闇と光のはざまで芽吹き花開いた
ルドンの幻想の世界
「PARALLEL MODE : オディロン・ルドン―光の夢、影の輝き」が、パナソニック汐留美術館にて開催

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19世紀後半から20世紀初頭に活躍したフランスの画家オディロン・ルドン(1840-1916)。木炭画や石版画によるモノクロームの作品は、神秘的とも奇怪とも言える幻想的なイメージで観る者の想像を掻き立てる魅力に満ちている。一方で画業の後半では、油彩やパステルによる色彩豊かで光り輝くような作品を多く残した。
そんなルドンの画業の全貌を展観する展覧会「オディロン・ルドン ―光の夢、影の輝き」がパナソニック汐留美術館で開幕した。世界屈伸のルドン・コレクションを誇る岐阜県美術館の所蔵作品を中心に、国内外からの選りすぐりの作品、約110点が一堂に会する。
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- 「PARALLEL MODE : オディロン・ルドン―光の夢、影の輝き」
開催美術館:パナソニック汐留美術館
開催期間:2025年4月12日(土)〜6月22日(日)
空想の隣に現実を―自然に学ぶ

© GrandPalaisRmn (musée d'Orsay) /Hervé Lewandowski /distributed by AMF
オディロン・ルドン(Odilon Redon/1840-1916)
1840年、フランス・ボルドー生まれ。幼少期から絵を描くのが好きで、1855年に地元の画家スタニスラス・ゴランに師事。やがて植物学者アルマン・クラヴォーとの出会いから、科学、文学、音楽などへの関心を深め、自身の作品に取り入れるようになった。そうして生まれた独自の幻想的なイメージは、多くの芸術家に刺激を与えた。1890年頃より、油彩とパステルなどを用いた色彩豊かな作品を描き始める。また1900年以降、ロベール・ド・ドムシー男爵の城の食堂を飾る装飾画連作をはじめ、屏風などの装飾作品も手掛けた。晩年は、鮮やかな色彩で花の絵や神話画などを描き、輝きに満ち溢れた神秘的な色彩世界を探求。1916年、76歳の時にパリで没する。
本展は大きく3つの章から成り、ルドンの生涯と作風の変遷を辿る。第1章では、画家としての形成期として、ルドンが初期の頃に描いた風景画や、当時ルドンが師事したジャン=レオン・ジェロームや、銅版画家ロドルフ・ブレスダンなどの作品から始まる。特に注目したいのが、ルドンが幼少期を過ごしたペイルルバードなどを描いた風景画だ。それらの作品を見ると、後の幻想的な作風とは異なり、写実的で緻密な描写に驚く。

ルドンは、1864年にカミーユ・コローと出会っており、その時に「空想的なイメージの隣に自然に直接取材したものを」描くことで作品の世界がリアリティを持つようになるとの助言を受けたという。現実の中に空想を、空想の中に現実を―。確かな技術を身につけると共に、穏やかな自然風景を前にして感性を育む。若きルドンが自身の芸術を探求する姿が想像される。
「黒」の世界で生まれた“ルドン・ワールド”

そして、ルドンの芸術世界の礎となるのが、植物学者アルマン・クラヴォー(1828-90)との出会いだ。クラヴォーを通して、植物学、科学、文学、音楽など、様々な学問、芸術に触れる機会を得たルドンは、それを自身の作品に積極的に取り入れていった。1872年にはパリに移り住み、木炭画や石版画を中心に制作していくのだが、植物と人の顔を組み合わせたり、電球や気球など近代化によって新たに誕生した文物をモチーフにして独創的な世界を作り上げた。奇怪な姿の生き物や物体などは、モノクロームの表現と相まって一層の妖しさ、不穏さ、神秘さを掻き立てる存在として強烈な印象を見る者に与える。

こうして生まれたルドンの芸術世界は、19世紀末のデカダンの象徴として紹介され、瞬く間にルドンの名は西洋の文学者たちの間に広まった。第2章では、さらに深化するルドンの「黒」の世界に足を踏み入れる。

ボードレールの『悪の華』のための挿絵版画や、ダーヴィンの『種の起源』に着想を得たルドン流の進化論とも言える石版画集『起源』など、この時期に発表する作品のいずれもが代表作と呼ぶにふさわしく、「ルドン=黒(闇/影)の世界」のイメージは、この頃に確立する。

やがてルドンの関心は黒の世界から離れ、色彩へと移る。それまで版画で描いていた画題を油彩やパステルで描くようになり、そうした作品からは、ルドンが黒と色彩の世界を行き来しながら、新たな表現を探求していることがうかがえる。

ルドンは版画で描いていた画題を油彩でも描くようになった。本展では版画と共に並べて展示されている。

第3章では、画業の後半から晩年にかけて展開される、光あふれる彩色豊かな作品群が集う。特に晩年は、花瓶に生けた花や神話の世界を主題とした作品を多く手掛け、ルドンは「花の画家」とも呼ばれた。また、幻想画家のイメージからは意外にも思えるが、家族や知人など身近な人物を描くこともあった。本展では、そうした身近な人たちの肖像画も展示されており、ルドンの周囲に対する暖かな眼差しが感じられる。

日本の画家たちが愛でたルドン
本展ではプロローグとして、20世紀初頭、日本の芸術家たちがルドンに魅了されていた様相を、彼らの旧蔵作品などから紹介している。

日本画家・竹内栖鳳がパリで購入した作品。
独創的なイマジネーションに溢れたルドンの作品は、日本の画家たちにとっても大きな刺激になっていたことだろう。今の私たちが惹かれるように、近代日本を代表するような画家たちも、ルドンという画家に惹きつけられていたのだ。
ルオーとルドン
パナソニック汐留美術館に常設されているルオー・ギャラリーでは、同館が所蔵する20世紀のフランスの画家ジョルジュ・ルオー(1871-1958)のコレクションを常時見ることができる。今回は「ルドン」展に合わせて、「ルオーとルドン」と題し、同時代に生きた2人の画家の芸術世界の源泉を探る。

ルオーとルドンの間に直接の親交はなかったが、1905年に「サロン・ドートンヌ」展に出品したルオーの作品を観たルドンは、「なんと痛ましい魂だろう」と呟いたという。この時期のルオーは、市井の人々、娼婦、道化、裁判官など人々の生きる姿を描いているが、そうした作品を観たルドンの感動が伝わるエピソードだ。
展示では「サロン・ドートンヌ」展と同じ時期に描いた作品や、ルドンとルオーの2人が影響を受けたモローの絵画、さらにボードレールの詩集『悪の華』のための版画、そして両者共に多く描いた花瓶に生けた花の絵を紹介する。それらの作品から、2人の作風の違いはもちろん、その奥に通奏低音のように響き合う時代背景や芸術的関心など、共通する部分を見出すことができるだろう。
穏やかな自然の中で、ルドンは画家としての種を心の中に蒔いた。そして様々な人や学問、芸術との出会いを養分にし、その種は奇妙な生き物、微生物、眼玉、水泡、クモ、怪物…あらゆるイメージとなって闇の中で一気に芽吹いた。やがて光のさす方に導かれるように、ルドンの芸術世界は色彩に富み、光り輝く世界で豊饒な花を咲かせた。
光と影――ルドンが描くそれぞれの世界は、現実にはない、けれど心のどこかで夢見たような、不思議な世界が広がっている。