FEATURE

「明治の写楽」こと豊原国周をはじめ
幕末・明治期の役者絵が揃い踏み
―珠玉の『錦絵帖』をズラリと公開

「豊原国周生誕190年 歌舞伎を描く ー秘蔵の浮世絵初公開!」が、静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)にて開催

内覧会・記者発表会レポート

『錦絵帖』展示風景 ※所蔵は全て静嘉堂文庫美術館
『錦絵帖』展示風景 ※所蔵は全て静嘉堂文庫美術館

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豊原国周生誕190年を記念する展覧会「歌舞伎を描く―秘蔵の浮世絵初公開!」が静嘉堂文庫美術館で開幕した。日本美術が好きな人ほど、「静嘉堂で歌舞伎?」と思うかもしれない。同館のコレクションといえば、国宝《曜変天目》をはじめ、茶道具など古美術の印象が強い人も多いだろう。

しかし本展を見れば、「静嘉堂で歌舞伎?」という感想は「静嘉堂だからこそ歌舞伎!」と一変するにちがいない。展覧会では、同館とっておきの錦絵コレクションから、江戸時代、美人画と共に浮世絵の二大ジャンルであった役者絵を紹介し、大衆を沸かせた歌舞伎、その舞台を迫真的に描いた役者絵の魅力に迫る。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
豊原国周生誕190年 歌舞伎を描く ー秘蔵の浮世絵初公開!
開催美術館:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
開催期間:2025年1月25日(土)〜3月23日(日)

極彩色の『錦絵帖』―舞台の迫力が迫りくる

三代歌川国貞「横島田鹿子振袖 浜松屋之場」九世市川団十郎の日本駄右衛門、尾上松助の浜松屋幸之助、五世尾上菊五郎の弁天小僧菊之助、市川左団次の南郷力丸 大判錦絵三枚続 綱島亀吉  明治22年(1889) 6月
三代歌川国貞「横島田鹿子振袖 浜松屋之場」九世市川団十郎の日本駄右衛門、尾上松助の浜松屋幸之助、五世尾上菊五郎の弁天小僧菊之助、市川左団次の南郷力丸 大判錦絵三枚続 綱島亀吉  明治22年(1889) 6月

本展の中核となる作品が、三菱二代目社長・岩崎彌之助の夫人である早苗が愛玩した『錦絵帖』だ。真偽のほどは定かではないが、版元が摺りたての錦絵を折帖にして早苗に直接納めたとも言われている。そんな逸話も「さもありなん」と思わせるほど、『錦絵帖』に収録された作品の完成度の高さ、保存状態の良さは一目瞭然だ。

豊原国周/歌川国梅「五世尾上菊五郎の天竺徳兵衛」大判錦絵3枚 松井栄吉 明治16年(1883)10月
蝦蟇の妖術を使う天竺徳兵衛を描いた作品。闇の中から現れた巨大の蝦蟇。見る者に強烈なインパクトを与えると共に、徳兵衛の凄みと妖しさを一層際立たせている。
豊原国周/歌川国梅「五世尾上菊五郎の天竺徳兵衛」大判錦絵3枚 松井栄吉 明治16年(1883)10月
蝦蟇の妖術を使う天竺徳兵衛を描いた作品。闇の中から現れた巨大の蝦蟇。見る者に強烈なインパクトを与えると共に、徳兵衛の凄みと妖しさを一層際立たせている。

全部で69冊ある『錦絵帖』のうち、役者絵が含まれているものは21冊。その中で大半を占めるのが歌川国貞(三代豊国、1786-1864)と、その弟子である豊原国周(とよはら・くにちか、1835-1900)だ。本展では「明治の写楽」と呼ばれた豊原国周の作品をはじめ、歌川派の役者絵を披露する。国周は、3枚続の大画面の作品で、主役の人物を1人だけを中心に描く大胆で迫力のある作品や、複数の人物の立廻りや関係性などを、まるでブロマイドさながらの臨場感で、芝居の世界を描き出している。

展示風景
展示風景

蛇腹折で綴られている『錦絵帖』だが、展覧会ではその数冊はズラリと展開して展示している。弁天小僧に『源氏店』の切られ与三、髪結新三に『四谷怪談』のお岩さん…現在でも上演される人気演目の名場面がめくるめく現れる。絢爛豪華な意匠や舞台装置、激しい立ち廻りに歌舞伎特有の見得、そして役者の眼力、まるでバッタバタという附打の音が耳の奥に聞こえてきそうな迫力だ。

豊原国周「市川左団次の外記と五世尾上菊五郎の」大判錦絵3枚 石嶋ヤエ 明治22年(1889)
『伽羅先代萩』の仁木弾正を演じる五世尾上菊五郎(左)の背後には菊、対する外記左衛門を演じる初世市川左団次の背後には白牡丹と、それぞれの役者(家系)を象徴する花が描かれている。
豊原国周「市川左団次の外記と五世尾上菊五郎の」大判錦絵3枚 石嶋ヤエ 明治22年(1889)
『伽羅先代萩』の仁木弾正を演じる五世尾上菊五郎(左)の背後には菊、対する外記左衛門を演じる初世市川左団次の背後には白牡丹と、それぞれの役者(家系)を象徴する花が描かれている。

“描かずして描く”―「空摺」など錦絵の技の粋

『錦絵帖』はその極彩色に目を奪われてしまいがちだが、白い部分にも錦絵の技の粋が凝縮されている。

豊原国周「五世尾上菊五郎の柴田勝家」 大判錦絵揃物 具足屋嘉兵衛 明治2年(1869)5月
豊原国周「五世尾上菊五郎の柴田勝家」 大判錦絵揃物 具足屋嘉兵衛 明治2年(1869)5月

例えば、写真の「五世尾上菊五郎の柴田勝家」では、襟の部分が「空摺(からずり)」と呼ばれる技法で文様が表されている。「空摺」とは色を付けない版木で線だけ浮かび上がらせる、今でいうエンボス加工の技法だ。顔には「きめだし」という技法が用いられており、目元のほのかに赤くなっている部分にうっすらと白い筋が見える。これはその部分だけ凹ませ、色が乗らないようにする技法。このわずかな線を入れることで、顔の表情に絶妙な奥行きが出る。

いわば“描かずして描く”この手の込んだ技法を用いることで、ぱっと見の迫力だけでなく、繊細さ、緻密さも加わり、画面が一層濃密になる。

見立てに洒落っ気、遊び心、錦絵ならではの仕掛け

豊原国周「花競楽屋鏡 全」四世中村芝翫の袴垂保輔、四世市村家橘の源の頼光 
大判錦絵(仕掛絵)具足屋嘉兵衛 慶応1年(1865)12月
豊原国周「花競楽屋鏡 全」四世中村芝翫の袴垂保輔、四世市村家橘の源の頼光 
大判錦絵(仕掛絵)具足屋嘉兵衛 慶応1年(1865)12月

舞台上の熱気や役者の気迫をそのまま封じ込めたかのような『錦絵帖』だが、中には思わずニヤリとしてしまう楽しい仕掛けが施された作品も見られる。

たとえば上の写真、月に秋草を描いた絵の上に、一回り小さなサイズで二つ折りになった絵が斜めに張り付けられている。二つ折りの絵の片側を折りたたむと、歌舞伎の脚本の表紙のようなデザインが施されており、冊子の表紙を開くと中に2人の役者が描かれているという趣向となっている。今で言えば「袋綴じ」のようなイメージだろうか。

豊原周義「塩冶判官と大星由良之助」 大判錦絵2枚続(仕掛絵) 福田熊次郎 明治11年(1878)11月
右の塩冶判官、左の大星由良之助を、五世尾上菊五郎、九世市川團十郎、初世市川左団次をはじめ、複数の役者が演じた。
豊原周義「塩冶判官と大星由良之助」 大判錦絵2枚続(仕掛絵) 福田熊次郎 明治11年(1878)11月
右の塩冶判官、左の大星由良之助を、五世尾上菊五郎、九世市川團十郎、初世市川左団次をはじめ、複数の役者が演じた。

こちらは、『仮名手本忠臣蔵』を複数の役者が日替り交代で上演した際の役者絵で、顔の部分だけ小さな紙が数枚ついている。この紙をめくると次々に、その役を演じた役者の顔が現れるという仕掛けだ。

豊原国周「当世見立凧つくし」 大判錦絵3枚続 伊勢屋藤吉 慶應1年(1865)11月
凧屋の主人も、女性客も、凧の絵柄の人物も、全て歌舞伎役者の似顔という楽しい見立て。
豊原国周「当世見立凧つくし」 大判錦絵3枚続 伊勢屋藤吉 慶應1年(1865)11月
凧屋の主人も、女性客も、凧の絵柄の人物も、全て歌舞伎役者の似顔という楽しい見立て。

歌舞伎も、浮世絵も、「見る者を楽しませよう!驚かせよう!」という心意気から様々な趣向が誕生した。これらの仕掛け絵からは、そうした作り手たちの気概を感じさせる。

「量」も「質」も第一級、歌川国貞の肉筆画も公開

三代歌川豊国「風俗絵鑑 新吉原 芝居町」 19世紀 江戸時代後期  一帖 絹本着色
三代歌川豊国「風俗絵鑑 新吉原 芝居町」 19世紀 江戸時代後期  一帖 絹本着色

そんな国貞が描いた「風俗絵鑑 新吉原 芝居町」は、江戸の二大歓楽街である芝居町と新吉原の情景(それぞれ6図ずつ、計12図)を、版画ではなく“肉筆”で描いた貴重な作品だ。作者を示す落款はないものの、卓越した描写力から国貞の作品と考えられている。

三代歌川豊国「風俗絵鑑 新吉原 芝居町」のうち「市村座 表掛」
三代歌川豊国「風俗絵鑑 新吉原 芝居町」のうち「市村座 表掛」
三代歌川豊国「風俗絵鑑 新吉原 芝居町」のうち「市村座 表掛」(部分)
開演前の芝居小屋の外の様子を描いた本作では、木戸番たちの頭上に掲げられた絵看板にも、上演される演目の絵が丹念に描き込まれ、芝居小屋の風情が生き生きと描かれている。
三代歌川豊国「風俗絵鑑 新吉原 芝居町」のうち「市村座 表掛」(部分)
開演前の芝居小屋の外の様子を描いた本作では、木戸番たちの頭上に掲げられた絵看板にも、上演される演目の絵が丹念に描き込まれ、芝居小屋の風情が生き生きと描かれている。

肉筆画だけあって、作者の筆づかいが生々しく感じられる。芝居町を描いた6図は、劇場前から、「車引」を上映している最中の劇場内、舞台裏…と、芝居の世界の奥へ奥へと引き込んでいく展開で興味深い。作品数が多いというだけでなく、緻密かつ大胆で当時の風情を描き切る、国貞の描写力の高さには、喝采を送りたいほどだ。

「錦絵前史」の役者絵から「蔦重」の墓碑も

静嘉堂コレクションの役者絵は、何も幕末から明治期の作品に限らない。江戸時代初期の屏風絵から美人画から役者絵や芝居の看板絵を手掛けるようになった鳥居派の浮世絵など、初期の作品も展示されており、多色摺りの“錦絵”が誕生する前、「漆絵(うるしえ)」や「紅摺絵(べにずりえ)」とよばれる作品から錦絵が誕生していく流れも紹介されている。

展示風景
「曾我物」(曾我兄弟の仇討ちを題材にした作品)や、「道成寺物」(道成寺に伝わる安珍清姫伝説を元にした作品)など、現在でもしばしば上演される演目を描いた作品も。
展示風景
「曾我物」(曾我兄弟の仇討ちを題材にした作品)や、「道成寺物」(道成寺に伝わる安珍清姫伝説を元にした作品)など、現在でもしばしば上演される演目を描いた作品も。

また2025年の大河ドラマの主人公である蔦屋重三郎にまつわる作品も公開されている。特に興味深いのは、蔦屋重三郎の墓碑の銘文を写し取った拓本だ。江戸時代の出版文化の中心にいた重三郎の人物像をうかがい知ることができる貴重な資料だ。

「蔦屋重三郎墓碑拓本」
「蔦屋重三郎墓碑拓本」

ズラリと並んだ『錦絵帖』には、とても今回の記事では紹介しきれないほど、魅力的な役者絵が並んでいる。この壮観な展示は、この機会を逃すと中々お目にかかれないだろう。

「いずれもさまにおかれましては、続きはぜひとも会場に足をお運びいただき、お楽しみいただけますことを、請い願い申し上げ奉ります。まず本日はこれきり」。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)|SEIKADO BUNKO ART MUSEUM
100-0005 東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1F
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
休館日:月曜日(祝休日は開館し翌平日休館)、展示替期間、年末年始など

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