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「かわいい」でひも解く長沢蘆雪の魅力

「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」が、府中市美術館にて2026年5月10日(日)まで開催

展覧会レポート

長沢蘆雪《菊花子犬図》個人蔵 【前期・後期展示】
長沢蘆雪《菊花子犬図》個人蔵 【前期・後期展示】

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府中市美術館で、今年も江戸絵画を堪能する季節がやって来た。2001年、そして2005年以降、毎年春には江戸絵画を中心とする展覧会を開催してきた同館。やがて「春の江戸絵画まつり」と冠し、地域の人々や美術ファンの間で親しまれてきた。

今年のテーマは「長沢蘆雪」。写生画を大成した巨匠・円山応挙の弟子として卓越した画力を持つ一方、大胆不敵で観る者をアッと驚かせる作品も多く手掛けた絵師だ。後に「奇想の画家」の一人として紹介され、現代でも人気となっている。

本展では、その蘆雪の魅力を「かわいい」を切り口に紹介する。子犬をはじめ、慈しみの眼差しに満ちた作品を中心に、蘆雪の魅力をひも解いていく。

「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」展示室入り口
「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」展示室入り口
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「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」
開催美術館:府中市美術館
開催期間:2026年3月14日(土)〜5月10日(日)

「奇想の画家」から「かわいいもの描き」の蘆雪へ

長沢蘆雪《南天狗子図(部分)》個人蔵 【前期展示】
長沢蘆雪《南天狗子図(部分)》個人蔵 【前期展示】

本展のキャッチコピーは「かわいい。」――以上だ。一見すれば展覧会をプロモーションするための振り切った表現に思えるだろうが、決してこれは蘆雪の画業を乱暴に言い切っているわけではない。作品や作家の価値や位置付けは時代によって変化するもので、蘆雪もその例にもれない。明治期には、応挙の弟子の筆頭として名前が挙がりながらも、「覇気」がありすぎて応挙のような落ち着きや深みがないと評されている。しかし、1970年に辻惟雄(つじ・のぶお)氏による『奇想の系譜』で、その「覇気」こそ魅力として語られ、一躍人気絵師の一人となった。「奇想の画家」というフレーズは、今では日本美術の重要なカテゴリーとして定着した。

本展は現代における「蘆雪」の魅力の再定義、とまで言うとやや言い過ぎかもしれないが、定着した「奇想の画家」というイメージから少し角度を変えて、蘆雪の魅力に迫る。

精緻な「写実」も、機知に富む「ラフ」な絵もお手の物

通常、一人の画家を特集する展覧会では、生涯をたどるように構成する場合が多いが、本展ではそうした構成はとっていない。というのも、蘆雪は46歳の時に急死したため、残された作品の制作時期は、応挙にの弟子となった20代後半から亡くなるまでの約20年の間に集中しているためだ。

本展は「蘆雪の造形、二つの世界」「蘆雪が表現したもの」という二部構成、つまり「どのように描いたか」、そして「何を描いたか」に注目し、作品を紹介している。

師・応挙の作品と蘆雪の作品が並び、両者の共通点や違いを見比べることができる。展示風景より
師・応挙の作品と蘆雪の作品が並び、両者の共通点や違いを見比べることができる。展示風景より

まず「蘆雪の造形、二つの世界」では、蘆雪の表現を「応挙風とその変化」と「ラフな描き方」という2つの軸で解説する。蘆雪は、師・円山応挙にならった精緻で写実的な表現で描きながらも、独自のアレンジを随所に施している。会場では応挙と蘆雪の作品が並んで展示され、蘆雪がいかに師の画風を継承していたか、その上でどのように独自の表現を画面の中に取り入れていったかを見ていく。

展示風景
展示風景

続く「ラフな描き方」では「奇想の画家・蘆雪」のイメージに合う大胆・奔放な筆、構図で描かれたユニークな作品を紹介する。こうした作品は、見た目の面白さのみに気を取られてしまいがちだが、本展では蘆雪の「ラフ」な絵の源泉として、禅宗との関わりに焦点を当てる。白隠慧鶴(はくいん・えかく)をはじめとする禅画と、蘆雪が描いた達磨図や寒山拾得(じっとく)など禅に関係する画題の作品を共に見ることで、両者に共通する単純明快な筆運びや、そうした表現の背景にある脱俗的な禅の思想に触れる。

長沢蘆雪《四睡図(部分)》本間美術館 【後期展示】
禅僧の豊干(ぶかん)と、その弟子の寒山・拾得、そして虎という3人と1匹が眠る様子を描く。獰猛な虎と人間が共に眠ることから、すべてが平等となる境地、あるいは安穏とした境地を表すものとされる。
長沢蘆雪《四睡図(部分)》本間美術館 【後期展示】
禅僧の豊干(ぶかん)と、その弟子の寒山・拾得、そして虎という3人と1匹が眠る様子を描く。
獰猛な虎と人間が共に眠ることから、すべてが平等となる境地、あるいは安穏とした境地を表すものとされる。

動物、唐子―「かわいい」ものへのまなざし

第2部「蘆雪が表現したもの」では、「ファンタスティック」「微妙な趣」「動物の命」「ちびっこ集まる」の4つのセクションに分かれ、後半に進むにつれて「かわいい」作品が増えてくる。

展示風景
展示風景

第2部では、特に「ちびっこ集まる」と題して紹介されている唐子図に注目したい。中国の子供(唐子)たちは、子孫繫栄や泰平を願う吉祥的な画題として定番のテーマであった。しかし、蘆雪の画業においては、単なる「定番画題」ではない。というのも非常に作品数が多く、また子供たちの無邪気な姿は、まるで目の前で遊んでいる姿をそのまま写したかのようなリアリティがある。そこからは蘆雪が子供たちの姿に向けた慈しみの眼差しが感じられる。

これほどまでに子供たちを描く背景に、本展では蘆雪がその生涯の中で4人の子供を亡くしたという事実に触れている。そのことと唐子図の制作を直接的に結びつけることはできないが、この事実を思わずにはいられないほどに、蘆雪の唐子図は、単なる「図像」ではなく、1人1人が生き生きとし、その小さな命を生きているさまが描き出されている。

長沢蘆雪《唐子遊図襖》展示風景
長沢蘆雪《唐子遊図襖》展示風景
長沢蘆雪《唐子遊図襖(部分)》個人蔵 【前期・後期展示】
子供たちが集まり闘犬をはじめたり、凧揚げをする様子などが描かれた作品。引きずられる子犬の表情が何とも言えないかわいらしさだ。
長沢蘆雪《唐子遊図襖(部分)》個人蔵 【前期・後期展示】
子供たちが集まり闘犬をはじめたり、凧揚げをする様子などが描かれた作品。
引きずられる子犬の表情が何とも言えないかわいらしさだ。

前期:蘆雪の「かわいい」子犬が集結-「子犬」の系譜

長沢蘆雪《木蓮狗子図》個人蔵 【前期展示】
長沢蘆雪《木蓮狗子図》個人蔵 【前期展示】

そして、展覧会の最後は特集として、前期(3/14~4/12)は「子犬の絵の歴史と蘆雪」、後期(4/14~5/10)は「無量寺の竜虎図を考える」と題した展示が行われる。

前期では、蘆雪の「かわいい」の代名詞ともいえる子犬たちが集う。また俵屋宗達、狩野探信、そして蘆雪の師で「かわいい子犬」の最初のスタイルを確立した応挙など、先人たちの作品も展示されており、「子犬の系譜」を辿った上で、蘆雪が描く様々な子犬たちの姿を見ていく。

長沢蘆雪《狗児図扇面》本間美術館 【前期展示】
長沢蘆雪《狗児図扇面》本間美術館 【前期展示】

蘆雪が描く子犬には、そのポーズ、顔貌、表現にいくつかのパターンがある。たとえば白い犬は墨線で完結に描かれるが、茶色と白が混ざった犬は、細かい筆でフワフワの毛並みを表現する場合が多い。またポーズも後ろ向きでだらりと足を横に出した格好をしばしば用いる(時にだらりとし過ぎて本来の子犬のプロポーションより胴長になることも)。

じゃれたり、くつろいだりする子犬たちを、蘆雪は様々な植物や人物と組み合わせて多くの作品に登場させている。特に《寒山拾得図》では、禅の世界で尊ばれた寒山と拾得の姿を描いた作品だが、画面のわずかなすき間に子犬が3匹押し込められたような形で描き込まれている。寒山拾得の画題に犬は無関係で、「なぜここに犬が?」と誰もが思うことだろう。蘆雪の遊び心なのか、注文主の依頼なのか、真相は定かではないが蘆雪の子犬の人気ぶりを示していると言えるだろう。

後期:“あの虎”がやってくる―無量寺の竜虎図

長沢蘆雪《虎図襖(部分)》無量寺・串本応挙芦雪館、重要文化財 【後期展示】
長沢蘆雪《虎図襖(部分)》無量寺・串本応挙芦雪館、重要文化財 【後期展示】

そして、後期では蘆雪の代表作として名高い無量寺の《竜虎図襖》がお目見えとなる。まるで画面から飛び出してきそうなほどの躍動感ある虎の姿。一度見たら忘れられないインパクトのある虎は、蘆雪の面目躍如といったところだ。威勢のある姿だが、顔の表情やポーズによって、どこかチャーミングでもある。禅宗の寺院の障壁画に竜虎の図を描く例は様々あるが、これほどまでに虎が躍動的に、かつ親近感を抱かせる虎はいないだろう。

対となる竜は、虎の大胆な姿に比べたら伝統的な表現のように思えるかもしれないが、墨が垂れて流れる様子を、そのまま雨の表現として活かすなど、竜の出現という劇的な瞬間をよりドラマティックに演出している。

竜も虎も古代中国以来の天地の守護神であり、仏法の守り神にもなった動物だ。また禅宗における重要な書物『碧巌録(へきがんろく)』などには「龍吟雲起、虎嘯風生(竜が鳴けば雲が起こり、虎がほえれば風が生じる)」という言葉がある。子犬とは打って変わって、姿も大きく、凄まじい力をもつ動物も、蘆雪の手にかかれば「かわいい」姿で表される。

本展では、こうした蘆雪の「かわいい」竜や虎の表現を、蘆雪の遊び心、突飛なアイデアということにとどめず、背景にある「禅」の存在を提示する。たとえば、蘆雪は獰猛な虎と禅僧・豊干や寒山拾得が共に眠る「四睡図」を度々描いているが、平等・安穏という境地を表すため、その虎の姿は観ているこちらが思わずニッコリしてしまうほど穏やかで愛おしい。

長沢蘆雪《四睡図(部分)》草堂寺 【後期展示】
長沢蘆雪《四睡図(部分)》草堂寺 【後期展示】

本展は「かわいい」絵が見たい人はもちろんだが、「長沢蘆雪=奇想の画家」というイメージが定着している人にも見に来てほしい。「奇想」というフレーズは蘆雪の大胆で独創的な表現を言い表しているが、一方で隠れてしまった点もある。本展では蘆雪が動物や子供たちへ向けた慈しみの眼差し、あるいは禅画との関係などを「かわいい」を軸にして浮かび上がらせる。

蘆雪の「かわいい」絵、その魅力は「かわいい」の一言では言い尽くせない味わいに満ちている。蘆雪の「かわいい」、恐るべしだ。

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府中市美術館|FUCHU ART MUSEUM
183-0001 東京都府中市浅間町1丁目3番地(都立府中の森公園内)
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
会期中休館日:月曜日 ※5月4日は開館

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