近代化する以前の日本にあった、豊穣な絵画の土壌。
まだまだ底が見えない江戸文化の奥深さを堪能したい。
若冲ブーム、江戸絵画ブームの総括ともいうべき展覧会「奇想の系譜展」が東京都美術館にて開催中。
展覧会レポート
江戸時代に、自由で斬新な個性を発揮した画家の系譜を辿る展覧会「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」が東京都美術館(上野)で開催されている。
会場には今や国民的作家となった伊藤若冲をはじめ、岩佐又兵衛(いわさ またべえ)、狩野山雪(かのう さんせつ)、曽我蕭白(そが しょうはく)、長沢芦雪(ながさわ ろせつ)、歌川国芳(うたがわ くによし)、白隠慧鶴(はくいん えかく)、鈴木其一(すずき きいつ)の8名の作品が一堂に集結している。
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「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」
開催美術館:東京都美術館
開催期間: 2019年2月9日(土)~2019年4月7日(日)
美術史家の辻惟雄(つじのぶお)が1970年に著した『奇想の系譜』は、それまで傍流扱いされていた上記の作家(白隠慧鶴、鈴木其一を除く)にフォーカスして、「奇想」という括りで再評価をしている。江戸時代を代表する奇想画家たちの傑作を見ていきたい。
鮮烈で写実的な描写はもちろん、一切の感情を排したリアルな眼の描き方に注目
紫陽花のふもとにたたずむ雌雄の鶏を描いた「紫陽花双鶏図(あじさいそうけいず)」は、一目で若冲作品とわかる出来。鮮烈で写実的な描写はもちろん、一切の感情を排したリアルな眼の描き方に注目したい。
90年ぶりに所在が判明!30代の若冲が描いた「梔子雄鶏図(くちなしゆうけいず)」
2017年に90年ぶりに所在が判明した「梔子雄鶏図(くちなしゆうけいず)」は、30代の若冲が描いた作品。われわれのイメージする若冲像よりも控えめな色彩と、おとなしめの構図で、初期作品ならではの味わいを醸し出している。
2008年に発見された、ユーモラスな水墨画。勢いよく潮を噴き出す鯨と、鼻を高々と上げる象。
2008年に発見された水墨画。勢いよく潮を噴き出す鯨と、鼻を高々と上げる象はどこかユーモラスだ。水中と地上、最大の動物を対で描いているにもかかわらず、どこかのんびりとした雰囲気が漂っている。象の持つ切れ長の眼に、象形化された鼻と耳、極端にデフォルメされた体躯など、細部の表現がおもしろい。
ベタな造形に頼らない独特のセンスが感じられる、狩野山雪の「梅花遊禽図襖(ばいかゆうきんずふすま)」
京の狩野派を代表する狩野山雪が描いた「梅花遊禽図襖(ばいかゆうきんずふすま)」。わずかに咲いた梅の花が、蛇行する幹のほどよいアクセントになっている。極端に蛇行する幹というのは山雪が得意とするモチーフであり、ベタな造形に頼らない独特のセンスが感じられる。
モノクロの世界で鮮烈な衣装をまとった人物は、悪夢の中の住人のよう。まさに「奇想」の世界、曽我蕭白の《群仙図屏風》
「奇想」「アヴァンギャルド」といった言葉がこの上なくマッチする曽我蕭白の作品。子どもも大人も老人も、登場人物すべての表情が不気味のひとこと。モノクロの世界で鮮烈な衣装をまとった人物は、悪夢の中の住人のようだ。
左隻の左上に描かれている女性は「西王母(せいおうぼ)」という女神、仙女であり、長寿の象徴とされている。その他にも龍、鯉、鶴、亀など縁起の良いモチーフが多数散りばめられており、この作品は長寿や出生を願って贈られたものと考えられている。
約100年ぶりに発見された長沢芦雪の「猿猴弄柿図(えんこうろうしず)」。岩山の上に座るサルの表情がすべて。
約100年ぶりに発見されたという長沢芦雪の「猿猴弄柿図(えんこうろうしず)」。岩山の上に座るサルの表情がすべて。毛並みの柔らかさが伝わってくるような丁寧な筆遣いにも注目。
画面一杯に描かれた牛と象も、芦雪の手にかかれば淡い色彩とソフトな輪郭線で優しい印象となる。
長沢芦雪 《白象黒牛図屏風》(右隻) 紙本墨画 六曲一双 各155.3×359.0cm 米国・エツコ&ジョー・プライスコレクション
黒と白のコントラストが際立つその名もズバリな「白象黒牛図屏風」。画面一杯に描かれた牛と象も、芦雪の手にかかれば淡い色彩とソフトな輪郭線で優しい印象となる。白象にはカラス、黒牛には白い仔犬という対極の色のお供を配置している。特に舌をペロリと出した仔犬はそのあまりのかわいさから、本展のオリジナルグッズにも使われているほどの人気である。
まさに構図の大勝利といった作品、歌川国芳の「宮本武蔵の鯨退治」
歌川国芳の「宮本武蔵の鯨退治」は、まさに構図の大勝利といった作品。海原を駆ける巨大な鯨の背中に刀を突き立てるのは、剣豪宮本武蔵。当時すでに確立していた、ヒーローとしての宮本武蔵像をわかりやすく表現している。
臨済宗の僧、白隠慧鶴、83歳のときの作品と言われている「半身達磨図(はんしんだるまず)」
白隠慧鶴(はくいんえかく)は臨済宗の僧であるにも関わらず、現代人のセンスにも通じる極めてマンガ絵的な作品を数多く残している。「半身達磨図(はんしんだるまず)」はなんと作者が83歳のときの作品と言われている。極太の輪郭線にデフォルメされた表情は、昭和初期のマンガと言われても信じてしまいそうな出来だ。真っ黒のバックに赤い衣装というカラーリングも、日本画としてはなかなかに斬新。
近年の若冲ブーム、江戸絵画ブームの総括となるような本展示会。近代化する以前の日本に、これほどまでに豊穣な絵画の土壌があったことにあらためて驚かされる。まだまだ底が見えない江戸文化の奥深さを、ぜひその目で体験してほしい。
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「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」
開催美術館:東京都美術館
開催期間: 2019年2月9日(土)~2019年4月7日(日)