美輪明宏の妖しい美しさに酔いしれる『黒蜥蜴』
乱歩×三島×深作との豪華すぎるコラボレーション
犯罪ミステリーの傑作が『黒薔薇の館』と共に初のDVD&ブルーレイ化!

文 長野辰次
原作 江戸川乱歩、戯曲 三島由紀夫、監督 深作欣二、主演 美輪明宏。日本の文芸&カルチャーシーンのビッグネームたちが奇跡のコラボレーションを果たしたのが、映画『黒蜥蜴』(1968年)だ。正体不明の女盗賊・黒蜥蜴と名探偵・明智小五郎が丁々発止の攻防を繰り広げながら、お互いに恋愛感情を募らせていくという異色の犯罪ミステリーになっている。
日本だけでなく、海外でも大ヒットした『黒蜥蜴』が、同じく美輪主演作『黒薔薇の館』(1969年)と共に初めてDVD&ブルーレイ化されることになった。倒錯的な世界ながら、多くの人を惹きつけてやまない『黒蜥蜴』の魅力を探ってみよう。

パリ、ニューヨークでも人気を博した『黒蜥蜴』
日本ミステリー界の開祖である江戸川乱歩が小説『黒蜥蜴』を発表したのは1934年。「人間椅子」を使った大胆な犯罪トリックに、意表をつく変装、人間を剥製にするという黒蜥蜴の猟奇的な趣味が盛り込まれ、乱歩の代表作のひとつに数えられている。
1968年に渋谷の東横劇場で舞台版が上演され、これに主演したのが美輪明宏(当時は丸山明宏)だった。乱歩の妖しい犯罪世界の女王・黒蜥蜴を演じるのに、ミステリアスな美輪ほど相応しい役者はいなかった。美輪が10代のころから親交のあった三島由紀夫が、美輪を主演に指名。三島独特の文語調の台詞まわしが『黒蜥蜴』の闇の世界に格調と官能美を与えている。
舞台は連日売り切れとなり、東銀座の歌舞伎座でアンコール上演が行なわれ、こちらも完売するほどの大人気だった。この反響ぶりを見て、松竹は映画化を決定する。東映の専属監督からフリーになったばかりの深作欣二監督を招聘し、ホームドラマを得意とする松竹映画とは一線を画する耽美的な作品に『黒蜥蜴』は仕上がった。乱歩、三島、美輪、深作という4人の名前がひとつの作品にクレジットされたのは本作だけである。
空前の黒蜥蜴ブームが日本で起きただけでなく、パリやニューヨークでも『黒蜥蜴』は上映され、大人気を博した。カルトなノワール映画として、海外でも「Black Lizard」のタイトルは浸透している。

「永遠の美」を求める黒蜥蜴
宝石商を営む岩瀬の美しい愛娘・早苗(松岡きっこ)に、緑川夫人こと黒蜥蜴(美輪明宏)が近づくところから犯罪ドラマの幕が開く。黒蜥蜴は宝石だけでなく、美しいものはすべて自分のものにしなくては気が済まなかった。
黒蜥蜴の企みを先読みした私立探偵・明智小五郎(木村功)の活躍によって、早苗は危うく難を逃れる。だが、明智と黒蜥蜴との危険な関係がここから始まった。やがて、2人は犯罪における陰と陽、似たもの同士であることに共に気づく。黒蜥蜴の仕掛ける犯罪に立ち向かう形で、明智は彼女の愛に応えるようする。
息つくひまもなく、物語はいっきにクライマックスへとなだれ込む。黒蜥蜴のアジトにはこれまでに彼女が盗み出した宝石類がコレクションされていた。なかでも一番の自慢は、選ばれし人間たちを剥製にした「恐怖美術館」だった。岩瀬邸から誘拐された早苗も、ここで剥製にされ、永遠の若さと美しさの象徴として飾られるはずだった。
ラストシーン、明智は知ることになる。黒蜥蜴の心の中は少女のように純真なことを。そして、それこそが黒蜥蜴がいちばん大切に守っていたものだった。

「生人形」役を熱演した三島由紀夫
三島由紀夫もこの「恐怖美術館」のコレクションのひとつとして登場する。台詞のない剥製にされた生人形役を、昭和の文豪は嬉々として演じている。このシーンで、黒蜥蜴役の美輪は人形役の三島と口づけを交わし合う。
『黒蜥蜴』は国内では長年ソフト化されなかった。おそらくこのシーンが問題視されていたようだ。
一歩間違えればエログロナンセンスに陥るところだが、美輪の放つ気品と深作監督のシャープな演出がそれを抑えている。世間に背を向けた黒蜥蜴の生き方は、シスターボーイと称された美輪明宏自身のものと重なる。昭和の文豪と異端の女優との魂が邂逅した、刹那的な場面ではないだろうか。

美輪明宏が語った文豪たちとの交遊
1997年に舞台版の再演が行なわれた際に、主演と演出も兼ねた美輪明宏をインタビューする機会に恵まれた。『黒蜥蜴』の魅力を知ってもらうには、自分が普段どんな生活を送っているのかも知ってほしいと、美輪の自宅に招かれての取材だった。アールデコ調のアンティークが並ぶ洋室は、現実の世界とは遊離したものを感じさせた。
家のあるじである美輪は、三島由紀夫や江戸川乱歩たちと出会ったころのエピソードを語ってくれた。長崎から無一文で上京した美輪が、銀座の「銀巴里」でシャンソンを歌っていた時代のことだ。
「当時は安くて狭いアパートに暮らしていました。カラーセロファンを買ってきて、電球や窓ガラスに貼り、安いお酒をシャレたデザインの洋酒の瓶に移し替えて、先生たちにお出したんです。喜んでいただきました。先生たちにお会いする前には、図書館でいろんな本を借りて読みました。そのほうが会話が盛り上がるでしょ。文化や芸術はお金がなくても、楽しめるものなのよ」
美輪は優しく微笑みながら、そう語ってくれた。後日、舞台『黒蜥蜴』の上演にも招待された。開演を告げるブザーの代わりに、舞台からは優雅な甘い香水の匂いが溢れ、その香りが客席を満たすのと同時に舞台は始まった。映画の公開から30年近くの歳月が経っていたが、映画同様の毅然とした美しさと妖しさを纏った美輪の姿が目に焼き付く舞台だった。
映画ではさすがに香水の演出は施されていないものの、オープニングタイトルにはオーブリー・ビアズリーが描いた『サロメ』のイラストが使われるなど、舞台版とは違った趣向が凝らしてある。また、舞台版と同様に緑川夫人/黒蜥蜴の衣装も、美輪が手掛けている。緑川夫人の変装シーンには、思わず感嘆の声が出てしまう。

田村正和との共演作『黒薔薇の館』
同時発売される『黒薔薇の館』は、映画『黒蜥蜴』が予想を上回る大ヒットになったため、松竹が慌ただしく企画したものだ。『黒蜥蜴』の続編的な物語を期待して三島由紀夫にプロット(構成案)を頼んだものの、松竹側が膨らませたストーリーを三島が気に入らなかったため、三島の書いたプロットとは異なるオリジナル作品となっている。最終的に脚本は、深作監督と付き合いの深い松田寛夫が担当した。
美輪演じる謎めいた美女・竜子が、大人の集うサロン「黒薔薇の館」に現れ、男たちはみんな竜子に夢中になり、次々と破滅を迎えるという悲劇的な内容だ。残念ながら興行的には奮わず、美輪と深作監督とのタッグは2作のみで解消となったが、美輪が豪華ドレスを纏い、主題歌「愛のボレロ」などを歌唱するシーンは充分に見応えがある。また、竜子に身も心も捧げる青年役を、二枚目俳優として知られる田村正和が演じているのも見どころとなっている。
『黒蜥蜴』『黒薔薇の館』のソフト化を記念して、6月6日(金)から1週間限定で Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下にてリバイバル上映が行なわれる。35ミリフィルムでの特別上映だ。当時の美輪は30代前半。彼女の美しさをスクリーン越しで楽しむ機会は、今後はそう多くはいだろう。
黒蜥蜴は永遠の美しさを求め続けたが、美輪明宏はフィルムに永遠の美しさを刻むことに成功した。美輪の知性とタフな生き方に裏付けされた美しさは、時代を超えて愛され続けるに違いない。
- 『黒蜥蜴』
原作/江戸川乱歩 戯曲/三島由紀夫 脚本/成澤昌茂、深作欣二 監督/深作欣二 音楽/冨田勲
出演/丸山明宏、木村功、川津祐介、松岡きっこ、西村晃、三島由紀夫、丹波哲郎
(c)1968 松竹株式会社
『黒薔薇の館』
脚本/松田寛夫、深作欣二 監督/深作欣二 撮影/川又昴 音楽/鏑木創 タイトルバック/横尾忠則
出演/丸山明宏、田村正和、西村晃、内田良平、小沢栄太郎
(c)1969 松竹株式会社
期間限定上映・ブルーレイ&DVDリリース
2025年6月6日(金)~6月12日(木)、1週間限定で Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下にて上映。6月11日(水)よりブルーレイ&DVDがリリース。
https://www.cinemaclassics.jp/news/4091/
長野辰次
福岡県出身のフリーライター。「キネマ旬報」「映画秘宝」に寄稿するなど、映画やアニメーション関連の取材や執筆が多い。テレビや映画の裏方スタッフ141人を取材した『バックステージヒーローズ』、ネットメディアに連載された映画評を抜粋した電子書籍『パンドラ映画館 コドクによく効く薬』などの著書がある。