本へ。またとない機会となる展覧会が、開館30周年を迎えるBunkamur ザ・ミュージアムで開催。

ウィリアム・バレルは、1861年に英国、スコットランドの海港都市グラスゴーに9人兄弟の三男として生まれた。15歳で家業の艤装業(ぎそうぎょう:各種装備などを船体に取り付ける作業)を手伝い始め、24歳で父親の跡を継いだ後、船舶の売買で大成功し、「海運王」と称された人物である。

ウィリアム・バレル卿(45歳頃) © CSG CIC Glasgow Museums Collection
ウィリアム・バレル卿(45歳頃) © CSG CIC Glasgow Museums Collection

当時、英国随一の海港都市として、経済成長が著しかったスコットランドのグラスゴーでは、美術品市場も活況となっていた。

ウィリアム・バレルは、少年の頃から美術品に関心を持って、収集を始めており、1890年代から1920年代にかけて、グラスゴー出身の画商アレクサンダー・リード※(1854-1928年)から作品を購入し、5000年に及ぶ古今東西の美術工芸品を収集していた。

1944年、ウィリアム・バレルはコレクションのうち、数千点の作品をグラスゴーに寄贈したが、その条件として、当時深刻な社会問題であった大気汚染の影響が少ない郊外にコレクションの作品を展示すること、そして、「英国外には貸し出さないこと」が提示されていた。

現在のバレル・コレクションの外観 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
現在のバレル・コレクションの外観 © CSG CIC Glasgow Museums Collection

1983年にグラスゴー市の郊外にある、ポロック公園内にコレクションを移し、美術館「バレル・コレクション(The Burrell Collection)」として一般公開。以降、西洋近代名画を集めた世界屈指のコレクションと称され、多くの観光客が訪れている。

同館が、2015年から2020年まで改修工事により閉館しているため、英国外への作品貸し出しが可能になり、海を越えて、日本において本展の開催が実現となった。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「Bunkamura30周年記念 印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2019年4月27日(土)~2019年6月30日(日)
◎巡回情報
「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」静岡市美術館
開催期間:2019年8月7日(水)~2019年10月20日(日)


「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」広島県立美術館
開催期間 (予定): 2019年11月2日(土)~2020年1月26日(日)

数千点におよぶバレル・コレクションの中から、西洋近代絵画に焦点をあてて、エドガー・ドガ、ゴッホ、セザンヌなどの作品とともに写実主義から印象派への流れを辿る。

フィンセント・ファン・ゴッホ《アレクサンダー・リードの肖像》 1887年、油彩・板、ケルヴィングローヴ美術博物館蔵 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
フィンセント・ファン・ゴッホ《アレクサンダー・リードの肖像》 1887年、油彩・板、
ケルヴィングローヴ美術博物館蔵 © CSG CIC Glasgow Museums Collection

グラスゴー市に設立された美術館「バレル・コレクション」には、古今東西におよぶ様々なジャンルの芸術作品が数千点も収蔵されているが、この度日本で開催される「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」展では、そのコレクションの中から西洋近代絵画に焦点をあてた73点の作品と、同市のケルヴィングローヴ美術博物館が所蔵するゴッホやルノワールを含む7点の計80点の作品が展示される。

日本初公開のドガの知られざる名作《リハーサル》をはじめ、ウィリアム・バレルが独自の視点で収集した良質のフランス絵画のほか、イングランド出身のクロホール、スコットランド出身の画家、オランダのハーグ派の作品を含む全80点を通じて、写実主義から印象派への流れをたどる展覧会となる。

「フランス人がときめいた日本の美術館」の著書 ソフィー・リチャードさんに「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」展の魅力と印象派絵画の魅力や展覧会の見どころについてお聞きした。

美術史家 ソフィー・リチャード(Sophie Richard)さん 撮影:Yuya Furukawa
美術史家 ソフィー・リチャード(Sophie Richard)さん 撮影:Yuya Furukawa

この展覧会のBunkamuraでの開催に先駆けて、「フランス人がときめいた日本の美術館」の著者である、ソフィー・リチャード(Sophie Richard)さんにお話しをお伺いした。

ソフィー・リチャードさんは、フランス・プロヴァンス生まれの美術史家で、エコール・ド・ルーブルを経て、パリ大学ソルボンヌ校で美術史を学び、修士号を取得。パリ、ニューヨークの名門ギャラリーで働いたあとロンドンに移り、フリーランスの美術史家、翻訳者(仏語・英語)としてギャラリーや美術館の展覧会をはじめ、さまざまな企画に関わっている。

印象派について、写実主義から印象派への変遷について、各作品の印象についてなど、8つのQ&Aを以下にご紹介する。

Q1 「バレル・コレクション」展の魅力について――
A1 ソフィー・リチャードさん:

「非常に重要なコレクションを見ることができる唯一の機会です。通常、コレクションはグラスゴーにある美術館から海外に持ち出すことは許可されていません。それはウィリアム・バレルが1944年に彼のコレクションを市に寄贈したときに指示したことでした。

しかし、現在美術館の改修工事をしていますので、コレクションの一部を海外の人々に見てもらうことができます。少なくとも私たちの一生の間には二度と訪れないチャンスでしょう。」

Q2 コレクターとしてのウィリアム・バレルの魅力について――
A2 ソフィー・リチャードさん:

「彼は非常に熱心なコレクターで、情熱的で常に新しい作品を探していました。彼がまだ10代の頃に彼の最初の絵を買い、それは彼の亡くなる間際まで続きました。

この展覧会は19世紀後半から20世紀初頭にかけてのフランスの画家のコレクションを中心に展示しますが、彼は、その他の多くの分野でも収集をしています。

ガラス工芸、中世絵画、古代ギリシアの作品、中国の陶磁器・青銅器、タペストリーなど驚くほど広範囲です。そのような広くて多様な趣味を持つコレクターは非常にまれです。」

Q3 印象派絵画の魅力について――
ピエール・オーギュスト・ルノワール《画家の庭》 1903年頃、油彩・カンヴァス ケルヴィングローヴ美術博物館蔵 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
ピエール・オーギュスト・ルノワール《画家の庭》 1903年頃、油彩・カンヴァス
ケルヴィングローヴ美術博物館蔵 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
A3 ソフィー・リチャードさん:

「これらの印象派の絵は、フランスの当時の生活や日常の人々の活動(例えば、ビーチを散歩したり、花束をもって歩くパリの街など)、当時の流行を美しく描いています。革新的ですが、光と色の繊細さが魅力的。まさに新しいスタイルです。合成樹脂絵具が発明され、画家が明るい色を作り出すことができるようになった時代です。」

Q4 写実主義から印象派への流れの変遷にはどのような理由があったのでしょうか?――
A4 ソフィー・リチャードさん:

「“印象派”は、19世紀の半ばに“写実主義”などから生まれた革新的な芸術活動です。その運動は絶えることなく続いていきました。特筆すべき点として、サロン・ド・パリ(フランスの王立絵画彫刻アカデミー)などの公的機関が、それらの革新的な画家らの作品出展を拒絶したことが上げられます。そこで彼らは自分たちの展覧会を行うことを決めたのです。

たとえば、1859年には、出展を断られた画家フランソワ・ ボンヴァンは、自宅でアンリ・ファンタン=ラトゥール、テオデュール・リボーの展覧会を行います。

1861年にはある画家が、ナポレオン3世に自分たちの窮状を訴える手紙を送ります。そして皇帝は、1863年、サロン・ド・パリのオープニングの1週間前に、審査員に承認されていない作品を「落選者展」と題し、人々に公開することを命じたのです。

この展覧会は世間のひんしゅく、批判を浴びますが、そこには有名なマネの「草上の昼食」も出品されており、その後の絵画の流れを暗示しているようです。これらの批判は絵画を自由に描きたいという、彼の決心を固め、フランソワ・ ボンヴァンは、印象派のグループのリーダーとなっていきます。

写実主義の画家たちのように、印象派の画家は日常の風景を描きますが、その絵はより明るくより鮮やかでより光に満ちています。光の織りなす輝き、水に反射する光などを描く対象に映し出しています。 私たちの周りにある現実をどう描くかについて、彼らはその一瞬一秒を鮮やかに描き出すということに意識を集中していました。」

Q5 今回の展覧会において、“写実主義から印象派への流れ”の中で、特にポイントとなる作品は?――
A5 ソフィー・リチャードさん:
ウジェーヌ・ブーダン《トゥルーヴィルの海岸の皇后ウジェニー》 1863年、油彩・板 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
ウジェーヌ・ブーダン《トゥルーヴィルの海岸の皇后ウジェニー》 1863年、油彩・板 © CSG CIC Glasgow Museums Collection

「これら印象派は1860年代に始まり、1870年代に形になりましたが、その起源はそれ以前に始まった写実主義運動にも見出すことができ、それによってアーティストは自分の目の前で起こる日常生活の現実を表現しようとしました。

ブーダンの絵画、≪トゥルーヴィルの海岸の皇后ウジェニー≫(1863)は、私には印象派の基礎を形成するこの新しいビジョンの良い例であるように思われます。

それは単純な構成であり、寓意的、象徴的または歴史的メッセージはありません、それは画家が目の前で見たものです。私たちが最初に目にするのは、光、大きな青い空、そして女性のドレスの色です。

皇后がこのグループの誰であるかを見分けるのは難しいです。重要なことは視覚効果、明るい色、光の重要性、空に与えられた非常に広い空間が、画面のほとんどすべてを占めており、印象派への移行を表しています。

コローもまた野外を主題とした印象派に連なる作家です。もちろん≪印象 日の出≫(1872)を描いたモネから印象派という名前が生まれました。」

Q6 出展作品の中で、ソフィー・リチャードさんが特に好きな作品は?――
A6 ソフィー・リチャードさん:
ポール・セザンヌ《エトワール山稜とピロン・デュ・ロワ峰》 1878-79年、油彩・カンヴァス、ケルヴィングローヴ美術博物館蔵 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
ポール・セザンヌ《エトワール山稜とピロン・デュ・ロワ峰》 1878-79年、油彩・カンヴァス、
ケルヴィングローヴ美術博物館蔵 © CSG CIC Glasgow Museums Collection

ケルヴィン・グローヴ美術博物館所蔵で、本展にも出展している「ポール・セザンヌの≪エトワール山稜とピロン・デュ・ロワ峰≫です。ここでこの絵を見られることにとても感動します。セザンヌのように、私はエクス・アン・プロヴァンスで生まれました。私はこの小さな山をよく知っています。私は同じ風景、同じ光を見て育ちました。」

「私は両親とエクス・アン・プロヴァンスに住んでいて、この風景が私に新たな感動を生み出してくれるのです。それは芸術とそれに携わる作家の力です。それが違う文化であっても、私たちは感動を共有することができます。

また世界中の人々がフランスの絵画に魅力を感じてくださることに喜びを感じています。まず、セザンヌの絵を挙げたのは私の生まれ育った土地と関連していますが、そうでなくても一番好きな絵といえるでしょう。」

「ふたつ目に、エドガー・ドガの《リハーサル》をあげます(画像1枚目)。それはドガの最も代表的なテーマで美しい絵です。この絵画はドガにとって、隠された日本の芸術の重要性をも示しているので、特に私に感銘をあたえます。

バレエダンサーが左上と右下に配置した強い対角の構図は非常に独特です。このダンサーたちを両側で突然切ったレイアウト、そして絵の中央を空白にしている点、これらは彼が日本の浮世絵から学んだ方法で、もちろん19世紀の後半、ほかの多くの芸術家にも影響を与えました。

ダンサーが自然な位置にいて親しみが持てるシーンも、浮世絵から学んでいます。例えば喜多川歌麿の浮世絵を知っていたことを示しています。日本の芸術がフランスの芸術家ドガに影響を与えたのです。そして、この絵を渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで見ることができます。まさに国際交流です。」

Q7 福岡県立美術館での「バレル・コレクション展」で人気の高かったアンリ・ファンタン=ラトゥールの《春の花》の作品への印象は?――
アンリ・ファンタン=ラトゥール《春の花》 1878年、油彩・カンヴァス © CSG CIC Glasgow Museums Collection
アンリ・ファンタン=ラトゥール《春の花》 1878年、油彩・カンヴァス © CSG CIC Glasgow Museums Collection
A7 ソフィー・リチャードさん:

「とても美しく、優雅で上品な絵だと感じます。印象派の作家のように、アンリ・ファンタン=ラトゥールは光の表現に興味を持っていましたが、描き方が違いました。

私は花が左右対称にならずに自然な形で置かれているところが好きです。中間色の背景は花のすべての色、そしてガラスの花瓶に光の素晴らしい輝きを与えています。彼は自分の筆だけでなく、筆の柄や他の道具を使って油絵を素晴らしいものに仕上げました。」

Q8 ウジェーヌ・ブーダンの《ドーヴィル、波止場》(チラシやウェブサイトに用いられている作品)については、どのような印象をお持ちでしょうか?――
ウジェーヌ・ブーダン《ドーヴィル、波止場》 1891年、油彩・板 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
ウジェーヌ・ブーダン《ドーヴィル、波止場》 1891年、油彩・板 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
A8 ソフィー・リチャードさん:

「この絵の素晴らしいところは空と海の表現です。空と雲が水に映り込んでいるのを多様なタッチで描き出し、船の帆の複雑さをしっかりと描き、かつ海にそれが映り込んでいるのを巧みに見せています。

活気に満ちたタッチで、それは雲が私たちの目の前を通過しているように見えます。ブーダンは、あえて活気のある場所でなく港の静けさを選び、それが効果を表しています。」

以上、ソフィーさんに、印象派についてや各作品の印象についてお聞きした、8つのQ&Aをご紹介いたしました。

日本で人気の高い「印象派絵画」ですが、どのような流れの中で、 “印象派”が生まれ、また“写実絵画”から“印象派”へと、どのように変遷を辿っていったのか、名画とともに、その流れを知ることのできる、見応えのある貴重な機会となりそうです。ぜひ、「バレル・コレクション」展にお出かけください。

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「Bunkamura30周年記念 印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2019年4月27日(土)~2019年6月30日(日)

※アレクサンダー・リード
パリにいた頃に画家フィンセント・ファン・ゴッホの弟テオと親交があったこともあり、バレルのようなグラスゴー在住の美術愛好家たちに同時代のフランス美術を紹介した人物。 バレルはリードについて、「良質な絵画作品とそれを愛でる心をスコットランドにもたらした功労者である」と述懐している。

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