フィンランドのセラミック作家が魅せる、
めくるめくシュールな世界
「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」。
展覧会レポート
2019年4月27日から6月16日の期間、東京ステーションギャラリーにて「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」が開催されており、話題を呼んでいる。この後、伊丹市立美術館・伊丹市立工芸センター、岐阜県現代陶芸美術館、久留米市美術館などにて、2020年秋にかけて、巡回予定である。
北欧出身の有名アーティストと言えば、ムーミンの作者トーベ・ヤンソンや家具デザイナーのアルネ・ヤコブセンなどが思い浮かぶが、ルート・ブリュックはそれらの日本人が親しんだ北欧テイストとはひと味もふた味も異なるアーティストだ。
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「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」
開催美術館:東京ステーションギャラリー
開催期間: 2019年4月27日(土)~2019年6月16日(日)
1916年生まれのルート・ブリュックは、フィンランドの名窯と称されるアラビア製陶所内の美術部門に所属して名を馳せた作家。その長いキャリアにおける作品の変遷は多様で、日常を描いた具象作品からシンボリックな抽象作品まで、数多くの作品を残している。
代表作が目白押し、宗教や童話をテーマにした作品が多い50年代
蝶の研究者だった父フェリクスの影響か、蝶はルート・ブリュックの代表的なモチーフのひとつ。蝶は50年代のフィンランドにおいて戦後の自由のシンボルでもあったという。ここに描かれているのは、実在の蝶にブリュックがアレンジを加えたオリジナルのもの。彼女の作品としては珍しい写実的な作風を楽しんでほしい。
大きな目と恐竜のような背びれが特徴的な「イースターの鳥」。焼成後にできるひび割れに色素を染みこませることで陰鬱な仕上がりとなっている。日本人が「北欧」という響きから感じるイメージとは大きく異なる不気味なテイストもルート・ブリュックの持ち味だ。
ルート・ブリュックは1951年に開催されたミラノ・トリエンナーレに複数の作品を出品してグランプリを獲得している。ブリュック版「最後の晩餐」も出品された作品のひとつ。12人の弟子の内1人がイエスを裏切ることを暗示している作品と言われているが、いまいち目の焦点の定まらない登場人物から心情を読み解くのは難解だ。われわれがよく知るレオナルド・ダ・ヴィンチによる同作と比較しても面白い。
今回の展示会のメインビジュアルにもなっている「ライオンに化けたロバ」は1957年の作品。強さ、権威、父性の象徴であるライオンはフィンランドのシンボルでもある。
王冠を被り、顔のまわりにターコイズブルーの石を散りばめたライオンはどこか抜けた雰囲気を醸しながらも、威風堂々たるたたずまい。イソップ童話に着想を得た「ライオンに化けたロバ」という作品名のとおり、よく見るとライオンの中には1頭のロバがいる。前後の脚には花もあしらわれており、沈んだ色合いの中にもメルヘンなテイストが息づいている。
ファンシーな色使いで日常を描いた初期作品
40年代に制作された初期作品の多くは日常をモチーフにしている。「結婚式」といタイトルにふさわしく、パステル調のカラーでいたるところに花があしらわれている。花束を手にした新郎新婦に、教会の上を飛ぶ天使など幸せいっぱいの雰囲気だが、登場人物の表情からあまりハッピーな雰囲気は感じられないのは気のせいだろうか。
ブリュックは12歳のときに両親の別離を経験しており、この作品を制作した1944年に夫となるデザイナーで彫刻家のタピオ・ヴィルカラと出会っている。少女時代の辛い経験と制作当時の幸せな感情が1枚の作品に表されているようだ。
「結婚式」と対をなすようなタイトルの「お葬式」。フードを被ってうつむいた参列者と子どもたちとは対照的に、4人の天使に運ばれて天に上っていく死者はとても穏やかな表情をしている。抑えた色使いで、おとぎ話の世界に迷い込んだような幻想的な雰囲気を表現している。
「東方の三博士」とは、新約聖書に登場するイエスの誕生を祝福した3人の人物を指す。この作品はテーブルの天板として制作されたものであり、イエスに贈り物を届けるために3人が東方からパレスチナのベツレヘムに訪れる様子を表している。絵本の挿絵のような穏やかなタッチと、くすんだ色使いのミスマッチが目を惹く。
40年代には大皿だけでなく、得意のモチーフである花や鳥をあしらったソーサーやコーヒーカップも手がけている。初期作品ならではの明るい色使いが見る者を和ませる。
具象から抽象へ、キャリア後期の大きな変節を生んだ60年代
60年代後半になると、ブリュックは小さなタイル用いた抽象作品を発表するようになる。「スイスタモ」とはフィンランドの南東からロシアの北西にかけて広がるラドガ・カレリア地方の地名である。ヨーロッパを代表する湖のラドガ湖をはじめ豊かな自然が残る地域であり、ブリュックも幼い頃にカレリア地方をたびたび訪れていたという。多用されているオレンジカラーは、子どもの時に見た夕日の記憶だろうか。
「黄金の深淵」という意味深なタイトルの作品は、ロックファッションやパンクファッションで用いられるピラミッドスタッズを組み合わせたような幾何学的な抽象作品。大中小のピースを組み合わせただけの無味無臭の仕上がりで、初期~中期作品とは様相を異にする現代アートチックなたたずまいだ。この幅広い作風こそがルート・ブリュックの大きな魅力だろう。
北欧作家というカテゴリには収まりきらない、縦横無尽な活動で多ジャンルの作品を残したルート・ブリュック。東京での展示が終了しても、19年~20年にかけて伊丹市立美術館・伊丹市立工芸センター、岐阜県現代陶芸美術館、久留米市美術館と各地での開催が予定されている。日本人が持つ典型的な「北欧イメージ」を一新するような、知られざる作家の全容を堪能してほしい。
文 舩山貴之
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「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」
開催美術館:東京ステーションギャラリー
開催期間: 2019年4月27日(土)~2019年6月16日(日)