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「芸術とは何か?」という命題を浮かび上がらせる。
人間存在の凄みを伝えるヴェルフリの芸術

「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」が東京ステーションギャラリーにて開催

内覧会・記者発表会レポート

アドルフ・ヴェルフリ 《ネゲルハル〔黒人の響き〕》 1911年
アドルフ・ヴェルフリ 《ネゲルハル〔黒人の響き〕》 1911年

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文・小林春日

恐らく多くの人々にとって、これまでに出会った絵画や彫刻などあらゆる芸術作品に向き合う時とは、完全に異質な、捉えがたい感覚に襲われるであろう、アドルフ・ヴェルフリ(1864-1930)の大規模個展「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」が、本日より東京ステーションギャラリーで開催される。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」
開催美術館:東京ステーションギャラリー
開催期間:2017年4月29日(土・祝)~2017年6月18日(日)
紙のトランペットを持つアドルフ・ヴェルフリ、1926年
紙のトランペットを持つアドルフ・ヴェルフリ、1926年

スイス、ベルン近郊の貧しい家庭に生まれたヴェルフリは、31歳で精神科病院に収容され、亡くなるまでの35年間を病院で過ごした。そこで25,000ページにおよぶ膨大な作品群を残している。美術教育を受けずに生みだされた、他に類をみない表現、奇想天外な物語性、そして音楽に対する情熱が凝縮された、驚異的な芸術世界である。

ヴェルフリは、1864年、7人兄弟の末っ子として生まれた。酒癖の悪い父は家庭を顧みず、母は病弱で、子どもたちの養育は里子奉公制度に委ねられた。里親の元を転々としたヴェルフリは、厳しい労働を強いられたり、折檻を受けるなどし、学校に通うこともままならないまま、11歳になるまでに両親を亡くす。

いくつかの恋愛も経験するが、うまくいかず、孤独と生活苦に苛まれる日々を送る。14歳の少女への性的暴行未遂など、数回にわたる犯罪の末、31歳のときに統合失調症と診断され、精神科病院に収容された。収容から4年後の1899年、鉛筆と印刷前の白紙の新聞用紙を与えられたヴェルフリは、そこに絵を描き始めた。

アドルフ・ヴェルフリ 《ホテル‐シュテルン〔星〕》 1905年
アドルフ・ヴェルフリ 《ホテル‐シュテルン〔星〕》 1905年

アドルフ・ヴェルフリの置かれた境遇を知ることなしに、彼の芸術作品と向き合うことは、なかなか困難である。ヴェルフリの無限な空想から生まれた世界も、独創的な色彩やモチーフの登場も、芸術作品として面白みにも溢れ、新聞用紙の隅々まで、強い筆致で描かれた緻密な作品の世界は、まさに驚異的である。

しかし、作品が観るものを襲ってくるこの重みはなんであろう。精神病院の、しかも隔離された独房という限られた空間に押し込められた人間の精神状態からくる閉塞感か、人並みの愛情を受けることなく育ったヴェルフリが、絶望の淵で本能的に求めた自己実現を描くことで果たそうとした執念か、測り知れないただならぬ重みが、これらの作品に漂う。

アドルフ・ヴェルフリ 《氷湖の=ハル〔響き〕.巨大=都市》 1911年
アドルフ・ヴェルフリ 《氷湖の=ハル〔響き〕.巨大=都市》 1911年

ヴェルフリの作品に向き合っていると、「芸術とは何か?」という命題が浮かび上がってくる。「人間とは何か?」「人間存在とは何か?」「生きるとはどういうことか?」。ヴェルフリの作品世界が、まっすぐに突き付けてくるものから目をそらすことが難しい。

(右) アドルフ・ヴェルフリ 《アリバイ》(部分) 1911 『揺りかごから墓場まで』第5冊(553-554頁)※1
(右) アドルフ・ヴェルフリ 《アリバイ》(部分) 1911 『揺りかごから墓場まで』第5冊(553-554頁)※1

ヴェルフリの芸術は、空想の世界による物語によって、いくつかのシリーズに分けられている。ひとつめは、自伝的なシリーズ『揺りかごから墓場まで』(1908-1912)。4年間で2,970頁にわたる物語を紡いでいる。次に自らの理想の王国を築く方法を詳細に説いた『地理と代数の書』(1912-1916)。そして、独創的な音楽づくりに没頭した『歌と舞曲の書』(1917-1922)。自らのレクイエムとして描いた『葬送行進曲』(1928-1930)は、2年間で16冊、8,404頁におよぶが、1930年、腸の病により死去。亡くなる4日前、涙を流しながらもう絵を描けないことを嘆き、『葬送行進曲』は未完のままに終わった。

日本における初めての大規模な個展となる本展は、ベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団の所蔵品、初期から晩年までの74点を厳選し、紹介している。

アドルフ・ヴェルフリ 《小鳥=揺りかご.田舎の=警察官.聖アドルフⅡ世., 1866年, 不幸な災=難》 1916年
アドルフ・ヴェルフリ 《小鳥=揺りかご.田舎の=警察官.聖アドルフⅡ世., 1866年, 不幸な災=難》 1916年

壮大な空想世界が、緻密に力強く描かれたヴェルフリの芸術世界を見渡せば、どんな境遇におかれようとも、人は生き得る限り、自己実現を希求し、命を輝かせようとするエネルギーを本来持ち合わせていて、それは誰にも奪うことはできない、と知ることができる。そのエネルギーは無限大なのではないかと思うほど、ヴェルフリの芸術が人間存在の凄みを伝えている。

※作品および写真は(※1)以外すべてベルン美術館 アドフル・ヴェルフリ財団 All works and photos ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern、(※1)は、展示会場内の撮影写真

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「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」
開催美術館:東京ステーションギャラリー
開催期間:2017年4月29日(土・祝)~2017年6月18日(日)

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