写真家・高木由利子が掬い上げる、
土地と人と服が織りなす、稀有な風情
「高木由利子 写真展」が、Bunkamura ザ・ミュージアムにて3月29日(日)まで開催

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文:中島文子
渋谷の街を舞台に、「Cultivate」をコンセプトに多様なカルチャーを発信する「渋谷ファッションウィーク」。毎年春と秋に開催されるこのイベントに、大型複合文化施設として渋谷を牽引してきたBunkamura ザ・ミュージアムも参画し、2024年以降は休館中の館内で2回にわたって企画展示を開催してきた。
3回目となる今回は、衣服や人体を通して、独自の視点で「人の存在」を写し出す写真家・高木由利子の〈Threads of Beauty〉シリーズに焦点を当てた企画展を3月29日まで開催する。会場となる Bunkamura ザ・ミュージアムは、東急百貨店跡地の「Shibuya Upper West Project」における新施設への拡大移転を控え、現展示室での展覧会はこれが最後の機会だ。
本展の会場構成は、〈Threads of Beauty〉シリーズの文脈を深く理解する建築家の田根剛が手がけた。変化のめまぐるしい渋谷で、約40年にわたり、アートとの出会いを紡いできた場の記憶に、時空を超越する美を捉えてきた高木の写真がどのように交わるのか。内覧会の様子をレポートする。

ファッションとは何か。 服の原点を探して
歴史あるメゾンや気鋭のクリエイターとのコラボレーション、多岐に渡る表現活動で国際的に活躍する写真家・高木由利子。近年では、ディオールのアーカイブピースをバレエダンサーの身体に宿し撮影した独創的な作品群が注目されたが、同時に、暮らしの中で受け継がれてきた伝統的な衣服に強い関心をもち、ドキュメンタリー的な作品も制作し続けてきた。いずれも対象は、衣服と人体を通した「人の存在」であり、高木はそこにある真実を写真に写し出す。

〈Threads of Beauty〉は、世界各地の伝統的な衣服をまとい生きる人々の日常を撮影する長期のプロジェクトだ。撮影を開始した1995年は、世界のファッションシーンをスーパーモデルが席巻していた頃。デザインとファッションを学び、ファッションデザイナーから写真家へと転身した高木は、画一的な美に対して漠然と疑問を感じていたのだという。ファッションとは何か──服と人の関係の原点を求めて、撮影の旅に出た。
30年もの年月をかけて続けてきた壮大なプロジェクトは、服をまとう人の“格好良さ”が何よりも強い原動力になっている。
「今回のメインテーマは、すごくシンプルに“何が格好良いのか”ということ。私が出会った人々は文句なく格好良い。彼らの佇まいや風情がなぜこんなに格好良いのかというのは、現代の都会に住んでいる私たちにとって大きな投げかけでもあると思います。服が撮影の最初の入り口にはなっていますが、私たちの生き様すべてにつながるテーマだと思っていますので、それぞれクエスチョンや共感や、いろいろと感じていただければ嬉しいです」

隔たりのない、ノマディックな展示空間
「現代の都会に住む私たちへの大きな投げかけ」として、ここ Bunkamura は非常に面白いロケーションになったと言えるのではないだろうか。渋谷の街の喧騒を抜け、休館中の建物に足を踏み入れたところから、別の時間軸に入っていくような不思議な感覚を覚える。

地下に降り、薄暗い展示空間に足を踏み入れると、スポットライトに照らされた、雰囲気ある写真作品が目に入り、ぐっと心が引き寄せられる。〈Threads of Beauty〉のタイトルに相応しい、美を紡ぐ人の象徴であるインドのテーラー(仕立て屋)と、コロンビアとメキシコのスピリチュアルリーダーが未知なる扉を開くように、鑑賞者を迎え入れてくれる。

会場構成を手がけた田根剛とは、京都・二条城で開催した「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2023 」での展示に続く2度目のコラボレーション。場所が持つ記憶を掘り起こし、未来へつなぐ建築をつくってきた田根ならではの深い洞察で、約100点もの作品が内包する世界観を体現。Bunkamuraが渋谷で担ってきた役割と〈Threads of Beauty〉の文脈をつなげ、特別な空間をこの場に創出した。
「多くの展覧会が行われてきた Bunkamura という場所を最後に使うのであれば、壁を立てずに、できる限りオープンに作りたかった」と田根が話すように、空間を仕切る可動壁を取り払い、展示壁に隠されてきたコンクリートの壁や空調ダクトをあえて露出させた。隔たりのない広々とした空間を、鑑賞者が思い思いに回遊できる自由さも心地良い。
大判の布に竹和紙にプリントされた写真が縫い付けられた作品は8つのヴィレッジ(村)に分かれているが、そのヴィレッジも国や時代で分かれているのではない。ここで展示される12カ国で撮影した人々について、高木は「全体で地球族」という感覚があると話す。その上で「世界の女性たち」など、柔軟にテーマを作っていった。

旅の写真日記さながらに、臨場感ある文章が添えられている
会場中央の空間には、地形や風土の特性に適応しながら、大自然と共に生きる人々の生活を捉えた写真が並ぶ。田根はこの空間をヴィレッジの広場として作ったのだという。
「由利子さんと最初にこの展覧会の対話をしたときに、『少数民族の人々は、道ができるといなくなってしまう』とおっしゃられていました。道が文明を作り出す中で、文明とは合わず、そこから離れて、地球の上で暮らしていく生き方を選んだ方々がいる。そういった方々に魅せられてきたことを考えた上で、順路や動線はなく、ただ会場を歩きながら出会う場所として、Bunkamura という村の中心になる広場を作りました」

奥に進むと出現するのは、高木が「発掘コーナー」と呼ぶ空間。ここでは、高木の私物を展示するほか、作家とのコラボレーションで生まれた、皮革や漆などの素材を使った写真作品が展示されている。Bunkamura ザ・ミュージアムでかつて使われていたアクリルボックスを再利用するなど、廃棄を出さない展示手法にもこだわっている。


「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」展示風景、Bunkamura ザ・ミュージアム、2026年 Photo by Ooki JINGU
“格好良い”に表れる生き様が、私たちに問いかけるもの
展示を巡りながら、本展のテーマである“格好良さ”について改めて考えてみる。高木にとっての格好良さは「服と人が一体に見えること」なのだという。布の重なりがつくる襞も、皮膚に刻まれた皺も、重量感あるアクセサリーも、すべてが一体となり自然の一部として存在する稀有な風情。そこに高木は“格好良い”の本質を見出す。本気のおしゃれには、自分の人生を生きる気概や覚悟が自然とにじみ出るのだ。

日本の着物もそうだが、日常的に伝統的な衣服を着て生活している人は、世界的にどんどん減っていっているのが現状だ。世代を超えて受け継がれてきた服やそれぞれの着こなし方が見られなくなっていくのは寂しいが、それよりももっと悲しいのは、多様な個性を均一な価値観が覆い隠してしまうこと。もっと言えば、そうした状況に無自覚なままでいることなのではないだろうか。

本展の最後には、渋谷と〈Threads of Beauty〉の世界観が交差する《同時多発的服飾 Parallel Styles: Shibuya×The Other Side 》という短い映像作品が展示される。コロナ禍以前の渋谷・スクランブル交差点で高木が撮影した写真は、いまよりものびのびとファッションを楽しむ若者の姿が印象的だ。そのカラー写真と〈Threads of Beauty〉の写真と並べてみることで、意外な共通点が見つかるのも興味深い。そして、対比的に見て、渋谷の若者の存在感が決して劣っていないことに気づくだろう。

予測不可能な未来に萎縮しがちな現代で、本展が伝えるメッセージは、ファッションから、生き方、人生観にまで広がる。高木はAI時代の到来を冷静に受け止めながらも、私たちの視界をふっと広げるような一言を投げかける。「着飾る楽しさやファインダーを覗いてワクワクするという『人間的喜び』まで、受け渡すわけにはいかないのです」と。
格好良さの追求は、自分らしく生きることと深くつながっている。短い期間だが、たくさんの格好良い人々に会いに、Bunkamura ザ・ミュージアムを訪れてみてほしい。
本展会期中には、「一冊の本を売る書店」をテーマとする森岡書店が展示室内に特別出店する。写真集『Threads of Beauty 1995-2025―時をまとい、風をまとう。』(青幻舎)に加えて、30種類のオリジナルプリントが表紙に施された豪華特装版を限定30部販売。その他各種書籍やリトグラフ作品、漆皮作家とのコラボ作品、ファッションブランドとのコラボ商品などが並んでいる。数量限定の商品も多いので、お見逃しのないように。
