FEATURE

『冨嶽三十六景』や『北斎漫画』だけじゃない!?
北斎のパフォーマーとしての顔に迫る

大勢の見物人たちの前で、200m²近い巨大達摩絵を描いて見せるなど、圧巻の
パフォーマンスを披露した北斎の活動に注目した展覧会が、すみだ北斎美術館で開催

内覧会・記者発表会レポート

高力猿猴庵(こうりき えんこうあん)『北斎大画即書細図』 名古屋市博物館(後期展示)
高力猿猴庵(こうりき えんこうあん)『北斎大画即書細図』 名古屋市博物館(後期展示)

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葛飾北斎といえば、『冨嶽三十六景』などの風景画や『北斎漫画』で知られる、世界的にも名高い浮世絵師である。ゴッホやドガなど、ヨーロッパの多くの芸術家たちに多大な影響を与え、印象派誕生のきっかけにもなったと言われる。

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「パフォーマー☆北斎 ~江戸と名古屋を駆ける~」
開催美術館:すみだ北斎美術館
開催期間:2017年9月9日(土)~2017年10月22日(日)

北斎は、生涯のほとんどを生誕の地、東京都墨田区で過ごしながら90回以上も引っ越しをしたという。北斎も一緒に暮らしていた娘のお栄も、部屋の片付けが大の苦手とあって、家は常にゴミ屋敷のようだった。また、生涯に渡り絵の極意を極めようとし続け、晩年は自らを「画狂老人」と名乗り90歳まで生きた、など様々な逸話で知られる偉人である。

映画「北斎漫画」(製作 松竹/1981年公開)の中でも描かれていた、北斎の一大パフォーマンス

そんな北斎が、江戸時代に行った、人々を驚嘆させた一大イベントの様子を伝える、「パフォーマー☆北斎 ~江戸と名古屋を駆ける~」が東京都墨田区にあるすみだ北斎美術館で開催される。

少し古い映画になるが、1981年に公開された、北斎が辿った波乱の生涯を描いた映画「北斎漫画」(製作 松竹)の中で、緒形拳が演じる北斎が、息を飲む大衆が見守る中で、120畳大の紙に、巨大な達磨絵を描き上げていく姿、その北斎の隣で、田中裕子演じる北斎の娘 お栄が、その見世物の司会進行を務めるようにしながら場を盛り立てていく光景が描かれていた。天才的な絵師というだけでなく、パフォーマーの一面を持っていたことに驚かされた映画であった。

すみだ北斎美術館で開催されている展覧会「パフォーマー☆北斎」では、北斎によって江戸と名古屋で行われたそれらのイベントが、なぜ行われて、どのように開催されたかなど、北斎や北斎の弟子らの描いた浮世絵や書物に残された記録から探り、また当時どのように作品が作られたか、すみだ北斎美術館の学芸員らによって検証した記録も紹介されている。

浮世絵や書物の記録によって、当時の様子を知る

葛飾北斎『北斎大画卸書引札』 名古屋市博物館(前期展示)
葛飾北斎『北斎大画卸書引札』 名古屋市博物館(前期展示)
北斎自らが制作した巨大達磨絵パフォーマンスの宣伝ポスター

こちらは、北斎自らが制作した巨大達磨絵パフォーマンスの宣伝ポスターである。また、この引札(宣伝チラシ)自体も、1枚十二銭で売られていたようで、かなり注目の高いイベントであったことを伺わせる。右下の一角には、開催概要が記されており、「名古屋の西本願寺掛所で、来る10月5日に即興画を行う。(中略)当日雨天の場合は、日延べする。文化14年10月5日、大作品制作の席上でお目にかかる、江戸からの旅客・北斎より」といったことが書かれている。

小田切春江『北斎席画の大達磨』 雑誌「尾張名所図会」の付録
葛飾北斎『北斎大画卸書引札』 名古屋市博物館(前期展示)

また、こちらは、名古屋の浮世絵師、小田切春江(おだぎりしゅんこう 1810-1888年)によって、1853年頃に描かれた「北斎席画の大達磨」の記録(雑誌「尾張名所図会」の付録)である。達磨の目の大きさだけで、1.8メートル、顔の長さは9.7メートルもあったというので、相当大きな達磨絵の完成である。

これに先立ち、江戸では、1804年に江戸音羽の護国寺で、同様のパフォーマンスが開催されていた。庭に麦藁を敷いた後、畳120畳敷の大厚紙をその上に置き、酒樽に入れた墨汁を藁ぼうきで、まるで落ち葉を払うように、紙の上を走り回って、異形の山水のようなものを描いたという。息を飲みながら北斎のパフォーマンスを見守る見物客たちは、巨大な絵が描き上がると、護国寺本堂の屋根に上って、北斎が描き上げたものを遠巻きに見ることで、初めてそれが「達磨絵」だとわかったというから、人々の度肝を抜くような、相当巨大な絵であったに違いない。

空前の見世物ブームが到来

今から約200年前のこの時代、江戸や名古屋の都市では、空前の見世物ブームが起きていたそうである。仮面をつけて三味線を弾く紅勘(べにかん=大道芸人)、高下駄をはいて徳利や杯をジャグリングする放下師(ほうかし=曲芸師)、冬に水を浴びて金銭を得る寒行を行う願人坊主(がんにんぼうず=乞食僧、大道芸人)なども、「北斎漫画」において、江戸の往来をにぎわせた大道芸人図鑑のように多数紹介されている。

「竜田川に紅葉の図」向井大祐・勝川ピー 東京藝術大学保存修復日本画研究室 向井大祐氏とチャボのピー(飼い主 勝川東氏)の協力の元、すみだ北斎美術館が行った再現制作
「竜田川に紅葉の図」向井大祐・勝川ピー
東京藝術大学保存修復日本画研究室 向井大祐氏とチャボのピー(飼い主 勝川東氏)の協力の元、すみだ北斎美術館が行った再現制作

パフォーマーとしての北斎の活動は、巨大な達磨絵の即興画だけでなく、米粒に雀二羽の極小画の制作をしたり、将軍 徳川家斉の御前で、鶏とともに絵を描くパフォーマンスを行ったという。長く継いだ唐紙を横にして、刷毛で長く藍を引いた後、携えた鶏を籠の中から出して、その足に朱肉をつけて紙上に放つ。鶏の足跡がいくつも藍の上に残されると、「これはこれ竜田川の景色なり」と言上し一礼をして退出したという。竜田川とは、京都の紅葉の名所であり、藍の刷毛跡を竜田川、鶏の足跡を紅葉に見たてたという。時の権力者を前にして、あっぱれなパフォーマンスである。

江戸・名古屋のにぎわいに一役買った、パフォーマー 葛飾北斎

「一百三升芋地獄」山東京伝作 紙本墨摺 1冊 江戸時代 早稲田大学図書館蔵 後期展示
当時の江戸社会が熱狂した娯楽、幽霊・妖怪画。独創性と奇抜さで群を抜く、北斎の「百物語」シリーズから、
皿屋敷のお菊を描いた錦絵シリーズの一図「百物語 さらやしき」

『北斎漫画』の宣伝も兼ねながら、大達磨絵を描くことで大いに人々を楽しませた北斎の一大パフォーマンスの模様、当時の江戸と名古屋両都市の見世物・祭礼がどのようなものであったかを伝える浮世絵作品や資料、『北斎漫画』の初編よび販売時に版本を包んでいた貴重な包袋なども紹介され、江戸と名古屋、両都市のにぎわいに一役買ったパフォーマー・北斎の横顔を存分に覗くことができる展覧会である。

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「パフォーマー☆北斎 ~江戸と名古屋を駆ける~」
開催美術館:すみだ北斎美術館
開催期間:2017年9月9日(土)~2017年10月22日(日)

参考文献:
「パフォーマー☆北斎 ~江戸と名古屋を駆ける~」図録 すみだ北斎美術館 発行
すみだ北斎美術館ウェブサイト、他

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