日本最古の観音霊場に立体の龍を奉納
プリミティブであり千年後も新しいアートを
竹工芸作家・アーティスト 四代田辺竹雲斎が、あびこ観音寺(大阪)に龍のインスタレーションを奉納

構成・文・写真:赤坂志乃
大規模な竹のインスタレーションで世界的に注目を集める、竹工芸作家・アーティストの四代 田辺竹雲斎が、大阪・住吉区にある「観音宗本山 あびこ山大聖観音寺」(通称:あびこ観音寺)で本堂を見守る荘厳な立体の龍を制作した。寺の宝物ともなる具象的なインスタレーションは新しい挑戦。およそ1年をかけ「地域の人たちの祈りを感じながら制作した」という四代竹雲斎に、今回の作品「昇龍」への思い、また伝統の技による現代アートの可能性について聞いた。

四代 田辺竹雲斎(たなべちくうんさい)
1973年、大阪府堺市生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業後、父である三代竹雲斎に師事。2017年四代田辺竹雲斎を襲名した。2001年米国フィラデルフィア美術館工芸展に招待出品し、オブジェが買い上げされる。ボストン美術館、大英博物館、フランス国立ギメ東洋美術館などで展覧会を開催。代々の技術を受け継いだ竹による作品の制作を続けながら、「自然と人の融合」をコンセプトに、「過去・現在・未来」や 「生・死」などをテーマにインスタレーションやオブジェを制作。世界各地で展開するインスタレーションは竹工芸の新しい可能性を拓いている。2022年芸術選奨文部科学大臣新人賞、大阪文化賞を受賞。
あびこ観音寺は、今から約1400年前に聖徳太子によって創建された日本最古の観音霊場。地元では「あびこさん」の愛称で親しまれ、毎年2月の節分祭には多くの人でにぎわう。その本堂の外陣に巨大な龍が浮かび、躍動的なエネルギーを放っている。

―あびこ観音寺に作品を奉納されることになったいきさつは?
「四代田辺竹雲斎を襲名した2017年からご住職が展覧会で作品を気に入ってくださり、応援していただいていました。大阪・関西万博を機にお寺の整備が進められる中で、2023年に立体の龍をつくってほしいというご依頼がありました。寺院の天井に龍図が描かれることはありますが、立体の龍は聞いたことがないので驚きました。現代の作家として寺院の宝物となる作品をとの要望を受け、身が引き締まるとともに、新しい挑戦に心が奮い立ちました。
今回は、寺院の庫裡に日本画家の千住博さんの『ウォーターフォール』の襖絵、本堂に私の立体の龍を奉納します。千住先生とはあびこ観音寺での仕事がご縁で、東京で二人展もさせていただきました」
―これまでにない立体の龍ということでどんな構想を?
「あびこ観音寺には、本堂の隣に白龍弁財天をお祀りする金辰殿があり、その前の白龍池には見事な鯉が泳いでいます。龍は仏法を守護する存在であり、水の神様としてお寺を火災から守る『守り神』でもある。この本堂には『守り神となる龍』をつくろうと考えました。千住先生が描かれた雄大な滝の襖絵からもイメージをふくらませ、白龍池の鯉が滝を上り、成長して龍となり堂内を舞うという登龍門の物語も重ねて『昇龍』を構想しました」

―具象的でありながら流動的なエネルギーがあふれる作品は初めて拝見しました。制作はどのように?
「2015年から竹のインスタレーションを発表していますが、何かを具象化して表現することはなく全く新しい挑戦でした。龍の顔も具体的につくりすぎると、龍が放つエネルギーを表現しにくくなるためなるべくイメージでつくっています。本堂は天井の高さが3.6mと高いので、中2階に足場を組み、約5000本の竹ヒゴを使って、1年がかりで仕上げました」
―あびこ観音寺での制作で意識されたことは?
「あびこ観音寺は地域の人に愛されてきた由緒あるお寺です。熱心にお祈りされる方が多く、その間はできるだけ音を立てないようにしました。長期間にわたり祈りの中でつくらせていただくことは初めてで、信じる心や祈る気持ちに思いをいたしながら竹を編んでいました。制作の最初と最後には感謝の気持ちで手を合わせるのですが、この空間に恥じない作品をつくらせていただきますという気持ちに自然になります。
龍が完成しても、また数年後に見た時にこうした方が良いと感じるところがあれば手を入れていきましょうとご住職と話しています。お寺の歴史とともに成長していけたらと思っています」
伝統工芸から現代アートへ

―本堂を荘厳する竹による現代アートに多くの人が驚かれると思います。ニューヨークのメトロポリタン美術館など国内外で竹のインスタレーションを発表されていますが、伝統工芸から現代アートに飛躍した理由は?
「父・三代竹雲斎のもとで修業し展覧会をして、伝統工芸の世界がこんなに厳しいのかと思い知らされました。代々、伝統工芸を受け継いできた家もこれでは子供に継がせられないという話ばかり。伝統を受け継ぎながら新しいものをつくらなければと、オブジェや漆工芸の方とのコラボレーションなど試行錯誤しました。
27歳の時に初めて米国・フィラデルフィア美術館の工芸展に招待され、世界のアート市場の大きさに驚きました。竹のオブジェを出品したところ、作品は完売。そこから海外での販路を少しずつ広げていきました。ただ、アートの世界は絵画や彫刻などの西洋美術が主流で、いくら頑張っても竹工芸は美術館のメインにはなれない。工芸の限界にぶち当たりました」
―今につながるターニングポイントになったのは?
「転機となったのは2009年にロンドンのロイヤルアカデミーで見た、アニッシュ・カプーアの個展です。大砲が赤いワックスを打ち出す作品に衝撃を受け、ここまで体感させる作品をつくらないと世界に通用しないと思った。そこからインスタレーションをつくるようになり、五感で感じる現代アートの世界に入っていったんです。
同時に海外で活動するなかで、日本の工芸がいかに素材と向き合い、愛情を持って丁寧につくっているかにも気づきました。自分もその継承者として次の世代に伝えていかなければいけない。受け継いできた日本の伝統工芸と世界に通用する現代アートの両輪でやることで、ほかの作家にはできないものをつくれるのではないか」
竹工芸もインスタレーションも竹雲斎七技が光る

―海外の展覧会では、インスタレーションと一緒に花かごなどの竹工芸を展示することもあるとか。
「インスタレーションのそばに工芸作品を展示するのは、自分のルーツを知っていただく意味もあります。インスタレーションは、荒編みという技法で制作するのですが、これは初代竹雲斎から受け継いできた技法です。竹雲斎の家には、竹雲斎七技という7つの大きな技があり、荒編みはその最上位に来るもの。代々竹雲斎が得意としている技法で、私も小さい頃から父に習ったお家芸のような技をインスタレーションに使おうと思ったんです。
例えば、グッチならGのマークですぐにそうとわかるように、竹工芸に詳しい人が荒編みや亀甲透かしの作品を見たら竹雲斎オリジナルとわかります。竹雲斎七技をきちんと継承しながら新しいものを意図的につくっています」

―インスタレーションに使われる竹はどのようなものを?
「虎竹といって高知の須崎にある山の一角でしか生えない竹を使っています。インスタレーションで使った竹ヒゴは、展覧会が終わったら解体して95%ぐらいは再利用します。折れたり割れたりするものが5%ほど出てくるので、また新しい竹ヒゴを5%足す。人間の細胞と同じように入れ替わり、10年間もするといろんな年数の竹が混ざって良い味になります。ちょうどSDGsの考え方が出てきた頃で、自然のものを循環させるアートをいろんな国でやることになりました。
この『循環』の考え方をよりコンセプチュアルにしようと、展覧会が終わるとワークショップ形式で参加者に竹ヒゴをほどいてもらうことにしました。いろんな国の人の手で解体された竹ヒゴが、国から国へ循環していく。竹もいろんな年数のものが交じり合い、再びいろんな国の人の手や目に触れる。自然と人を編みつないでいくところにグローバルにやっていく面白さを感じています」
―竹のインスタレーションに対する海外の人の反応は?
「どの国でやっても、日本人以上に自然素材の竹に感動してくださいます。アメリカやブラジルの展覧会ではインスタレーションが解体される時にお礼を言いに来られたり泣かれる人もいました。なぜだろうと考えたのですが、プリミティブなアートには、自然素材が持つ強さや懐かしさ、何か心に響くものがあるのではないでしょうか。
DNA遺伝子の3%は必ず人に受け継がれていくそうで、誰に教えてもらったわけでもないのに夜空の星を美しいと感じたり、焚火に心が落ち着いたりするのは、太古からのDNAを受け継いでいるといわれます。そんな人間のDNAに刺さるアート、絶対美があるような気がしています」
プリミティブであり1000年後も新しい。竹と土の作品を発表

―竹のオブジェやインスタレーションは、現代アートでありながら普遍性を感じます。
「私が目指しているのは、一過性の流行のアートではなく、原始的でありながら1000年後も新しいもの、国や宗教が違っても何か人の心に刺さるものを自然素材でつくること。そういうものが古くても常に新しいアートになると思っています。
1000年後も新しいアートを目指そうと、今、竹と土を使った新しい作品に取り組んでいます。洞窟の中とか土器の感触は、DNAに刷り込まれていると思うので、竹に土を加えることでよりプリミティブな表現ができるのではないか。竹を編んだオブジェやインスタレーションに土を付けたり塗り込めたりするのはその場の直感。一瞬で表情が変わるのが面白く、自分に向いているようです」
―竹と土を融合した作品は、大規模なインスタレーションと同じように、圧倒的な自然のエネルギーを感じさせます。ありがとうございました。
茶の湯文化を背景に発展した竹工芸の技を受け継ぎ、世界を舞台に根源的で唯一無二のアート作品に挑戦し続ける、四代田辺竹雲斎。ジャンルを超えて、工芸の新しい可能性を切り拓いている。
尚、あびこ観音寺の本作品「昇龍」の一般公開の期日は未定となっているが、現在、本堂西側の窓から作品を見ることができる。
また、6月9日(月)から14日(土)まで、大阪・関西万博の関西パビリオン・和歌山ゾーンで、和歌山県産黒竹を使用した四代田辺竹雲斎のインスタレーション作品が展示される。9月20日(土)から11月3日(月・祝)には、堺市博物館の「堺の竹工芸家たち ―前田竹房斎と田辺竹雲斎―」で、歴代竹雲斎の作品が展示され、講演会・ワークショップも行われる予定。同時開催として、国登録有形文化財 堺市茶室「伸庵」(同博物館)で「四代田辺竹雲斎展」も開催予定だ。
- 観音宗本山 あびこ山大聖観音寺
558-0014 大阪府大阪市住吉区我孫子4-1-20
https://abikokannonji.com